第2話 Episode.2
施設内にある部屋は警備室やトイレ、
私はただセオの後ろをついて行き、たまに彼からされる説明を聞くだけだった。いくつもの階を出入りしたが、建物内はほとんど景色が変わらないため迷ってしまいそうだ。
ふと、ゴーレムのような形のロボットが曲がり角からずいっと目の前に現れた。ぎょっとして私は思わず身をこわばらせる。その様子を見てセオが口を開いた。
「怖がらなくても大丈夫です。彼らは警備用ロボットで、全て警備員のガードンが支配しています。また、そこら中にある監視カメラも彼の支配下にあります」
彼の言葉に私はちらりと天井についている監視カメラを見た。するとそれに気づいたのかカメラが動き、私と目を合わせた。
「随分とたくさんの監視カメラをつけているんですね」
辺りを見回した私の言葉にセオは振り返ることなく返す。
「ええ。我が社のアンドロイドはたいへん高価で、我々の編み出した特別な技術が詰まっている大切な商品です。易々と盗まれる訳にはいきません」
なるほど、と私は頷いた。それにしてもおびただしい量の監視カメラだ。どこを向いていてもカメラが目に入ってくる。
今は目に見えないほど小型のカメラも開発されているが、わざわざ旧式のものを使っているのはカメラが設置してあるとはっきり分かるようにするためだろう。自分が見られていると分かると、人間は犯罪を起こす気がなくなるそうだから。
あちこちを見回している私をちらりとみやってセオが再び口を開いた。
「私と会う前にガードンには会いませんでしたか?警備室にいたはずですが」
「いえ、警備室には誰も……」
そう言うとセオの顔が曇った。切れ長の瞳がさらに鋭くなる。
「……またさぼりですか」
「え?」
地を這うような低い声に私はびくりとした。怒っている。間違いなく怒っている。
セオが足を止め、振り返った。私も立ち止まり、彼の表情を恐る恐る伺う。
「すみません。急用を思い出したので、私はここで。セクレ、これを渡しておきます」
セオがスーツのポケットから腕章と腕時計型の端末を取り出した。
「ここの従業員と分かるように、この腕章をつけてください。あと、これは当社専用の端末です。この建物の扉は全て端末をタッチしないとアンロックされないので注意してください」
私はお礼を言ってそれを受け取ると、端末を右手に、腕章を左腕につけた。
「クリン!ちょっと来てください」
セオが誰かに呼びかけた。するとすぐに「はーい!」と元気な声がした。
柱の影から茶髪のショートボブの女の子が顔をだした。女の子、といっても童顔のせいでそう思えるだけで、年齢は私やセオと変わりないだろう。右手にモップを持っているところをみると、清掃員だろうか。セオと同じように左腕に腕章をつけ、左の頬にはバーコードが印刷されていた。この子もアンドロイドのようだ。
クリンと呼ばれた女性はこちらに走ってくると興味津々な顔で私を見た。
「あれ?セオさん、この方ってもしかして……!」
「ええ。私が昨日言っていたセクレです」
セオの言葉を聞き終えると同時にクリンがぺこりとお辞儀をした。
「はじめまして!私の名前はクリンと言います。ここの
そう明るい声で挨拶をした。とっても元気はつらつな女性だ。私もつられて「よろしくおねがいします」と明るい声で答えた。
セオがクリンを見る。
「クリン。私はこれからガードンに説教をしてこなければならないので、代わりにセクレを他の従業員に会わせてきてくれませんか?」
クリンは一瞬きょとんとした後苦笑して、
「分かりました。私に任せてください」と言った。
その言葉にセオは頷くと踵を返し、エレベーターホールの方に歩いて行った。
セオがエレベーターの中に消えるのを見届けると、私とクリンは並んでゆっくり歩き出した。
「ガードンさん、またさぼったんですね……」
クリンはすっかり苦笑いをしている。ガードンという人のさぼり癖は有名なのだろうか。
