Ⅸ 咬ませ犬の運命(1)

「――おい、押すなよ? ぜったい押すなよ…うわぁっ!」


「お、おい、掴まるな…おわっ!」


「えっ? うひぃ…!」


 背中を押したヒューゴーに、押されたリューフェスが咄嗟にしがみつき、さらにヒューゴーもテリー・キャットの足を掴んで、三人は団子になって高い塀から転げ落ちる。


「なんだ!? 誰かそこにいるのか!?」


 すると、彼らが落下して立てた大きな物音に、聞きつけた衛兵が今夜も一人、どこからともなくすっ飛んで来た。


「ね、猫です!」


「そうです! ただの猫ですにゃ!」


「んニャァ~ゴォ~!」


 慌てて三人は最寄りの暗闇に身を隠すとともに、それぞれ自分達が猫であることを咄嗟に主張した。


「なんだ。猫か……」


 すると先日、賊の侵入を許したにも関わらず、平和惚けしている衛兵はまたもそれにコロっと騙され、自分の持ち場へと帰って行ってしまう。


 じつは〝黄金の仮面〟の盗難は、ものがものだけに表向きその存在の知られていない代物だったし、世間にこの事実が広まると総督府の沽券にも関わることだったので、内部でも大っぴらにしないよう、モルディオが情報統制していたのである。


「フゥ……うまいこと騙せたぜ。よし、とっと終わらせて帰るぞ!」


 いつものおっちょこちょいが招いた危機を辛くも脱した三人は、蒼白い月明かりの照らす薄暗い敷地内を、一昨日の夜同様に目的地へと急いだ……。


 こうして、今宵もダックファミリーの面々は夜陰に紛れて総督府内へと忍び込んでいる……だが、その目的は前回とは真逆――即ち〝黄金の仮面〟を〝不開あかずの間〟へと戻すことにある。


 今日の昼、山に埋めても海に捨てても、何をどうしようと無駄だとよーくわかったので、そうして呪われた仮面をもとの安全な場所へと封印し、自分達に取り憑いた原住民の王の怨霊から逃れるようというのである。


「……さあ、着いたぜ。誰が戻す?」


 今回もなんとか見咎められることなく、うまいこと裏庭へと辿り着いた彼ら三人は、ひっそりとそこに佇む蔦まみれの倉庫の前で相談を始める……誰がその中へ〝黄金の仮面〟を戻しに行くのか? その役目を決めるためである。


 もう中身がないので不必要だと考えたのか? 南京錠も鎖も戻されていないで〝不開あかず〟だったはずのその扉は今も容易に開くはずだ。


 しかし、その窓一つない真っ暗な闇に満たされた狭い箱の中には、〝神の眼差し〟に四方八方から睨まれる不気味な空間が広がっている……真夜中にそこへ入っていくのはさすがに勇気がいる。


「そりゃあ、やっぱりここはリーダーだろう?」


 まず先に口を開いたリューフェスは、こういう時だけ名ばかりの役職を理由にヒューゴーを推挙する。


「いや、ここは今持ってるリューフェスってもんじゃねえか?」


「ああそうだな。なんか、一番取り憑かれてるような感じするしな」


 だが、それにヒューゴーはリューフェスを逆に指名し、テリー・キャットもそれに乗っかってリューフェスに押し付けようとする。


 じつはここへ来るまでにも怖いので、誰が〝黄金の仮面〟を持って行くかで争いとなり、ジャンケンで負けたリューフェスが袋に入れて背負って来ていたのだ。


「ええ、そんなの不公平だろ! ここまで運んでやったんだから今度は他のやつだろう!?」


 無論、二人の理不尽な推挙に対して断固反対するリューフェスだったが。


「仕方ねえなあ……じゃあ、俺やるよ」 


「あ、それじゃあ、俺がやる!」


 すると、彼に押し付けようとしていたヒューゴーとテリー・キャットの二人が、なぜだか手を挙げて自ら立候補をする。


「いやあ、俺がやる! 俺がやるよ!」


「いやいや俺がやる! 俺がやるったらやる!」


 そして、仮面を戻す大役をかけて激しく主張し合う二人に。


「じゃ、じゃあ、俺もやる……」


 なんだか一人のけ者にされたような気がして、リューフェスもおそるおそる手を挙げた瞬間。


「あ、どうぞどうぞどうぞ」×2


 二人は突然、手のひらを返し、遠慮深げにその大役をあっさりリューフェスへと譲る。


「なんでだよ! …てか、んな遊んでる場合じゃねえだろ! みんなで一緒にいくぞ?」


 そんないつものおふざけをする仲間達にリューフェスは激しくツッコミを入れると、今の状況を思い出してもっともな意見をその口にする。


「ああ、そうだな。全員でいこう……」


「いいアイデアだ。それがいい……」


 その「最初っからそうしろよ」という提案にヒューゴーとテリー・キャットも賛同し、三人は団子の如く一塊になって、倉庫内へと侵入することにした。


「よ、よし。い、いくぞ……お、おい、押すなよ?」


 それでも一団の先頭に立つのは、背負った袋から仮面を取り出した流れでリューフェスである。


 ギギギ…と錆びついた音を響かせながら、三人で重たい扉をゆっくり開けると、リューフェスを先頭にあとの二人が背後へつく形で、眼前に広がる真っ暗な闇の中へと一歩足を踏み込もうとする。


「ちょ、ちょっとリーダー、そんなにしがみつくなよ。歩けねえだろ?」


 だが、恐怖心からなのか? 左腕を斜め後からギュっと強く掴まれ、邪魔で前に進めないリューフェスはヒューゴーに文句をつける。


「いや、俺じゃねえぞ?」


 しかし、どうやら彼の仕業ではなかったらしく、背後でヒューゴーはそう否定する。


「あ、すまねえ。んじゃ、テリー・キャットか? 邪魔だから放せよ」


「いや、俺でもねえぜ?」


 ならばともう一人の仲間に改めて苦言するリューフェスだったが、ところがテリー・キャットの声も自分ではないと後方から答える。


「え!? んじゃあ、俺の腕を掴んでるのって……」


 なんだか嫌な予感を覚え、おそるおそるその掴まれている左腕に視線を落とすと、そこには逞しい筋肉質の男の手が、確かにぎゅっと自分の腕を力強く捕らえている……その手の付け根から先をゆっくりゆっくり、上へ上へとたどってゆけば、それは〝黄金の仮面〟を顔に着けた、あの原住民の王の半裸体に繋がっていた。


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