九 澪羅と力也と夕也
9 澪羅
「さて、問題の、だ。」
花珠也が部屋の襖の前で腰に手を当てた。
「問題なんですか....。」
姉も妹のような闇堕ちキャラだったらどうしようかと暁は戸惑った。
「澪姉。開けていい?」
硺也の声掛けに反応がない。
「いない....んですかね?」
暁は内心ホッとした。
「澪姉がこの部屋にいないわけがねぇ。」
そう言って花珠也は勝手に襖を開けた。
そこは部屋中黒いカーテンで覆われ、まだ昼間だというのに真っ暗だった。
壁には何台かのモニターが設置され、その明かりだけがコンコンと照らしていた。
3人は中に入るが、長女の澪羅(れいら)の姿は見当たらない。
暁も部屋を見回していると、突然背後から冷たい手が首を掴んできた。
「ぎゃーーー!」
暁は驚いて飛び上がった。
「よぉー澪姉!ただいまー!」
暁が恐る恐る後ろを振り向くと、黒髪がボサボサで猫背の黒縁メガネをかけた長女、澪羅が立っていた。
「花珠、硺、これが例の童(わっぱ)か。」
「そうだよ、アッキーね。」
硺也が答えると、澪羅は暁の鼻の先まで顔を近づけ、じっと凝視する。
「あ...の....。」
暁が戸惑っていると、
「素晴らしい!!どう見ても人間であるこの童(わらべ)が妖に変化しようとは!」
突然の澪羅の叫び声に暁はまた驚いた。
「一体どういう仕組みだ?いつどのように何のきっかけでどう発動するのだ?」
澪羅は暁の体をぺたぺたと触り始めた。
「肌は人間と変わりない..耳は!..尖ってはいないな、目の瞳孔も正常だ、脈は!...少し早いくらいか、髪はどうだ...サラサラだ...獣ではなく人間の毛だ、
首は?喉は?肩は?腕は?胸は?腹は?背中はっ!?」
興奮気味に澪羅は突然、暁のズボンを下着毎降ろした。
「わぁぁぁあっ!!!」
「ふむ、性器は人間と変わりないな、裏はどうだ?うむ、特に変わったところはない。では繁殖機能はどうだ?どれ...」
澪羅が舌を伸ばしたところで、花珠也が襟首を引っ張りあげた。
「そんくらいにしとこーか、澪姉。」
花珠也はニコリと笑う。
硺也も呆然と突っ立っている暁のズボンを上げながら笑う。
「ごめんねアッキー、澪姉は透視の妖力があってね、分析オタクなんだ。武器は大きな鉈を使うんだけど引きこもりだからあまり戦闘には慣れてないんだ。」
「あとパソコンオタク。あと中二病。」
「アッキーが珍しくて興奮しちゃったみたい。」
「澪姉は滅多にこの部屋から出てこなくてな、飯もこの部屋に運ぶ。
トイレと風呂も澪姉の為にこの部屋に備え付けたほどだ。
って聞いてねーか。」
暁はまだ呆然と立ち尽くしている。
猫のように襟首を掴まれたまま項垂れる澪羅が、硺也を見上げて言う。
「時に硺よ、お主もいずれ私の研究材料となろうぞ。」
「ぅっ....はいはい、後でね。」
「俺の監視下でやれよ!」
澪羅は黒縁メガネをかけ直すと、机に向かってカチャカチャとキーボードを叩き始めた。
放心状態の暁を引きずり澪羅の部屋を出た。
「さすがに夕兄には会えないかぁ。」
硺也が零す。
「あっ、夕兄ならさっきRINEしといたぜ!緊急事態だから至急実家に戻れって。」
「.........知らねーぞ...俺.....。」
3人が廊下を進むと、丁度玄関から五男の力也(りきや)が帰宅してきた。
「おかえり、リキ。」
硺也がそう声をかけると、学ランを着崩しポケットに手を突っ込み、2人と同じく銀髪姿の力也がこちらを見て小声で呟いた。
「ただいま...。」
そして2人の後ろに暁を見つけると、力也は軽く会釈をした。
暁も慌てて会釈で返す。
「よっ!リキ!」
花珠也も声をかけるが、力也は花珠也を見ようともせず靴を脱ぐと、無表情で3人の脇を通りながら呟いた。
「おかえり硺兄。」
力也はそのまま背を向けて部屋へと入っていった。
「はぁ.....。」
花珠也は頭をかいている。
