第2話死を渇望する者へ②

世の中には色んな人間が居る。芸術を愛す奴がいれば学問を研究する奴や金を儲けようとする奴だっている。色んな奴が方向性が違えど共存社会に溶け込んでいる。どんな人間だって社会に於いては必要不可欠な存在だ。たとえ、それが明日死ぬような使い捨ての人類亜種の集団であったとしてもそれが世界の常であり、理であり、法であることに変わりはない。だが、そんな世界の現実も目の前に映し出される光景にはただの現実逃避でしかない。


『こ、こちら1085部隊現在、敵の攻撃を受けている!至急応援を求…』

救援を要請する通信は突如、耳障りな音によって途切れる。通信係が被弾したのか、それとも通信自体がままならない状況にまで陥ったのかは定かではない。だが、はっきりとしているのは無線の向こう側は楽観視できるほどの事態ではないということだ。


『くそが!死ね死ね死ね、死んでくれよぉぉぉぉおぉ!』

『ヒィィィ!こっちに来るなぁ!』

『お、おい!陣形を崩すな!』

『嫌だ!死にたくない!あひゅ』

『お、俺の足が…‥あ、ッハハハハハ!」

一人の通信を皮切りに次々と繋がってくる無線。中にはあちら側の断末魔までも聞こえてくる始末だ。いや、断末魔ならまだましなほうだ。誰が好き好んで狂気に走る者の声を聴きたい。狂う様なんて見たくもない、聞きたくもない。耳を塞ぎ、体を縮めて蹲りたい。何もない空間で虚無でありたい。目の前の現実に目を背けたい。だが、そんな自己防衛も

『No.0156、さっさと出撃してください』

無機質な女の声で阻まれる。感情なんて無い。此方の心配なんて皆無。それどころか早く死ねと言わんばかりの語気が感じ取れてしまうぐらいだ。

『了解。No.0156出撃します』

お返しとばかりに無機質な声で応えると脊髄に付いている部品が起動する。

嗚呼、いつもの事だ。痛いのは最初だけ、後は体が慣れて楽になってくれる。ズキリと痛めば、顔に感情が乗る。顔に心が戻るのを感じる。そしてその表情は....

「行くか、CLAUDIUS。僕らの死に場所へ」

笑っているようで泣いているようで酷く歪んだものだった。




「整備長ー?何故指令室の人等はCLAUDIUSのこと、道化クラウンなんて呼ぶんです?」

誰も居ない機関室で、一人の整備員が疑問交じりに聞いてくる。まだ、配属されて二カ月の新人だ。無理もない。訓練所では整備知識しか教えられんからな。

「型式名称CLAUDIUS‥…だったか?突如現れた敵性有機生命体ガリヤに人類が対抗するために作ったていう兵器は。」

「そうっすよ、けれどみんなあれを‘‘クラウン‘‘しか言わないんですよ。嫌な気分になるっス」

「そりゃ、お前。‘‘クラウン‘‘なんて名前、縁起に悪いからな」

朧げに上層部の連中が話していたことを思い出し始めるが、やはり記憶が薄れてても胸糞の悪い話だ。

‘‘クラウン‘‘なんて死地に赴く奴のお供につけていい名前じゃない。明らかに侮蔑と皮肉を込めた名だ。

「CLAUDIUSて聞くとお前、何を思いつく?」

「そりゃあ、かっこいい響きの名前だなって」

「阿呆、CLAUDIUSっていうのはローマ皇帝の名前だ。」

「…おやっさん、物知りっすね」

新人からの特にうれしくもない賞賛が耳に入ってくる。

「あれ、でもそのローマ皇帝の名前が何でCLAUDIUSに採用されるんすか?たかが人の名前っすよね?」

「重要なのは名前じゃない。そいつの生き様だよ。」

「生きざまっすか?」

新人が首をかしげているのが視野の隅に映った。

「クラウディウス帝っていうのは先代の皇帝が暗殺されるとこを偶然見ちまったのさ。そして自身も殺されると思っていたら、次期皇帝に担ぎ出された。何とか皇帝の任を全うしようにも最後には妻からの毒殺だ。な?道化だろ?それでクラウディウスって言うのを捩って、道化つまりクラウンて言ってんのさ」

「うわ~、根暗っすね。」

「お偉いさん方は安心したいのさ。''クラウン''なんて名前を付けている機体に乗っている奴らよりも自分達が真っ当で優秀な人間だってことを証明したいのさ。」

「はへ~、何か器がちっちゃいっすね」

新人が他人事のように言うが、俺たちだって同じようなもんだ。それを知っていながら何の行動も起こさず、こうやってせっせと整備してあいつらの死ぬ時期を早めているんだからな。寧ろ、俺たちの方こそ質が悪い。最も醜悪な人間は危害を加えるのではなく、傍観しているだけの人間てな。ろくな死に方なんて出来んだろうな。

「にしても、イメージで乏して自分等の善性を証明したいて指令室の人たちも可笑しな事を考えるんすね。」

嗚呼、またこの流れか...。だから、質が悪いてったんだ。

「だって、《人類亜種》を僕ら人類種と同格に扱っているみたいじゃないですか」

その新人の目は酷く無関心で、冷徹に思えた。さも当然であるかのようにあいつらを見下していた。だが、それを咎めようとする人間はこの場にはいない。この世界では差別なんて当たり前で、それを咎める奴こそ異端だ。

「しゃべっている暇があったら、整備品の確認や清掃でもしておけ」

だから、俺は話題をそらした。これ以上、そんな話を聞きたくないからだ。無意識に差別をした新人を叱るわけでもなく説教するわけでもなく、俺は話題を変えるという臆病な手段をとった。

「へーい」

新人は興味を失ったかのように整備品が貯蔵されている部屋へ消えていった。一人残った俺は憔悴しきった顔で天井を見上げて

「一度、この世界は亡びるべきかもしれんな」

と呟いた。それはまるで自身がこの世界の不条理に対して何の行動も起こしていない自身にも絶望しているかのような声音だった。

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