十三 澪羅と桜也



澪羅の振り回す大鉈はどんどん林の奥へと嘉黒を追いやっていく。



─────よし、ここまでくれば花珠と硺の邪魔にはなるまい。

しかし、だ......




「あーぁー、僕イケメン二人がよかったなぁー、女の死に顔なんて気持ち悪くて見たくなーいっ。」



嘉黒が残念そうに漏らした。



「それは申し訳ない、しばし我慢してくれ。」



澪羅はまた嘉黒へ大鉈を振り下ろした。



「仕方ないなぁー、じゃ、あんたの死に顔で我慢するかぁー!」


「死ぬかは分からんだろうて。」



嘉黒の攻撃を交わしながら澪羅は策を練った。



──────あやつの戦闘力は25000、

私は...8900....闇雲に鉈を振り回していても勝ち目はない。

どうにか隙を作らねば鉈も術も当たるまいな。


嘉黒は太く長い蜥蜴のような尻尾を澪羅へ振り下ろしてきた。


澪羅は素早く大鉈を振り上げると、尻尾を根元からスパりと切り落した。



「あれっ?尻尾がなーいっ!お尻がちっちゃくなったー!なんか僕可愛くなーい?」



そう騒ぐ中、切り口から尻尾はすぐに再生した。



────やはりな、恐らく尻尾だけでなく全身が再生するのだろう。

これではおちおち考えてもいられぬな。

よし、致し方ない、あれを使う時がやってきたようだ。



澪羅は大鉈を地面に突き立て、胸元で両手を合わせて声を張った。



〖透過!急急如律令!〗



すると澪羅は大鉈ごと透明化した。



「あれっ?いなくなった?いや、気配はするなぁ....」



嘉黒は不思議そうに辺りを見回す。


すると頭上から強い妖気を放つものが迫っていることに気付いた。

上空を見上げるも何もない。

だがそれは確実に嘉黒の頭部に命中した。



「がはっ....!」



嘉黒は頭部から血を流し膝を着いた。


見えない何かは次々と攻撃を繰り返してくる。



──────私の透明化で嘉黒の動きを封じることは出来るが....これは妖力の消耗が多大すぎるっ....いつまで持つかっ.....!



姿の見えない澪羅の攻撃にされるがままとなる嘉黒の全身は傷だらけとなった。



─────シュウゥゥゥ.....



という音と煙を立てて、しばらくすると澪羅の体は元に戻ってしまった。



「なぁー...るほどぉ...もう時間切れかぁ....。君面白い術持ってるね...でも....僕の美しい体を傷付けたことは許さないよ!!」



澪羅が大鉈を構えようとした瞬間、

先程とは比べものにならないほどの速さで嘉黒が飛びかかってきた。


刃物に触れまいと、澪羅は咄嗟に波動を放ち、自らも吹き飛んだ。



─────くそぅ....やはり私に勝算はないか....ならば、あやつが来るまでの時間稼ぎとなってやろう!

花珠也と硺也には近づけさせん!



澪羅は地面を蹴って飛び上がり、嘉黒へ向けて大鉈を構えた。



〖脳天割!急急如律令!〗



嘉黒には当たらず、地面に亀裂が入り、木々がなぎ倒される。



「どこ狙ってんのー?さっきから遅いんだよ、き・み。」


「しまっ....!」



いつの間にか背後に回っていた嘉黒は、澪羅の背中をスパりと切りつけた。



「あ”っ...!」



そしてそのまま波動で澪羅を地面へ叩き落とした。



「がっ...はっ....!」


「はい、残念でしたーっ。」



澪羅の体はうつ伏せで地面へとめり込み、背中の傷はじゅくじゅくと血が滲み出していた。



───────あぁ、私...やっちまったなぁ.....あの刃物の毒で....死ぬのか私....

あーぁー.....やっぱ.....逃げれば良かっ.....





──────シャンっ.....





