Ⅱ 食うためのバイト(1)

「――ハァ……危うく俺達自身が蒸し焼き肉にされるところだったぜ……」


「でもよ、これじゃあもう、あの店で好物の肉も食えないぜ? なんとかツケを払わねえと……」


「ビッグな仕事よりもまずは明日の飲み代だな……」


場末の飲み屋〝BARバルバッコア〟から今日も無銭飲食して逃げ出したヒューゴー、テリー・キャット、リューフェスの三人は、トリニティーガーの目抜き通りをぶらぶら歩きながら、多くの島民達が行き交う雑踏の中で悩んでいた。


 エウロパ風の街並みを模した美しい建物の並ぶ目貫通りに比して、薄汚れ、くたびれた彼ら三人の姿はなんとも対照的だ。


 だが、別に彼らが人混みの中で浮いているというわけではない……狭い島のことではあるし、ここはもとよりはぐれ者達が流れ着く海賊の島・・・・。溜め込んだ財で美しい街並みを作ったり、着飾った稼ぎの良い海賊達がいる反面、彼らのような貧しい半端者達もざらにいて、自由に目抜き通りを闊歩しているのである。


「仕方ねえ。とりあえず海賊の手下の口でもまた探すとするか……ま、その海賊が何かビッグな仕事してくれりゃあ儲けもんだ」


 一応、三人のリーダーであるヒューゴーが、溜息混じりにそう提案をする。


「そうだな。ちょうどいい雇い口がありゃあいいんだけど……三食昼寝つきの福利厚生しっかりしたとこ希望だが、力のある海賊団じゃねえとこっちの身も危ねえからな。襲った船に返り討ちにされちゃあ洒落にもならねえぜ」


「名だたる船長達はこの前の一件・・・・・・でみんな船が大破しちまったらしいからなあ。船員の臨時募集かけるてる状況じゃねえだろうし……ま、無名なルーキーでも強えやつなら誰でもかまわねえが、いずれにしろ〝秘鍵団・・・〟だけは御免こうむりてえ」


 そんなリーダーの言葉に、テリー・キャットとリューフェスも条件付きながらうんうんと頷いて賛同の意を示す。


 意外に思われるかもしれないが、特定の団員を常に抱えている海賊というのはむしろ稀で、仕事の度に臨時の船員を募集する海賊の方が一般的なスタイルだったりする。ダックファミリーは、そんな臨時雇用の海賊を自分達の主な生業なりわいとしているのだ。


「ともかくも、港に行って募集あるか聞いて回ろうぜ…」


 二人の同意を得たリーダーが、そう言うと立てた親指で港の方角を指し示したその時だった。


「仕事アルヨ~! 誰カ仕事しないカ~? 誰にデモできる簡単な仕事ダヨ~!」


 そんな女の子の声が、混み合う道の往来の中から聞こえてきた。


 声のした方を覗えば、行き交う人々の頭越しに「求人」という立て札がニョキっと突き出ているのが見える。


「お! ジャストタイミングじゃねえか。ちょっと行ってみるか」


「どうせ賃金の安い、ただの荷物運びとかじゃねえのか?」


「でも、意外や見っけもん・・・・ってパターンもある。ま、つまらねえ仕事なら断りゃいいだけさ」


 都合よくも目についたその求人広告に、三人はその立て札目指して人混みを掻き分けてゆく。


「ちょっと訊きてえんだが、そいつはどんな仕事だい?」


 そして、すぐ近くまで歩み寄ると、そうヒューゴーが声をかけたのだったが。


「アア、簡単な仕事ネ! お兄さん達、興味アルカ?」


 彼の言葉に答えた立て札を持つ人物は、薄桃色のカンフー服を着た、ツインお団子の東方系少女だった。


「ひっ…! て、てめえは……」


「あ、あの時の……」


「ぼ、ぼ、ぼ、暴力娘……」


 少女の姿を目の当たりにした瞬間、三人は一斉に血の気の引いた顔になってブルブルと震え始める。


 その凶暴な正体とは裏腹な、まだあどけない童顔は忘れもしない……少女の名は陳露華チェン・ルゥファ。歳は若いが東方の大国〝シン〟の武術〝双極拳〟の遣い手で、ついた仇名は〝東方のアマソナス〟。このトリニティーガー島においても特に風変わりで知られた有力な海賊〝禁書の秘鍵団〟の一角を担う武闘家なのだ。


先日、彼らはこの少女にちょっかいを出して鉄拳制裁を受けた挙句、強制的にエルドラニアの艦隊が駐留するオクサマ要塞へと斥候に出され、そこにいた海賊討伐の専門部隊〝白金の羊角騎士団〟に捕らえられると、危うく縛り首にされかけたという因縁を持つ。


「あ、そ、そうだ! 用事を思い出した! 失礼します……」


「……ン? アア! オマエ達、この前のヘタレなゴロツキネ!」


 その時の苦い体験が脳裏に蘇り、咄嗟に誤魔化して立ち去ろうとするダックファミリーの面々であったが、どうやら少女の方も彼らのことを憶えていたみたいである。


「ひ、人違いです……」


「嘘吐くなネ! その剽軽ひょうきんな顔ハ一目見れバ忘れられないネ!」


 顔を伏せ、なおも見ず知らずの人間のフリをして逃れようとする三人であるが、その少女――陳露華はまったく騙されないようだ。


「い、いえ、そこらによくある顔ですから。それじゃあ、ごきげんよう……」


「ア! どこ行くネ! ちょうどイイところであったネ! オマエ達、またウチで仕事しないカ? イイ仕事がアルネ」


それでも人違いだと言い張り、くるりと踵を返す三人の前に、露華は素早く回り込むと道をはばみ、さっそく求人の話を勝手にし始めてしまう。


「い、いやあ、間に合ってますんで……」


「もちろん引き受けるカ? それとも、やっぱり引き受けるカ? イエスかハイで今すぐ答えるネ」


 なんとか丁重にお断りしようと言い訳を口にする三人であるが、露華は拳をポキポキと鳴らしながら、答えが一つしかない質問をカワイイ笑顔で彼らに投げかけた――。




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