Ⅳ 骨董屋の裏稼業(1)
「――ここだよな? その店ってのは……」
偽りのピンチョス屋をいつもよりも早めに店じまいし、寝泊まりしている安宿で話し合いを持ったダックファミリーの面々は、その夜、サント・ミゲルの繁華街の路地裏にひっそりと佇む、まるで商売っ気のない骨董品店の前に立っていた。
「ああ、〝
古ぼけた看板を見上げながら尋ねるテリー・キャットに、ヒューゴーもそれを見つめながらコクリと頷く。
「けどよ、なんか今にも潰れそうな店だぜ? ほんとにここかあ?」
しかし、ひっそりと静まり返った粗末な店構えをまじまじと観察しながら、リューフェスは眉根を寄せて首を傾げる。
先刻の話し合いでヒューゴーから例の〝
「いつ得られるかわからねえ魔導書の情報より、そのお宝いただいた方がてっとり早え」
「そうだな。それに秘密の財宝なんて、ビッグな俺達にまさにピッタリの獲物だぜ」
「ああ、総督府から秘宝を盗み出したとなれば、ようやく世間にも俺達のビッグさが知れ渡るっていうもんよ」
そんな感じに全会一致でそのお宝を盗み出すことに即決した三人ではあったが、問題はその方法である。たとえ総督府内へ忍び込めたとしても、あの頑丈に閉ざされた、文字通りに〝
無論、あの南京錠の鍵は手に入りそうもないし、乱暴に実力行使で開けるにしても大きな音を立ててしまうだろうし、そもそもがちっとやそっとじゃ壊れそうもない、分厚い鉄でできた扉なので壊すのもあまり現実的とは言えないだろう。
そこで、ない頭を振り捻って三人の考え出した答えが、この、裏で非合法に魔導書や魔術に関わる品々を扱っているという骨董店だった。
ま、骨董店というのはただの隠れ蓑で、実質、その闇商売で食っているような店だ。サント・ミゲルの裏社会ではけっこう派手にやっているらしく、その筋では有名らしい……三人がその店を知ったのも、飲み屋で情報収集をしている際に、偶然、耳にしてのことだった。
もっとも、無法者の楽園〝トリニティーガー〟に帰れば、そんな店が裏でもなんでもなく、堂々と表で商売しているのであるが、ここ、エルドラニアの支配するサント・ミゲルの街にも、そうした場所の幾つかあることは秘鍵団からも聞き及んでいた。当然、魔導書の写本を売る秘鍵団のお得意さまでもあるだろうし、密偵のダックファミリー同様、魔導書輸送の情報を得る窓口ともなっているのだろう。
しかし、非合法な店に出入りしていては当局に目をつけられかねないので、けして近づかないようにと彼らは注意も受けていたのだ。なので、これまで足を向けることもなかったのだが、今こそその店のご厄介になる時である!
泥棒業界では有名な話で、魔導書の魔術を使って作られた魔術グッズの中に、〝どんな扉でも開けられるペンタクル〟というものがあるらしい……三人はそれを手に入れて〝
カタギの店はすでに店じまいしている時間でもあり、暗い夜の裏通りはひっそりと静まり返っている……だが、窓にかかったカーテンからは仄かな明かりが漏れ出しており、留守というわけではなさそうだ。
「裏商売の店だからな。目立たねえようひっそりやってんだろう。ま、入ってみりゃあわかることだ。行くぞ……」
ヒューゴーは自分に言い聞かせるようにして意を決すると、そのうらぶれた店のドアをノックした。
コン、コン、コン…とリズミカルに木を叩く音を路地裏の冷たい石畳の上に響かせ、真鍮のドアノブに手をかけると、ガチャリと簡単に回ってドアは開く。
「ごめんなすって! まだ店はやってるかい?」
「いらっしゃい。まだ閉店はしてねえが、ろくな品物は置いてねえぜ? この
一歩足を踏み入れてヒューゴーが声をかけると、蝋燭の明かりだけが灯る薄暗い店の中、錆びでボコボコの鎧兜だの、遺跡に転がってる欠けた原住民の壺だのといった、骨董品というよりはむしろガラクタにしか思えないような古道具に囲まれて、黒い短髪の妙に筋肉質をした若いラテン系店主がカウンター越しに挨拶を返してくる。
