Ⅱ 食うためのバイト(2)

「――というわけで、サント・ミゲルの街に紛れ込んで、エルドラニアの魔導書・・・輸送の情報を集めてほしいんだ。いうなれば密偵だね。できれば総督府にも出入りして聞き耳を立ててもらいたい。どうだろう、引き受けてくれるかな?」


 しばらくの後、ダックファミリーの三人は港に停泊する禁書の秘鍵団の海賊船〝レヴィアタン・デル・パライソ号〟の甲板上にいた。


 メインマストの下、樽を椅子代わりに座る彼らの目の前には、黒いフード付きのジュストコール(※ロングジャケット)をその身に纏い、ウィッチハットと三角帽トリコーンを合わせたような帽子をかぶる、金髪おさげの小柄な少年が机を挟んで腰かけている。


 こちらも十代後半と歳はまだ若いが、誰あろう彼こそがこの〝禁書の秘鍵団〟の頭目、〝魔術師船長マゴ・カピタン〟の異名をとるマルク・デ・スファラニアなのだ。


「僕らは面が割れてるから難しいけど、君らにとっては簡単な仕事のはずさ。もちろん、いい情報が手に入れば、その出来高で給金は弾むよ?」


 魔導書の魔術に精通し、あらゆる悪魔を自在に使役できるとウワサの船長カピタンマルクは、続けてそんな好条件を穏やかな声で三人に告げる……現在、有無を言わさず露華につれてこられた彼ら三人は、秘鍵団が求人募集している仕事の説明会&面接を受けている最中なのだ。


 魔導書――それは、神羅万象に宿る悪魔(精霊)を召喚し、それらを使役することで超常的な力を得るための方法が記された魔法技術の書。エウロパ世界の宗教的権威であるプロフェシア教会とエルドラニアをはじめとする各国王権は、こうした魔導書の類を禁書とし、無許可での所持・使用を禁じることでその力を独占していた。


 対してマルクら〝禁書の秘鍵団〟はこの禁書政策に異を唱え、ここ新天地へ輸送される稀少な魔導書を船から奪っては、その写本を作って広く売り捌くという活動をしているため、その情報収集をする手先がほしいというわけなのである。


「い、いやあ、いいお話ではありやすが……」


「俺達じゃあ役不足かと……」


「というわけで、今回のお話はなかったということで……」


 見た目、子供のようなマルクを前に、三人は恐る恐る、目上の者を相手にするような言葉遣いで丁重にお断りを入れようとする。


 金がないところにいい働き口の話ではあるのだが、相手はあの、名だたる海賊達も一目置く、権謀術数にも長けているらしい〝魔術師船長マゴ・カピタン〟だ。この前のこともあるし、どんな目に遭わされるかわかったものではない。総督府へ潜り込む密偵となれば、それなりに危険もともなうのでなおさらだ。


 だが、断りを入れて三人が立ち上がろうとしたその時、突然、ドン…! と激しい音が甲板上に木霊し、木片と水飛沫が勢いよく周囲に飛散した……マルクの背後に立っていた露華が、そこに積んであった貯水用の樽を無言で殴りつけ、その小さな拳の一撃で木っ端微塵に粉砕したのだ。


「こんなイイ話、モチロン断るわけないネ。オマエ達、この仕事、受けるカ? それともやっぱり受けるカ?」


「ひぃ……!」×3


 さらに冷たい眼差しを彼らに向け、またも答えの一つしかない質問を投げかけてくる無表情のカンフー少女に、三人は顔を引きつらせ、椅子代わりの樽から転び落ちそうになる。


 この〝禁書の秘鍵団〟で恐ろしいのは、なにも頭目の船長カピタンマルクばかりではない。この陳露華からしてそうであるし、ここの団員達は皆、その筋では二つ名・・・を以て恐れられる凶悪な者達ばかりなのだ。


