第2話 探偵部員募集!

 さて、今は四月上旬なのである。


 ここ、京都市中京区の京都御所の西側にある平安国際高校――通称、平国へいこく――でも、新年度の一学期が始まった。


 始業式の翌日の放課後、かび臭い二三六教室(二号館三階六番教室という意味)で、さっきから一人の少女が椅子に座って、暇そうにスマホの画面を眺めている。


 誰あろう中宮彰子なかみやあきこである。


 昨日の牛車ぎっしゃ事件の時は、保護者代わりの村崎香むらさきかおりのおかげであれ以上大ごとにならずに済んだ。幸い、『京都新聞』の三面記事にもならなくて済んだ。


 ちなみに今日は、彰子は通学に牛車を利用することは控え、室町通りにある家から徒歩で学校に通って来ていた。時間的には徒歩でも十分に通えるのだが、彼女は実は自転車通学に憧れている。今まで自転車に乗ったことがない彼女だが、近いうちに自転車の練習をしたいと思っている。まあ、村崎さんは「危ないからダメです!」とか言って反対するだろうが。


 さて昨日、彰子は登校した後、何食わぬ顔で始業式に出席し、転入生ということでクラスメイトたちに紹介された。三年一組三一席である。みんな転入生に親切にしてくれたので、彰子はすぐにいろいろと話をすることが出来た。


 平安国際高校は「国際」という名が付いているだけあって、帰国子女も多い。そもそも年度初め、途中を問わず転入・転出する生徒も比較的多く、そのための単位認定などの便宜も図っている。海外・国内問わず転勤族の保護者には重宝されるような高校なのである。それゆえ、同じように学年の途中で転入してきた生徒が今季も二〇名近くおり、彰子の存在がたいして目立つことは無かった。


 しかしこの日、放課後のこの教室の前の廊下には、ヘルメットをかぶり、つるはしを持った一人の女子高生が現れた。目立つ。目立ちすぎる。言うまでもなく、女子高生としてはきわめて怪しげな風体ふうていだ。


 しかもこの女生徒、


「あっ、ここだ、ここだ……こんにちは、こんにちは~!」


と言いながら、ずんずんと彰子のいる二三六教室へ入ってきた。


「はい、いかがなされましたか? 訪問販売でしたら、うちは間に合っていますわ」


と、彰子は初対面の子に対しても物怖ものおじせず平然と答えた。あまりにおっとりとしたもの言いなので、冷静というか冷たく聞こえないこともない。


 しかし、相手もたいしたもので、彰子のこのもの言いにもたじろがず、ぐいぐい迫ってきて言った。


「あっ、いかがじゃなくて、私は伊川、二年三組の伊川ルイと申します。訪問販売は来ませんよ。ここ一応、校内だし……部員募集のポスターを拝見してやってきたんですけど……で、どこへ行くんですか?」


「はあ?」


 これには彰子も「?」だ。思わずピントが外れたような声が出た。


 伊川と名乗った女生徒も彰子に負けず劣らず、上級生である彰子に対しても全く物怖じしていないような口のきき方をして言った。


「いや、遠い所まで行くのかなぁ、て思って」


 要するにため口である。まあ、ここは別に強豪校の運動部でも無いのだからこれでもいいのである。もしかしら、上下関係について日本のようにうるさく言わない国からの帰国子女なのかも知れない。


「遠い所って?」


 彰子は「いきなりやって来てなに、あなた。わけがわからない」とでも言いたげな顔をしていたが、声にはそこまで出さずにいたってあっさり言った。


 もの言いは、いつも優しく丁寧に。感情を表に出すのはよろしくない。といったしつけを彰子は幼い頃から受けていたのである。


 対する伊川は妙に彰子になれなれしい。これも生来せいらいの性格だろうか。


「嫌ですねぇ、隠さないでくださいよ。霊峰れいほう富士の裾野すその青木ヶ原樹海あおきがはらじゅかいで行方不明者の捜索ですか? それとも、知床しれとこ半島で野生のヒグマの生態調査を命がけでするとか?」


