十一 杏奈と杏音と沙耶香



朝食を食べ終わった花珠也と硺也と、暁。

廊下を歩いていると、庭で何やらドスドスと音が聞こえてきた。


見ると杏奈と杏音が壁に向かってドスりと短刀を投げつけている。


その壁には、二人と同じくらいの背丈の、おカッパで赤い着物を着た女の子が両手を釘で打ち付けられグッたりしている。


女の子の体にはいくつか短刀が刺さっていた。



「っ!!あの二人!何してっ....!」



暁が驚いて声を上げると、花珠也が双子に話しかけた。



「なーにしてんだ?ナナネネ。」



双子は振り向き言った。



「ダーツ。」


「頭が五点。胸は三点。」


「うん、よし、止めようかナナネネ。」



硺也が微笑んで言った。



「ちょっ!外してあげないと!」



暁が慌てて庭へ出ようとしたところを花珠也が止めた。



「だぁーいじょぶだよ、ありゃ親父の式神の沙耶香(さやか)だ。

親父が出かけてる時は沙耶香を家に置いて守らせるんだよ。」


「へっ...」


「ナナネネ、可哀想だから違う遊びにしような。」



硺也が穏やかに言う。



「なんで?」


「さやちゃんがいいって言った。」


「なんでもだよ、沙耶香は人形じゃないんだ、死なないからって虐めたらダメだ。」



双子は微笑む硺也の言葉にしばらく考え込み、沙耶香に言った。



「ごめんねさやちゃん。」


「虐めたつもりはなかった。」



すると沙耶香に刺さっていた釘や短刀がひとりでに抜け落ち、ふわりと地面へ降り立った。


沙耶香はこくりと頷いた。



「かくれんぼしよ。」


「さやちゃんが鬼。」



沙耶香はまた頷いた。



「.....びっ....くりした....あの子達...ほんと大丈夫ですか.....。」


「まぁ式神には痛みとかはねぇからな。」


「そゆ問題ですか....。」


「かくれんぼって言っても、ナナとネネが呪詛を使えば俺たちでも見つけられないからね。ふはっ!」


「怖い.....」


『ふはっ!』



二人は声を揃えて笑った。



「ところでアッキー、学校はいいのか?」


「えっ..。」


「俺たちは休学届け出してるから大丈夫だけど。」



現実的なワードに暁は俯いた。



「あ...僕...そもそも不登校なんで...。それに僕...施設暮らしですし..ちゃんと外出許可はもらってますよ....。」



小声になる暁の言葉で、二人は顔を見合わせた。



「そっか!ならゆっくりしてけよ!」


「今日も泊まっていきなよ。」



深入りしてこない二人に、暁は安心して微笑んだ。



「泊まって行くなら私の部屋にするといい...

