Ⅶ 仮面の由来(2)

「このサント・ミゲル建設の折に掘り返した王の墓より発見され、その造形の見事さから、当初はかつてのエルドラニア女王イサベーリャ一世陛下へ献上しようという話も持ち上がったほどだ。だが、掘り出したその日以来、次々と恐ろしい出来事が起こるようになった」


「恐ろしい出来事?」


「まずはその発掘に携わった者達が、夜な夜な奇妙な物音を聞いたり、寝ている時に金縛りにあうようになったそうだ。さらには黄金の仮面を被った原住民らしき男の幽霊を見たという者まで現れ始める……」


 柱の影からモルディオの話を聞いていたダックファミリーの面々は、目をまん丸く見開いて唖然とお互いの顔を見回す。


「俺達と同じじゃねえか……」


 自分達の経験とあまりにも似通ったその話に、血の気の失せた顔で驚きを隠しきれない彼ら三人であるが、さらにモルディオは事務的な口調で語り続ける。


「また、その中には意識を失い、おかしな言動をとる者もちらほらと見られた。聞いたこともないような言語を口走り、話しかけてもまるで耳には入っていない様子で、なぜか崖や高い所から身を投げて命を落とした者も少なからずいたらしい……」


「じゃ、じゃあ、俺、取り殺されるところだったのか……ちきしょう、訴えつやる……」


 それもまた、リューフェスの身に起きた出来事と驚くほどに酷似していた。普通なら、あのまま命を落としていてもおかしくはなかったその事実に、いつもの口癖を彼は弱々しく呟く……。


「んじゃあなんですかい? その仮面とやらには王様の亡霊が取り憑いていて、関わる者に祟りをもたらすと?」


「ああ、だから女王陛下への献上はとりやめとなり、代わりに総督府内に安置所を設けて、誰の目にも触れさせないよう、その扉を硬く閉ざすこととなった……それが、ここだよ。〝不開あかずの蔵〟とはよく言ったものだ」


 話を整理して確認する探偵に、モルディオは再び説明を始める。


「この〝神の眼差し〟で満たされた内部の造りも、聖なる神の力でその仮面の呪いを封じ込めるためのものだ。もっともそれ以来、この扉が開けられることは一度としてなく、長い年月の間に中身もこの建物の正体も忘れ去られ、今では〝魔物が出るから使わなくなった倉庫〟だのなんだのとウワサされてるようなんだけどね。現在、仮面のことを知る者は歴代総督や私達高級官僚を含め、ごく少数の者しかいない」


「それが、〝不開あかずの蔵〟の真実か……」


「俺達、なんてもんに手ぇ出しちまったんだよ……」


「クソっ! 騙された! 誰だ? お宝を隠すための嘘とか言ったやつはよ?」


 いや、別に誰も騙してないし、勝手に思い込んで墓穴を掘っただけのことなのだが、真相を知った彼らは柱の影で、なんとも言えない情けない顔をして悲嘆にくれる。


「そんなウワサがあるにも関わらず、あの仮面を盗み出すとは……まったくどこのバカだ? 祟りを受けて死にたいのか!?」


「あのう……ちょっといいっすか? そんなヤバイもんなら、むしろ盗んでってくれてよかったんじゃ……かえって厄介払いできたってもんでしょ?」


 一方、まさかすぐ近くに潜んでいるとも知らない迷惑な泥棒に、眉をハの字にして嘆くモルディオの傍ら、怪訝そうに探偵はそんな素朴な疑問を彼に呈した。


「そうもいくまい。裏の市場マーケットで取引されている分には悪人が呪い殺されるだけなんでまだいい。だが、あの仮面が王侯貴族や善良な市民の手に渡ったらどうなる? 怨霊の祟りが市中に広がることとなるんだぞ? 先程の伝え聞く話からすれば、どれほどの犠牲者が出るか知れたものではない……サント・ミゲルの治安を守る総督府としては看過できない事態だ」


 しかし、対するモルディオはやや興奮した様子で、意外と真面目な官僚のプライドを以ってまたも探偵に反論をする。


「なるほどねえ……それで、その呪いの仮面を探して取り戻せと……ん? ちょっと待てよ? じゃ、じゃあ俺はどうなるんすか!? 俺だって呪い殺されるかもしれないじゃないっすか!?」


「〝怪奇探偵〟の君なら大丈夫だろう? だから君に頼んだのだ。いつもやってることと同じじゃないか」


 一瞬、納得するもその矛盾に気づき、慌てて文句をつける探偵であったが、モルディオはなんの問題もないというようにさらっと他人ひとごとみたいに言葉を返す。


「いつもと同じって……た、確かにそうかもしれないっすが、聞いたところ、今回のはかなりヤバイ代物じゃないっすか! 俺だってそんなの嫌っすよ!」


「ほう……せっかく君の能力を高く買って依頼した仕事を、君は引き受けるのが嫌だと……カナール君、もしこの仕事を断ったら、金輪際、総督府が君に仕事を依頼することはなくなると思うけど、それでもよろしいかな?」


 しかし、至極当然な反応としてなおも食らいつく探偵に、ふと無表情になったモルディオは醒めた眼で彼を見つめながら、いたく冷徹な口調でそう選択を迫る。


「そ、それは……ええい! わかりましたよ! やらあいいんでしょう? やらあ。この怪奇探偵カナール様がハードボイルドに取り戻してやりますよ! その代わり、危険手当として、いつもより報酬は弾んでくださいよ?」


「それでこそカナール君だ! できたら犯人も捕まえてくれれば助かる。いわく付きの呪われた代物とはいえ、総督府で盗みを働くような輩、放っておいては示しがつかんからね」


 弱い所を突いてくるしたたかな官僚モルディオに、抵抗していたそのカナールという探偵の若者も、やむなくその仕事を嫌々ながら引き受けることにしたようだ。


「クルロス総督同様、相変わらず人使い荒いっすねえ……ま、ブツを探してりゃあ、自ずと犯人にもぶち当たるんでいいんすけどね。で、なんか手がかりはあるんすか?」


「〝不開あかずの蔵〟のウワサを知る者は誰も近づこうとしていなかったから、外部犯の可能性の方が高い。だが、まったく人目に触れず、こうも見事に盗み出したところを見ると、内部の者ということも考えられなくはないな。解錠に魔術を使った痕跡があるので、その筋というのもありえるね――」


 現場を見ながらの事件のあらまし説明を終えると、モルディオと探偵はそんな会話を交わしつつ、不開あかずの蔵の前を二人して立ち去ってゆく。


「なんてこった……仮面の呪いだけじゃなく、探偵にも追われる羽目になっちまった……」


「これじゃあ、足がつくんで仮面を売ることもできねえぞ?」


「ヤバイよ、ヤバイよ……俺達、いったいどうすりゃいいってんだよ?」


 柱の影に隠れたまま、そんな官僚と探偵の後姿をこっそり見送ると、顔面蒼白のヒューゴー、テリー・キャット、リューフェスの三人は、思った以上に深刻なこの事態に愕然と呟いた――。

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