Tres Mobs ~三匹のモブ~
平中なごん
Ⅰ モブの野心
聖暦1580年代末……。
遥か海の彼方に未知の大陸〝新天地〟を発見し、世界屈指の大帝国となったエルドラニア……。
そのエルドラニアが新天地で初めて造った植民都市サント・ミゲルがあるエルドラーニャ島の、北方の海に浮かぶ小さな島トリニティーガー。
いつの頃からか、この小島にはサント・ミゲルのエルドラニア人社会から弾き出された他国の入植者なんかが住み着き始め、食うために海賊行為を始めると次第にその人口は増大、今や島全体を堅牢な要塞に改造し、エルドラニアも手が出せないほどの海賊達の巣窟と化していた。
また、海賊の島とはいってもそのイメージとは裏腹に、エルドラニアの商船から強奪した莫大な富が注ぎ込まれるためにその街並みはサント・ミゲルに引けをとらないほどよく整備され、旧大陸の大都市と見紛うばかりの発展を見せている。
ま、とはいえ、金のない下っ端の海賊やゴロツキ達がたむろする町外れや路地の裏には、バラックや増改築を繰り返したボロ屋が無秩序に立ち並び、貧民街のような様相を呈している所もある。
そんな、繁華街の端にある場末の飲み屋〝
「――へへへ、さあ、そろそろ焼けたかなあ?」
むせ返るほどにモクモクと立ち上る煙の中、目の前に組まれた薪木の上で燻し焼きにされるイノシシの肉を眺め、彼らのリーダー、ノッポのヒューゴーがヨダレを垂らす。
その燻し焼き肉は原住民しかいなかった頃からこの島で食べられていた土着の料理で、初期の入植者達の命も繋いだ島の名物だ。
「まだだ! 肉ってのはな、焼き加減が命なんだよ。まだだぞ? まだもう少しの辛抱だからな……」
その右どなりに座るマッチョのテリー・キャットが、ヒューゴーの伸ばした手を遮って彼に我慢を強いる。
別に高級肉でもなんでもない、そこら辺で獲ったただのイノシシの肉なのだが、テリー・キャットはどういわけか肉の焼き方についてものすごく厳しいのだ。
「ええ〜? もう焼けてるだろう? 俺はもう食うぞう。食うからなあ……」
すると今度はヒューゴーの左どなりに座る、くたびれたボイナ(※ベレー帽)をかぶる小太りのリューフェスが、テリー・キャットの制止も無視して手にしたフォークを肉へと遠路なく伸ばす。
「んじゃ、俺も食あべよっと!」
「あ、コラ! まだだ! まだ待つんだ!」
「あ、ちょ、ちょい! おい! 押すなよ! 押すなって言っるだろ!?」
だが、それにつられて再びヒューゴーも肉へと手を伸ばし、制するテリー・キャットも実力行使に出ると、薪から立ち上る香ばしい煙に燻されながら、三人は組んず解れずの大騒ぎを演じ始める。
「おい! 押すなよ! 押すなよ…うわっ! 熱ちちちちちちっ…!」
と、もつれる二人に押される形でリューフェスは前のめりに倒れ込み、焼けた肉に顔を
「ちきしょー! 訴えてやる!」
火傷と怒りに顔を真っ赤にしつつ、リューフェスは飛び上がるようにして起き上がると同時に、帽子を床に叩きつけて声を荒げる。
「訴えるって誰にだよ? 俺達ゃあこのトリニティガー…いや、新世界一の大悪党だぞ? 訴えりゃあ、てめえら自身が縛り首だ」
「……あ、そうでした。どうも、怒ってごめーんね。くるりんぱ…っと」
だが、醒めた眼のテリー・キャットにそう言われ、冷静さを取り戻したリューフェスはおどけた調子で二人に謝ると、投げつけた帽子を拾い上げて被り直す。
「……て、んな遊んでる場合じゃないんだよ。話を本題に戻す時だな、ビッグな大悪党である俺達ダックファミリーが、なんか毎回、
そして、散らかったバーベキューセットを元に戻すと三人は再び席につき、リーダーのヒューゴーが改って話を始める。
「そうだなあ、この前もオクサマ要塞の偵察に使われた挙句、捕まって危うく縛り首にされかかったからなあ……」
「確かに。こんなに俺達ビッグなのに、これといって話題になるような大仕事したなことないもんな」
不意に難しい顔をして語るヒューゴーの問題提起に、両どなりのテリー・キャット、リューフェスもそう言ってうんうんと頷く。
この、小汚い恰好をした船乗り風の男達……自分達では〝ビッグな大悪党〟と思い込んでいるものの、実際はコソ泥や臨時の海賊の手下なんかをしているだけの小者のチンピラ、〝ダッグファミリー〟である。
ま、このトリニティーガー島でもど底辺に位置する、
「そう! そこなんだよ! 俺達に必要なのはビッグな俺達に相応しい、世間で評判になるくらいのでっけえビッグな成果だ!」
リューフェスの発言にヒューゴーは手をポン! と打つと、我が意を得たりというように声を大にする。
目に見えて典型的なモブである彼らダッグファミリーではあるが、それでも三人は身の程知らずに、日々、のし上がるべく分不相応な野望を熱く胸に抱いているのだ。
「ビッグな成果かあ……でもよお、何やりゃあ世間で評判になるんだ?」
「やっぱり有力な海賊の船長達みてえにエルドラニアの商船襲うとか、要塞を襲撃して落とすとかか?」
ヒューゴーの言葉を聞いて、テリー・キャットとリューフェスの二人も似合わぬ小難しい顔をすると、むんずと腕を組んで真面目に考え込む。
「ビッグな成果だかなんだかしらねえが、金ができたんなら溜まってるツケを払ってもらおうか? でねえとてめえらの肉をお客様に提供することになるぜ?」
だが、そうした三人の頭上から、不意に野太い男の声が聞こえてくる……見上げれば、そこにはガタイの良いこの店の店主が血に塗れた白いエプロンを着け、手には大きな肉切り包丁を持って立っていた。
「ひっ……!」×3
「てめえら、どんだけツケ溜まってると思ってんだ! 細切れ肉になりたくなかったら今日こそ今までの飲み食い代を払いやがれ!」
猟奇殺人鬼が如きその姿に三人は顔を青褪めさせるが、店主は包丁をチラつかせながら無銭飲食に等しい彼らを大声で脅しあげる。
「ま、待ってくれ! は、話せばわかる! ぼ、暴力はなんの解決にもならないぜ?」
「きょ、今日のところは持ち合わせがねえが、こ、今度こそ必ず、必ず払うから!」
「き、聞いてないよお……あ、そういえば用事を思い出した! てことで、さいならあ~っ!」
対して三人は震える口であからさまな言い訳を並べつつ、リューフェスの言葉を合図にして転がるように店を逃げ出した――。
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