第16話 しっぽを失くした禽獣たち(4)
「なんとか間に合ったな。さすがアタシ。で、大丈夫?」
榛たちのいた場所から数キロ先。その距離を一度の瞬間移動で遠ざかったサクヤが、ようやく口を開いた。普段と変わらぬ口調で。腕に抱きかかえた少女に向かって。対する少女、すなわちあやめは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔からきょとんとした顔になり、そこから訝しがるように目を細めた。
「誰?」
「サクヤ」
「いや、知らないけど」
「うっそー。遅れてるんじゃない? まあ、いいけどね」
本当に心の底からどうでもいいんだろうなという言いっぷりで。サクヤはそんなことをのたまう。分かり易すぎて、却って胡散臭さを覚えたあやめはますます怪訝な顔になる。
「十鳥榛の、知り合い?」
「知り合いっていうか、家族?」
「あ、そう。っていうか、降ろして。そろそろ」
「それはダメだなー。邪魔しに行かれちゃ困るからよー」
「だったら、力ずくで」
振り払おうと試みるが。
「あ?」
「動かせないでしょー? 首から下は」
「霊渉……」
「うん。ウチの霊渉」
「でも、さっき、瞬間移動も使わなかった?」
「うん、使った。それもウチの霊渉」
つまり、彼女は一人で少なくとも二つの霊渉を持つことになる。自己申告通りなら。
「それって」
「察しの通り、ウチはハヤトだよ。しかも今や超激レアの純血ハヤト」
「純血のハヤト……っ。じゃあ、もしかして」
「ああ。昔は『八咫烏』に捕まってたんだよねー。ハヤトは禽獣とは質が違うからさー。霊渉を発現させたいだけなら、もっと簡単なやり方が他にいくらでもあるのに、あいつらホント無茶苦茶っていうか。ちょっとでも多くの当たりを引きたいからって、わざわざ毎回きっつい拷問してくれやがるんだよね。霊渉出た! はい次の拷問! 霊渉出た! はい次の拷問! ハヤトはガシャじゃねえっつうの。しかも同じ拷問じゃ効果も薄いからって、あの手この手で色んなやり方してくるから、馴れることすら出来ないし。そんなのを物心着くか着かないかって頃からずうっと、ハリーが『八咫烏』が潰すまで。マジやってらんなかったよ」
「…………」
あやめはしばし絶句する。想像するのも恐ろしく。しかし、自分はそれを知らなければならないとも思い直して。
「『八咫烏』って、そんなにえげつない連中だったの?」
「えげつないなんてもんじゃなかったっての。少なくとも、ウチらにとってはな」
「……じゃあ、十鳥榛が、それを潰したのも」
「んー? 別に正義感とかじゃねーよ? ハリーはもっと純粋に、自分の目的があってそのために『八咫烏』を潰したんだから」
「自分の?」
「うん。どうせ聞いてないでしょ? アイツ、自分では絶対にそこまで言わないから。三雲が昔それを良かれと思って勝手にバラした時なんか、めっちゃ怒ってたし」
「それ、聞いていいわけ?」
「いいよー。どうせもう有名になっちゃった話だし、今更勝手に話してハリーがキレるようなこともないから。つうかキレても返り討ちにしてやるし。ハリーって、『八咫烏』に差し出される前まで、児童養護施設にいたんだよね。で、その施設にはハリー以外にも霊渉遺伝子を持つ子供たちが何人も集められてた」
「ってことは、その人たちも」
「当然、ハリーが『八咫烏』に差し出される時も一緒に差し出されたよ。ハリーはその子たちを助けるために『八咫烏』を潰したんだよね」
それは三雲が良かれと思って周りに吹聴するまで、ごく僅かな者しか知らなかった事実。
「その人たちは結局、どうなったん?」
「いやいや、察し悪過ぎだろー。それともわざとかー? とっくに死んだよ。というか、死んでたんだけど。ハリーがハヤトに拾われた時、ハリー以外の子たちは、まとめて死んじゃってたから。もちろん、ハヤトは知っててそれを利用したわけだけど」
もったいぶることもなくあっさりと、サクヤは告げる。
「……まさか、それ……」
「うん。やったのは、あの男」
あやめを慮って伏せたわけではない。サクヤはそんな気遣いはしない。ただこの流れで名前を直接出すまでもなかっただけのことであった。
