Ⅶ 仮面の由来(1)

 その翌日の昼下がり……。


「――まいどぉ……ピンチョス屋でござい……」


 ダックファミリーの面々は、いつものように総督府へ商売にやって来ていた。


「ん? どうした? なんか顔色が悪いぞ?」


 だが、門衛が言うように、三人はずいぶんとやつれきっている。頬はこけ、目の下には濃いクマもできている有り様だ。


「いえ、ちょっといろいろとありやして……じゃ、失礼しやす……」


 門衛にヒューゴーは力なく答えると、同じくげっそりとしたテリー・キャット、リューフェスの二人ともども、荷車を押してとぼとぼと敷地内へ向かう……。


 今朝方、断崖絶壁から真っ逆さまに落っこちたリューフェスだったが、悪運の強いことにも岩場を避けてうまいこと海面に着水し、奇跡的に大怪我をすることもなくすんだのだった。


 そして、宿屋に帰って支度を整えると、普段通りに酒場の残り物をもらってピンチョスを作り、こうして総督府へやって来たわけなのであるが、今日、ここへ来た彼らの目的はこれまでとは少々異なる……。


 本来、お宝を手に入れた彼らは偽りのピンチョス屋も、また、秘鍵団から請け負った情報収集の仕事も終いにして、もう二度と総督府へ足を運ぶつもりはなかった。


 しかし、昨夜からの不可思議な出来事の原因が、あの〝黄金の仮面〟を盗んだことにあると考えた三人は、それを確かめるためにもう一度、この仮面の隠されていた地へ潜入することにしたのである。


 テリー・キャットとリューフェスが見たのはあの仮面を被った原住民の男であったし、そもそもあの仮面の納められていた〝不開あかずの蔵〟には、恐ろしい〝魔物〟が潜んでいるというウワサがある……どう考えても無関係とはいえないだろう。


「ああ、ええと……本日のピンチョスは生ハムとチーズのオリーブオイルがけになりやす……」


「ここに置いとくんで、勝手に持ってってくだせえ……」


「ああ、お代はこのザルの中でにでも入れといていただければ……」


 いつものように前庭で店を開く三人であるが、いつになくまったく商売っ気のない帰命な様子で、彼らは店を放り出すと、トイレを借りるフリをして総督府の建物内へと入ってゆく……瀟洒な広い廊下を抜け、向かうのは当然、裏庭にポツンと淋しげに佇む、あの忘れ去られたかのような古めかしい倉庫・・・・・・・である。


 扉の鍵はペンタクルで解錠したままなので、今でも中には入れるはずだ。あの蔵の中を調べれば何か手がかりがあるかもしれないし、下働きの者か誰かを捕まえて、ウワサについてより詳しい話を聞けば何かわかるかもしれない……。


「……ん? 隠れろ!」


 だが、三人が裏庭の隅に到ると、そこにはすでに先客がいた。


 昨夜は閉めて帰ったはずの〝不開あかずの蔵〟の扉は全開に開いており、その前に二人の男が突っ立つて何やら話をしている。


 一人は茶色の髪をビシッと固めたいかにも役人らしいハンサムな青年で、モルディオ・スカリーノというクルロス総督の右腕的な執政官だ。


 もう一人は丈の短い灰色のジュストコール(※ジャケット)に灰色の三角帽トリコーン、紅白ギンガムチェックのスカーフを巻いた少々キザな若者だが、原住民のような褐色の肌に茶髪の巻き毛、瞳は透き通るような美しい碧眼という、なんだか奇妙な顔立ちをしている。


「――うわっ! 気味悪いな。なんだよ、ここは?」


「神聖な〝神の眼差し〟を気味悪いとは少々いただけないね。ま、その気持ちはわからんでもないが……」


 この前同様、三人が柱の影に隠れて様子を覗っていると、倉庫の中へ首を突っ込んだ灰色ジュストコールの若者が驚きの声をあげ、それにモルディオは苦言を呈するも、内心、自分でも同じ感想を抱いているようである。


 やはり、あの無数の眼玉に四方八方から睨まれているような怪しげな造りの空間には、誰しもが言いようのない不気味さを感じるのであろう。


「すんませんねえ。お育ちが悪いせいか信仰心ってのもあんまし強くねえようで」


「それでよく〝怪奇探偵〟などという商売をやっていられるね。毎回、どうやって魔物や悪霊を退治しているんだい?」


 引き続き彼らの話に耳を傾けていると、倉庫から顔を出した若者は皮肉めいた台詞を口にし、対してモルディオはそんな言葉を返している。


 怪奇云々はよくわからぬが、どうやらこの若者、昨今新しく出てきた〝探偵デテクティヴェ〟とかいう、雇い主の求めに応じて事件を調査したり、警護を担当したりなんかする私的な衛兵みたいな仕事を生業なりわいとしている人物のようだ。


 おそらくは〝不開あかずの間〟の錠前が外れていることに誰かが気づき、中の〝黄金の仮面〟がなくなったことがバレて、その捜査のために彼が呼ばれたのであろう。


「いやまあ、そこは企業秘密で……それより、今回はその怪奇探偵をなんだってご所望で? この蔵から盗まれたお宝を取り戻せって話みたいですが、そんなの、それこそここの衛兵にやらせりゃいいじゃないっすか? それが仕事でしょう?」


 だが、話をはぐらかしたその探偵の若者は、怪訝そうに肩をすくめると常識的な考えからモルディオに疑問を呈する。


「だったら話は簡単なんだがね……無論、その盗まれた品が衛兵達の手には負えない代物だからだよ」


 しかし、対するモルディオはさも当然というように、探偵の若者に対して反論をする。


「手に負えねえ代物? それっていったい、なんなんすか?」


「かつて、この地を治めていた原住民の王の墓から出た黄金の仮面さ。どうやら彼らの神をかたどったもので、異教の司祭でもあった王は、祭の際にそれを被り、神へと変身していたという……」


 探偵の質問にモルディオは、淡々と〝黄金の仮面〟の来歴について語り出した……。

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