13 リモート合コンで捜査

「本城さん!」

 バイトを終えて帰る途中、背後から声をかけられた。よく知った声。けれど、ずいぶん久しぶりだ。

 振り向く咲哉。

「二階堂君」

 駆け足で近づいて来る、長身で端正な顔立ち。もともと細見だけれど、さらに痩せたように見える。

「お久しぶりです。元気でしたか?」

「僕はいつも通り。二階堂君の方こそ、どう?」

 本心なのか、無理をしているのか、痩せた顔にも明るい笑顔が浮かんでいる。

「この通り元気ですよ。いろいろ忙しくて、あんまりシフトにも入れないんで、迷惑かけてますけどね」

 おどける様に笑う二階堂君。

「そんなの気にしなくていいよ」

「迷惑ついでに、ちょっとお願いを聞いて下さい」

 そう言って鞄からチラシを取り出す。最愛の母を亡くし、憔悴しているであろう青年の願い。出来る事なら聞いてあげたい。

「リモート合コンに参加して欲しいんです」

 予想外な申し出に、一瞬言葉の意味が理解できず、キョトンと二階堂君の顔を見る。そして、渡されたチラシに目を落とし、理解して、ずんと気分が暗くなる。

「今、ああ嫌だ、合コンなんてメンドクサイ、って顔しましたね?」

 正確な心理描写だった。

「出てもらえるだけでいいんで。リモートなんで、なんなら、登録して繋いでもらえたらそれでいいんで」

 詳しく話を聞くと、このリモート合コンのシステムが、二階堂君の就職先の物なのだそうだ。AI技術を応用したシステムで、その機能の一部は二階堂君が考案したそうだ。そんな学生時代の研究成果が認められて、就職にも繋がった。

「そういえば、勝山さんが、二階堂君はなんかすごい賞を取ったとか言ってたけど、その研究?」

 少し照れくさそうに頭を掻く二階堂君。

「すごくはないけど、うん…お陰で、奨学金が出たり、会社からオファーがあったり」

「そりゃ凄いよ」

「ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる二階堂君。

「データが欲しいんで、いろいろ、声をかけてるんですよ、ほかのバイトの子とか先輩とか、いろいろ」

「先輩って、ひょっとして、あの…」

「ああ、聞いた事ありますか?恭ちゃん豊川恭太君」

 話題の人物の名前が、二階堂君の口から出てきて内心ドキリとする。

「うん、ちらっと聞いた」

 何気なさを装いそう答える。

「まあ、あの、もし時間があれば、なんとかお願いします」

 そう言って、もう一度頭を下げ、去っていく二階堂君。

 

 向こうからやってきた、豊川さんとの接触のチャンス。

 慌てて家に帰り、探偵に報告しようと携帯を手に取る。同時に携帯が震えた。探偵からの着信だった。

「相棒!困った事になった」

 相棒ではない!という心の叫びをぐっと飲みこんで、話の続きを聞く。

「マスコミが嗅ぎつけた。“スクラッチカード連続殺人事件!!”週明けにも週刊誌の見出しが踊る」

 咲哉の知る限り、事件の続報はなかった。しかし、スクラッチカードの凶を引いた人が次々被害に遭っているのだ。それらの事情がマスコミに取り上げられたら、一躍、注目を浴びるだろう。

 もちろん本部からは箝口令が敷かれている。しかし、人の口には戸が立てられない。時間の問題だった。むしろ遅いくらいだ。

「それがそんなに問題なんですか?」

 電話口から、探偵のわざとらしく大きくついたため息が聞こえた。

「我々は警察ではない。本来犯人なんて誰だっていい。我々の使命は、雇い主たるドラックパピヨンが被る不利益を、いかに最小限に抑えるか。その策を講じるために、まずは真相を突き止める必要がある。事件の本質が全く見えてこないこの状態で、マスコミに騒ぎ立てられるのは、忌々しき問題である」

 朗々と語っているけれど、要は仕事が出来ていないという事だ。

「まだ、全然わからないんですか?真相」

 痛いところを突き刺したのか、途端に口ごもる探偵。

「いや、あのだな。そう、新事実がひとつ出てきた」

 負け惜しみのように絞り出す探偵。

「新事実?」

「第三の被害者、渡辺栄一郎氏と二階堂君達との接点」

 それは、予想外に重大な新事実。

「本当ですか?」

「大きな接点ではないんだが…」

 

