第28話 幼馴染は捧げたくてたまらない②

 明かりが漏れぬよう、廊下の電気も消したまま、もちろんハレオの部屋も真っ暗闇。

 だが、問題は無い、ハレオ宅に通い詰め、ハレオの目を盗んでは、ハレオの部屋に忍び込み、あらゆる家具、小物に至るまで、全ての位置を把握済みのボタンには、暗闇でも部屋の中が手に取る様に分かっていた。


 既成事実を作り上げるまで、悟られる訳にはいかない。

 そっと近付き、体を密着させる。そして、ハレオの寝姿を把握し、顔の位置を特定する。それさえクリアすれば、勝ったも同然。

 ハレオが起きて、声を上げても、もう遅い。

 その瞬間に、ハレオの唇を奪う。

 そこからは、もう、流れに身を任せて……。


 そう考えれば考える程に、ボタンの身体の熱は上昇する。


 カチャ。


 ハレオの部屋のドアは閉まった。もう後戻りは出来ない。トウカの部屋からは一番遠いハレオの部屋は、トウカが大声で叫びながらゲームに勤しんでいても、聞こえては来ない事を把握している。それはすなわち逆も然り。


 摺り足で、ハレオが眠るベッドに向かう。途中、ハレオの部屋にあるはずがない、お布団の様な物体が足に当たるが、そんな些細なことでは止まらない。


 「すー、すー、すー」

 寝息が聞こえている。

 なんて可愛い寝息なんだろう、そう感じたボタンは、その寝息の方へ手を伸ばし、毛布があることを確認した。

 

 そして、ゆっくりと、その中に自らの体を滑り込ませる。


 暖かい、なんて暖かいんだろう、これが全てハレオくんの温もりなんだ……どうしよう、ただでさえ熱が上がっているのに、この温もりに包まれたら汗をかいてしまうかもしれない、恥ずかしい……でも、ハレオくんは汗っかき、嫌いじゃないよね……そう自分に言い聞かせるボタンは、しばらく体を動かせないでいた。


 「っ……」

 思わず声を上げそうになったボタンは、既の所で堪えた。

 おそらくハレオは俯せに近い状態だったのだろう、そこからボタンの方へと寝返りを打ち、その背中をボタンの胸に預けたのだ。

 一瞬、ボタンの胸の弾力でハレオは押し返されそうになったが「ムフフ」という声と共に逆に押し返してきた。


 どうしよう、どうしよう、こんなにドキドキしていたら、ハレオくんに私の鼓動が伝わってしまう……ボタンは未だ動けない。


 こんなに準備してきたのに、この状況をずっと夢見てきたのに、あの日、ハレオの旧宅で、ハレオくんが私に跨った時の、あのドキドキが忘れられないのに、どうして、どうして私の体は動かないの、意気地なし、私の意気地なしっ。


 ボタンの目に涙が浮かんだ、その時。


 ガサッ。


 ハレオの体が再び寝返りを打った。


 「っっっ……」

 声にならない叫びを上げるボタン。その泣きっ面に、ハレオの寝息がスースーと当たり続けている。


 なんて、良い匂い、これが本当に口臭なの?

 そう思ったボタンの顔の数ミリ先にあるのは、紛れもない唇、その薄くあいた口から吐き出される息に、ボタンの鼓動は加速した。


 最大のチャンス、泣いている場合じゃない、このまま、少しだけ顔を前に出せば、唇と唇が重なる。ずっと憧れていたハレオの唇。


 幼い頃から一緒に遊ぶ、ただの友達だったハレオくんを、こんな風に想い始めたのは、何時の頃からだろうか……。

 スミレちゃんにハレオくんの事を相談した時から?

 ハレオくんの周りに女の子達が集まりだしてから?

 どれも違う。


 少しそっけないけど、いつも優しくて、美味しい料理を作ってくれて、些細な悩みも親身になって聞いてくれるハレオくん。


 きっと私は、ずっとハレオくんの事が……。


 ぴとっ。

 そうして、唇は重なった。


 ああ、なんて柔らかいんだろう、そして小さくて甘い唇……。

 まるで女の子の様……。


 「むにゃむにゃ、おにいたん、実子と養子は結婚できるんだってさ~」

 

 「っっっっっつ、トウカちゃんっ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る