Ⅴ 魔物の正体
「――おい! 押すなよ! 押すなって言ってるだろ…うわあっ!」
辺りに
運命の悪戯にも「いかなる鍵のかかったドアをも開けられる」という〝水星第五のペンタクル〟を手に入れることのできたダックファミリーの三人は、その翌日の夜、早々に総督府へと忍び込んでいた。
〝ペンタクル〟という必要な道具は手に入った。後は〝
日頃からピンチョス屋として出入りしているだけのことはあって、総督府内の建物の配置や、警備の衛兵のいる場所などはよく存じている。
さらに今日の昼間もいつも通りピンチョスを売りに入ると、改めて最後の下見をして廻り、一旦帰って夜を待つと、これまでに得た知識をもとにより安全なルートで忍び込んだのだった。
巡回の衛兵のいなくなる時間帯に合わせ、夜半、最も人通りの少なくなる路地に持って来た梯子をかけると、壁の上の尖った泥棒返しも跨いで越え、今度は縄梯子で壁の内側へと降りる……そういう計画だったのだが、いつものナチュラル・ボーン・おっちょこちょい気質を発揮して、リューフェスがものの見事に落ちてしまった。
「痛ててててて……何すんだよ! 訴えてやる!」
「…ん? なんの音だ?そこに誰かいるのか?」
ドスン…! と大きな音を立てて地面に尻餅を搗いたリューフェスは、痛む尻をさすりながら上の二人に文句をつけるが、その物音を聞きつけた衛兵がこちらへやって来てしまう。
その身にキュイラッサーアーマーとキャバセット(※当世風の対銃弾用の胴体だけを覆う鎧と帽子型の兜)を着込み、手にハルバート(※槍・鎌・斧が一つになった長柄兵器)を持った完全武装の衛兵だ。
「ヤベっ! ……にゃ、ニャ〜オぉ〜!」
咄嗟にリューフェスは近くの暗がりへと転がり込み、下手な猫の鳴き真似をして誤魔化そうとする。
「なんだ、猫か……ま、この総督府へ忍び込もうなんていうバカな泥棒がいるわけないな」
すると、近寄って来た衛兵はすっかりその鳴き声に騙され、まるで疑う様子もなく踵を返して行ってしまう。
それは、リューフェスの鳴き真似が上手かったからではなく、警護が厳重な総督府をわざわざ狙う、そんな物好きな盗賊はまずいないだろうという衛兵の油断に救われたと言った方が正しい。
「おい! 静かにしろ! 見つかるとこだったろう」
「何やってんだよ? いきなり飛び降りるやつがあるかよ」
一旦、壁裏に身を隠し、衛兵が去るのを見送った後に、こちらは縄梯子で静かに降りて来たヒューゴーとテリー・キャットの残り二人が、暗がりから出て来たリューフェスに文句をつける。
「何やってるって? おまえらが押したんだろう!? もう怒ったぞ! おまえら訴えて…んぐ!」
仲間の理不尽な言い様に、顔を真っ赤にしてボイナ帽を地面に投げつけようとするリューフェスだったが、その口をヒューゴーが塞ぎ、その腕をテリー・キャットが掴んで慌てて止める。
「しぃぃぃぃぃぃ〜っ!」×2
そして、二人して口元に人差し指を立てて見せると、頭に血が上ったリューフェスも現状を思い出しておとなしくなった。
「ごめーんね。くるりんぱ…っと」
「よし。誰か来ねえ前に急ぐぞ!」
なんだか釈然としないものの、とりあえず謝って帽子を被り直すリューフェスに、リーダーのヒューゴーはそう言って促すと、三人で〝
無論、下調べをして
もっとも、これが金銀財宝の納められた御金蔵だったり、総督や令嬢の暮らす住居部分だったのならば、常に武装した衛兵が警護していて、こうもうまく近づくことはできなかったであろう。
普段から人の寄り付かない、誰もが恐れるいわく因縁付きの場所だったが
「……ゴクリ……夜見ると、確かにちょっとブルっとくるな……」
「なんだか、ほんとにオバケが出そうな雰囲気だぜ……」
「も、もしかして、魔物のウワサはほんとだったりとか……」
三人以外には人っ子ひとり誰もいない、静まり返った夜の裏庭……闇に浮かぶ蔦まみれの古い倉庫は、昼間のそれを遥かに上回る不気味さを纏っている。
別にウワサを信じているわけでもないのだが、ダックファミリーの三人も自然と脚がわなわな小刻みに震えてしまう。
「な、なに
だが、平気なフリを装って、その臆病風を強引に振り払うと、ヒューゴーは首から下げた拳大ほどの金属円盤を、錆びた鉄扉の鎖でぐるぐる巻きにされた取手にかざしてみた。
それは、昨夜、骨董屋から頂戴してきた〝水星第五のペンタクル〟である。うっかりなくしてしまわないよう、そうして紐をつけてペンダント代わりに下げていたのだ。
「……ん? おおっ!」
「あ、開いたぞ!?」
「マジか!?」
ペンタクルを掲げると、ぐるぐる巻きの鎖に付いた巨大な南京錠は、ガチャリ…と微かな音を立ててひとりでに解錠する。
泥棒界の評判通り、魔導書『ソロモン王の鍵』のペンタクルの力は間違いないようだ。
「こいつぁ幸先いいぜ! よし!
