Ⅷ 小悪党の悪あがき
「――ここら辺までくりゃあ、さすがにいいだろう……」
「ああ、ここなら人目につかねえしな」
「たとえ誰かが見つけたとしても、俺達との関係を疑うやつぁまずいねえぜ」
宿屋のある下町の裏手、山道を登り、薄暗い山林の奥深くまで分け入ったヒューゴー、テリー・キャット、リューフェスの三人は、木々に囲まれた景色を見渡しながら口々にそう呟く。
昨日、〝黄金の仮面〟に秘められた呪いの真実を知り、ますます恐怖したダックファミリーの面々は、ピンチョス屋も早々にたたんで宿に帰ると、今後の対応について三人で話し合った。
盗んだその晩一夜だけであの始末だ。このまま持ち続けては祟り殺されるのも時間の問題だ……とにかく早く手放したいところなのだが、さりとて売り払ったりすれば、そこから足がついてあの探偵に身元を突き止められ、総督府からも追われることとなってしまう。
しかも、今回はこれまでのような海賊の手下なんていう小悪党ではなく、総督府から財宝を盗み出した大泥棒、加えて無許可で魔導書の魔術を使った異端者でもある。捕まれば極刑は免れないだろうし、今までと違って追跡の手もゆるくはないだろう。
そこで、せっかく盗み出したお宝ではあるが、彼らはそれをこっそり捨てることにした……人目につかない、郊外の山中に広がる森の中に。
「くうぅ……もったいねえけど、命あっての物種だ。そらよっと!」
ひどく悔しそうな顔をしながらも、意を決したヒューゴーは、茂みの中へと黄金の仮面を思いっきり放り投げる。
「さ、これでもう大丈夫だ。帰るぞ……」
「はぁ〜あ、一攫千金の夢もまさに夢と消えたか……また明日からピンチョス屋に精を出さねえとな」
「ちきしょう! 今日は帰って昼間っからやけ酒だ!」
そして、問題解決はしたものの、誰もが残念そうな様子で山を下り始める三人だったが。
「……ん? りゅ、リューフェス!? そ、その顔!?」
「なっ!? お、おまえどうして……!?」
なんだかくぐもった声のリューフェスにそちらを見たヒューゴーとテリー・キャットは、目をまん丸く見開いて驚きの声をあげる……なぜならば、彼の顔には今捨てたはずの〝黄金の仮面〟が着けられていたのだ。
「あん? 俺の顔がどうしたって……なっ!? なんじゃこりゃああぁぁぁーっ…!」
一拍置き、それまで自覚のなかったリューフェスも自身の顔に手をやると、取り外した仮面を目にして驚愕の悲鳴を山中に響かせた――。
「――さ、今度こそ大丈夫だろう……よし! 行くぞ! 走れ!」
「行け! 行け! 行け! 行けっ!」
「うわあぁぁぁーっ! 逃げろおぉぉぉーっ!」
仮面に取り憑いた原住民の王の怨霊はなんとも執念深く、ただ捨てるだけでは無駄だと理解した三人は、次に仮面を山中に掘った穴の中に埋め、念のため、さらに猛ダッシュで山を降りると逃げるようにして泊まっている宿屋へと戻った。
「…ハァ……ハァ……こ、今度こそ大丈夫だろう……」
「さすがに土に埋めりゃあ……ハァ……ハァ……ついて来れねえはずだ……」
「…ハァ……ハァ…フゥ〜……や、やっとあの仮面から解放される……て、おい! あ、あれ、見ろ……」
自分達の部屋へと駆け込み、ドアを閉めて一息吐く三人だったが、安心したその矢先、テーブルの上を指差しながら、見開いた目を小刻みに震わせてリューフェスが呟く。
見れば、そのテーブルの上には埋めたはずの〝黄金の仮面〟が、何事もなかったかのようにしれっと置かれていた。
「う、うわぁああああーっ…!」×3
三人が絶叫して部屋を飛び出したのは言うまでもない……。
「――ええい! これならどおだあぁぁぁーっ!」
三度目の正直として、ダックファミリーの選んだ方法は海に捨てることだった。
「よーし。さすがに海の底からは戻ってこられめえ……」
「ああ。しばらくすりゃあ、潮に流されておさらばだ」
「やった……やったぞ……ついに俺達は自由だぁーっ!」
その様子に今度こそさすがに呪いの仮面から離れられたと考える三人は、安堵と歓喜の表情をその顔に浮かべながら、キラキラと輝く美しい海をしばしの間見つめる。
「さ、いつもの店で祝杯だ! 呪いに勝った俺達の偉業を大いに祝おうじゃねえか!」
そして、行きつけの酒場で昼間から飲むために、木製の長い桟橋を岸の方へと向かって歩き出したのであったが……。
「おお〜い! 待ちたまえ君たち~っ!」
ふと、彼らを呼び止める声が背後から聞こえた。
「あん?」
その声に振り返ってみれば、一艘のボートが猛スピードで、沖合いよりこちらへ向かって近づいて来ている……。
乗っているのは大柄で筋骨逞しい、高速でオールを漕ぐ北方系と思われる男と、もう一人は羽根付きの黒いつば広帽を被る、甘いマスクをした細身の
