死を渇望する者へ
@HIUTHIISI
第1話死を渇望する者へ
暑い猛暑の日、一人の男が自宅の縁側にて腰かけていた。
「・・・今日も暑いねぇ」
年齢は九十代といったところだろうか。もういつ何時閻魔の御向かいが来てもおかしくない年齢だ。そんな男の口から洩れた一つの言葉は端的に見えるようであり、どことなく昔を懐かしんでいるように見えた。彼の背中はひどく丸くなっているが、それでもどこか逞しさを感じる。そう、時代の波にのまれながらも懸命に生きた男の背中が。
「にゃー」
「おお、わらびや、すまんのう」
縁側から動くことがなかった彼を心配したのか、はたまた餌の催促に来たのか、一匹の猫が老人のもとに駆け寄ってきた。
「ここにおいで」
老人は猫を自身の胡坐の中央に招き寄せ、優しく頭を撫でた。
「お前にも、この光景を見せたかったなぁ」
誰に向けた言葉なのだろうか。あいにくとこの家にいるのは死にかけている老人と今もなお老人の下にて惰眠を貪る猫一匹のみである。
「なぁ、わらびよ・・・世界は今、平和だぞ」
男の口からは悲哀に満ちながらも、死者に安心させるような言葉が出る。
4059年、今日の天気は蒼天の如く清々しくも穏やかな空模様であった。
時は3965年、人類は高度な文明を築き上げることに成功した。人類同士の差別はなく、貧富の差は縮まり、不治の病とて処方された薬物によって完治させることのできる文明であった。しかし、人の強欲はそこで留まらない。神が自身の姿に似せて人類を創ったように、人類も新たな声明を創り、創造主となろうとしたのだ。当然、反対もあったが高度な文明の前にはいかに伝統的な倫理観であっても無意味に等しかった。実験を止めれるものはおらず、着々と進められていく。そして、ついに人類の姿を模した新たなる生命体が誕生した。いや、誕生させてしまったというべきか。その生命体は人類が神から受け取った原罪を肩代わりする存在として生み出されたのだから。
『人類亜種』、創造主である人類種によって生み出されたそれは、姿かたちは人間の物であるが、一つだけ違う部位が存在した。それが``spinal cord machine``である。通称``s.c.m``と呼ばれるこの部位は人類亜種が効率よく労働するために機体と神経接続させるものであった。さらに人類亜種が想像主たる人類に歯向かう事を許さないかのようにこの``s.c,m``には定期的な人類種によるメンテナンスを行う必要があるよう設計された意図的な欠陥品でもあった。「子供が創造主に逆らうことなどおこがましい」人類種の傲慢さが体現されたかのようなこの部位は多くの人類亜種たちの意思を刈り取っていく。だからこそ、人類種は過ちを繰り返す。バベルの塔、ノアの大洪水、神話に記載されている悲劇はすべて人間の傲慢さが招いたものだ。だが、人類はそのことに気が付かない。気が付いたとしてもそれをやめようともしない。目の前にある利益を無視できない存在こそが人類なのだ。「これで人類は労働の原罪から救われる」そう歓喜した人類種の声がどれほど多かったことだろうか。労働という縛りを捨て、怠惰に生きようとする人類から無様に扱わる人類亜種。この世界はどうしようもなく腐っていた。
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