十 花珠也と力也
花珠也は黙って静かに立ち上がった。
力也はスタスタと広間の縁側から庭へ出た。
花珠也も少し俯き気味に歩き出し外へ出た。
「うはっ!なになにぃっ?喧嘩ーーっ??」
藤也が嬉しそうにテーブルへ身を乗り出す。
「空気読め藤也。」
隣の天也が藤也の裾を引っ張った。
「ゆけーリキー。」
「殺れーリキー。」
母の凛に米粒が付いた口を拭かれながら杏奈と杏音が煽る。
父親の鷹光は酔っ払ってテーブルに突っ伏している。
夕也は無関心そうに頬杖をついてスマホを弄っている。
澪羅は無言で茶碗を持ち上げ白米のおかわりをアピールするが凛は気づいてくれない。
その様子をオロオロと見回す暁。
「(何これっ大丈夫なのかっ?)」
力也の足元から波動が渦を巻き、砂埃が巻き起こった。
すると力也の腰に光を帯びた刀が現れた。
鞘から刀をゆっくりと抜くと、白銀に光る刀身を花珠也に向けた。
「殺す。」
そう言って力也は地面を蹴り上げ花珠也へ飛びかかった。
刀を振り下ろすと、花珠也は両手で刃を挟み、そのまま力也の腹を蹴って跳ね返した。
「くっ...そ!」
再度飛びかかり、多方から刀を振り回すが、花珠也は全て交わしていく。
そして力也の隙をついて顔面に拳をねじ込んだ。
力也はそのまま吹っ飛び地面へ叩きつけられる。
澪羅が仕方なく自分で白米を取りに行った隙に、暁の隣へ硺也が座り、またため息をついた。
頬杖をついて庭の2人を眺めている。
「硺也さん...大丈夫なんでしょうか...止めた方が....。」
「止まらないよあれは。力也は花珠也には勝てない。分かっててやってんだ、あの2人は。
ごめんね、せっかく来てくれたのに身内の私情なんか見せて。」
硺也は呆れたように呟いた。
「いぇ....力也さんって...そんなに硺也さんを想って...。」
硺也は何も答えず庭を眺めるだけだった。
口の中に溜まった血を吐き出し、力也は立ち上がった。
相変わらず何も言わない花珠也にイラつきながら刀を構えた。
〖斬刀!〗
力也がそう叫ぶと、刀身は更に炎のような白銀の光を帯びて妖気を纏った。
〖急急如律令!!〗
号令と同時に刀を振り下ろすと、白銀の炎が地面を割りながら花珠也に向かっていく。
花珠也がその場に飛び上がると、その手には黄金の弓を持っていた。
地面を走る炎に向かって矢を放つと、光の炎は砕かれ、散った。
「花珠也!なめてんじゃねーぞ!本気でやれ!」
力也がそう叫ぶと、花珠也はそのままくるくると宙を舞い、力也の肩を押すと、地面に叩きつけた。
「ぐぁっ!」
痛みで瞑った目を開けると、目の前に寂しそうに微笑む花珠也の顔があった。
「俺には勝てねーよ...リキ...。」
「なっ....めんなぁああああっ!!」
力也の叫び声が屋敷中へ響いた。
俺の一番古い記憶は三歳の頃。
いつも三つ歳上の双子の兄貴たちにくっついて遊んでいた。
やんちゃで口の悪い花珠也にはからかわれてばかりで、優しくて穏やかな硺兄はいつも俺を庇ってくれてた。
「弓当てゲームしよーぜ!」
「ダメだよ、リキは弓持ってないだろ。」
「えー?じゃあ鬼ごっこ!リキが鬼ー!」
「ダメだよ、リキはまだちっちゃいんだから、俺が鬼やるよ。」
硺兄は俺をゆっくり追いかけて腕を掴む。
「リキ捕まえたっ。はい、また俺が鬼ー。逃げて逃げてー!」
そうやって笑って俺を甘やかしてくれる硺兄が大好きだった。
「はいっ、また捕まえたーっ!」
「きゃはっ!」
俺を捕まえて抱きしめる様子に、花珠也はいつも不機嫌そうに言っていた。
「ダメ!俺の硺也だ!離れろ!」
そうやって俺を睨む花珠也が、怖くてたまらなかったんだ。
それは俺が十歳の頃に気付いた。
硺兄たちは中学生になって、小さい頃から身体能力が高かった二人は既に双弓を扱えるくらいに強くなっていて、背も伸びて、
俺にはとてもカッコよく見えてた。
成績優秀な硺兄と違って、補習だ何だと居残りさせられる花珠也は学校から帰ってくるのが少し遅い日が多々あった。
相変わらず俺に優しい硺兄は、そういう花珠也がいない時だけは構ってくれた。
いつでも俺を気にかけてくれる硺兄に、兄弟としての好き、とは違う何かを感じていた頃だった。
でも花珠也が帰ってくれば硺兄は俺を置いて行ってしまう。
迂闊について行けば、花珠也は俺を邪険に扱った。
二人で出かけてしまったり、二人で部屋にこもって出てこなかったり、
俺は寂しくて、花珠也に反抗したりもした。
それは翌年も、その翌年も、と続き、
俺が十二歳になった頃、硺兄への曖昧な、名前を付けられなかった感情が確信へと変わった。
俺は硺兄が好きなんだ。
そう思ってからはもう止められなかった。
俺は何度も硺兄に思いを告げたが承諾してもらえるわけもなく、二人は高校生になって家を出て行ってしまった。
中学生になって、あまり会えなくなった硺兄への想いは更に増すばかりだった。
会えなければ会えないほど募った。
夜は毎晩のように硺兄を想った。
久しぶりに帰ってきた硺兄を、一度押し倒してみたことがある。
硺兄は抵抗して困り果ててはいたが、俺を怒らなかった。
無理やりキスして、服を脱がそうとしていると、花珠也に見つかって俺はボコボコにぶん殴られた。
これまでに積もった嫉妬と憎悪となんかよく分からない欲情とがぐちゃぐちゃになって、花珠也への殺意に似た感情が芽生えてしまった。
分かってんだ、あの二人は生涯離れることはない。俺なんか入る余地もない。
俺が引けば全て丸く収まる。
全員が仲良しの大家族だ。
だが俺のこの欲情はどうしたらいい?
