【六限目】幼馴染が看病に来てくれたけど、なぜか安静に出来ない件について。

「──くん。コウくん」


 遠いところから、声が聞こえる気がする。


「──コウくん。コウくん」


 いや、違う。これは耳元で囁いている声だ。少し高くて、可愛らしい女の子の声。

 外見は黒髪ロングで少しつり目の、眼鏡がよく似合う女の子。属性は姉……いや、幼馴染といったところか。

 シチュエーションは朝、寝坊した主人公を起こしに来る幼馴染か……いや、個人的には風邪でぶっ倒れた主人公を看病するために来た幼馴染が、起こしに来るシチュエーションの方が萌えるが──


「──コウくんっ。起きて!」


「……んぁ?」


 大きな声に、意識がまどろみから呼び戻される。

 瞼を開くと、まず目に飛び込んできたのは、緑と黒のチェック柄のシャツ。次にその開けた胸元から覗く水色の下着と、谷間が見えた。


「あ、やっと起きた……コウくん、ご飯作ったから。体、起こせる?」


 俺の顔を覗き込むようにして、女の子が微笑む。

 黒髪ロングで、少しつり目の、眼鏡をかけた女の子。色白の肌はきめ細かく、少しだけ頬が赤くなっている。俺の幼馴染、柊月美だ。


「……ジャスト」


「ん? 何か言った?」


 立ち上がっていた月美が首を傾げる。


「いや、何も言ってない」


 俺は重たい体を起こして、ベッドに座る。目の前にあるテーブルの上には、湯気を上げるお粥が置いてあった。


「体調はどう? もう作っちゃったんだけど、食べれそう?」


「あぁ、まだ体が重いけど……食べれると思う」


「そ? よかった」


 少し心配そうな顔をしていた月美が、安心したように微笑む。

 むしろ、お腹が空いているぐらいだった。卵とネギを混ぜて作られたであろうお粥は、見るからに美味しそうだ。

 そういえば、あんなにも暑かった顔が今はそれほど暑くない。額に手をやれば何か貼り付けられているのが分かる。感触からして、熱冷ましシートか。

 家にそんなものを置いていた記憶はないので、月美が買ってくれて、寝てる間に貼り付けてくれたのだろう。


「はい、コウくん。スプーン。熱いから、気を付けてね?」


「あぁ、ありがとう」


 俺はマスクを外し、受け取ったスプーンで、お粥を掬い上げる。白く細い湯気がのぼるお粥に、息を吹きかけた。口に入れても問題なさそうなぐらい冷ましてから、お粥を口にする。

 卵の風味と、塩気が効いている。濃すぎない、ちょうど良い味わい。体が喜んでいるのが分かる。これなら、いくらでも食べれそうだ。


「どう、かな? 味の方は……?」


「ん、めちゃくちゃ美味しいよ。これならいくらでも食べれそうだ」


「そ、そう? よかったぁ」


 嬉しそうに、頬を緩ませる月美。そんな幼馴染の笑顔を見てると、こっちも笑顔になってくる。

 俺はどんどんお粥を口に入れていく。

 それを嬉しそうに眺める月美。正直、そんなに見つめ続けられると食べにくいのだが、幸せそうな幼馴染の顔を見ると、見ないでほしい、とは言いづらい。そのまま、我慢する事にした。


「……ふぅ」


「あれ? コウくん。もうお腹いっぱい?」


 月美が首を傾げる。

 お皿半分まで食べ終わったところで、俺はスプーンを置いた。月美が作ってくれたお粥は素直に美味しいし、もっと食べたいところなのだが。


「いや、体がやっぱり重くてな」


 深く息を吐きながら、ベッドの上で横になる。やはり、まだ体を起こしているのは辛いものがある。


「そ、そっか……じゃあコレはもう片付ける?」


「悪いな。お腹は空いてるから、まだ食べたいところなんだけど……」


「あ、お腹は空いてるんだね。でも、体が辛いんじゃ仕方ないよね」


 少し悲しそうな、月美の声。見るからに残念そうな顔だ。それが申し訳なくて、月美に声をかけようとした──が、それよりも前に、月美が口を開いた。


「も、もしくは……私が、食べさせてあげる……とか?」


 上擦った声で、月美がそんな事を提案する。見れば、耳まで赤くなっている。

 恥ずかしがってるな、これは、と思う。ここまでしてくれた幼馴染に、恥ずかしい思いまでさせて、ご飯を食べさせてもらうのは申し訳ない。


「いや、そこまでしなくてもいいよ。お粥はまた元気になった時に食べるから、残りは冷蔵庫に──」


「──私は大丈夫だからっ。コウくんお腹空いてるんでしょ? 風邪の時は、ご飯が食べれる時に食べとかなきゃっ」


 そう言って、月美は持ったスプーンでお粥を掬い上げて息を吹きかける。心なしか、月美も熱があるんじゃないかと心配するほど顔が赤い。


「ん、このぐらいかな……でも、もしまだ熱かったらコウくん火傷しちゃうかもしれないし……よしっ」


「……え?」


 その光景に思わず、固まってしまう。

 何を思ったのか、月美は自分の唇にギリギリ触れるところまで、スプーンで掬い上げたお粥を近づけた。


「うん、このぐらいの熱さなら大丈夫かな」


 そう言って、満足そうに頷く月美。


「……いやいや、その前に月美さん? 何をしてらっしゃるんでしょうか?」


「……何って。熱くないか調べただけだよ?」


「あぁ、そう……いや、でもそんな事までしなくても──」


「いいから、いいから。ほら、コウくん。あーんして?」


 有無を言わさず、スプーンを口元まで突き出され、俺は口を開けるしかなかった。

 お粥は、ちょうど良い熱さだった。


「どう? 熱くない?」


「……うん。熱くないです」


「よかったぁ。じゃあもっと、食べさせてあげるからね」


 そう微笑む月美はスプーンでお粥を掬い上げ、息を吹きかける。

 ……気にしてるの俺だけかな? ま、まぁ、間接キスとまでは言わない、よな? というか、大学生にもなって間接キスぐらいで気にするのも変な話か。現に、月美だって気にしてる様子はないし。


「──ふぅー、ふぅー。 ……うん、そろそろいいかな……んっ」


 再び唇で、熱さを計るようにスプーンを近づける月美。俺は、月美にお粥を食べさせてもらうため、視線を外す事ができない。


「…………」


「うーん、まだちょっと熱いかな……ふぅー、ふぅー」


 ──これがまだしばらく続くって、マジか?

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