。」



三人の背後から怪しい声が聞こえた。


振り向くとやはりボサボサな黒髪に猫背な澪羅が立っていた。

黒縁メガネで見えにくいが、目の下のクマがいつもより濃いめなように見える。



「ビビったー...普通に出てこいよ澪姉!」



すると澪羅は硺也の顔を覗き込み言った。



「硺よ、昨日からお前を透視していて分かったことがある。来るがいい...。」


「ぅっ...はいはい...。」


「澪姉、変なことしたら殺すぞ。」


「.....なら三人とも来るが良い。」



澪羅の薄暗い部屋に入ると、三人は畳に座った。


澪羅はモニターに向かいキーボードをカチャカチャといじり始めた。



「見るがいい。これは硺の過去と現在の等級を数値化して表したものだ。」



澪羅はひとつのモニターを傾けて三人に見せた。

そこには円グラフが二つ並んでいる。



「左がこれまでの硺の妖力、右が妖となった現在だ。

普通の人間の等級を0とすると、

これまでの硺の等級は約12500。

そして現在は、52800。」


「50000っ?」


「あぁ、約五倍だ。桁違いに増えた。

そのうち妖力は36800。これは父上でも手を妬くほどの妖と同レベルだ。

ちなみにその他は、戦闘力、体力、忍耐力、回復力、繁殖能力、を表している。」


「最後のいるのかそれ。」



硺也が呆れて言った。



「分析オバケが...。」



花珠也もシラケて言った。



「何を言う、これはほんの一部を抜粋したまでだ。幼少期からのデータもあるぞ、見よ!」



すると澪羅はまたカチャカチャしだし、円グラフが何個もずらりと並んだ画面を出して見せた。



「げぇっ!変態かよ....。」



花珠也がモニターを覗き込んで驚いた。



「ちなみに家族全員のもある。今表示しよう...。」


「いい!出すな出すな!」



硺也が慌てて制止した。


コホン、と咳払いし、澪羅は続けた。



「あー、つまりだ、硺はやはり完全な妖状態だということだが、見た目はこれまでとなんら変わりはない。普通の高校生として過ごしていて問題ないが、一つ気になる。」



「何だよ....。」


「硺よ、お前の双石は緑ではなかったか?」


「え?」


「いや、....俺が青で、硺也が緑だろ....。

何に見えてんだよ澪姉...。」


「..........赤だが?」


『.............はぁっ!?』



二人は声を揃えて青ざめた。



「いやいやいやいやいや、んなわけねーだろ赤とかどっから出た!ちゃんとよく見ろよ!」



花珠也に怒鳴られて、澪羅はくっつかんばかりに硺也の胸元を凝視した。



「ふむ.........赤だが?」


『んなっ.....!』



二人はまた声を揃えた。



「どーゆーことだよっ!妖になったからって色が変わったてのか?」



花珠也が澪羅を揺さぶり、硺也は呆然としている。



「うーむ、分からぬが........何かに反応している、という線も考えられるかな。」



花珠也がギャーギャーと澪羅を揺さぶる。



「硺よ、お主何ともないか?」



首をくたりと反らせて澪羅が言った。



「あぁ....全然何ともないけど.......」





一方、庭でかくれんぼをしている杏奈と杏音と沙耶香。


「さやちゃん、つまんない。」


「見つけるの早すぎ。」


沙耶香はボーッとしている。



「次は何して遊ぶ?」


「さやちゃん何がいい?」



二人が沙耶香の両袖を引っ張っていると、突然沙耶香はピクリと何かに反応し、遠く空を見上げた。



「どうしたの?」


「何か見えるの?」



沙耶香は今度は2人の顔をじっと見つめる。



沙耶香と台所へ走ってきた杏奈と杏音は、母の凛を呼んだ。



「ママ。さやちゃんが。」


「何か見つけた。」



すると沙耶香は白く光り、うずくまり始めた。


凛はすぐさま、早朝から桜也と出掛けて行った鷹光に電話をかけた。



「パパっ、近くに強い妖気が迫ってる!」






「双石の色が変わるなんてことあんのかよ.....聞いた事ねーよ....。」



花珠也は硺也の心臓に手を充てる。



─────ドクンっ....!