 それは先程二階堂君から聞いた賞の話に関係していた。

 優れた研究をしたなど、将来有望な大学生を集めて、企業が学生を支援するという趣旨のイベントが、東京で開催されたのだそうだ。

 二階堂君はスピーチをした学生のひとり。渡辺氏の会社がは主催者側の企業のひとつ。直接面識があったわけではない。

 二階堂君の専門はAI技術。そんな技術を使って育児、介護、看護、人の暮らしを守るシステムを構築したい。それは、辛い環境にある人の、心までもケアする事が出来るシステム。自らや不遇な仲間達の辛い経験を交えながら、感動的なスピーチをしたそうだ。

 二階堂君のスピーチに涙する人もいれば、綺麗事だと苦笑いする汚れた大人もいる。

 後者の一人が渡辺氏。

 急成長を続けてきた業績が、コロナによって陰りを見せ始めていた頃。

 渡辺氏は、未来の大きな夢を語る若者より、手っ取り早く金を生み出す人材を探していた。

 二階堂君のスピーチを、関係者席で馬鹿にした表情で見ていたのかもしれない。

 ただ、そうだとしても、それを二階堂君が直接目にする事はなかったようだ。むしろ一般傍聴席にいたらしい豊川さんや田中さんの方が見える位置にいた。

 しかし、どちらにしても、そんな理由で殺すなんてことはあり得ない。


 豊川さんの名前が出た所で、こちらから電話をしようと思った要件を切り出す咲哉。

「実は、豊川さんに会えそうなんです」

「どういう事?」

 先程の二階堂君からリモート合コンに誘われた話をする。

「そりゃぁいい!」

 探偵の声のトーンが跳ね上がる。まさか、合コンしたいだけなんじゃないだろうか?そんな疑問が沸き上がる。

「よし、すぐ行く!」

「念のために言っときますけど、オジさんはお断りですからね、合コン」

 一瞬、息をのむ気配がする。

「当たり前だ。捜査のために立ち会うだけだ。合コンなんか興味はない」

 相当、興味深いようだ。

「とりあえず行くから、すぐ行くから、待ってろ」


 すぐ行くと言った割に、探偵が現れたのは三時間後。それもなんだかヤバそうな連れを伴ってやって来た。

 男は年齢不詳。20代半ばから40代半ばまでといったところ。ボサボサの髪に、ヨレヨレのTシャツ。家財道具を全て積み込んだんじゃないかと思わせる大きなリュック。てっきり臭ってくるかと思って身構えたが、意外にも石鹸の香りが漂ってきた。

「こんな身なりだが怪しい者じゃない」

 そう言って探偵に腕を捕まれ、前に押し出された謎の男。前髪から少しだけ覗く目が、にっと笑う。石鹸の香り同様意外な可愛い笑顔。漂う怪しさが吹き飛ぶ。

 咲哉の直観が告げる。信用できそうな人。

「信用してもらってかまわない。私の血を分けた実の弟だ」

 前言撤回。

 それならば、信用はできない。とりあえず信用は保留。

「さあ、とにかく、中に入れ」

 遠慮の欠片もない探偵が、我が家のように、弟を招き入れる。不本意にも、咲哉はその後を遠慮がちに付いて行く。

「さあ、始めよう」

 居間のソファーの一番良いポジションに探偵。

「こいつの名前は柳生はがね」 

 鋼さんは、床に腰を下ろしリュックの中からパソコンその他、機材を取り出し並べ始める。

「こう見えて天才ハッカーだ」

 結構、そう見える。そして、それは、そこそこ怪しい者の肩書だ。

「さあ、相棒!飯の支度をしてくれ」

 ソファーにふんぞり返って昭和の亭主のような口を利く探偵。相棒でない事はもちろんの事、決して嫁ではない。意味がわからないと首を傾げる咲哉。

「リモート合コンだろ。酒と肴は自前だろ。酒はこの私が用意した」

 恩着せがましく出してきたワインの瓶は、以前、ミステリーショッパーとして店にやって来た探偵が、沢田さんに勧められて買っていった物だ。お代は本部持ち。しかも、高い割に味がいまいちで、在庫処分に困っていた品だ。まだ封は開いていない。

「私はこれでいい」

 トマトジュースの缶を振る探偵。

「ひょっとして下戸ですか?」

 聞こえないふりで、台所に目をやる探偵。

「相棒、昔は中華の料理人だったんだろ?チャーハンでいいぞ」

 逆に、痛いところを突かれてしまった。仕方なく立ち上がり、冷凍庫を開ける。買い置きの冷凍チャーハンを2袋。三つの皿に取り分けてラップをする。あとは電子レンジで温めるだけ。

