Ⅵ 呪いの仮面(1)

「――かんぱ〜い!」×3


 総督府の〝不開あかずの蔵〟から黄金の仮面を盗み出し、無事、逃げおおせることもできたダックファミリーの三人は、宿屋に帰ると近くにある行きつけの酒場で、自分達の成功に祝杯をあげていた。


 深夜とはいえ、まだ酒場のやっている時間帯だったので、盗んだお宝を泊まっている部屋のクローゼットへ隠すと、いつものように連れだって飲みに出かけたのである。


「ガハハハハ…! これで俺達も名実ともにビッグだぜ!」


「その上、今日から俺達、大金持ちだ! ヒャハハハ…!」


「この際、ダックファミリー改めビッグファミリーにするか? ウヘヘヘへ…!」


 ヒューゴー、テリー・キャット、リューフェスの三人は、木製ジョッキでワインを酌み交わしながら、歓喜の声を大きく酒場内に響かせる。


「儲からねえ雇われ仕事はもうやめだあ! 島へ帰ったら、よりビッグになる商売を始めるぞ!」


「ああ、そうだな。俺達は自由だあ! 貧しさとも、あの極悪非道なバケモノども・・・・・・・・・・・ともおさらばだあ!」


「歴史に名を残すダックファミリーの伝説が、今、ここから始まるぜえ〜っ!」


 そうして三人が大いに盛り上がっているそこへ。


「なんだ? ずいぶんと景気のいい話してるじゃないか」


 酒場の主人が頼んでいた酒の肴を持って、彼らのテーブルまでやって来た。今宵の肴はバゲットとタコのアヒージョだ。


「なあに、ちょいとイイ儲け話があったんでね。オヤジにも世話になったが、ピンチョス屋はやめて故郷へ帰ることにしたぜ」


 尋ねる主人にヒューゴーは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら自慢げにそう答える。海賊の島トリニティーガーの住人であることはさすがに言えないので、そこは明かさず少々話をぼかしてだ。


「そいつぁ羨ましい。ま、帰る前にその儲けた金をうちの店にもたっぷり落としてってくれよな? 人間、持ちつ持たれつだ。ハハハハハ…!」


 上機嫌な三人に、料理の皿をそこへ置くと、主人も笑い声をあげながら冗談めかした言葉を返す。


「おう! 今夜は祝杯だ! たっぷり飲ませてもらうぜ!」


「肉だあ! 肉持ってこーい!」


「おい、酒が切れたぞ! 注がねえと訴えてやる!」


 それに三人はますます気分を良くし、これまでピンチョス屋で儲けた金を散財すると、その夜はたらふく酒をかっ食った――。




 だが、それから後のことである……。


「――んん? なんだ? やけにうるせえな……」


 ベロベロに酔って安宿に帰り、そのまま倒れるように眠りについた三人であったが、どれくらい経った頃なのか? ヒューゴーは激しい物音に目を覚ました。


 向かって左どなりの部屋から、壁をドン! ドン…! と強く叩く音が聞こえてくるのだ。


 辺りは真っ暗で、まだ真夜中であるらしい……となりを見ると、テリー・キャットとリューフェスはいびきをかいてぐうぐう爆睡している。


「なんだあ? 酔っ払って暴れてんのかあ?」


 ベッドに横になったまま、すぐ横の薄い土壁を暗闇の中で見つめ、そんなありきたりの可能性を考えるヒューゴーだったが、その音はさらにひどくなり、ドン! ドン! ドカ! ドカ…! と、今にも壁をぶち抜きそうなほど激しくなってゆく。


「痛ててて、二日酔いの頭に響くだろうが……ああもう、うるせえな! 酒だけじゃなくクスリでもやってんのか?」


 あまりにもひどいその騒音に、ヒューゴーはベッドから起き上がると部屋の出入り口へと向かい、となりの宿泊客に文句を言いに行くことにした。


「……あん? どういうことだ?」


 ところが、ドアを開けて廊下に出て、左どなりの部屋のドアをノックしようとした彼は、その場で足を止めるとキョトンとした顔で固まってしまう……。


 なぜならば、彼らの寝泊まりしている部屋は角部屋で、左どなりに部屋はなかったからだ。しかも、彼らの部屋は二階なので、誰か通行人の仕業ということも考えられない。


「んじゃ、こっちか?」


 ならば右どなりの方かと思い、そちらのドアに耳をつけてみるが、使われていないのか? 眠り込んでしまっているのか? 中はしんと静まり返って物音ひとつ聞こえはしない。


「……鳥…いや、コウモリでも壁にぶつかってたか? ……なんだかわからんけど、ま、いっか……」


 廊下に出てみると、あれほどうるさかった音自体も聞こえはしないので、どうやら収まったものと判断したヒューゴーは、怪訝な顔をしながらも部屋へと戻っていった。


「ふぁ〜あ…ったく、せっかく大海賊団の船長になった夢を見てたのによう、いいところで起こしやがって……」


 そして、ベッドに横になると再び眠りにつこうとするヒューゴーだったが。


「……なっ!?」


 またもドン! ドン! ドシ! ドシ…! と、左側の壁から激しい騒音が聞こえ出したのである。


「いや、だって、この壁の向こうは外だろ……?」


 しかし、先程見て確かめたように、その壁の向こうには泊り客はおろか部屋すらも存在しないのだ。


 いや、そればかりではない……加えてバキバキ…と梁や柱が軋むような音も聞こえだし、さらにはガリガリ…ガリガリ…と、天井裏や床下を何かが爪で引っ掻くような音まで聞こえ始めたではないか!


「な、なんなんだよ? 気味が悪ぃな……ああ、そうだ! ネズミだ。ネズミに違ぇねえ……ネズミが壁や屋根裏で騒いでんだ……」


 わけがわからぬその怪音に、ヒューゴーは無理矢理自分にそう言い聞かせて納得させると、それでも怖いので頭からすっぽり布団を被り、耳を塞いで早く眠ってしまうことに努めた――。

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