◆
「あんな化け物どもと一緒になって今も暮らし続けているのは、自分を慰めるためか。『八咫烏』を潰したことを正当化するには、持って来いの存在だものな」
「化け物ってのは撤回しろよ。人間のただの妬みだろ、それは」
「霊長として創造主に生み出されながら生存競争に敗れた連中の、何を妬むことがある。それより後半の撤回はしなくていいのか?」
「ああ、そういうの俺、気にしないから。っていうか図星だし」
そして榛は跳んだ。
「うぐぁっ!?」
完全なるノーモーションから繰り出される十鳥榛の突進と拳撃を躱せる人間は、そうザラにいるものではない。そして実際、手応えはあって。キューで弾き飛ばされたビリヤードの球よろしく、大の男である神楽の身体が吹き飛んだ。にも拘らず、先手を取ったはずの榛はどこか腑に落ちないような目で神楽を追う。
果たして。両腕を前に顔と首と心臓とをガードした状態の神楽が、十数メートル先に着地した。
(あの不意打ちでガードが間に合うのかよ。認識を改めた方がいいみたいだな)
榛の知る限りにおいて、神楽の戦闘履歴は二十年前の事件が最新のものである。それはつまり、後に榛の戦いの師の一人となる白髪の男――しかも当時はまだ少年――を相手に、仲間と三人がかりであっても手も足も出ずに蹂躙されたというもの。そして今現在の榛は、霊渉そのものも霊渉遺伝子によるバックアップもない純粋な腕っぷしだけでも、十二分に当時の少年を超える力を持っており、本人にもその自覚がある。だからハッキリ言えば舐めていた。
「直に味わうと信じられん威力だな。貴様の方こそ化け物か」
「手から爆弾出すような奴の方が、世間的にはよっぽど化け物だと思……っ!」
売り言葉を買い終えるより早く、榛がまた跳んだ。今度は攻撃のためでなく。故に神楽へ向かってではなく、むしろ遠ざかるように真横へと跳んだ。
直後、榛のいた足下から地面をすり抜けて飛び出した青い火球。
(ああ、別に手からとは限らねえんだったなっ)
飛び出した火球は標的を外れてそのまま天上へ向かう。ことなく。
「なっ!?」
カーブ、いやむしろスライダーの如く急激な方向転換をして榛へと向かう。
「くっ!」
ブリッジ。金メダリストか救世主か。慌てて上半身を思い切り逸らした榛の眼前、彼の顔面すれすれを通過した火球は、それ以上軌道を変えることなく飛び去って消失した。文字通りの間一髪でどうにかやり過ごした榛は、しかし胸を撫で下ろす間もなく姿勢を戻し、改めて神楽を睨め付ける。怪訝な目で。
「どうなってんだよ。アンタの霊渉じゃあ、放った後の爆弾を操作するなんて芸当は出来なかったはずだろ」
「ああ、その通り。目標を追尾するような機能もないしな。だが、放つ際に変化をつけておくことは出来る。まあ、せいぜい二段階程度の変化だが」
「俺の躱す方向まで読んでたってことかよ」
「過去の貴様の戦闘時におけるクセを研究した結果だ。そういえば、素人に偽装して罠を張るようなやり口は育ての親譲りか?」
「ただの常套手段だろ。あんな奴を親だと思ったことはねえよ」
冗談めかした口調で言いつつも目の奥に本物の嫌悪感を滲ませながら、榛は思案する。
神楽の持つ霊渉は〈特殊指定霊渉〉でこそないが、所有者は極めて限られている希少性の高い代物。因縁のある霊渉ながら、榛も同じ使い手と戦った経験はなく資料も乏しい。故に戦いの中で性質を見極めていく必要性がある。対してあちらは自分の戦い方のくせまで研究し尽くしているというアドバンテージ。
(つうか飛び道具系ってだけでも苦手なのに、マジで厄介だな。接近しねえことにはどうも出来ねえけど、あの反応速度とこの距離……下手に突っ込んだらカウンターもらうだけだな)
ならばと。跳び上がった榛が、近場にあった倉庫の屋根へ乗っかった。端っこギリギリ。六メートルの高さから神楽を見下ろしている構図。距離はさっきよりもむしろ広がったが、足元も含めて神楽の霊渉による攻撃からの死角は、ほぼ無くなったと言っていい。とは言え。
(あんな場所からでは奴も俺に手出し出来んだろうに。策を練る時間でも稼ぐつもりか?)
