第7話 衝動

 私は殺害されるかもしれないという恐怖と共にこの夜過ごすことになる。特に怖かったのは浴室だ。髪を洗っていたら後ろから先生に殺されるのではないか、なんて思いながら浴室に出ると大量におにぎりを買い、6部屋に向かった。

 今の私は美白先輩しか信用できない。私は3部屋、4部屋の舞姫先輩と5部屋の蓮花さんが入浴し終えたら美白先輩もいなくなる。


「あの…美白先輩…」


「どうしたのー?」


「守ってくれるんですよね?」


「あー、言ってたねー。そうだよー」


「信じていいんですよね?」


「いいよー、入りなよ」


「ありがとうございます…お邪魔します」


「それにしても面白いねぇ君は。ある時は美白に怯えあるときは美白に意見しあるときは美白に怒りをぶつけあるときは美白に頼る。まさかCクラスに頼られるなんてねー」


 確かに、他のCクラスからすれば美白に頼る生徒なんてまずいない。変な生徒くらいのDクラスくらいだろう。


「今は美白先輩しか信用できないんです…」


「ほとんどの人物に殺す動機はあるねー」


 美白先輩が自ら作った賭けの対象になったにも関わらず美白先輩しか信用できなくなるなんて変な話だ。

 結美さんは一番犯行の可能性は少ないけど美白先輩に勝つために先生が私を殺しに来る可能性、美白先輩との謎の会話、焔先輩も何か企んでいる可能性、舞姫先輩は過去に美白先輩に嵌められたらしい。それを逆恨みに美白先輩に勝つために私を殺しにくる可能性。蓮花さんは私を恨んでいると言っていた。蓮花さんの恨みを買っていて美白先輩にも憧れている蓮花さんが実は可能性として一番高い。それに5部屋。6部屋に一番近い。


「美白の番だってー、風呂入ってくるねー。怖いならベッドの下に隠れてたらー?隠れることしかできないなんてねー」


 何か心に刺さった気がした。6部屋で一人きり。怖い…恐怖が支配する。美白先輩が殺人鬼だと言われたあの時と同じだ。それに今回は私が標的だとわかっている。

 私は怖がりだ、泣き虫だ、誰かに守ってもらうことしかできない。友達にも守ってもらうことばかり。その友達に位置するのが美白先輩になった。早く帰ってきて。

 強さ的に私は一番弱いだろう。それは心の強さでも。おそらく焔先輩が一番強い。次に背は小さいものの柳原先生だろうか。その次に蓮花さんか結美さん。舞姫先輩は強くはなさそうだが上級生だ。美白先輩はいろいろと謎だ。

 美白先輩が戻ってきた。が様子が変だ。


「たっだいまー」


「あれ…おかえりなさい、どこか痛いんですか?」


「いやー…竜奈ちゃんに一発やられてねー、それに蓮花と結美ちゃんの三人が結託してるし竜奈ちゃんは光ちゃんの場所聞いてくるし怖いねぇ」


 なぜか知らない間に蓮花さんと結美さんだけならまだしも焔先輩も結託していたらしい。それに探しているのは私。


「美白は喧嘩強くないからなぁ、時間の問題かなぁ」


 もう23時、でももう美白先輩から離れたくない。殺される。


「いいよ、ここにいて。さーて、楽しくなりそうだ」


 こんな時に平然とそんなことを美白先輩は言う。本当に美白先輩といると波乱しかない。わざと起こさせた?まさかそんなはずは。今は先生に会うのも怖い。完全に他の人の部屋に時間外に入っている。怒られるならまだいい。殺される。それに柳原先生は分からないものの焔先輩と敵対関係。単体でも強いのにおまけに蓮花さんと結美さんまで着いている。

 嘘で支配しているのは美白先輩かもしれないが武力で支配しているのは焔先輩だ。そんなことをする人には見えなかったのに。


「もし来たらどうしましょう…」


「もし、ねぇ。そういうところかな」


「え…」


「もし来たら反抗してやればいいよー」


「私ができると思いますか?」


「できるよ、現に君は美白が殺人犯を演じていた時あれだけ意見してたじゃないかー。あの時はもう殺したことになっていた殺人犯、でも今は違う。殺してすらない殺人犯にもなってない一般人だ。美白に比べたら大したことないっしょー」


 まだ殺害したこともない殺人犯。柳原先生か、焔先輩か、それ以外か。私が抵抗ということをしてみたら助かるのだろうか。



 23時30分過ぎ、とある一室のドアが静かに開かれる。

 その部屋の人物を殺せば成瀬美白に勝ったことになる。もう人はいない。衝動を抑えなくてもいい。誰も見ていないのだから。息の根を止めてやる。しかし異変に気付く、こんな髪の色だっただろうか。よく知っている人物に似ている。


