1話

老婆は、死骸の傍へ引き返した。死骸の上に俯伏になって、長い髪を掻きわけて見た。けれども、そこにはもう鬘はない。老婆は再び死骸の上から起き直ると、今度は、草履ぞうりを脱いで手に持ったまま、死骸の中へ潜り込んだ。そうして、一所懸命に手を動かしているうちに、やがて指先に固い物が触れた。――老婆は、ようやく自分の目的のものを手に入れた。長くて黒い髪の毛であった。それを大事に抱えて、老婆はまた這い出した。この時、門の上の空に、何か音がした。と思う間も無く、星が一つ、二つ、三つ、四つ五つ六つ七ツ八ツ九ツ十ツ、一度に、音もなく落ちて来て、暗い瓦屋根を打った。雨のようなそゝぐ音のしないのが不思議なくらいである。老婆は、仰向けに寝たまま、顔を真赤に紅潮させて、じっとその方を見上げた。すると、雲の間から、時々稲妻が青白く閃めいて、見るものもない闇の中へ落ちて行く。その度に、幾百の星が、一度に散るように見えた。老婆は、長い髪の毛を握りしめるように持って、両手を高く天へ差し上げながら、いつまでも、この恐ろしい星の降るのを眺めていた。

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