しばし黙ったまま、互いを睨みつけつつ立ち尽くす二人。先に痺れを切らした神楽が右掌の上に火球を出現させる。見せつけるように。そして。
「ふんっ!」
剛速球を越えた音速球。ライフルの初速を常に保ったようなスピードで迫る火球は、正確無比に榛の胸部へと直進直行する。
「つっ」
唾液交じりの水っぽい舌打ちをした榛が、垂直に飛び跳ねた。地面からの高度は一瞬にして三十メートル以上に到達するそれで彼の胸に向かっていた火球はやり過ごされたが。
待ってましたとばかりに口角を吊り上げた神楽が、新たな火球を次々と生み出して矢継早に連発して放っていく。そのすべてが榛を取り囲み、彼目掛けて飛来する。
(っ、こいつ、一度に一発までってわけじゃねえのか!)
「ぐあああっ!?」
次々と起こる爆発。人体に衝突することでしか爆発しない神楽の火球であるから、それはつまり次々と榛に衝突していることを意味する。同時に灰色の爆煙が巻き起こり、榛はおろか辺り一帯を包み込んで広がっていく。
その光景に神楽は攻撃を止めて後退り、榛との距離を更に取る。
果たして爆煙が霧散した後、衣服のそこここが焼け焦げてボロボロになった榛が屋根から降り立って地面に立っていた。召し物とは裏腹に、その身体に傷はない。
「わざわざ完全物理干渉型に切り替えやがったな?」
霊渉による攻撃は、先日榛が戦った霊渉獣がそうであったように、基本的に人体と他の霊渉以外には干渉しないというのが基本。但し調整によっては、あらゆる物質に干渉できるようにもなる。つまりこの惨状は神楽があえてその調整を行ったというわけで。
「この期に及んでどういう嫌がらせだよ。下手すりゃフルチンになってるとこだぞ。二十年越しの因縁の対決が、フルチン相手でいいのかよ」
「貴様の服が安物過ぎるんじゃないか?」
「着れりゃいいんだよ、服なんて」
「はっ。まあ、しかし。やはりこれでは、当てるだけムダというものか」
その言葉の意味を解した榛は、神楽とは対照的なしたり顔でなるほどと頷いた。
(数を増やせば、その分だけ威力は分散されるってことか)
榛の読みはそのものずばり。とはいえ、たとえ同時に百発用意したとしても、常人が相手ならその内の一発のみで跡形もなく吹き飛ばせるだけの威力はあるのだが。
「同じ完全物理干渉型でも。アンタが昔、自分の研究所を吹き飛ばした時と同じぐらいのヤツなら、俺にも傷は付けられただろうに」
「だろうな。しかし、あれは死ぬ気の全霊で、更に年単位の時間をかけて用意したものだったからな。今の私でもそうポンポンと作れるものではない」
もったいぶることもせず淡々と即答した神楽に、若干の反発を覚えつつも榛は理性で自分を抑えつける。抑えつけようとも、沸々と感情は泡立つ。
「……結局生き延びてるくせに、何が死ぬ気だよ。本当に死んだのは、死ぬ気なんかひとつもなかったヤツらだろうが。ホントは命が惜しくて無意識にでも威力をセーブしてたんじゃねえのか?」
「ああ、その通りかもしれん。そうでなくとも、貴様だけは殺せなかっただろうがな。貴様だけは」
「……くそが」
挑発には乗らず落ち着き払った神楽の態度に、逆に感情を逆撫でされた榛が吐き捨てた。
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