「準備完了」

 鋼さんのささやくような優しい声で始まった。

 テーブルにはワインとグラスがひとつ、そして、温めたチャーハン。

それらと咲哉が、正面のノートパソコンに映るように座ってリモート合コンに参加する。

 隣の居間では、鋼さんが暗いディスプレーに向かって、高速でキーボードを叩いている。何をやっているのかは検討も付かない。むしろ知りたくない。何かしらの法は犯してそうだ。

 咲哉のパソコンには区切られた枠の中に、10人ほどが映っている。そのうち一つが大写しになった。

「来てくれたんですね。ありがとうございます」

 二階堂君だった。

「暇だったんで、繋いでるだけで役に立てるのなら」

「ありがたいです。良かったら女の子紹介しますよ」

「それはいい、ほんとにいい」

 慌てて拒否する咲哉。柳生兄弟監視の元で女の子の相手など、考えただけでぞっとする。

「ほんとにいらないみたいですね」

 咲哉の表情を読んだように、そう言う二階堂君。

「ワインとチャーハンですか?」

 貧相な料理が照れくさく、苦笑いを浮かべる咲哉。話題を変える。

「女の子より、豊川さんを紹介してくれませんか?」

「恭ちゃんを?」

 不審気な二階堂君に、慌てて理由をでっち上げる。

「職場の不条理?パワハラとか、不平等な待遇とか、そういうのと立ち向かう仕事に就きたいなぁ、なんてね、ちょっと、思ってて…」

 でまかせというわけではない。最近思っている事のひとつ。それが伝わったのか、二階堂君が頷いてくれた。

 視線の端で、何故か一緒に探偵が大きく頷いている。その思いを受け止めてあげようとでも言いたげな、包容力を感じさせる頷き、不吉な気がして仕方がない。

「恭ちゃんも酷い目に遭いましたからね」

 入れ替わるように画面に現れた豊川さん。真面目そうな実直そうな、そして不器用そうな性格が伝わる。狂気の連続殺人鬼像とはまるで一致しない。

「初めまして、二階堂君と一緒にパピヨンでバイトをしている本城と言います」

「あ、初めまして、豊川です」

 少し詰まるような話し方。緊張しているようだ。

「二階堂君の兄貴分だって聞きました」

 そう言うと、豊川さんの硬い顔が急に和らぐ。

「どっちが年上だかわからんよ。清隆の方がずっとしっかりしてるしな」

 どちらが兄貴かはともかく、二階堂君の事が大好きなのだろう。

 しばらく二階堂君の話をすることにした。豊川さんも楽しそうに答えてくれる。打ち解けたところで、少し本題に近づいた。

「話したくなかったらいいんですけど。店で酷い目に遭ったそうじゃないですか?もう大丈夫ですか?なにか影響とか…」

 一瞬言葉を詰まらせ俯く豊川さん。しかし直ぐに顔を上げる。

「もう大丈夫。過去の事やから。最近は、ちょっと仕事で嫌な事があっても、あの仕打ちよりましやって思えるからな」

 少し引きつっているけれど、ちゃんと笑顔になっている。当時の思い出や、理不尽をポツポツと語る。悔しそうな表情ではあるけれど、やはり殺人鬼の物ではない。

「あの時も、清隆に助けてもらったわ」

 遠い目で、感慨に浸る豊川さん。もう少し探ってみる事にする。

「スクラッチカード連続殺人事件って聞いてます?」

 一瞬当惑の目をする豊川さん。間をおいて思い出したように頷く。

「ああ、近くで事件が起こったらしいなぁ」

「豊川さんがいた頃から始まって、凶を引いた3人が被害にあったらしいですよ」

 野次馬を装う咲哉。困ったように頭を掻く豊川さん。

「それはないわ。スクラッチカードは偶然やわ」

 妙に確信あり気な豊川さん。

「どうしてですか?」

 豊川さんの顔に、一瞬最初の頃の緊張が戻る。

「あ、そら、そう、凶を引いたら殺されるとか、あるわけないやん、そんなオカルト」

 確かにそうだ。

 そんな事はあるわけがない。誰かが仕掛けた事でなければ。

「清隆、今日のご飯はチャーハンか」

 豊川さんの言葉に、画面の中の二階堂君を探す。そこには台所で豪快に中華鍋を振る二階堂君の後ろ姿があった。

 天は二物を与えまくる。その存在に愕然とする咲哉。

 長身でイケメンで頭が良くて爽やかで、その上、華麗に中華鍋を振って美味しいチャーハンを作る男。

「リモート飲み会の席で料理披露は清隆の毎度恒例」

 憧れの中華鍋。結局振れなかった中華鍋。

