第12話 彼らの邂逅(4)

「……数いりゃあいいってもんじゃねえぞ。こいつら全部をいっぺんに操るつもりか?」

「動かさなきゃデクでしかないんだから、当たり前じゃん……っ!」

 宣言を終えぬ内に、すべてのあやめたちが一斉に跳び出して榛を襲う。

「っ」


 十三対一。普通ならば男女でも、いや大人と子供であっても、ケンカと呼ぶのもどうかという一方的な構図。混戦という表現すら不適当。傍目にはもはや、ミツバチがスズメバチを蒸し殺す蜂球が如き有様。そんな団子状態の中で戦闘は繰り広げられていた。


(く……そっ……! おお……っ!)


 両手両足を総動員し、四方八方十三方から放たれる攻撃を榛は凌ぎ続ける。だがそれは豪雨の中、雨粒のすべてを打とうとするようなもの。あやめとて十二分に常人離れしていて一つ一つの攻撃がライフルの弾よりも速い。速いだけでなく、狙いも精確かつ柔軟。到底すべてを完全には防ぎ切れず、受け損ねた攻撃のいくつかは顔や身体にヒットする。


(どうなってんだコイツっ、デタラメに動いてるだけの分身が一つもねえ! これだけの数をマジで完璧に操ってるってのか!? 同時に!?)


 榛は分身の霊渉を持っているわけではない。だからあくまで知識だけで、感覚として知っているわけではないが、マリオネットタイプの分身を同時に複数体操作するのは、かなり高度な技術であるはずだと理解していた。


 常識的に考えて腕が何本あっても脳が一つだけなら、十何体もの操り人形を思うまま精確に操れるものではないだろう。八本の腕を持つタコだって、その腕の一つ一つに脳を持つというぐらいなのだから。


(並列思考――にしてもこのレベルは……)


「異能か!」

「「「「「「「「「「「「「ご名答」」」」」」」」」」」」」


『多重並列思考』、それがあやめの持つ異能であった。


 狂気じみた鍛錬の末に常人を遥かに超えた力を得られるのは、何も腕力や脚力や聴力などに限った話ではない。ヒトが持つあらゆる能力について、それは当て嵌まる。

霊渉遺伝子とは関係なく、すべてのヒトが鍛錬次第で後天的に到達出来る領域たる異能。榛が戦闘のために自らの腕力や脚力をその領域へ到達させたように、この少女は並列思考の能力を超人の領域にまで到達させた。


 だからこそすべての分身体が、偏りない精度で、本人とまったく同じ練度の動きを見せる。


(五、六人までならともかく、この数はさすがにしんどいな……!)


 ガードを強化しているはずのいくつかの急所にも、既に攻撃が何度か掠めている。反撃に転じられなければジリ貧は必至。榛の体力を以てしても、持久戦に持ち込めるほどの余裕があるかどうかは微妙な線。


「っ、らあっ!!」


 一瞬間、防御をかなぐり捨てた榛が、眼前にいたあやめの顎へとアッパーカット。


「がっ!?」


 苦悶の声はあやめではなく榛の口から。大振りの攻撃で生じた一瞬の隙に、他のあやめたちからの攻撃が多段ヒットして。しかもその一つは喉仏に決まっていた。一発をかますためには大きすぎる犠牲。


 だがその甲斐あってか、榛がアッパーを決めたあやめの身体はバレーボールのように吹き飛んで――空中で消失した。


(外れか。でもこれで一人は減って……ねえのかよ、チクショウ! そりゃそうか!)


 再び守りに入った榛は心の中で自分への悪態を吐きながら、また十三人からの攻撃を受けることになる。


『分身をただ運任せのデコイとして使うのは三流のやること、でしょ?』

(あんなこと言ってたヤツが、一番狙い易い場所に本物を配置するわけねえよなっ。しっかりしろよ、俺! というか、そもそも一人ずつ削っていくのが無理なんだよっ)


 霊渉により生み出された分身は、一定以上のダメージ――たとえば脳挫傷や強い脳震盪を引き起こすようなものを受ければ消失する。だが能力者本人の意識が生きている以上、分身体は何時でも何体でも瞬間的に出現させられる。あやめにとって違和感なく一度に操作できる分身の限界数が十二体であるというならば、一人倒されるごとにすぐさま新たな一体を補充するのが当然の流れ。


(だからって十三分の一に懸けてさっきみたいなのを繰り返す、ってのもな。――っ!)