「なぜここに…」


 寝ていたかと思うと布団から出てきた。


「それはこっちのセリフだ、姫、いいや、もう姫じゃないわ。駄目な舞姫よ」


「なるほど…わたくしに協力してくれるんですね。ここは3部屋ですからバレたら先生に怒られますよ」


「反旗を翻すわ。臆病ねぇ、少佐のやり方も好きじゃないけどあんたはそれ以下だわ」


「少佐?裏切りますか、この関係を」


「元からあんたの操り人形じゃないのよ」


「竜奈…」


「手ぶらであたしに勝てるのかしら?」


「馬鹿の兵士の分際で…」


「臆病の自称姫の分際で言い度胸ねぇ?」


「光さんはどこですか、美白ですね」


「行かせないわよ?少佐はあたしにやられてる演技してるけど主役が来るまで待つわ、あんたの衝動的なところ殺害が絡んでても入るのねぇ。いろいろ付き合わされるわほんと」


「どういうことですか?」


「蓮花がいなくなった件よ、あれは蓮花自体の依頼、結美による百合、蓮花依存症、蓮花離れをするためにやったことだったらしいのよね、蓮花に聞いたわ。その茶番に付き合わされてたんだわ。まあ蓮花的に特に蓮花がいなくても問題ない結果で終わったとか結美は蓮花離れ出来たんじゃない?」


「だから何ですか」


「次はあんたよ、恨んだ人間を追いかけまわして隙あれば被害合わせるつもりだったんでしょう?当の本人にはバレバレよ?でも蓮花殺害疑惑で下手な真似は出来なくなった。少佐、美白を監視してあんた監視兵のほうが向いてるんじゃない?」


「馬鹿の分際で…」


「そうね、あたしは馬鹿よ、点数であんたに勝てないわ。だから何?この3部屋に来た時点であんたはもう手遅れよ」



 23時過ぎ、ノックだ。やってきた。美白先輩は全く警戒なく開ける。犯人は焔先輩ではない。蓮花さんと結美さんだ。

 相手は二人、美白先輩は喧嘩は弱いと言っていた。下級生にしても数では負けている。しかし、殺意が感じられない。


「光ちゃん、3部屋に行こっかー」


「え…」


 ガタガタと震えだす。嫌な予感がする。


「大丈夫、美白がいるから、それに蓮花と結美ちゃんもいるよー」


 その二人が怖い。おそらく3部屋で待っているのは焔先輩。



 3部屋。柳原先生以外の人物が揃った。揃ってしまった。


「あ…あ…」


「美白は主役は似合わないからねー、よろしくー竜奈ちゃん。行こう蓮花、結美ちゃん」


「任せよ」


「はい、おやすみなさい」


「あとは二人を更生するんですね」



 私、舞姫先輩、焔先輩が3部屋に揃った。

 焔先輩だけでなく舞姫先輩までにも狙われていたとは。美白先輩は私を捨てた?

 いつも食堂にいることが多い焔先輩が話しかけてきた。


「舞姫、光、あたしっていつもどこにいると思う?」


 姫と呼んでいない。何かが違う。


「1部屋ですか?」


「光、あんたは?」


「えっと…食堂とか…」


「そうね、あたしは1部屋より食堂にいることが多いわね。同校なのに他校に負けてどんな気持ちかしら?」


「生意気な…」


 この二人は喧嘩をしているように見える構図。


「そりゃあーずっと同じ少佐を監視し続けてればあたしなんて眼中にないわけだ」


「あの…少佐って…」


「あんたの高校の美白よ、姫は柄じゃないから少佐がいいって言ってたわ」


 また勝手に設定を作っている。


「でも殴ったんじゃ…」


「あたしが?あれは美白の演技よ、また騙されたのね。今か今かと美白を監視し続けてても出せない臆病な舞姫、あんたも同じよ、光」


「私は監視なんて…」


「いつも友達の後ろに隠れて小心者ね」


 後ろから柳原先生の声がした。


「そうよ光、貴方は被害妄想が強くて臆病な性格、怖くてあんなに教室では変な生徒扱いしている美白にすら頼ることしかできない。まあ、私も美白の殺人犯の演技には腰を抜かしたけれど、だいたい貴方が殺したところで何の意味があるの?友利」


 焔先輩にはその問いをしなかった。


「わたくしは成瀬美白にさんざん嵌められたんですよ」


「確かに美白のやり方は汚いわ。でも貴方はそれ以上のことをしようとしてたわよね?」


「凶器など持ってません」


「じゃあなんで3部屋にいるのよ」


「それを言うなら竜奈だって…」


「残念ながらね、今の貴方と今の光には仲間がいないのよ。蓮花の件は騙されたけどその件は知らなかったわ。美白と竜奈と私は貴方たち二人を試した。美白主犯の嘘によってね」


「あの殺人もあの賭けも仕組まれていたのですか」


「だから、殺人の件は蓮花たちの問題よ。絡んでないし問題も知らなかったわ。そもそも私は次に殺される生徒は誰っていう質問に最初は桜結美って答えてたわ。でもそこから偽りの殺人犯、美白にやられたわ。君の大事な生徒がどうなってもいいのかなぁとかいろいろ言われて誘導されるように神崎光と答えさせられたわ」