「あっ....。」



硺也の心臓が突然波打った。


手を充てていた花珠也も気付いた。



「なんだ...今の...硺也、大丈夫か?」


「う...うん...ちょっとびっくりしただけ...」



硺也がそう言いかけた時、二人と澪羅はハッと縁側の向こうの外を見た。



「なんだ...この妖気.....。」



花珠也は唯ならぬ妖気に身震いした。



「....複数体いるようだ。」



澪羅も妖気を分析する。


三人は外へ走り出した。

暁も後を追う。


外へ出ると、暁でも分かるほどの異様な妖気が空気に充満していた。



「花珠ちゃん!硺ちゃん!」



凛と杏奈、杏音も外へ飛び出してきた。

その後をゆっくり沙耶香も追いかけてきた。



「今パパたちを呼んだわ、夕ちゃんもっ!」


「麓の辺りまで来ているな。確実にこちらへ向かっている。」



澪羅が透視する。



「早くも来やがったってわけか!」



花珠也が即座に弓を出現させる。


同時に硺也も弓を持った。



「待って!花珠ちゃん、硺ちゃん、アナタたちが行ったらっ....パパたちを待った方がっ....!」



「それじゃ間に合わねぇ!」


「沙耶香、この山一帯に結界張れるかっ?」



硺也の問いかけに沙耶香はこくん、と頷いた。


そして小さな体で手をいっぱいに広げ、空へ向かって力んだ。


薄い膜のような白い結界が張られ、屋敷の建つ山全体を覆った。



「アッキーはここにいろ!」


「えっ!でもっ!」


「無茶はしないから。」



花珠也と硺也はそう言うと走り出した。


麓への一本道の道路を駆け下りる。


麓の方では何度も爆音が響いている。



「結界を壊そうとしてやがる!こんな妖気じゃ沙耶香の力だけじゃ無理かっ!」


「家には近づけさせない!時間稼ぎになってくれればっ....!」



二人は走りながらそれぞれに言った。




屋敷では沙耶香が徐々に苦しみ始めていた。



「さやちゃん大丈夫?」


「頑張ってさやちゃん。」



杏奈と杏音は無表情だが心配そうに見つめる。


沙耶香は額に汗をかき、その小さな体は小刻みに震えていた。



「結界を攻撃されているのね沙耶ちゃん?」



沙耶香の震えはガタガタと大きくなった。




────────パリンっ.....!



その瞬間、沙耶香は散るように消えてしまった。





ガラスが割れるような音と共に白い結界が破られた。



「くっそ!」


「急ごう花珠也!」



麓のすぐ傍までたどり着いた時だった。



──────スパンっ.....



