【四限目】耳かきASMR生配信の魅力

 「よし、準備するか」


 月美とのオンラインゲームを終えた俺はテレビの電源を落とし、ベッドに仰向けに寝転ぶ。チャットを切る前に、月美に名前を呼ばれた気がするが……多分、気のせいだろう。

 俺はワイヤレスヘッドフォンつけ、DouTubeのアプリを開いた。登録チャンネルにある『ねこひなチャンネル』のLIVEと表示されている動画をタップする。


『──こんばんにゃん、かーらーの、おっひなー。猫咲ねこさきヒナだよー。皆、元気にしてた〜?』


 ヘッドフォンからおっとりとした、女の子の声が聞こえる。

 彼女の名前は、『猫咲ヒナ』。耳かきASMRを主に配信するDouTubeの配信者だ。

 画面で、猫耳を付けたショートヘアの可愛いメイド服姿の女の子のイラストが動いている。彼女は、おっとりとした母性溢れる声が特徴的で、チャンネル登録者数は一万人ほど。

 配信頻度は一週間に2回。30分ぐらいのシチュエーションボイスを投稿することが多く、生配信が一ヶ月に1回ある。

 今日はその生配信の日だった。

 俺は、「おっひなー、元気だよー」という挨拶のコメントを送ってから、スマホを枕元に置いた。


『お〜、コメントいっぱいだぁ。皆が元気そうでよかったぁ……じゃあ早速、耳かきはじめてくよー?』


 ──ゴリゴリっ。


「おぉっ」


 固い棒で、擦られるような音が聞こえる。ステンレス製の耳かき棒だろうか? 良い音が出てるなと感心する。

 ヘッドフォンから猫咲ヒナの楽しそうな声が聞こえる。


『皆、気持ち良さそうだねぇ。ほーら、ここかな? ここが良いのかなー?』


 ──ゴリ、ゴリ、ゴリっ。


「……さすが、ヒナさん。相変わらず良い音出すなぁ」


 彼女の耳かきテクに、思わず唸る。

 俺は基本的に、耳かきASMRはシチュエーションボイスを聴く事が多い。

 様々なシチュエーションで、色々な女の子との耳かきを追体験できるし、耳かきASMRとして完成されているものが多いからだ。

 しかし、この耳かきASMRの生配信にも魅力的なところがある。


『んー? もっと奥に入れてほしいの? ……キミたちも欲しがりだなぁ』


 ──ガガガガ、ゴリっ。


「──っ。 ……はは、いきなり来たなぁ」


 耳奥へと固い棒が入ってくる感覚に襲われ、気持ち良くて、思わず頬が緩んでしまう。

 生配信の魅力その① ──配信者がリアルタイムで、リスナーの要望を聞いてくれる事だ。

 耳かきASMRを聴いている中で、して欲しい事をその場でしてもらえる。これは、シチュエーションボイスでは叶わないことだ。


『今度は早くして欲しいの? ……あたし、あんまり早いのした事がないんだよねー。上手くできるかなぁ?』


 ──ガリガリ、ガリガリガリっ。


「うおっ。高速耳かき……やっぱいいよなぁ」


 猫咲ヒナは不安そうにしていたが、全然良い。ちょっとぎこちない感じはするが……普段はゆったりと、撫でるような耳かき音を出す彼女が、頑張って高速耳かき音に挑戦してるって考えたら、プレミア感があって逆に良い。


『こう、かな……え? 上手くできてる? よかったぁ』


 猫咲ヒナの安心した声が聞こえる。貴重な高速耳かき音に満足した俺は、スマホを手に取り、チャットの流れに合わせて「ヒナさん、最高です」と送る。


『よぉし、じゃあ次はね……炭酸耳かきを試してくよー』


 ──シュゥワアァーーーーっ。


「うおっ、炭酸か……これも最近増えてきたよなぁ」


 生配信の魅力その② ──配信者が、新しい耳かき音に挑戦してくれる事がある。

 生配信では、シチュエーションボイスでは中々聴く事ができない、変わった耳かき音を体験できる事がある。もちろん、今回、猫咲ヒナがやっている炭酸耳かきはシチュエーションボイスでも扱っている作品はある。

 しかし、シチュエーションボイスは、沿を出すのがセオリーだ。それに対して、生配信では配信者が思うまま、あるいは試行を巡らし、耳かきをする。その刹那に生まれる──

 その瞬間に立ち会えるかもしれない……これこそが、生配信の醍醐味とも言えるだろう。


 ──シュウゥワ、シュウゥワっ。


『どうかな? 気持ちいかなぁ、皆……あ、気持ちいっ? じゃあ、もぉっとしてあげるねー』


 ──シュウゥゥワァァァアっ。


「あー……いいな、これ。炭酸も有りだな……」


 炭酸の音が、耳奥から脳にまで響いてくる。脳がしゅわしゅわと、炭酸の底へと沈んでいくような……おっと、これ言語化するの難しいな。でも、まぁそれでもいいかと思えるような、そんな心地良さがある。


『いや〜。皆が上手って、すっごい褒めてくれるぅ。皆、優しいな〜 ……実はさぁ、今日、久々に妹とご飯食べに行こって誘ったんだけど断られちゃってぇ。「お姉ちゃんほど暇じゃないから」って……そんな事、言わなくてもいいじゃんねぇ?』


 猫咲ヒナが悲しそうな声で、『あたしだって、せっかく時間作ったのにぃ』とため息をこぼす。彼女には妹がいるらしく、生配信では、よくその妹との話が出てくる。

 生配信の魅力その③ ──配信者のプライベートを垣間見る事ができる。

 普段、聴いている耳かきASMRの声主がどんな人なのか、それを知る機会はほとんどない。

 彼女達が普段はどんな調子で話して、どんな考えの人で、どんなものが好きで、興味があって、どう感じて日々を過ごしているのか……生配信を通すことで、彼女達を身近に感じる事ができるし、より応援したいと思うようになるのだ。

 ……ラフな言い方をすると、学園のアイドルと呼ばれている女の子の部屋着姿とか、めちゃ気になりません? それと同じです。

 もちろん、プライベートな話から個人を特定するとかはNGだ。誰も幸せにならない結末になる場合が多いからね。


『──皆、慰めてくれてありがとぉ……でもねぇ、あたしの妹はすっごく可愛いの! 美人だしー、胸もあるしー、スタイル良いしっ。あたしに対しては、だいたい怒ったり、冷たい態度をとる事が多いんだけど……たまに素直な時もあってさ? それがまた可愛くて、可愛くて……あ、もちろん怒ってる時も、冷たい態度を取ってる時も可愛いよ? ツンの時も可愛いっ。デレの時も可愛いっ。あたしの妹、最強じゃないっ?』


 普段のおっとりとした口調から、一転して饒舌に喋る猫咲ヒナ。彼女は重度のシスコンで有名だった。まぁ、それも彼女の魅力の一つな訳だが。


『あぁ、いつか妹とも耳かき配信してみたいなぁ……絶対、楽しいよ──あ、そろそろ時間だね』


 壁に張り付けている時計を見れば、配信が始まってから1時間半が経過していた。俺はスマホのチャット欄に、「お疲れ様ー」というコメントを送る。


『──じゃあ皆、次回の配信まで、まったにゃーんっ』


 終わりの挨拶と共に、配信が終わる。


「……今日も最高だったな」


 そう呟いて、俺はしばらくの間、その余韻を噛み締めた。

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