第2話


突然病室に入って来た女子に、僕は強烈に見覚えがあった。


「白井。」

「久しぶりだね、黒川くん。」


彼女…白井は、僕に笑いかけた。「覚えてるんだね。」

「もう十年ぐらい友達の人間を、忘れる方がおかしいだろ。」

「まぁ、それもそうだね。」

僕は、自分の目の前で笑う彼女を見て「はぁ」と小さくため息をついた。



白井唯(しらい ゆい)は、同じ学校・クラスの友人で、僕の近所に住んでいる。僕とは反対の性格で、とにかく目立ち、人気で、勉強もできて、なおかつ容姿がいい。「平凡」を目指そうとしていた僕が言うなれば、彼女は「非凡」な人間だ。

ただ、僕と彼女は仲が良かった。小学生の時から一緒で、近所づきあいもかなりあったのが理由かもしれない。異性だとしても、僕は彼女と話す時は素の自分でいられた。



「それで、もう一度聞くけどさ…」

彼女は一度間を置き、僕の方をしっかりと見てきた。「黒川くん、今楽しい?」

「楽しいと思うか?」

僕は、自分の着ている簡素な服と、自分の隣にある点滴を指差した。「どっからどう見ても病人だろ。楽しくなんかない。」

「病人でも、楽しいことを考えると、楽しくなれると思うんだけどな。」

「病人に加えて、彼女に浮気されて、大学に落ちた人間が、今楽しくいられると思うか?」

僕の言葉に、彼女は大きく頷いた。「それでも、大丈夫だと思うよ。」

ダメだ…話が通じるのか、通じないのか、分からない。


でも、もしかしたら彼女は、僕を励ましに来てくれているのかもしれない。ここは少しでも感謝の気持ちを伝えないといけない。


「来てくれてありがとう…とりあえず元気を出してみようとは思うよ。」

…全くの嘘だ。

「嘘でしょ?」

小さい頃から一緒にいた時の勘なのか、彼女は即答した。

「嘘だよ。」

僕は悪びれもなく言った。

「はぁ…そんなにサラッと嘘をつかれたら嫌だよ。」

彼女はそう言うと、自分がしょっているリュックを下ろし、中から果物とお菓子を出してきた。

「これ、私のママから。とりあえず今は栄養のあるものを食べなさいって。」

「お、ありがと。」

「それと、私でもいいなら、今やっている授業の範囲教えるけど。」

「あー…まぁいいや。今はやる気ないし。」


僕はベッドの脇に置いてある、今はもう使っていない教科書をチラ見した。勉強しようと思えばできなくはないのだが、もう人生の終わりが示されているので、どうしてもやる気になれないのだ。

「了解、またいつでも聞いてくれれば教えるから!」

彼女は、そう言ってまた微笑んだ。この短時間で笑顔を連発できるところも、彼女の魅力の一つなのかもしれない。

「…白井は、凄く楽しそうだな。」

僕は、彼女にだけ聞こえそうな声で、そう言った。「どうしたら白井みたいになれるのか、僕にはさっぱり分からない。」

「別に何にもしてないよ。」

彼女は静かにそう言い、「でも」と付け足した。

「私は、自分がいつ死んでもいいって思えるように過ごそうって決めてるの。じゃないと、いつか絶対に後悔することが出てきて、いざ寿命を迎える時に「あぁすればよかった」なんて思うことになるからさ。」

彼女はそこで間を置いた。「今日、なんで私が来たかというと…そういう理由もあるんだよね。」

「は?」

僕は、急に話のペースを白井に掴まれてしまったことを理解した。一度彼女のペースにもつれると、僕はどうにもこうにも自分のペースにすることができない。




「私は、黒川くんを助けたい。だから、黒川くんのお手伝いをさせて!」




「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」



僕の驚きの声は、病室では収まらず、多分病院中に響いた。

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