鋭い金属音と共に、花珠也と硺也の間のコンクリートが割れた。



『っ!!』



二人は危機を察して交わすと、目の前に見覚えのあるシルエットが姿を現した。



「やぁーーっ!元気だったかぁい?双子たちぃーー!」



太い尻尾を生やした、明るいトーンの声。

片手は刃物、片手は長い爪の手でピースサインを見せるそれは、

嘉黒だった。



「てめぇはっ....トカゲ野郎!!」


「やだなぁーー嘉黒くんだってば。でも覚えててくれたんだねぇー感激ぃーーっ!」



2人は咄嗟に弓を構えた。



「咲のおっさんが失敗しちゃったからさぁー、またまた僕が駆り出されるハメにぃー。可哀想な僕ぅーー。」


「硺也はぜってー渡さねぇ!」



花珠也がそう叫ぶと、嘉黒は人差し指を振って言い返した。



「ちっちっちー。その子はもう要らないよ。...この場で中身だけもらう。」



嘉黒はニヤリと笑った。



その瞬間二人が同時に矢を放つと、嘉黒は軽快にそれを避けた。



「急かすよねぇー、待ってよぉー今日は僕のお友達と来たのぉー!」



そう言って嘉黒は上空を指さした。



「うるさいぞ嘉黒。黙って殺せないのか。」



白髪のオールバックに眼鏡、縦縞のグレーのスーツを着た男が浮いていた。

男は両手に拳銃を持っている。



「やだなぁー晶(あき)ー、再開の挨拶だよぉー。」


「さっさと済ませるぞ。」


「はぁーい。」



嘉黒がそう渋々返事をしながら、右手の刃物を振りかざし飛びかかってきた。



〖撃鉈!急急如律令!!〗



弓を構える二人と嘉黒の間に、黄金に光る大きな鉈を割入れたのは澪羅だった。


澪羅の身長を優に超えるその大鉈は、アスファルトを打ち砕いた。



『澪姉っ!』


「こやつが元凶を引き起こした妖だな?おのれ許すまじっ。刃物には刃物だ。お前たちはあの空中男をやれ。」


「大丈夫かよ澪姉っ?あんま戦闘慣れてねーだろっ。」


「仕方がなかろうて、見たところこのトカゲのような妖は戦闘力25000、

だが空中男は82000だぞ。

お前たち2人掛りの案件だ。

案ずるな、いざとなったら、

とっとと逃げる。

さぁ、往くのだぁー弟たちよぉー。」



久々の戦闘なのか厨二病全開な澪羅は大鉈を振り回して嘉黒を林へと追い詰めていく。


花珠也と硺也は上空に向かって矢を放った。


晶は身を交わしながら地上へ降り立つ。



「悪いが俺は忙しいんだ。大人しく勾玉をよこせば手荒にはしないと約束しよう。」


「渡すわけねーだろタコが!」



花珠也が交渉を蹴る。



「そうか、ならばさっさと済ませよう。」



晶は両手の銃を交互に連打しはじめた。


道路脇の林の木に弾が当たると、爆発を起こした。



「花珠也、ただの拳銃じゃないっ。」


「あぁ、弾じゃなくて妖力を飛ばしてやがる!」


「その通りだ、銃弾など必要ない。俺がこの拳銃を手に持つ限り永遠に発砲し続けられる。

したがって装填も不要だ。実に高率のいい武器だろ。」



晶はまた連続で発砲しはじめた。


それを交わしながら二人は次々と矢を放っていく。


晶は二人を攻撃しながらも、飛んでくる弓まで撃ち落とすほどの素早い動体視力のようだった。



「当たらねぇ上に早えぇっ!」


「よし、花珠也、やつを挟もう。」


「分かった、おれが後ろへ回る!」



花珠也は一瞬で晶の背後へ回ると、前方で硺也も弓を構えた。


そして弦を離そうとした瞬間、晶の背中から太い筋肉質の腕が生え、その手にも拳銃が握られていた。



「しまった!」



背中から発砲された妖力の弾丸は咄嗟に避けた花珠也の太ももを掠った。



「花珠也っ!!」



一瞬隙の出来てしまった硺也にも前方から放たれた銃弾が肩を貫いた。



「うっあ”っ...!」



爆発と共に硺也は地面に落ちた。



「てんめぇっ!」



花珠也は波動を放ち一旦晶を林へと吹き飛ばした。



「硺也!大丈夫か!」


「あぁ....花珠也、貫通したのに...」



硺也の肩の穴はまた少しずつ塞がっていく。



「くそっ...いいよーな悪りぃよーなっ」


「っ!!花珠也後ろっ!!」



凄まじい勢いで飛んできた妖力の弾丸に気づき、硺也は花珠也を押し退けてそれをまともに受けた。



「硺也ぁっ!!」



妖力の弾丸は硺也の腹で爆発した。



「ぅっ....がはっ...!」



腹を抑え大量に吐血する硺也。



「くっ....そがぁぁぁあっ!!」



花珠也は林から姿を現した晶に矢を連打した。



「彼なら大丈夫だ。妖なのだから。そんなもので死にはしないさ。」



向かってくる矢を撃ち落としながら言った。



「そーゆー問題じゃねぇっ!!」


「どーゆー問題ならいいんだ?」



晶の余りの早撃ちに足を取られた花珠也は地面に転んだ。

その隙に撃たれた弾丸が、花珠也の肩へ当たり爆発した。



「ぐっ...はっ...!」



爆発の衝撃で吹き飛ばされた花珠也。


晶は、まだ傷が塞がりきらず身悶えている硺也へ近づいていった。



「や...めろっ...!」



「俺としたことが。予定が五十三分も遅れてしまった。さっさと済まさねば。」



腕時計を見る晶が硺也の心臓に手を伸ばした時だった。




──────ちりん.....



〖千手絞殺。急急如律令。〗



晶の背後から無数の腕が現れ、全身を縛り上げた。



「何っ!?」



無数の手は拳銃も取り上げ、晶の身動きを一瞬で封じた。



「....夕...兄っ...!」



現れたのは、凛の連絡で駆けつけた次男の夕也と、牛ほども大きな白い猫又の姿に変化した式神の彩だった。



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