「きっとセオさんにみっちり怒られるんでしょうね……」
彼女も怒られたことがあるのか、「大丈夫でしょうか」と至極心配そうな顔をしてクリンが言う。
確かにあのセオが怒るととても怖そうだ。
(できるだけ怒らせないようにしないと……)
私が考えていることが分かったようで、クリンが安心させるようににっこり笑った。
「大丈夫ですよ。セオさんはきちんと仕事をしている人には怒りませんから」
その言葉に私は胸をなで下ろす。その様子を見てからクリンがはっとした顔をした。
「あ、先ほど言ったガードンさんというのはこの会社の警備員さんなんですけどね、ちょっと変わってて……。あ、でもいいアンドロイドさんなんですよ」
「警備員もアンドロイドなんですか?」と私は思わず尋ねた。
「ええ。セクレさん、知りませんでした?この会社の従業員は皆アンドロイドなんですよ?セクレさんが一番最初の人間の従業員さんです」
「そ、そうだったんですか……」
今日三度目の衝撃。今まで一人も人間の従業員がいなかったなんて……。今まで見てきたどの会社にも、人間の従業員が少なくとも数人はいたというのに。
それに、アンドロイドの数がいくら多くとも、彼等はあくまでも補佐で、人間が主体になっている会社しか私は見たことがなかったのだ。しかし、この会社はアンドロイドが主体で運営をしている。それも、人間の力も借りずに。
私は自分の中にあった常識が音を立てて崩れて行くのを感じた。会社の内装も相まってまるで別世界にでも迷い込んでしまったかのような奇妙な感じに襲われる。
「あ、クナー!」
不意にクリンが声を上げた。誰かに向かって大きく手を振っている。
彼女の目線の先には巻き毛の男の子がいた。品の良い金髪の髪の毛はふわふわしていてまるで子犬のようだ。
彼もクリンと同じようにモップを持っていた。小柄であるためか、モップが彼よりも随分と大きく見える。
クリンの声に振り返った彼は、私を見て少し戸惑ったような顔をした。
「あ、先輩。……その人は?」
私と目を合わせないように視線を下に向けながら彼が問う。
「この人がセオさんが言ってたセクレさんだよ!クナーに紹介しに来たの」
そう言ってからクリンは私の方に向き直った。
「セクレさん。このアンドロイドがクナーです。私と同じく清掃員なんですよ」
クリンに紹介され、私はクナーを見る。その視線を受けてクナーがぎこちなく頭を下げた。
私も頭を下げ返すのを見計らってクリンが口を開いた。
「今、セオさんに頼まれてセクレさんに皆を紹介してるところなの!ねえ、クナー。エンジーニさんがどこにいるか知らない?」
「エンジーニさん、ですか?……多分、アンドロイドの検査に行ってると思いますよ」
おどおどとした調子でクナーが答えた。
「そっか……。ってことは、どの階にいるか分からないなあ……」
クリンは少し考えこんだあと、何かをひらめいたようで顔を輝かせた。
「そうだ、ガードンさんのところに行こう!そうすれば、セクレさんにガードンさんを紹介できるし、監視カメラをチェックしてもらってエンジーニさんの場所を割り出せるし一石二鳥だもんね!」
クリンは一人で興奮するようにしゃべっていたが、私の腕をつかむと
「行きましょう、セクレさん!善は急げですよ!」
と言い走り出そうとした。
「ち、ちょっと」
待って、と言おうとしたが、言っても無駄な気がしたのでやめておいた。
「あ、あの、先輩!」
代わりに後ろからクナーが呼び止める。
「なに?」と急に足を止めクリンが振り返る。私は上手く止まれず彼女にぶつかりそうになる。
「す、すいません」とクリンが照れたように謝った。
「えっと、103階のトイレのつまりは直ったんですか?ほら、昨日セオさんが仰っていた……」
そう尋ねられ、クリンの動きが一瞬止まる。それから
「あー!いけない、忘れてた!」と声をあげた。