「どぉだー!澪羅ー!俺の武器ー!」



桜也 6歳、澪羅 4歳、夕也 3歳



澪羅は昨日から武器の金剛杖を生み出せるようになったと、庭で自慢する桜也を縁側に座って見ていた。



「身長と合ってない。」



澪羅は呆れて言った。もう朝から何度も見せつけられている。

澪羅の隣では夕也が口を開けてボーっと座っている。



「そのうちこれより大きくなるんだ俺は!」



桜也がムキになって声を張った。



「きゅーきゅーにょりつりょー!」



桜也は槍を構えては術を出す真似事をして遊んでいる。



「ヒーローの俺がこれで全ての妖を倒してやる!」



今日何度目かのセリフに、澪羅はまたため息をついた。



「桜にぃにぃー、かくれんぼしよーよ。」


「やだよ!澪羅透視ですぐ見つけるんだもん!つまんないじゃん!」



夕也はまだボーっとしている。



「そーだ!外行こーぜ外!俺が妖をやっつけてやるよ!」


「父さんに怒られるよ。」


「大丈夫ー!」



桜也はそう言って門の外へ走っていってしまった。


深くため息をつき、澪羅は夕也の手を引いて桜也の後を追った。




3人は林の中で妖を探していた。



「もーー、帰ろうよ桜にぃにぃーー。」


「もーちょっとー!」



夕也は眠たそうに目をこすっている。


日が暮れかけた頃、見慣れていたはずの林の中は薄暗く、風で揺れる木々のざわめきさえ不気味に思えてきた。



「よ....よし、今日はここまでにしとくかー!帰るぞお前たちー!」



桜也がやっと引き返そうとした時だった。



「美味そうな童だ....。」



三人の背後には、木の背丈ほどもある大きな蛙のような妖が佇んでいた。



「ひっ...!」



桜也と澪羅は思わず声を上げた。


夕也は目を見開いて驚いている。



三人は一目散に林の中を走って逃げた。



蛙のような妖は長い足を蹴り上げドスドスと音を立てて跳ねてくる。


桜也は泣きながら走る澪羅を見て、震える体で思い切って振り返り、金剛杖を構える。



〖きゅきゅーにょりつりょー!〗



桜也は力の限り杖を投げた。


蛙の妖には当たったがビクともしない。


蛙の妖が大きな口を開く。



「っ....ぅっぐ....桜にぃにーー!!」



泣き出す澪羅は桜也に抱きついた。



「大丈夫だ澪羅!俺はヒーローだ!お前たちを助ける!」



桜也は泣きながら二人を守るように両手を広げて立ちはだかった。


夕也は澪羅の影から蛙を恐る恐る見ている。


蛙の口から長い舌が飛び出そうとしたその時だった。



「お前たち!伏せろ!」



その声に咄嗟に三人は頭を抱えてしゃがみこんだ。



〖急急如律令!〗



強い光と共に雄叫びを上げながら蛙が消えていく。


背後を見ると、父の鷹光がこちらへ走ってくる。



「父さーーん!!」



澪羅が一目散に鷹光の胸へ飛び込んだ。


夕也も追い掛けて鷹光の足に抱きついた。


桜也はボロボロと泣きながら鷹光のゲンコツ待ちをしている。



「桜也....なんで林に入った?」


「.......妖を.....倒したかった。」


「澪羅と夕也が危険な目に合うとは思わなかったか?」


「........。」


「はぁ.....桜也、妖と闘うのは人を守るためだ。自分から仕掛けて楽しむもんじゃない。」


「.........。」



桜也は鷹光を睨むように見つめながらボロボロと泣いていた。


すると澪羅と夕也が鷹光を見上げて口を開いた。



「桜にぃにぃカッコよかったよ。」


「にぃにがたすけてくれたんだよ。」



その言葉に桜也は声を上げて泣き出した。



「.....ったく....。桜也、強くなりたい、だけじゃヒーローになんかなれないんだぞ。

コイツらを守るために闘え。そうすればお前はどんどん強くなる。人を守る杖使いとなれ。」


「まも.....守るよっ!ぅ...ぐ..す...俺が守るよ!俺はヒーローになるんだっ!」






───────シャンっ......