 突如、榛は空を殴った。乱心? 違う。彼の目にはハッキリと見えていた。常人の目には決して映らない、十四体目のあやめの姿が。殴られてすぐに消えてしまったが。


「へえ、ちゃんと『見鬼』も使えるんだ」

「使えない方がどうかしてるだろ」


 見るという言葉を伝統的に宛がわれているが、視覚に限らず聴覚・嗅覚・触覚・味覚という五感のすべてで霊的存在を知覚する力の総称。それが『見鬼』である。触覚にまで及んでいることで、霊的な存在をこちらから素手でぶん殴ってダメージを与えることさえ可能となる。いかにもオカルトな印象を受け、また霊渉能力とも関係の深そうな字面でありながら、実は『異能』に属する超感覚の一つである。


 それもそのはずで、人間の感覚器官は、元々霊的存在を微弱ながら感知できるようにはなっているのだ。それを実用レベルにまで引き上げたものが『見鬼』の正体。第六の感覚などではない。あくまで五感の延長。つまり榛の超常的な身体能力や少女の『多重並列思考』と同じように、鍛錬をすれば誰でも身に着けられる領域。しかしこれに関しては前線で戦うものにとってほぼ習得必須となる、いわば基本の異能でもある。


(当たれば確実に一発で決められるような攻撃は、出来る隙が大きすぎる。やっぱ、本体に的を絞らねえと。でも、どうやって)


 十三のあやめはすべて能面を被ったように無表情で。同期するまでもなく一切の個体差を感じさせない。


(仕方ねえな、非常時だし。先に手を出して来たのはコイツだしな) 


 自らに言い訳しながら。榛は突然、脱兎の如く駈け出した。当然のようにあやめたちはそれを追う。追いながら攻撃を加えていく。だが榛は急所だけを庇う最低限のガードだけで足を止めず、公園の入り口にあった水飲み場まで一瞬で辿り着いて――。

水栓を素手で叩き壊した。


 凄まじい勢いで噴き出した水は、透明ではなく茶褐色で。それが榛にも少女たちにも降り注ぐ。赤水を衣服にも浴びたあやめたちを見てほくそ笑む榛。傍から見れば変態でしかない。


(っ、なによこれ)


 榛の行動よりも目の前の光景にあやめは動揺する。表面上は無反応、無表情のまま。


(ゴーストタウンだからって、水道管も錆びてるってこと? こんな嫌がらせに動揺してる場合じゃないか)


 表面だけでなく、心の内側も素早く平然さを取り戻したあやめは戦闘を再開する。榛も彼女に応じながらまた走り出した。そして噴き出し続ける水を浴びないような位置まで来ると、何事もなかったように戦いを再開する。


 再開、否、先ほどまでとは様子が違う。


「っ、つっ……ぐっ……!」


 受け漏らし。あやめたちの攻撃が榛の身に入る数が、格段に増えている。それはしかし少女たちの攻撃の精度が上がったからではなく。


「つぅ!?」


 榛の拳撃を肩に受けたあやめが、小さな呻き声を上げる。だがそれは分身。これほどの混戦した状態でも、分身が二つだけだった時と同じように釣りを怠らない。離れ業を披露しつつ、


(防御に回してた分の手数を、半分以下に減らしてまで、積極的に攻め始めてる。短期決着に懸けるつもり? にしては、どう見たって攻撃が浅いけど)


 戦局を冷静に読む分の思考能力をまだ残している。さすがの異能。


 榛は実際、あやめの読み通りに動いていた。さっきまでの戦い方が防御九割に対して攻撃一割だったとすれば、今は防御四割に攻撃六割といったところ。確かに積極さの方は増しているが、隙が大きすぎる大振りな攻撃は仕掛けていない。だから分身に当たったところで、それが強く吹き飛んだり、まして消失したりはしない。


(これじゃ、アタシに二発三発まぐれ当たりしたところで――)


 そう考えていたまさにその矢先、遂に榛の拳があやめ本人にまぐれ当たりした。


 だがあやめは苦痛の反応をせず。


(え――?)