ころころと表情が変わる彼女に私はついていけず目を白黒させる。クリンはしばらく「あー」とか「うー」とか言っていたが、決心したように私の方に振り返った。
「す、すいません、セクレさん。私、急ぎでやらなければいけない仕事があって、案内を中断しなければいけないんです。すみません!」
そう言って頭を下げる。私は彼女を安心させるように微笑む。
「分かりました。では、ガードンさんという方がどこにいるのかだけ教えていただけますか?」
そう尋ねるとクリンがほっとした顔をした。
「えっと、ガードンさんは警備室にいらっしゃいます」
警備室の場所は今朝通りかかったから知っている。そのことを伝え、自分一人で行くことを言うとクリンがぱっと顔を明るくした。
「すみません、セクレさん。よろしくお願いします」
そう言って何度もぺこぺことお辞儀をするクリンと別れて私は警備室に向かってゆっくりと歩き出した。
(確かこっちの方だったはず……)
記憶を頼りに警備室に向かう。すると突如後ろから
「侵入者発見」との機械音声が聞こえてきた。
驚いて振り返ればあのゴーレムのような警備用ロボットが一台立っていて、こちらを見つめていた。
私は「え?」と思わず声をあげる。
「侵入者発見。排除システム起動。直チニ拘束スル」
そう言ってずかずかと歩いてくるロボットに私は慌てる。
「ち、ちょっと待って!私はここの従業員なの!」
そう言ってセオに貰った腕章と端末を見せつける。そのロボットは私の方に手を伸ばした状態で動きを止め、右手についている端末を見つめた。
「……命令サレタ従業員番号ヲ確認。システムノ切リ替エヲ完了。直チニ警備室ニ連行スル」
「え?」とまたもや声を上げる前に、そのロボットに腕を掴まれる。それがあまりにも強い力で私は思わず顔をしかめた。
「い、痛い!離して!」
そう叫んで抵抗するとさらに強くつかんでくる。骨がきしむ音が聞こえたような気がして、思わず涙目になった。
(抵抗しない方がよさそうね……)
抵抗を諦めると、そのロボットが私を引きずるようにして歩き出した。何をされるのかとびくびくしながらも私は大人しくついていった。
ロボットが立ち止まったのは目的地である警備室の前だった。私は目を丸くする。
「ガードン様。命令サレタ従業員番号ノ従業員ヲ連レテ参リマシタ」
そう言うとピッと電子音がして警備室の扉が開いた。ロボットによって押し込まれるように中に入ると、おびただしい数のモニターが壁中に貼り付けられているのが目に入ってきた。
その前に設置された机に誰かが突っ伏して寝ているのが見える。目が痛くなるほどたくさんのモニターを前に私が何も言えずにいると、あくびをしてその人が緩慢な動作で体を起こした。
「……あー、眠い」
そう呟き大きく伸びをしてから私たちの方を振り返る。それはいかにも今の若者らしい顔立ちをし、髪の色は金色に近い茶色ですこし狐目の男性だった。
彼は後頭部を掻きながら眠たそうな顔で私のことを見る。
「……あんた、誰?」
無理矢理起こされて不機嫌そうに目をこすりながら尋ねられ、私は慌てて自己紹介をした。
「あ、えっと、私はセクレという者です。今日からここの従業員になりまして、その、決して侵入者では……」
「あー、あんたがセオの言ってたセクレね」
私が言い終える前にそう呟いて、彼は私を眺める。なんだか品定めをするような目だ。決して友好的なものではないと断言できる。
……あまり、彼には歓迎されていないようだ。私はすぐにそう思った。
彼は私のことをしばらくぶしつけに眺めると、にぱっと笑った。それはそれは無邪気な笑みだった。
「どーも。俺は
「お、お願いします……」
先ほどまでのよそよそしさはどこへ行ったのか、気さくに握手を求められたので私はそれに応じた。手に彼のつけている白い手袋のごわごわとした感触を感じた。