どちらも白い編み上げシュミーズ(※シャツ)に黒のオー・ド・ショース(※膨らんだ半ズボン)というラフな恰好で、優男の方は手に二本の釣竿を携えていることから、どうやら釣りに来ていた者達らしい。
「なんでえ? 俺達に何か用か?」
どこかで会ったことあるような気もしなくはないが、特に顔見知りというわけでもないその二人に、ヒューゴーは怪訝な顔をしてぶっきらぼうに尋ねる。
「なに、こいつが魚の代りに釣れてね。これ、君達の大事なものなんだろう?」
「んなっ…!?」
「ば、バカな…!?」
「そんな…!?」
だが、そう言って優男の差し出したものを見た瞬間、三人は目が飛び出るほどの驚きを覚え、唖然と口を開きっ放しにしてしまう……なんと、その手には海の底に沈んだはずの、今しがた捨てたばかりの〝黄金の仮面〟が握られていたのである。
二度あることは三度ある……またしても呪いの仮面は、ありえない経緯を辿って彼らのもとへと帰って来てしまったのだ。
「……ひ、人違いだ。俺達のもんじゃねえ」
「そ、そんな黄金の仮面、見たことも聞いたこともねえぜ……」
「お、俺達のものだっていう証拠でもあんのかよ?」
三人は動揺を隠し切れない様子ながらも、なんとか惚けてシラを切ろうとする。
「証拠もなにもバッチリ見てたからね。うっかり屋さんにもさっき海に落としたんだろう? ダメだよ。大切なものならちゃんとしまっておかないと」
しかし、優男は本気でそう思っているのか? 笑顔でそんな言葉をさらっと返してくる。
「落としたんじゃねえよ! 故意に捨てたんだよ!」
「あれのどこをどう見りゃあ、うっかり落としたように見えるんだよ!?」
「つまりは要らねえから捨てたもんだ!」
天然なのか? バカなのか? 思いっきり勘違いしている優男に、三人は思わずツッコミを入れて正直に自分達のものであることを白状してしまう。
「捨てた? こんな立派な代物を? それはいけないな。これは価値ある品だ。考えを改めて大切にするべきだ。この仮面も君達のもとへ帰りたいと言っている」
だが、優男はキョトンとした顔で、捨てたことを理解しつつも今度はそうして教え諭そうとする。
いや、これは天然でも勘違いしているのでもない……彼も仮面に取り憑いた王様の怨霊に操られているのだ。
「な、何言ってんだよ……そ、そんなにいいもんなら、あんたが大事にすりゃあいいだろ?」
「あんたらが拾ったもんだ。欲しけりゃくれてやるよ」
「と、とにかく、もう、俺達には用のねえもんだ。あんた達の好きなようにしてくれ」
明らかに言動がおかしい優男に、言い知れぬ不気味さを感じながらも言い返す三人だったが。
「おい、しのごの言ってねえで仮面を受け取らねえか! こう見えても俺達は白金の羊角騎士団のもんだ! 仮面を持って帰らねえなんてぬかすんなら国家反逆罪でしょっ引くぞ!」
今度はそれまで黙っていた北方系の大男が口を開き、やはり怨霊に言わされているのか? 権力に任せて理不尽な脅しをかけてくる。
「し、白金の羊角騎士団……!?」
そう……じつはこの二人も、先日の夜に骨董商ロナウドウをガサ入れした海賊討伐の専門部隊〝白金の羊角騎士団〟の一員なのだ。
優男の方はもと
また、お互い忘れてしまっているようであるが、以前、オクサマ要塞でダックファミリーが捕まった折にも、彼らはこの二人と顔を合わせていたりなんかもする。因果なことにも、今日、非番だった彼らがこの桟橋近くで釣りを楽しんでいたところ、なぜかあの仮面を釣り上げてしまったという次第である。
「わ、わかりましたよ……そんじゃ、謹んで持ち帰らせていただきますよ……」
無論、羊角騎士団はダックファミリーにとっても天敵だ。これ以上抵抗したらほんとにしょっ引かれそうだし、余計なことを言っては自分達が盗んだ品であることがバレてしまうかもしれない……やむを得ず、しぶしぶ三人は優男の手からそれを受け取り、またしても呪いの仮面は彼らのもとへ戻ってきてしまったのだった。
「うむ。素直でよろしい。じゃ、ちゃんと大切にするんだよ?」
「もうなくすんじゃねえぞ?」
彼らに仮面を返した二人の羊角騎士は、なんか「いいことしたなあ…」的なドヤ顔をして、意気揚々とまた釣りをしに戻ってゆく……。
「クソっ! また戻ってきちまったじねえかよ……」
「山でも海でもダメだったかあ……」
桟橋に呆然と立ち尽くし、小さくなってゆくボートの姿をなんとはなしに見送りながら、テリー・キャットとリューフェスが大きく肩を落として嘆く。
「今日中にこいつを手放さねえと、いつ呪い殺されるかわかったもんじゃねえ……よーし。こうなりゃ最後の手段だ……」
そんな二人に対して、リーダーのヒューゴーは手にした〝黄金の仮面〟をじっと見つめながら、ある決心を小悪党ながらに固めるのだった――。
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