「旦那さま、もう一度いきますよ? それっ!」


「いざ参れ! フン…! とう…! ハァっ…!」


 ずつと見て見ぬフリをして気にしないようにしていたのであるが、ここへ連れて来られた時からというもの、背後の船首付近では、おとなしそうな船乗り風の男の子が幾本もの長剣を次々に放り投げ、それを古式ゆかしい甲冑姿の騎士がギン! ギン…! とけたたましい金属音を響かせながら、身の丈ほどもある長大な両手剣で打ち払っている。


 時代錯誤な中世風の甲冑を身に纏うその騎士は、おそらく〝百刃の騎士〟の名で知られるドン・キホルテス・デ・ラマーニャであろう……時代錯誤な勘違い野郎ではあるが、もとはエルドラニアの正真正銘の騎士であり、その剣の腕はそうとうなものと聞く。


 また、重たい長剣を軽々と投げつける、見た目に反して異様な怪力を誇る男の子の方は、ドン・キホルテスの従者で〝歩く武器庫〟と呼ばれるサウロ・ポンサに違いない。


「旦那さま、まだまだいきますよ~……それっ! それっ…!」


「うむ! ハーソン殿の魔法剣・・・はこんなものではござらん! もっとだ! もっと激しく投げつけよ! ハァっ! とりゃあ! …っと、手元が狂った!」


 そうして何やら剣の稽古をしているらしい騎士主従なのであるが、時折、ドン・キホルテスの斬り払った長剣が意図した所へ落ちることなく、うっかり三人組の方へ飛んで来ることもある。


「うひいっ…!」


ザクリ…と足下の甲板へ突き刺さるその長剣に、気にしないフリをして彼ら三人も、思わずその体をビクリと震わせてしまう。


「もお! ちょっとキホルテス! 大事な話してるんだから邪魔しないでおくれよ」


「あいや、申し訳ござらぬ。大丈夫でござるか? お客人」


「すみません。以後、気をつけます」


 そんなドン・キホルテスの無作法に、船長カピタンマルクは眉をひそめて苦言を呈し、剣を拾いに来た騎士主従は苦笑いを浮かべながら謝罪をする。


 パっと見、温厚そうなカワイイ幼顔をして、武勇で知られた勇猛な騎士を平然と叱りつけているこの度胸、さすがは秘鍵団を率いるだけのことはあって、やはりこの船長カピタンマルクという人物もただ者ではない。


「さあ、あたしの新発明、通常の二倍に威力を強化した手榴弾の実験だよ? ゴリアテちゃん、他の船に被害がでないよう、思いっきり沖の方へ放り投げて!」


「オオオオオオ…!」


 いや、あえて見えないフリをしていたのは、背後で危険極まりない稽古をしている騎士主従ばかりではない……反対側の船尾楼の上では、赤ずきんを被った三つ編みツインおさげの少女が檄を飛ばし、いったいどういう仕組みで動いているのか? 人間のゆうに二、三倍はあろうかという土の巨人が、何やら火の付いた壺のようなものを太い腕で彼方へと放り投げている……。


 と、わずかの後、ドオォォォーン…! と耳をつんざくような轟音が鳴り響き、沖合の海面に巨大な水柱が勢いよく噴き上がった。


今、巨人の手で投擲された火薬入りの壺が、その海面上で爆発したのである。赤ずきんの少女が言っていたように威力は桁違いに大きくなっているが、それ自体はわりとポピュラーな海戦用の兵器である。


 その火器に詳しそうな様子からして、彼女は〝錬金処女おとめ〟の名で知られる秘鍵団の女錬金術師、マリアンネ・バルシュミーゲであろう。で、あの常識を無視した土の巨人は、ウワサに聞く彼女のゴーレム〝ゴリアテ〟か……。


「ああもう! マリアンネもうるさいよ? みんな、どっか他所よそでやってくれよ!」


またも面接を邪魔され、船長カピタンマルクは振り返ると、船尾楼を見上げながら赤ずきん少女にも文句をつける。


「ごめーん! どうしても新兵器を試してみたくなっちゃって。もうしないから大丈夫だよ~!」


「オオオオオオ……」


 怒られた赤ずきんは頭を掻き掻き、誤魔化し笑いをしながら船長に謝り、主人に続いて土の巨人もなんだかバツが悪そうに淋しげな唸り声をあげている。いったいどこから声が出ているのか? やはりその仕組みは謎だ。


