第6話
白井は、僕に連絡してきた日と同じ日に、ちゃんと病室に来た。
「今度はお菓子を持ってきたよ!」
そう言って彼女は僕に、自分で作るタイプの知育菓子を渡してきた。色んな粉を組み合わせて水を加え、混ぜるとフワフワで甘いものが作れるものだ。
「好きだったでしょ、ソーダ味。」
「なんで小学校の時にハマってたお菓子を今更?」
僕はそう言いつつも、有難く受け取った。病院では、全くお菓子は食べていなかったからだ。
「三角コーナーに水、入れてくれる?」
「任せて! でも…立って歩かないと体力落ちるよ?」
「点滴持って歩くのは嫌なんだよ。」
「はいはい。」
彼女はそう言って、僕がベッドから渡したお菓子のトレーを受け取った。まるで僕の親だ。
「ちなみに、やりたいことは考えられた?」
小さなトレーに水をゆっくり入れながら、彼女は僕に聞いてきた。
「随分悩んだけど、思いつかなかった。」
「えぇ~」
彼女は、少し大きな声を出した。「黒川くん、好きなことないの?」
僕は彼女の言葉に大きな頷いた。が、どことなくそれは冷たすぎるのかもしれないと感じ、目の前に置かれたお菓子に目をやった。「お菓子を食べるのは、好きだよ。」
「ほんと! 確かに、小学生の時から2人で駄菓子屋に通ったもんな~」
彼女は嬉しそうにそう言うと、病室の窓の方に目をやった。ここから駄菓子屋は見えないが、その時の記憶を懐かしんでいるのだろう。
「じゃあさ、今から2人で駄菓子屋に行こうよ。」
彼女は突然、突拍子もないことを言った。
「え、今から?」
「うんうん! どうかな?」
僕は思いっ切り頭を横に振った。「いやいや、多分今は病院から動いちゃダメなんだよ。」
「そうか…残念、無念、私悲しいねん。」
「会話中に、変に韻を踏むなよ。」
そう言ったが、僕は自然と笑ってしまった。彼女はそうやって、僕の残りの人生を笑わせてくれるのだろうか。
「じゃあ、私が今から駄菓子屋さんで沢山お菓子を買ってくるよ。」
「追加で?」
「うん! ここからでもそう遠くはないし。」
彼女はそう言いながら、僕に水の入ったお菓子のトレーを渡した。「黒川くんがやりたいことは、私のやりたいことにもなるからね。」
彼女は一度置いたカバンを持ち、病室のドアを開けた。行動が早い。
「すぐに戻ってくるからね!」
「ありがと、またな。」
彼女は嬉しそうに手を振り、病室から出て行った。そんな彼女の姿は、初めて見た元気そうな姿となんら変わりはない。
僕は病室のドアから目線を外した…と同時に、またドアが勢いよく開いた。彼女が忘れ物でもしたのだろうか。
「黒川くん、体調はどうかな? 今から点滴変えますね。」
僕の予想は完全に外れた。
「はい、大丈夫です。」
僕は、来てくれた看護師にそう言うと、針が刺されている右側の袖をまくった。
どんなに楽しい時間を過ごしていても、こうして病気と向き合う時間は、どこか寂しく感じた。
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