「……よし! 鎖が外れたぞ!」
「そっち持ってくれ! じゃ、引っ張るぞ? せーのっ…!」
その超常的な現象を目の当たりにして、俄然、テンションの上がった三人は、緩んだ鎖を急いで外し、左右の扉の取手を手分けして掴むと息を合わせて力任せに引っ張る……すると、ガコン…! と錆つきの剥がれるような金属音を伴って、長年、閉ざされたままになっていた重たい
「……や、やったぞ!」
「お、俺達がこの手でやったんだ!」
「さ、さあ、後はお待ちかねのお宝とのご対面だ!」
ますます興奮の度合いを増す三人は、人が通れるくらいにまでさらに扉を押し開き、早々、勢い勇んで倉庫の内部へと足を踏み入れる。
「暗くて何も見えねえ……やけにひんやりしてんな……」
「長年、お天道さまの光も射し込まなかったろうからな。じめじめと湿気もすげえ……でも、なんか微かに香の匂いもしねえか?」
「ちょっと待ってろ。今、火をつける……」
そして、湿っぽく、冷たい空気に満たされた真っ暗な闇の中、辺りを確認するためにリューフェスが火打石で乾燥したパン粉の
「さてさて、いったいどんなお宝が……なっ!?」
だが、蝋燭の仄かな明かりに照らし出された倉庫の内部を見た瞬間、三人は目を見開いて絶句してしまう。
なぜならば、その狭い空間の四方の壁いっぱいに、プロフェシア教の
……いや、壁ばかりではない。見渡せば頭上の天井や足下の床も、その〝神の眼差し〟で埋め尽くされている。
「な、なんだよ、こりゃあ……」
本来は〝神〟を表す神聖なもののはずなのだが、これだけ大量に集まるとむしろ不気味さを覚える……なんだか四方八方からたくさんの眼に見つめられているような気がして、三人は全身に鳥肌を立てると、背中につー…と嫌な汗の流れるのを感じた。
「……お、おい、見ろよ」
その異常さに呆然と立ち尽くしつつも、気を取り直してよくよく前方を見てみれば、部屋の中央には石の台座が据えられており、その上に宝箱らしきものが置かれている。本体は木製で、黄金の金具や鋲で補強されたものなのだが、やはり全面に〝神の眼差し〟が描かれている。
「た、宝箱だ! やっぱり魔物のウワサは、こいつに人を近づけさせないためのものだったんだ!」
「てことは、この中にそうまでして隠したかったものすげえお宝が……」
ヒューゴーに言われ、そちらに目を向けたテリー・キャットとリューフェスの二人は、嬉々とした顔で興奮の声をあげる。
「よ、よし。開けるぞ……こいつもペンタクルでなんとかなるかな……」
宝箱だけあって、その蓋にも鍵穴があるのが見える……ヒューゴーが再び首から下げたペンタクルをその鍵穴へ掲げると、今度もガチャリ…と解錠される音が聞こえた。
「やったぜ! さあ、いよいよご開帳だ。鬼が出るか蛇が出るか……」
続けて、鍵のあいたその箱の蓋を、恐る恐るパカリと開く……。
「お、おおおおおーっ…!」×3
そして、箱の中を蝋燭の灯りで照らしてみると、そこには妖しげな金色の光を暗闇に放つ、黄金の仮面が入っていた。
ジャガーなのか? 蛇やワニのような爬虫類なのか? 口から大きな牙を生やした怪物のような顔をしており、頭の周りには羽飾りを表すと思しき金の剥片がたくさん付いている……また、眼にはエメラルドか何か緑色の宝石が嵌め込まれているようだ。
おそらくは原住民の遺跡から出てきたものか何かであろう。彼らの司祭や呪術師が使っていたものかもしれない……。
「こ、こりゃあ、本当にスゲエお宝だ……ほんとに、ほんとにお宝があったんだ……」
「……やった、ついにやってやったぞ!」
「あ、ああ……俺達、ついにビッグなことをやってやったぜ!」
いずれにしろ、すべて黄金と宝石でできた高価な代物に相違はない。倉庫内の不気味な装飾のことも忘れて、三人は興奮を抑えきれない様子で素直に悦びを露わにする。
「イェーイ! 俺達はビッグだぁーっ!」
「もう〝噛ませ犬〟とは呼ばせねえぜーっ!」
「世紀の大悪党、ダックファミリー伝説の始まりだぁーっ!」
その悦びに思わず歓喜の大声を狭い倉庫内に響かせてしまった後。
「…ハッ! しぃぃぃぃぃ〜っ!」×3
今、自分達の置かれている状況を思い出して、三人一斉に人差し指を口元に立てた。
「さ、いただくもんはいただいた。祝杯は無事にここを逃げ出してからだ。とっととズラかるぞ」
「ああ、ビッグな大悪党は最後までクールにいかねえとな」
「泥棒は家に帰るまでってね」
読み通り、〝
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