Ⅳ 骨董屋の裏稼業(2)

「また客か……だが、貴族か役人のような語り口だな」


 その声に入口の方を覗う店主であったが、庶民や裏社会の者とも思えないその口調に疑念を感じる。 


「まあ、そんな客層もいなくはないが、官憲の可能性もある……ま、思い過ごしかもしれねえが、面倒なことになるといけねえ。あんた達、どっかそこらに隠れていてくれ」


 そして、カウンターを出た店主は入口の方へ向かいつつ、小声で三人にそんな用心を促した。


「あ、ああ。遠慮なくそうさせてもらうぜ……」


 予期せぬ新たな客の来訪に驚く三人であったが、彼らとしてもこの店にいる所を官憲に見られるのは得策ではない。


「おい! 押すなよ! 押すなったら……」


 ヒューゴー達は店主と入れ替わるようにして、カウンターの裏側へぞろぞろと潜り込み、狭い壁とのその隙間に身体を丸めて息を潜める。


「へえ、どうぞお入りください。こんな夜分にしがねえ骨董屋になんの御用でしょう…」


 その間にドアノブへと手をかけ、扉を開くとともにそう声をかけた店主だったが。


「……っ!?」


 彼の開きかけたドアは外からの力で全開にまで押し開けられ、続け様、白い陣羽織サーコートを纏った兵士達が10名ほど、バタバタと店内へ侵入してくる。


「我らは海賊並びに異端討伐を任務とする白金の羊角騎士団だ! 骨董商ロナウド、そなたには違法に魔導書を売買した疑いがある。店の中を調べさせてもらうぞ!」


 瞬く間に店内をいっぱいにしたその白い集団の先頭に立つ若い男が、呆気にとられる店主に対して、自らの身分を明かすとともに彼の容疑を朗々とした声で告げる。


 名乗らずとも、その正体は純白の陣羽織サーコートの胸に染め抜かれたプロフェシア教のシンボル――一つ眼から放射状に放たれる光を描く〝神の眼差し〟と、それを左右から挟み込む〝羊の巻角〟を見れば自ずと明らかだ。


 白金の羊角騎士団……そもそもは護教のために結成された宗教騎士団であり、現エルドラニア国王カルロマグノ一世の意向によって、新天地の海賊討伐も任されることとなった精鋭部隊である。


 もともとが護教を目的としていたし、また、異端的な海賊〝禁書の秘鍵団〟との因縁もあって、違法な魔導書絡みの犯罪も彼らが取り締まることが多い。


「し、白金の…羊角騎士団……」


 海賊すらも恐れ慄くその一団の名を聞き、顔面蒼白に目を見開くマッチョなイケメン店主であったが、それはカウンターの影に隠れるダックファミリーとて同様である。先日、斥候をしていたオクサマ要塞で三人を捕らえたのも、他ならぬこの羊角騎士団だったのだ。


「よ、羊角騎士団だと!?」


「な、なんでやつらがここに……」


「聞いてないよお〜!」


 驚いた三人は、思わず目だけをカウンターの影から出してその様子を覗ってみる……。


 すると、白い集団の先頭に立つ金髪碧眼の若い男には、思った通りに見憶えがあった……羊角騎士団の団長、ドン・ハーソン・デ・テッサリオだ。


 聞くところによると、ひとりでに飛び回っては敵を斬る古代異教の魔法剣〝フラガラッハ〟を腰にき、エルドラニア帝国最強の騎士〝聖騎士パラディン〟に叙されたという、やはり傑出した人物だ。


「少々裏稼業を派手にやりすぎたみたいだな。この店で密かに魔導書や魔術の道具を売っているというタレコミがあった……見たところ、骨董屋で食えているようにも思えないしな」


「ハーソンさま、やはり悪魔の気配がどことなくいたします。特にあちらの奥にある部屋の方から……」


 また、団長ハーソンの両脇には、やはりどこか見憶えのある口髭を生やしたダンディな男と、顔に薄布のベールをかけた修道女のような女性も立っている。


 三人はそこまで知らなかったが、それはハーソンの従兄弟で副団長のドン・アウグスト・デ・イオルコと、もと魔女で騎士団の魔術担当メデイアだ。


「な、何かの間違いじゃないですかねえ? 私はただのしがねえ骨董屋ですよ……」


 唖然と三人が密かに見守る中、店主は言い訳をしながらじわじわと後退り、背中がカウンターにぶつかると、その裏の一段低くなっている台の上に手にしていたペンタクルをこっそり放り投げる……咄嗟の証拠隠滅をしたわけなのであるが、奇しくもそれはちょうどダックファミリーの隠れる目と鼻の先だ。


