第4章 違和感
「もう、お父さんたら何を言い出すのよ」
母は父の肩を叩きながら、笑っていた。
母の笑顔は今まで何回彼を救ってきたのだろう。
我が家の写真立てには、母と私の笑顔が写っている。ファインダー越しの父に向かって。
数時間前、私達しかいなかった場所は賑わいを取り戻していた。
若い警察官が父の様子を見て、レコーダーで会話を録音し始めた。わからないけど、私は嫌悪した。なんだろ、無力感かな。
「子供の顔、最後に見たんだ。小さい子を庇ってな。ぎゅっと抱いてこっち見てたんだよ」
無機質な天井を見つめる父。換気扇がくるくる回っている。
「俺は死んでもいいから、反対方向にハンドルを切ったんだ。だけど.....」
「お父さんが悪いんじゃないでしょ、トラックの居眠りなんだから」
つい大きな声を出してしまった。若い警察官がこっちを見ている。まなちゃんが私の前に立って視線を遮った。
「居眠り?いや、それは違う。アイツは俺を見ていた。それから、ぶつけてきたんだ。あれ?アイツって誰だ?トラックは俺が運転...な...忘れた?...ん....」
父は、また天井を見つめ始めた。その横顔は幼い子供に見えた。母は父の頭を優しく撫でた。
「運転手が故意にぶつけてきた?それは本当ですか?もう少し詳しく教えて下さい」
「ん?......僕ね、あのね、あのね、僕ね...」
母は立ち上がると、警察官に向かい頭を下げた。
「少し、休ませて下さい。主人はまだ..お願いします..」
「あ、いえ。ではまた、改めて御伺いします」
それから母に促され私達も帰宅した。午前中とはいえ、蝉がうるさい街道を二人で歩いていた。
「るみちゃん、ちょっと気になることがあるから一旦、オフィスに戻るね。すぐに戻るから先に帰ってて」
「うん。わかった。私もお風呂に入って待ってるよ」
スナック、雀荘に街金。そんな雑居ビルの2階に事務所はあった。プラスチックの板に"死神交換社"と記してある。会社と言えども、その業務の特殊さから、一般の来客は皆無で従業員も私と社長の柴田だけだ。殺風景な事務所には何故かデスクが4面ある。地味な見栄なのだろう。誰に向けてかは知らないが。
「おはようございます。柴田さん、戻りましたよ?起きてます?」
「ああ...真波。おはよう..」
寝癖の酷い男は、目を擦りながらソファーから起き上がる。彼がこの死神交換社の代表者 柴田だ。くしゃくしゃの金髪に幾つものピアス。何より両腕の刺青は社会不適合者の烙印には十分だ。
「どう?マリア様には会えた?いや、あの娘はジャンヌダルクか。へっへっへっ」
「もう、朝から飲んでるんですか?いい加減にしてくださいよ」
マグカップにウイスキーを注ぐ手を掴んで奪い取った。怨めしそうにこちらを見ている。
「ところでさ、真波、お前1人?」
「はい。1人で来ましたよ。柴田さんに聞きたいことがあって戻りました」
「んぁ?聞きたいこと?と、その前にっ!」
柴田は私の頭を鷲掴みにした。
「な、なんですか!!」
「大人しくしてろ、よっこいしょ~」
頭がグラグラして視界のしたの方に黒いモヤが見えた。風景ではなく、網膜の内側にモヤがいる。
ズルズルズルズルズル!!!!
「ああああああああああ!!!!」
柴田は黒いモヤを掴み、私の頭から引きずり出した。モヤは形を変えてウネウネしている。
「
「私の視界?って、まさか.....」
「全部筒抜け。お前が1人でかましてる所もな...」
柴田は中指を立ててモヤを眺めている。
「してません。殺しますよ?」
私は呆れたが、これで違和感の理由がハッキリした。
「どうやら横槍が入ったみたいだな。まあ、薄々わかってたけど。アイツらの考えなんてな」
「トラックの運転手を操って、咲元さんを殺害しようとしたんですね」
「ああ。あの契約書は、咲元るみが自分の意思で履行しないと意味を為さない。つまりは、死神リストの対象者が別の理由で死んでしまえば、対象から外れるんだよな」
「でも、それだったら、咲元さんを操って自害なんてことも.....」
「それは無いな。仮に本人に乗り移って死んだら術者も死ぬ。俺だったら絶対にやらない。阿呆らしい」
柴田は、ウイスキーを飲みながら風俗のチラシを見ている。
こんな柴田でも、この業界ではトップに君臨している。もっとも、人間の中でこの仕事をしているのは、彼しかいないけど。
「ほれ。これ対象者に配ってこい。いちばんデカいやつは、マリアに貼っておけ」
デリヘルのチラシの裏に魔法陣が描いてある。
「私は良いですけど、るみちゃんは高校生ですよ!なんでこの紙なんですか!」
「大丈夫だよ。母は強しだ。真波と違ってオトナだからな〜」
「どういう意味ですか?殺しても良くて?」
時計を見れば、10時だった。るみちゃんと別れて1時間は経っていた。
「マリアはまだ、病院か?」
「いえ、帰宅していますよ」
「マジか。真波、早く行け」
「え?」
「狙われるぞ」
しにがみこうかん。 楓トリュフ @truffle000
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