 ただ一瞬、茫然としてしまった。何故なら。


(全然、痛くない――?)


 寸止めとも違う。確かに当たった感触はあった。しかし、痛みを覚えるようなものではなかった。言うなれば寸当てで。


「反応しねえヤツが本物、ってパターンもあるんだよな」

(っ、しまった!)


 榛の言葉に狙いを知ったあやめは、すぐさま分身の群れへと身を投じる。木を隠すなら森の中。あやめを隠すならあやめの中。


 あやめの表情の変化、反応の様子を読み取ることに集中していた榛は、続け様の攻撃を加える暇なく彼女を逃がした。


 ――否。


(はっ!?)


 連撃とは言えぬような間を挟みはしたが、榛の次なる攻撃も、分身の中に紛れたはずの本物のあやめへとヒットする。しかもそれは先のような寸当てではなく、演技するまでもない痛みを伴ったもので。


「あぅっ!?」

 更に第三撃、第四撃も。どうにか自らの分身たちの中へ紛れ込もうとする本物の少女だけを精確に狙い打っている。偶然ではあり得ない。そして。

「じゃあな!」

「ぐふぁっ!?」


 トドメとばかりに打ち出された本日二度目のアッパーカットを受けて、遂にあやめの身体が宙高く吹き飛んでから地面に叩き付けられた。脳が揺れ、意識が途切れたことですべての分身体が一斉にその姿を消失させる。そして公園には、榛とあやめの二人だけとなる。


「う、ううう……っ」


 分身の現出は保てないまでも、辛うじて意識を取り戻したあやめが仰向けに倒れながら榛を見上げる。たった数発で立ち上がれないほどの満身創痍となってしまった自分と、やはり身体中の至る箇所に痣や擦り傷を作っている榛。


 それらは三秒までなかったものばかりだが、榛のそれらはどれも微々たるもの。途中から完全に防御を捨てていたにもかかわらず、その程度で済んでいるという事実が、打たれ強さの差を物語っていた。


「な、んで……アタシが、本物って……」

「『反応しねえヤツが本物』って言葉だけじゃ分からなかったか?」

「い、いや……その後……絶対、分身に紛れ込めたと思ったのに……どうして」

「ああ――トランプのイカサマと同じだ。狙った札の裏に印さえ付けとけば、どれだけ念入りに切ったって望み通りに引ける」

「印……あっ」


 言われてふと、あやめは自分の服に目を落とす。確かにあの錆びた赤水で服は汚れ、模様のようにはなっている。当然、その模様は一人一人違っていたはずだろう。


「十三種類の印の内、どれが当たりかさえ分かればこっちのもんだ。俺の動体視力とお前のスピードならこっちに軍配があるからな。後はもう喰らうもん喰らう覚悟で一気に攻め立てるだけ。お前の攻撃なら、何十発かは耐えられるってもう分かってたし」

「あのスカシが通用してなかったら、どうする気だったのよ……。痛くなくたって、すぐに痛がるフリ出来てたら……」

「だとしても。ともかく印さえあれば、十三人全員に攻撃を当てたってことが分かる。全員が痛がる演技をしたら、何か次の策を考えてただろうな。まあどうしても次の策が出て来なくなったら、後は運任せで博奕打ってたよ。十三分の一ならそこまで悪い確率でもないしな」

「……霊渉、本当に使えないんだね」

「だからそう言っただろ、戦う前に」

「そもそもなんで」

「質問は後でまとめて聞く」

「なばっ!?」


 鳩尾に一発。榛は一回りほども年下の少女を殴って失神させた。

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