どう足掻いても収まらないコレを一体どこにぶつけたらいい?
諦めようと必死に感情を押さえ付けるこの苦しさを誰が分かってくれるってんだ?
助けてよ...誰か助けてよ!
「リキは俺と同じなんだよ。」
花珠也に肩を押さえつけられ動けず睨む力也。
「リキ、もっと怒れ、俺にぶつけろ。」
「あ”ぁっ?ぶつけてんだろーが!」
「硺也は俺の全てだ。お前にはやれない。」
「っるせぇ!一緒に生まれたから何なんだよ!テメーなんかより俺がどんだけ硺兄を想い続けたか!どけ!」
「そうだ、もっと怒れ。もっと憎め。」
「憎いよ!てめーが憎い!」
「もっとだ。俺を殺すくらい、もっと。」
「言われなくても殺してやるよ!離せクソがっ!」
「そう、いつでもその怒りを俺にぶつけろ、力也、俺は、全部受け止める。」
「っ.....るせっ....!!」
「お前に殺されたとしても、全部受け止めるから。」
「ぅっ....くっそっ...!てめぇなんかっ!てめぇなんかっ...兄貴じゃねぇ!」
「うん、それでもいい。それでも、お前は俺の大事な弟だ。お前の硺也を想う気持ちが唯一分かる、お前の仲間だ。」
「っ......!!ひっ..ぐ...ぅっ....!」
力也の目からは既に大粒の涙が溢れ出していた。
花珠也は手を離し、地面から力也を引き上げると、強く抱きしめた。
「いつでも殺しに来い、俺にぶつけろ。全部、全部俺に話せ。お前の全部を受け止めてやる。」
力也は花珠也の胸に顔を埋めたまま動けなかった。
嫉妬と、怒りと、寂しさ、照れと、いろんな物が混ざりあって涙として溢れてくる。
「硺也にばっか慰められてるだけじゃあダメだったんだよなぁ。俺が一番よく分かってんのに。知らないふりばっかしてた。
ごめんな。」
「ひっ..ぐ...うっ...ぅぅっ...」
そうして花珠也は、力也が落ち着くまでずっと背中をぽんぽん叩いていた。
すると喧嘩の言い出しっぺの桜也が立ち上がり、縁側までくると吐き捨てるように言った。
「風呂入って寝ろ。馬鹿共が。」
翌朝、花珠也と硺也は廊下をバタバタと走る音で目が覚めた。
「ん”.....っるっせーな...これだから実家は......。」
相変わらず硺也のせいで声がガラガラの花珠也。
「....ねむ...。」
裸で寝てしまった肌寒さと眠気で花珠也に抱きつく硺也。
2人で布団の中で縮こまった後、一緒に布団を蹴って起き上がった。
2人が広間へ向かおうとフラフラ廊下を歩いていると、広間から朝食をかき込んだランドセルを背負った藤也が飛び出してきた。
「うっ!はふにぃっ、たふにぃっ、おはぉー!」
まだ口の中に残るご飯をもぐもぐしながら玄関で靴を履いている。
「何言ってっかわかんねーよ。」
「おはよ、藤也。学校か、いってら。」
藤也は口の中のものを一気に飲み込み戸を開けた。
「うん!いってきまーー!!」
そう言って元気よく飛び出して行った。
「朝から元気だなぁーー....あいつタフすぎて大きくなったら俺勝てねんじゃねーかと思ってる。」
「ふはっ!かもねっ。」
そう話していると、次に広間から力也が学ランを着て出てきた。
「おはよ...。」
そうボソリと言うと力也は2人から目を逸らすようにして靴を履いている。
『いってら、リキ。』
二人が笑顔で声を揃えると、玄関の戸を開けながら背を向けて言った。
「いってきま..硺兄、...花珠也。」
そして静かに戸を閉めていった。
「......硺也....。」
「ん。」
「俺泣きそ....。」
「ふはっ....泣けよ。」
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