「いや、骨董品に用はねえ。俺達がほしいのは、この店が裏で扱っている商品の方だ……魔導書絡みのな」
「フン。見ねえ顔だが、間違って迷い込んだってわけでもねえようだな。いいだろう。何がお望みだ?」
続けてテリー・キャットがちょっと気取った口調で用件を述べると、そのマッチョなイケメン店主はニヤリと悪どい笑みを浮かべ、その正体を曝け出した。
「話が早え。聞くところによると、どんな鍵のかかったドアでも簡単に開けられる、〝ペンタクル〟とかいう便利な魔法道具があるらしいじゃねえか。そいつは置いてねえのかい?」
「ああ、『ソロモン王の鍵』に載ってる〝水星第五、もしくは月第一のペンタクル〟だな? あるぜ。ちょっと待ってな……」
早々、本題を切り出すリューフェスに、店長はそう断りを入れると奥の部屋へと入って行き、しばらくの後、拳よりもひとまわり大きいくらいの金属円盤を手にして戻ってくる。
「ほらよ、こいつだ。どっちもほぼ同じ効果があるが、〝月第一〟の方は切らしてたんで〝水星第五〟の方だ。なかなか人気のある品なんで値段もそれなりにするぜ? 銀貨50枚ってとこだな」
怪しげな幾何学模様の描かれた金属円盤を蝋燭の明かりにかざしながら、その商品のお値段をイケメン店主は三人に提示する。
「ぎ、銀貨50枚!」
「そりゃ高すぎだろ!?」
「ボッタクリだ! 訴えてやる!」
予想を遥かに上回る、その高額なお値段を聞いた三人は、思わず驚きの声を同時にあげると、リューフェスなんかは新調したボイナ帽を怒りに任せて床へと叩きつける。
「ボッタクリとはひでえな。なにせ誰もが欲しがる大人気の品なんでね。それに本来は魔導書に記載された式次第通りに悪魔召喚の儀式を自ら行い、手間と時間をかけてようやく完成する特別な代物だ。その労を惜しんで手に入れるんだから、そんくれえの対価は安いもんだと思うぜ?」
だが、店主は鼻で笑うと肩を竦め、ズブの素人である三人を小バカにするかのような調子でそう反論をする。
「いらないんなら別にいいんだぜ? ほしいやつは山といるからな。さ、他に用がないんなら早々にお帰り願おうか」
さらに店主はイニシアチブをとると、客相手にも関わらず、強気な態度で彼らに判断を迫る。
「チッ…くそう。足下見やがって……ちょ、ちょっと時間をくれ! さすがに庶民にゃあ高え買い物だ。財布と相談しながらみんなで話し合いてえ」
そんな上から目線な店主に対し、ヒューゴーは密かに舌打ちをすると、表向きは
「いいだろう。少しだけなら待ってやる。だが、俺が待ちくたびれるまでだ。銀貨50枚払うか諦めるか? とっとと決めな」
すると、店主は面倒臭そうに顔を
「さて、どうする? 銀貨50枚なんて、とてもじゃねえが払えねえぜ? ツケとかきくかな?」
「なあに、正直に払ってやる義理はねえよ。幸運にも相手は一人、こうなりゃ実力行使だ」
「そうだな。秘鍵団の仕事さえ蹴っちまやあ、別にサント・ミゲルに留まってる必要もねえ。
時間をもらったヒューゴー、テリー・キャット、リューフェスの三人は、部屋の隅で一塊になると顔を突き合わせ、ひそひそと相談を…否、悪だくみをし始める。
「でも、マッチョだし、けっこう強そうだぜ? 油断は禁物だ」
「そうだな。華麗な
「じゃ、俺がこうするから、おまえとおまえはこうしてこうして、その間に何が何してペンタクルを…」
そして、さらに具体的に話を詰め、穏便に買うことを諦めるとブツを強奪する覚悟を決める三人であったが。
「ごめん! 主人はいるか!? そなたのやっている商売について少々興味がある!」
突然、ドン! ドン! ドン…! と激しく入口のドアがノックされたかと思うと、そんな男の大声が外から聞こえてきた。
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