【二限目】大好きな幼馴染がASMRにハマってる件について①
皆さん、はじめまして。私の名前は柊月美。
私立大学の一年生です。今年の春から駅近くの女性専用のアパートで一人暮らししています。
趣味はゲームで、ソシャゲとテレビゲーム、アクション、ロールプレイング、音ゲー、ギャルゲーと媒体、ジャンルを問わず、全てのゲームが好きです。
突然ですが、そんな私には大好きな人がいます。
小学校の頃からずっと好きで、その人を追いかけて、大学まで同じ学校に通っています。
その人の名前は、雨宮光太郎。私は、「コウくん」って呼んでいます。
私は今、その「コウくん」とオンラインゲームをしています。
「──あ、コウくん。左の建物に隠れて。スナイパーに狙われてる」
『お、マジか。了解』
今、プレイしているゲームは世界大戦の頃を想定したFPS。数十人に及ぶチームを組み、世界中のプレイヤーと撃破数を競うゲームだ。
ヘッドフォンから聞こえてくる銃声から敵の居場所を特定し、狙撃銃で狙い撃ちする。草むらに隠れていた敵に命中し、こちらを狙っていたスナイパーを撃破した。
その結果が画面に表示される。
『おお、流石だな。あんな所にいたなんて気付かなかった。月美に助けられたよ』
「当然。コウくんは誰にもやらせないんだから」
『お、なにその言葉。なんかキャラクターのセリフっぽい』
「べ、別になんのマネもしてないよっ?」
『あはは、分かってるって。さ、次の敵を倒しに行こうぜ? 月美』
ヘッドフォンから聞こえてくる、冗談混じりに笑うコウくんの声。耳元で自分の名前を呼ばれ、頬が自然と緩んでしまう。
コウくんとオンラインゲームするのが、私にとって至福の時間だった。
ヘッドフォンから聞こえてくる大好きな人の声。大好きな人と、自分が好きなものを共有できる、この瞬間。幸せすぎる。
「……えへ、えへへへ」
『ん? 月美、なんか言ったか?』
「えっ? う、ううんっ。 何も言ってないよ?」
慌てて、否定する。つい、声がもれてしまったようだ。
幸いなことに、コウくんはあまり気にしていないようだった。FPSの銃声や爆発音といった、けたたましい環境音がもれた声をかき消してくれたらしい。
気が緩みすぎてるな、私、と気を引き締める。コウくんを死なせないためにも、ゲームに集中しなければ!
『お、車がある。月美、これに乗って時短しようぜ』
「あ、いいけど、ちょっと待って……うん、周りに敵はいないかな。じゃあ、乗ろっか。運転は私がするよ」
『頼むよ。安全確認までしてくれるなんて、さすが、月美教官だなっ』
「なにそれ?」
コウくんの軽口に思わず吹き出す。
車に乗り、安全を確認しつつ、次の拠点へと走らせる。コウくんの「おー、はやい、はやい」と、楽しそうな声が聞こえてくる。
あ、私今、コウくんと二人きりでドライブデートしてる。
「……えへ、えへへへ」
『ん、今何か──』
「うん、何も言ってないよ?」
『あ、そう?』
すぐに正気に戻って、深呼吸する。やばいな、私。今日は気を抜くと、すぐにいってしまいそうになる。
次の拠点まであと少しというところまで来た。もう少し近づいたら、車を乗り捨てようかな……そう考えていた時、ガサガサガサっという雑音が聞こえた。
「──っ! コウくん、車から降りてっ」
私は慌ててコントローラーを操作して、車から降り、近くの岩陰に隠れる。突然聞こえた雑音。画面の先には草むらが見える場所がある。もしかしたら、敵が潜んでいたかも知れない。
「……あれ?」
しかし、敵らしき人物が現れる気配はなかった。スコープで周囲を見回しても、誰もいない。
『ちょ、急にどうしたんだ?』
私の隣で、同じように岩陰に隠れるコウくんが驚いたような声をあげる。
「あ、急に大声出したりして、ごめんね? なんか急にガサガサガサって音が聞こえたから、敵がいるかもって思って」
『ああ、それか。勘違いさせてすまんな』
「え?」
なぜか、コウくんが謝ってくる。それと、勘違いとは?
『ゲームの音が大きすぎて、ASMRの音が聞こえづらくてな。スマホの音量を上げたんだよ』
──ガサガサガサガサっ。
「──はぁっ!?」
思わず、素っ頓狂な声をあげる。ヘッドフォン越しに、先ほどの雑音が聞こえてくる。
え? なにそれ。ということは、コウくんは私とゲームをしている間、ずっと──?
「ねぇ、コウくん……そのASMR、今までずっと聴いていたの?」
『ん? まぁな。この高速耳かき音、本当に心地良くてな。筆で音を出してるっぽいんだが、いや、本当にこれが良くて』
──ガサガサガサガサっ。
「へ、へぇ……?」
ヘッドフォン越しに、コウくんの緩み切った声と、心地良いらしい雑音が聞こえる。
私は大好きな人とゲームができて、こんなにも幸せなのに。その大好きな人は、私とゲームをしながら聴いていた、たかが雑音ごときに、気持ち良くなっていたと。
──ガサガサガサガサっ。
「ちっ!」
『えっ。なんか今、舌打ちっぽいのが聞こえたんだけどっ?』
「……気のせいだよ?」
『あ、そう?』
私はなんとか怒りを抑え、努めて明るい声で答える。
そうだ、相手はたかが雑音なのだ。私は人間だ。女の子だ。コウくんの幼馴染なのだ。
長くて綺麗な黒髪。色白の肌。胸だってDカップぐらいあるし、足だって長くて、スタイルは良い方なのだ。中学、高校の時に告白されたことだってある。
雑音ごときに嫉妬なんて、みっともない。
「じゃあ、コウくん。気を取り直して、次の拠点に──」
言い切る前に、ヘッドフォンからジリリリリっ! とアラームの音が轟いた。
『あ。すまん、月美。21時から推してる人のASMR配信が始まるんだ。これだけは集中して聴きたくてな。だから俺、抜けるわ』
「えっ? コウくん!?」
止める暇もなくチャットが切れ、パーティーが解散される。
嘘でしょう、と固まる。大好きな人は私とのゲームより、他の女のASMR配信を優先した。
「う〜〜っ!! コウくんのばかぁ!」
私は悔しくて、外したヘッドフォンを床に叩きつけた。
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