〖爆槍!急急如律令!〗



光の槍が嘉黒に向かって爆発を起こした。


澪羅の霞んだ目の前には、あの時と同じように桜也が立ちはだかっていた。



「桜にぃに....」


「あぁっ?おま...かなり混乱してやがんな...大丈夫か澪羅?」



久しぶりの呼び名に戸惑い、澪羅の背中のパックリと切れた傷が赤黒く腫れ上がっているのを見つけた。



「桜....遅せぇ.....」


「悪かったな!これでもぶっ飛ばして来たんだぞ馬鹿が!そんでどしたその背中ー!」


「ど...く....」


「はぁっ?」


「あれれれーっ?イケメンだぁー!やったぁー目の保養が来たーっ!」



爆発の粉塵の中から、体の所々がボロボロに崩れかけた嘉黒が現れた。



「僕のこの刃の毒を食らったのさっ。この解毒剤を飲まないと五分で死んじゃうよー?」



嘉黒は小瓶に入った液体の解毒剤をチラつかせて見せた。


桜也は舌打ちし、金剛杖を構えて言い放った。



「なら五分でてめーを殺す。」



桜也が地面に杖を突き立て、両手を合わせて唱えた。



〖連槍!急急如律令!〗



すると金剛杖の先の輪の中から黄金に光る槍が次々と飛び出していった。


林のそこら中が爆発し嘉黒を追い詰めていく。



「ひゃはっ!かっこいいねぇお兄さんっ!もっと僕を攻めてよっ!」


「っ変態がっ!」



金剛杖の輪に手を翳し、桜也はまた声を張った。



〖爆砲!急急如律令!!〗



手のひらから放たれた波動が、輪を通して黄金の波動に変わり何発も嘉黒を撃ち抜いた。



そして最後に、桜也は黄金に光る金剛杖を思い切り投げた。



「うぉおぁぁぁぁぁぁあらぁっ!!」



杖は嘉黒の喉に突き刺さり、頭部を吹き飛ばし、嘉黒の頭部はごとり、と地面へ転がっていった。


首から下の体がまだピクピクと動く中、桜也はすぐさま嘉黒の胸ポケットから解毒剤を取り出した。


澪羅の元へと走り、小瓶からすぐに解毒剤を飲ませた。


既に全身で赤黒い腫れが波打ち、所々浮き出た血管が切れて血を吹き出し始めていた。



「間に合え....間に合えっ....間に合えっ!」


「さ....く....」



薄れる意識の中、澪羅は血の混じる喉で声を振り絞って言った。



「ヒー..ロ...が...守っ...くれた..よ...桜..にぃ...に....」



澪羅の体重がずしりと桜也の腕にのしかかる。



「澪羅...?」



体を揺さぶるが返事がない。



「間に..合わ..な...」



桜也は澪羅の額に自身の額を押し付けると、全身の力が抜けていくようだった。



「澪羅.....ヒーローなんか...いなかったな.....ごめんっ.......!」



桜也が目をうるませたその時だった。


突然澪羅の体から腫れ物が引き、正常な澪羅の白い肌へと戻り始めた。



「澪羅....?澪羅っ!澪羅っ!」



桜也が叫び続けると、 澪羅は微かに目を開けた。



「.......桜よ.......」


「なんだっ?」


「.....母上の味噌汁が飲みたいぞ。」



桜也は今にも零れ落ちそうだった涙を飲み込み答えた。


「俺もだ馬鹿やろ...。」



その時だった、屋敷の方から爆音が轟き、爆煙が上がっているのが見えた。



「桜っ.....家にっ....母上たちが...!」


「っ!!!」



毒は引いたが傷が深いため動けない澪羅を背負い、桜也は屋敷へと走った。



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