場の空気の重みに耐えれず、暁は口を開いた。
「なんか....クールなんですね......」
「いや、リキはホントは素直で優しいんだよ。中三だから、アッキーと一番歳が近いね。」
硺也は寂しそうに笑った。
「リキは俺が嫌いなんだよ。」
花珠也が寂しそうに零した。
「いつかちゃんと分かってくれるって。」
硺也が花珠也の頭を撫でる。
「喧嘩...したんですか?」
暁が不思議そうに尋ねると、花珠也は頭の上の硺也の手を握り寂しそうに答えた。
「リキは硺也が好きなんだよ。一緒にいる俺が気に食わねんだ。」
硺也は反対の手で花珠也の肩に手を置いた。
「カズタク。」
「アッキー。」
『ご飯だよ。』
日が暮れたころ、双子の姉妹が3人を呼びに客間へやって来た。
「今日は寿司。」
「カズに取られるから先に食べよう。」
そう言って双子は一目散に走り去っていった。
3人が広間へ行くと、そこには既に澪羅以外の全員が揃っていた。
杏奈と杏音は早速モツモツと両手で寿司を貪り食っている。
「さ、暁くんも座って。」
母親の凛(りん)が優しく微笑む。
『いただきます!』
全員が声を揃えると、
花珠也と藤也が寿司を取り合って騒ぎ始め、
天也は今日勉強したことをペラペラと父親に説明している。
桜也は騒がしい箇所に喝を入れては更に騒ぎ立てている。
安倍家にとってはいつもの食卓、暁にとっては宴会かのような新鮮さだった。
すると突然、また暁の後ろ首に冷たいものが。
「ひっ!!」
慌てて振り向くと、そこには澪羅がしゃがみ込んでいた。
「あれっ?澪姉、珍しいね?」
暁の隣に座る硺也がいち早く気づいた。
澪羅はそのまま、暁と硺也の間に無理やり体をねじ込み、暁に密着した。
暁の左隣の力也にはなんとなく触れにくく、狭くても耐えた。
「あら。澪ちゃんいたのね、何食べる?」
「白米をいただこうか。」
澪羅が凛に要求した。
澪羅に押しつぶされ気味に座っていると、突然澪羅がぐりん、と暁に顔を向けた。
「私の胃袋は白米か味噌汁か漬物しか受け付けぬ。」
「そ.....ですか....。」
若干震えて答える暁に、更に顔面すれすれに近づくと、
「時に童、今晩私の部屋へ来ないかね。」
「........遠慮しておきます.....。」
「ふむ。そうか、残念だ。」
澪羅は凛に手渡された白米をゆっくりと食べ始めた。
───────ガラガラ......
玄関の戸が開く音がした。
「あら?夕ちゃんかしら?」
凛がそう言った通り、すぐに広間の襖が開いた。
そこには銀色の短髪で、ジーンズにグレーのジャケットを羽織った、兄弟一背の高い、
大学生で次男の夕也(ゆうや)が立っていた。
夕也はそのまま広間を見渡した。
「夕兄だぁーーーー!」
藤也がすかさず夕也の足へ抱きついた。
夕也は無表情で藤也の頭をポンポン叩く。
『おかえり、ユゥ。』
声を揃えた杏奈と杏音が駆け寄ると、夕也は両肩に2人を乗せ広間に入ってきた。
そして花珠也の前で止まると、
切れ長なタレ目で花珠也をギロリと見下し、あまり喋ることのない夕也が口を開いた。
「どこが緊急事態だ....俺の貴重なデートをパーにした覚悟は出来てんだろーな。」
顔は無表情だが、眼光の鋭さと声のトーンが明らかに殺気を放っていた。
夕也の闇に満ちた無表情さと、
加えて肩に乗る双子姉妹の冷めた目付きとが花珠也を何方からも突き刺した。
「やっちゃえ、ユゥ。」
「殺せ、ユゥ。」
杏奈と杏音が更に煽り立てる。
「表出ろくそガキ。」
夕也がそう言い放つと、花珠也は無言で立ち上がり、ジリジリと夕也の目の前まで歩み寄った。
夕也は姉妹を下ろし、花珠也の前に立ちはだかった。
暁が慌てて小声で硺也に言った。
「止めなくていーんですかっ?」
硺也はニコリと笑うだけだった。
すると花珠也はその場で飛び上がり、夕也に思い切り抱きついた。
「ふはっ!ごめんて夕兄!怒んないでー!」