「……ん? あ! こ、こりゃあ、あのペンタクルじゃねえか……」


「なんとまあ……」


「棚からプディング・・・・・たあ、まさにこのことだ……」


 そんな場合ではないのだが、眼前に落ちてきたお目当てのブツに、ヒューゴー達はすかさずそれを掴みとると、再び見つからないよう、カウンターの裏でダンゴムシのようにして身を丸める。


「そいつは調べてみればすぐにわかることだ。さあ、そっちの部屋を見せてもらおうか?」


「へ、へえ。どうぞご覧くだせえ……うわぁああああーっ!」


 他方、さらに追い詰めるハーソンを奥の部屋へ促すと見せかけた直後、店主は不意に大声をあげると、白衣の騎士達を押し退けて外へと逃げようとする。


「自ら白状したか。無駄な抵抗はよすんだな」


「は、離せ! 離せよ! ちきしょおー! い、イヤだ! 火炙りになんかなりたくねえよおぉぉぉ!」


 だが、大勢の騎士達を振り切って逃げることなど到底無理な話。数歩も進まぬ内にすぐに捕まり、床の上へ組み伏せられると無様に喚き立てることとなった。


「縛ったらそこらに転がしておけ。おまえ達は奥の部屋を早く調べよ!」


 俄かに騒然とする店内……店主を縄で縛りあげつつ、奥の部屋へ騎士達が殺到する傍ら、この窮地にダックファミリーの面々も生きた心地がせずにいた。


 一度、羊角騎士団に捕まったことのある彼らはすでに面が割れている……海賊の罪ばかりか脱獄の罪もあるし、さらにここで掴まれば、魔導書の不法所持の容疑もかけられることだろう。速攻、間違いなく縛り首だ。


「せっかくブツが手に入ったってのに……どうする!? こんなとこじゃすぐに見つかっちまうぞ?」


「けどよ、この状況からどうやって逃げ出しゃいいんだよ?」


「くそう! 訴えてやる……いや、訴える前に見ろ! こんなとこにいいもんがあったぞ!」


 丸まったまま顔を突き合わせ、小声で狼狽えまくる三人であったが、その時、リューフェスが床の上に切り込まれた、正方形の線のようなものを偶然発見した。おそらくは、床下へと通じる出入口の蓋であろう。


「しめた! よし! ここから逃げるぞ!」


 すぐにそれと悟った三人は、騎士団が店主や奥の部屋の捜査に気を取られている隙を突き、騒ぎに乗じてその蓋を素早く開けると、転がるようにしてその中へとなだれ込む。


「うわっ!? ……痛てててて…なんだ? 地下室か? 思った以上に立派だな」


 階段を転げ落ち、あちこち身体を打ちつけた三人が痛みを堪えて起き上がると、そこには意外と広い空間が拡がっている。


「酒樽が並んでるぜ? それに……クン、クン…この匂い、上等な生ハムやチーズもあるみてえだ」


「あの因業マッチョ店主、潰れそうな店構えしてるくせして、裏家業で儲けた金で贅沢三昧してやがったな!」


 天井の板――上の店では床板に当たるそれの隙間より幾筋もの光が射し込んでいるが、その光にかざして見ればワインの樽が積み上げられ、高級生ハムやソーセージ、チーズなどの食料品もそこには貯蔵されているみたいだ。


「――団長ーっ! ありましたーっ! 大量の魔導書の写本です! それに儀式に使う魔術武器の類も!」


「秘鍵団から仕入れたものか……これで証拠はあがったぞ? さあ、やつらとの繋がりについてもたっぷり聞かせてもらおうか」


 どうやら奥の部屋でご禁制の品々を見つけたらしく、頭上からはそんな騎士達のくぐもった声が天井の板越しに聞こえてきている。


「証拠もあがったようだし、もう少しすりゃあ、やつらも引き上げていくこったろう…モゴモゴ……仕方ねえ、それまでここで待機だ」


「だな。ま、ここは幸い食いもんもあるし…モグモグ……身を隠すにゃあ、いい隠れ家だ」


「あとはワインでも飲みてえところだが……モゴモグ…ゴクン……どっかにジョッキは転がってねえかなあ?」


 周りを天敵である官憲に囲まれているとはいえ、どさくさに紛れてお目当ての〝ペンタクル〟を手に入れることもできし、やつらはまだ彼らの存在にすら気づいてはいない……。


 絶好の隠れ家を見つけた三人は楽天的に落ち着き払うと、勝手にその場の食糧を摘み食いしながら、辺りが静かになるまでのんびり待つことにした――。

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