決して彼は悪いアンドロイドではないのだろう。しかし、先ほどの彼の表情が私の脳裏から焼き付いてはなれなかった。
ガードンが私の後ろに控えるように立っていた警備用ロボットに視線を向ける。
「どーも、ご苦労さん。もういいよ」
軽い口調で言って手で追い払うような仕草をする。それを見てロボットは嫌な顔一つせずぺこりとお辞儀をすると、回れ右をし大きな体をゆさゆさと揺らして去って行った。
そのロボットが見えなくなってから、私はガードンに話しかける。
「……あの、どうして警備用ロボットが私のことをここに連れてきたんですか?私のことを侵入者のように判断していましたけど……」
そう言うと「ああ」とガードンが思い当たる節があるように呟いた。
「それは俺があんたをここに連れてくるよう仕組んだからっすよ。あんたの従業員番号を警備用ロボットたちに登録して、『
何故それを知っているのだろうと疑問に思い尋ねてみるとガードンがきょとんとした顔をした。
「え?だってあんた、クリンと一緒に俺の話をしてたっすよね?62階の男子トイレ前で」
その言葉に私は目を丸くする。
「どうしてそれを……」
そう驚いたように呟くと、ガードンが小馬鹿にしたように笑った。
「俺はここの警備員っすよ?セオも言ってただろ?『そこら中にある監視カメラは俺の支配下にある』って」
そう言われて私ははっとする。
どうやら彼は、この会社中に仕掛けられた気が遠くなるほど大量の監視カメラの映像を一気にチェック出来るらしい。なるほど、確かに人間にはとてもじゃないが無理なことだ。アンドロイドだからなせる技だろう。
「俺はこの会社内で起きたことは誰よりも早く分かるんすよ。だからセオの説教からも逃れられるんっす」
そう言って彼が背もたれに体を預け、口笛を吹いた。どうやら彼は、クリンが心配していたセオの雷の直撃を免れたらしい。
「そうなんですね……」
私は彼に敬意を払うと共に警戒していた。これ以降はこの会社にいる間は常に彼に見張られていると思った方がいいようだ。
「まあでも、セオには怒られたことにしとこうっと。クリンに心配してもらえるのは嬉しいし」
そうガードンが上機嫌に言ってからちらりと私を見た。そして明らかに不快な顔をする。
「んで?あんた、いつまでここにいるんすか?」
(自分から呼びつけておいて……)と私は少しむっとする。
ガードンはそんな私を見ながら体を起こすと、表情をゆがめた。
「早くここから出て行ってくれないっすかね?これ以上ここに居座るなら、俺、あんたのことを殺しちゃうかもしれないっすよ?」
先ほどまでの若者らしい声とは違い、恐ろしく低い声に私はぞくりと体を震わせた。
こんなに狭い部屋だ。逃げたり隠れたり出来る場所はない。彼に本気で襲われたら間違いなく死んでしまうだろう。
それに、私がここで彼に殺されたとしても、それを立証できるものもない。例え監視カメラがついていたとしても、それらは全て彼のものなのだから。
瞬時にいろんな考えが頭を駆け巡って私が動けずにいると、彼はぞっとするほど暗い表情を崩してぱっと笑みを作った。
「あはは、冗談っすよ、冗談。本気にしないでくださいよ」
そう言ってあっけらかんと笑う。私は思わず拍子抜けしてしまって、身構えていた体の力が抜けるのが分かった。一体どちらが彼の本性なのか全く分からない。彼と上手くやっていくのは中々難しそうだ。
「それで、なんであんたここに来たんだっけ?」
そう友好的に話しかけられ、私は面食らいながらも口を開く。
「あ、えっと、エンジーニさんを探していて……」
そう言うと思い出したようにガードンが手を叩いた。
「ああ、エンジーニね。今は115階のルームEにいるっすよ。すぐに行けば間に合うんじゃないっすかね」
私は彼にお礼を述べると半ば逃げるように警備室を後にした。
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