「なぜ、私が…先生は私にそんなに死んでほしかったんですか…」


「違うでしょ、私が聞きたいのはそんな弱弱しい神崎光じゃない。貴方の怒りはその程度なの?」


「どういうことですか?」


「私も竜奈も今の貴方に付いてない。貴方を殺そうとした舞姫友利に一言くらい言えないの、貴方の心はそんなに弱いの?それならとんだ意気地なしよ」


「私は…私は…そんなくだらない理由で殺人する舞姫先輩を許さない…」


「弱弱しい分際で、先輩に対していい度胸ですね」


「もし、もし先生の回答が焔先輩なら焔先輩を殺していたんですか?」


「そうですよ、成瀬美白に勝つためならば」


「そうですか、最低ですね…」


「ふむ、舞姫は成瀬美白にそこまで狂わされていたか、もしかすると美白にも罪悪感というのがあったからあたしたちの相談に乗ったのかしら?すぐに衝動的になる舞姫」


「正義感が強いけど弱気な光、この二人をこういう形でくっつけるとは思わなかったわ。また騙されたわね」


「あたしにとって美白は天敵だわ、その天敵と組んでるから負け筋はないわ」


 美白先輩は焔先輩が苦手と言っていた。逆に焔先輩は美白先輩が天敵らしい。この二人はある意味最強のタッグかもしれない。

 それよりも。そうだ、私はわざと引き出されていたんだ。私は脅されるよりも別の意味。美白先輩に怒りの感情を弱気な心を吹き飛ばされる殺人犯だ、という言葉で私に強気な心を吹き込んでいたんだ。嘘の演技で美白先輩は殺人犯ではなかった。でも舞姫先輩は本気で殺そうとしていた。なら、思いを、殺人という引き返せない悪に染まろうとしている舞姫友利に私の思いをぶつければいいんだ。


「人を殺して、美白先輩に勝ってそれで何が得られるんですか?」


「貴方にはわからないでしょうね」


「はいわかりませんねぇ、貴方のように騙されるほど間抜けではないのでわかりませんよ」


「くっ…この…」


「嘘までなら私の中では許される、だって嘘は違法ではない、でも殺人は戻れないんですよ。私にないものがわかりましたよ、騙されたなら騙し返す度胸ってものがないんですか?」


「騙されないからそんなことが言えるんですよ」


「私は散々騙されましたよ、美白先輩に殺人犯だと脅されて殺されるかもしれない恐怖を味わいました。でも、だからって殺してやるとは思いませんでしたよ。怒りはありましたけどね」


 そうですよ、この怒りをぶつけてもいいんだ。私は遠慮していた。いや、美白先輩の場合素直に怖かった。屈していた。でも舞姫先輩なら怖くない。殺人をしていない嘘つきよりも殺人をしようとしている人間のほうが怖くない。美白先輩の殺人犯の恐怖でその怖さを克服した。美白先輩は自分に殺人犯という汚名を着せてまで私を克服させた。私は一つ克服した。恐怖から、自分がどう見られているか、遠慮がちな自分とはさよならだ。


「殺せるものなら殺してみればいいじゃないですか、そんな度胸もないくせに」


 舞姫先輩は限界だったのか手が出そうになったが焔先輩によって止められた。さすがに焔先輩には及ばない。


「下級生にさんざん言われて竜奈にも止められるとは…はぁ…わたくしも前の貴方のようにおとなしくなりたいですね」


「私は貴方のように衝動的になってみたいものですよ」


 焔先輩は安堵したようにため息を吐く。


「はぁ…姫、現実に戻ったのか」


「またわたくしは恨んでいる人間しか見えてなかったんですか」


「衝動が収まったようだわ、これを機に克服してくれるといいんだけどねぇ」


「取り乱してしまいましたよ」


「取り乱したじゃないわよ、友利、むしろ今回は波乱が起きてよかったわ。まあ、美白がいなかったら何も起きなかったんだろうけど今後会ったら同じことになってたのかしらね」


「わたくしはもう少しで感想文どころではなくなっていましたね、また成瀬美白に嵌められましたよ。特につまらない生徒だと内心思っていましたが光さん、貴方は面白い生徒かもしれませんね」


 最後の夜、私は殺されることなく舞姫先輩と友好を深める感じで恐怖を克服した。私は自分の意見ははっきり言おう、そう美白先輩に教えられた、嘘を通して。美白先輩がDクラスの支配者だということがなんとなくわかった気がした。



 わたくしは成瀬美白に嵌められた。今回はお金目的ではありません。衝動的な性格、まずはそこから治すべきなのでしょう。成瀬美白に嵌められないためには衝動的な性格を治そうとわたくしは思いました。



 姫が治ったかは知らないけど美白は敵に回さないほうがいいわ。あたしの勘がそう言ってるのよね。美白って子謎が多いわね。手に負えなさそうだわ。あたしは美白を敵に回さないようにしようと思った。



 先生である私が生徒の性格を更生する手助けを頼むなんて教師失格ね。でも神崎光にはCクラスを引っ張っていく才能があるわ。でも弱気な性格が邪魔をしてその才能を開花できなかった。でも今日で開花できたかもしれないわね。仕方ないわ、5000円くらい払うわよ。それ以上の借りを作ってしまったわ。





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