 伊川の言を聞いた彰子は腹の中では絶対に「何なんだこいつ。いきなりおかしなこと言い出しやがって。ウザ~っ」と思っているのだろうが、そんなことはおくびにも出さずに、


「何のことですの、それ?」


とだけ言った。わけのわからない相手に対しては、必要最小限の言葉で冷たくあしらうのが得策とくさくである。


 すると伊川もようやく悟ったのか、


「えっ、どこかへ行くんじゃないんですか?」


と言いだした。それにも彰子は一言、


「いいえ」


とだけ答える。


 しばしの気まずい沈黙が二人の間に流れた。


 今度は伊川が先ほどとは打って変わっておずおずとした口調で尋ねた。


「ここ、探検部です……よ……ね?」


 またしても彰子は即座に一言だけ答える。 


「いいえ」


「えっ?」


 伊川にしてみれば意外な返答だったのだろう。伊川が何も言葉で応えられないうちに、彰子がさらに静かに言葉で追い討ちをかける。


「ポスターをよく見てくださいね。ここは探偵部」


 彰子が最後まで言い終わらないうちに、伊川は手にしていたつるはしを下ろしてから頭を両手で抱え、頓狂とんきょうな大声を上げた。


「えええ~っっっっ! そうだったのかぁぁぁ!」


 伊川は「やれやれ」とでもいった様子で、頭にかぶっていたヘルメットも脱いだ。


「まあ、どうぞ」


 そんな伊川に彰子は、いたって平然としたおも持ちで自分の席の隣の椅子をすすめた。


「失礼します」


 伊川は先ほどとは打って変わった態度で、小声で礼を言って座った。


 彰子が切り出す。


「申し遅れましたが、私が自称探偵部部長の三年一組三一席、中宮彰子なかみやあきこです。ところで、あなたがおっしゃっているのは、探偵部の探偵助手募集のポスターのことね?」


と言いながら、伊川に部員募集のポスターを一枚手渡す。


「あっ、このポスターだ……あっ、やっぱり探検部じゃなくて探偵部になってる~。はい、何だかよくわからないけど、生徒会非公認の探偵部……どうりで、おかしいと思ったんだ。探検部なのに、『歴女歓迎』とか書いてあるんだもん」


 彰子は「やれやれ」とでも言いたげな気分だっただろうが、そんなことをおくびにも出さずに表面上は愛想よく言った。


「実はね、私、ある歴史的な文書を探してるの」


 その言葉に反応して伊川は身を乗り出した。どうやら「歴女」という言葉が頭の中のアンテナに引っかかったらしい。


「はい、この伊川、縄文土器から岸田内閣成立まで、歴史に関連することなら何でも守備範囲です」


 どうやら「歴女」というのは本当らしい。でも、「文書」を探しているんだから、さすがに「縄文土器」は関係ないぞ。そういう彰子の伊川に対する心の中の突っ込みをまるで無視して、


「もっとも、最近では日本史よりも世界史に惹かれるところがあります。フランス絶対王政、ルイ一三世、一四世、一五世のあたりとか。ほら、私の名前もルイって言うでしょ。なんか運命的っていうか、惹かれるものがあるんですよねぇ。ああ、あの『太陽王』と呼ばれたルイ一四世時代のフランスへ行ってみたいわぁ。そして、華やかな貴婦人として、国王や貴族たちとお洒落な会話をしてみたい……絶対無理だけど」


と、伊川は訊かれていないことまでまくしたてる。どうやら彼女は、一度スイッチが入るとなかなか止まらなくなる性質たちであるようだ。


 一方、彰子は伊川の言葉を聞きながら、


――え~、それって……日本で例えたら平安朝の貴族の世界ですよね? いえ、そんな、憧れるようなものかしら? 確かに華やかでお洒落な面もあるでしょうけど、それだけではないのよねぇ……。


などと、あれこれ考えている。


 そしてひとしきり勝手に喋りたおした後、ふと伊川は真顔まがおになって彰子に尋ねた。


「歴史的? ああ、だからどんな文書なんです?」


 この切り換え方も極端だ。おそらく周りの人間は彼女の言動に振り回されがちなのではないか、と彰子は妙なところで心配にもなる。まあ、彰子が心配する義理も無いのだが。


「それが、とっても重要な文書なのよ」


 彰子の喋り方は今どきの多くの女子高生と違って妙に鷹揚おうようなところがあるので、それがじれったくも感じるのだろう。伊川は再び、


「だから~、どんな文書なんですか?」


と、畳み込む。


「それは国家機密よ」


 すると彰子は大変なことを言い出した。

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