 ……やばい……この前はロリカンフー少女としか顔を合わせていなかったが、ウワサに聞く通り、やっぱりこいつらは全員ヤバイやつらだ……。


 もとより海賊は凶暴な輩と相場が決まっているが、海賊云々うんぬんという以前にいろいろと異常な連中をこれでもかと目の当たりにして、ダックファミリーの三人は命の危機を感じ始める。


 ……どうやら、来ては行けない場所に来てしまったようだ……やばい、このままではられる……なんとか穏便に話を済ませ、この場から退散しなくては……。


 だが、仕事を断れば、あの暴力カンフー娘にまたボコボコにされるだろうし、さりとて仕事を引き受けるのも嫌な予感しかしない……ならば、一か八か全速力で逃げ出すか?


 そこは〝ファミリー〟を名乗るだけのことはあり、同じ考えに至った三人は目配せをして互いに頷き合い、その逃げ出すタイミングを見計らう。


「お~い! ラム酒買ってきたぜ? たまにゃあワインじゃなくラム酒もいいからな」


 だがその時、運の悪いことにも船縁に板を渡した船の乗降口から、酒樽を肩に担いだ男が逃げ道を阻むようにして乗り込んでくる。


 長身のやはり船乗り風の格好をした若い男で、頭には青いターバンを巻き、異様に鋭い眼つきの凶悪な人相をしている。


「あん? なんの騒ぎだ? もしかして、うちにちょっかい出してきたバカな同業者・・・か? おとしまえつけさせんなら俺にやらせてくれよ。ここんとこおもしれえこともねえし、退屈してたんだ」


 その人相の悪い男は三人を見ると、敵対する別の海賊団の団員でも捕まってると思ったのか? 凶悪なその顔をさらに悪どく歪めて、ニヤリと笑った口元に異常なほど尖がった犬歯を見せつける。


「違うよ、リュカ。密偵の仕事の募集を見て来てくれた人達さ。だから失礼がないように頼むよ? ほら、君が変なこと言うから怖がってるじゃないか」


 そんな仲間にまたも眉根をしかめると、船長カピタンマルクは今度も物怖ものおじせずに堂々と叱りつけている。


「じ、人狼のリュカ……」


 だが、彼の言葉は逆効果にも、さらに三人を恐怖のどん底へと叩き落し、完全に血の気の失せた彼らをますます震え上がらせてしまう。


 秘鍵団で〝リュカ〟といえば、当然、一人しか思いつかない……リュカ・ド・サンマルジュ。〝ジュオーディンの怪物〟と恐れられる文字通りのバケモノだ。なぜならば、彼はただの乱暴者などではなく、じつは本物の〝人狼〟だという話なのである。聞くところによると、故郷の村の住人を全員喰い殺したんだとかなんとか……。


 つまりは、秘鍵団の中でも一番ヤベエやつだってことである。そんな恐ろしい人外の者が船に乗り降りする唯一の入口の前に立っている……他にも暴力カンフー少女に剣の遣い手である騎士主従、爆発物を玩具代わりに扱う錬金術師に常識外れな土の巨人までいる……最早、完全なまでに逃げ切れる気がしねえ……。


「ああ、ごめんごめん。話の腰を折っちゃったね。で、どうだい? 引き受けてくれるかな? 君達にぴったりの仕事だと思うんだけど」


 内心、強い絶望感を味わっている三人に対して、止めを刺すかの如く穏やかな笑みを浮かべて船長カピタンマルクが改めて問い質す。


 その屈託のない笑顔がむしろ一番怖い……もしも逆らったら、たとえこの場を逃げおおせたとしても、悪魔の力を使ってどんな仕打ちをされることか……暴力カンフー少女じゃないが、最初から答えは一つに決まっているのだ。


「つ、謹んでお受けいたしやす。ヘェ……」


 そのカンフー少女はなおも冷徹な瞳でこちらを威嚇しているし、船長かぴたんマルクの笑顔の威嚇に、ダックファミリーの三人は渋々その仕事を引き受けることにしたのだった――。

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