 結局、最後は少し飲み過ぎてグダグダになって、リモート合コンは終わった。もちろん、女の子とは一言も話していない。


 豊川さんに殺人事件に関わる程の怪しいところはないと思う。これといった収穫はない。

「なかなか良かった」

 予想外に探偵は褒めてくれた。

「相手を安心させて、話を聞きだす能力はあると思うぞ。良かったら就職先を紹介してあげようか?」

「本当ですか?」

 不覚にも身を乗り出してしまう。

「京都市中京区、堀川通りを東に入ったあたり、良い場所だろう?」

 悪い予感がする。

「真面目で、人当りが良くて、綺麗好きで、経理の知識があれば尚良し。探偵見習なんだけど興味はあるか?」

 悪い予感は的中する。

「一切、ありません」

 探偵の戯言をよそに、パソコンの前の鋼さんが、苦しそうに唸りながら頭を掻いている。

「どうした?」

 声をかける探偵。

「なんだか変なんだ…」

「何が?」

 視線を画面から外し天を仰ぐ鋼さん。しばらく黙り込む。

「二階堂君のパソコン…」

 ぼそりと言う鋼さん。咲哉と探偵の視線が鋼さんの口元に集まる。

「セキュリティはしっかりしているんだけど、侵入は出来た。出来たんだけど、なんだか誘導されてる気がする」

「誰かに侵入される事を想定して、探して欲しいデータでもあるって事か?」

「…ん…よくわからない。とにかくなんだか変な感じがするんだ。だから…」

 “だから”その言葉の続きを待つ咲哉。その期待に応えるように咲哉に顔を向ける鋼さん。

「風呂に入りたい」

 首を傾げる咲哉。意味がわからない。

「言い忘れていたが、鋼は風呂が好きなんだ」

 確かに初対面から石鹸の香りがした。だからなんだと言うのか。兄弟そろって意味がわからない。

「私が住んでいた頃、先輩、君のオヤジさんに許可を取ってバスルームは改装させてもらった。鋼のためだ」

 確かにバスルームは他に比べて真新しい。賃貸の部屋を改装しようと思う程の必要性があったのか。そうだとすると鋼さんにとっての入浴は、テレビドラマの名探偵が、真実に辿り着くためのルーティーンみたいな物なのか。

 二階堂君のパソコンの中身。プロが感じた違和感。それが事件に関係するのかどうかはわからない。しかし興味は引かれる。仕方なく、バスルームを洗い、湯船にお湯をためる。

 咲哉が部屋に戻ると、鋼さんは虚ろな目でゆっくりマウスを動かしている。探偵はその背後で興味深げに画面を眺めている。

 お湯がたまった合図のメロディーが流れだす。立ち上がる鋼さん。鞄からマイ洗面器やお風呂セットを取り出す。道理で荷物が大きいはずだ。

 鋼さんが部屋からいなくなると、パソコンの前に座る探偵。何やらしきりにマウスをクリックしている。

「わかるんですか?」

「ああ」

 咲哉も鋼さんのパソコンの傍へ。アルファベットが羅列された画面。

「だいたいは、わからん」

 予想通りの返答。それでも、しきりに画面に見入る探偵。やがて何かを見つけたように声を上げる。

「ひょっとして、これじゃないか?」

「なんですか?」

「リモート飲み会の記録。渡辺栄一郎が襲われた日にも開催されていた。二階堂君、豊川君、ついでに岩崎さんのアリバイ。侵入者に二階堂君が探して欲しかったデータはこれだったんのかもしれないな」

「アリバイ成立ですか?」

 眉を寄せて考え込む探偵。

「豊川君や岩崎さんはともかく、事件現場のすぐ近くに住んでいる二階堂君のアリバイは、完璧とは言えないな」

 そうかもしれない。トイレに立つ事もあるだろう。例えば恒例だと言った二階堂君の料理披露。あれなら予め撮影して差し替える事も可能かもしれない。そこまで考えて否定する咲哉。そんな計画的な、すなわち悪質な犯行で、二階堂君が渡辺栄一郎氏を殺害しようとしたとは思えない。思いたくない。

 そうこうしていると鋼さんが風呂から出てきた。当然のようにスッキリした顔をしていた。これは頭のもやもやも晴れたのか。期待をこめて顔を見つめる。

「どうでした?」

 大きく頷く鋼さん。

「いい風呂だった」

「それは良かった…」

 帰り支度を始める探偵と鋼さん。解析は自宅の整った設備でするらしい。ならば、家に帰って風呂に入ったらどうだろうか。思った事は口に出さずに玄関でふたりを見送った。

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