花珠也は猫のように夕也の頬や肩に頬ずりして甘え倒した。
「...........。」
「夕兄、ごめんね、花珠也はみんなで集まりたかっただけなんだよ。」
そう硺也が言うと、夕也は黙っているが覇気のない、トロン、と目の据わったいつもの無気力な表情に変わった。
するといつの間にか、花珠也の頭の上に小さな子猫が乗っかっていた。
「この子童が!夕也様が先ごろあの男に頭を下げてまで駆けつけたのだぞ!そんな猫騙しで許されると思うてか!」
「猫が.....喋った....。」
暁は箸を落とした。
子猫は首輪の鈴をチリチリと激しく揺らすほど、花珠也に子供のようなかん高い声で怒鳴り散らした。
「ごめんごめん、彩。後でチュールやるから!」
「っ!!...ならば仕方あるまい!あの男も?別に大して?憤ってはいなかったようだし?ね?夕也様?」
花珠也の誘惑に虚勢を張る子猫の鈴。
夕也はしがみつく花珠也の服を引っ張り自分からひっぺがした。
床に下ろすと、花珠也の頭に手を置いて鷹光の隣へと座った。
「彩は夕兄の式神なんだよ。」
硺也は暁に笑いながら言った。
「夕兄は大学生で、学校の近くで一人暮らししてるんだ。
夕兄の武器は千手。腕が何本も生えるんだよっ。」
暁は腕が何本もうじゃうじゃと生える夕也を想像して青ざめた。
すると母の凛が声を震わせ夕也を見る。
「待って.....夕ちゃん...デートとか...男...とか.....もしかして....彼氏がいるの....?」
夕也は無言でただただ寿司を口に放り込んでいる。
「夕ちゃん....」
父の鷹光にビールを注がれ、ごくごくと飲みながら夕也は、親指を立てた。
「.....っきゃーーー!!夕ちゃんが!あの小、中、高、全っっっく友達のいなかった無口で無愛想な夕ちゃんに!いきなり彼氏だなんて!ママ嬉しい!やだー!泣きそう!」
「(ほとんどディスっているような....。)」
暁は心の中で呟いた。
鷹光は気にする様子もなくまたビールを継ぎ足した。
夕也は顔を覆う母の背中をポンポン叩いた。
「ごちそうさま。」
五男の力也が箸を置いた。
「あら、もういいの?」
「うん。」
それだけ言って力也は広間を出ようとした。
「あらぁ...せっかく全員揃ったのにぃ...。」
さっきまではしゃいでいた花珠也が大人しく席に座った。
その隣で硺也が立ち上がろうとテーブルに手をついた。
花珠也はその手を抑えて首を横に振っている。
「大丈夫。リキを責めたりしないから。」
硺也はそのまま力也に駆け寄り、肩に手をかけた。
「リキ、いい加減大人になれよ。」
力也は険しげな表情で黙っている。
「リキは何も悪くない、でも、花珠也も何も悪くない。」
力也の肩に手を置いて、硺也は穏やかに言った。
「分かってるよ。知ってるよそんなの。」
「花珠也、リキを心配してんだよ。お前のこと....。」
硺也がそう言いかけると、力也は遮るように言った。
「今は無理。ごめん硺兄。俺に優しくしないで。」
力也は一点を見つめたままそう零した。
「でも、リキ....。」
「無理だっつってんだろ!俺は...どーしたって認められない!俺花珠也のこと家族だなんて思ってねーから。」
硺也が肩に置いた手に力を入れると、力也はそれを振りほどいて声を荒らげた。
すると傍で聞いていた桜也がビールを注いだグラスを持ちながらこう切り出した。
「力也、いい加減にしろ。そんなにでけぇ口たたくなら花珠也に勝ってみろよ。」
「はぁ.....」
硺也が深くため息をつくが、桜也は構わず続ける。
「てめぇの実力示してからほざいてろ馬鹿が。」
桜也は煽るように力也に突きつけた。
力也は握った拳に力を入れ振り返ると、花珠也を睨みつけた。
「やってやるよ。花珠也、表出ろ。」
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