◆track.01「ハロー、ワールド」①


 ――視界は真っ赤、お先は真っ暗。

 血溜まりで這いつくばる様は、まるで潰された蚊のよう。それこそ虫の息だった。


 視線の先には、既に事切れた少年が力なく横たわっている。前髪の一部が、おそらくは自ら流した血で赤く染まっていた。どろりと濁った両目は、遠からぬ未来に訪れる自分の姿を暗示させて、背筋が凍るようだ。段々と目の焦点も合わなくなっていく。


 白く濁りゆく視界の中で、白い少女が佇んでいる。陶磁器を思わせる処女雪の頬には、美しい血化粧。命の色をした頬紅がいたく気に入ったのか、無垢な少女はうっそりと満足げに微笑んだ。冒涜的なまでに醜悪な美が、意識を暴力めいた荒々しさで攪拌していく。


 薄紅色の三日月……それが最期に見た景色だった。


【グリッチノイズ】


  ◇


「もし……もしもーし! 起きてくださーい!」


 ハッと目を開けば、そこは静まり返った教室だった。

 嫌な夢を見ていた気がするが、数度瞬きをしただけで夢の輪郭は雲散霧消して掴めなくなってしまった。薄気味悪い雰囲気だけが残留していたが、それも目の前の安穏とした顔を見れば吹き飛んだ。


「もう放課後ですよ……?」


 目の前の人物も、授業中ならまず身に着けていることのないヘッドホンを首にかけていた。どうやら長いこと居眠りしていたようで、主人公は西日の眩しい黄金色に目をこする。


「あー……クラス替えしたばかりですから、名前なんて覚えきれてませんよね」


 話しかけてきたのは、おっとりとした女子生徒だった。セーラー服の広い襟が、柔和な雰囲気をより引き立てている。こうしてわざわざ起こしてくれた辺りから察するに、想像に違わない、お人好しな人物なのだろう。人好きのするやわらかな表情がよく似合う顔立ちをしていた。


「同じクラスの米津来花ヨネヅ・ライカです」


 クラスメイトの女子生徒――ライカは、そうしてにっこりと名乗り出る。


「本当はもうちょっと早く起こすつもりだったんですけど、日直の仕事が長引いてしまって……」


 〇選択肢1

『起こしてくれただけでもありがたいよ』

「そんな、ただ起こしただけですって。一緒に日直だった神室カミムロさんが風邪で休んでしまったので、今日は私だけだったんですよ」


 〇選択肢2

『二人がかりでこんなに時間がかかるもの?』

「一緒に日直だった神室カミムロさんが風邪で休んでしまったので、今日は私だけだったんですよ」


「でもあとは教室を閉めて、提出期限間際に回収したプリントを少し持っていくだけですから……って、枕にしてるそれですね」


 見れば、名前だけが記入されていない。罪悪感からささっと書いて渡せば、「ありがとうございます」と礼儀正しく両手で受け取られる。


【プレイヤーネーム入力シーン】


「お節介かもしれませんけど、早いとこ帰った方がいいと思いますよ。先生も注意してたとおり、最近通り魔事件が起こってて物騒ですから」


【主人公、頷く】

 お節介と謙遜したが、なにも知らない身からすれば忠告はありがたい。既に帰り支度の整っていた指定鞄を肩にかける。


「それじゃあ、また明日」


 戸締りを行うライカの邪魔をしてはいけない。部活などで居残りをする理由もないのだからと、さっさと帰宅しようと足早に教室を出た。

 指摘されたとおり、廊下の窓から覗き見ても、いつもは騒がしいくらいの運動部の掛け声はおろか、ジョギングをする姿も見受けられない。そのまま階段も降りて行ったが、生徒にもまるですれ違わない。校内にも人気は残っていない様子だった。


『あ……』


 そうして昇降口を出て校門へと向かおうとしたが……運の悪いことに、突然雨が降り出し二の足を踏む。

 少し待てば弱まるかと立ち往生に甘んじたが、楽観視の予想は大いに外れ、どんどん雨脚は強まっていく。まさかと思ってスマホを立ち上げて天気予報を調べてみれば、案の定このまま待ち続けていても晴天は望み薄だと無常に宣告される。

 観念して職員室から傘でも借りてくるかと主人公がきびすを返すのと同時に、下駄箱から出てくる人影があった。


「なあ、お前も帰り?」


 気安く話しかけられたが、軽やかな口調の響きはやわらかい。

 その赤く染めた前髪に、


『――――?』


 なにか、見覚えがあるような。


「あー……でも雨が降ってきて待ちぼうけ、と」

【主人公、頷く】

「そのジャージは二年のだな」


 ジャージの学年色を表すラインを見ていた視線が、主人公の目を捉える。


「俺はB組の幾島初樹イクシマ・ハツキ。お前は?」


 〇選択肢

『僕は主人公』

『私は主人公』


 矢継ぎ早な自己紹介を繰り広げたところで、B組の男子生徒だというハツキは、手に持っていた助け船を掲げて見せた。


「途中までで良かったら、傘入ってくか? なんか物騒らしいしよ」


 大袈裟だが、渡りに船とはこのことだろう。


『ありがとう』


 すげなく拒絶する道理もなく、快く承諾した主人公はハツキの傘に入って歩き始める。必然的に肩が近づき、清潔な整髪料の匂いがした。

 ……そうしていくらか歩いたが、いまだに雨脚が弱まる気配はない。そのまま晴れるのを待っていたら、あっという間に日が暮れていたかもしれない。


『全然止まないから助かったよ。事件のせいで早く帰った方がよかったし』


 ハツキは傘を少しこちら側に傾けてくれており、それだけで人の良さが窺い知れた。だからこそ、次いで出てきた問いかけにも、主人公は素直に答えることができた。


「その事件の詳細って……知ってるか?」

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