七 桜也と鷹光



目が覚めると、見慣れた天井が映った。


花珠也はすぐに、自分が自室のベッドに寝ていることに気づいた。



────なんか.....あったけぇ....



見ると、花珠也の手を握ったまま硺也が眠っている。



「ふはっ....めっちゃ握ってんじゃん....かわゆいかよ。」



花珠也は硺也の前髪に触れた。



「ん....。.........っっ!!花珠也っ!」



目を覚ますなり硺也は花珠也に飛びついた。



「花珠也...花珠也...花珠也っ....!」



硺也は花珠也の胸に顔を埋めて、ただただ名前を呼んだ。



「も...どこにもいくなよ。」


「絶対行かないよ。」


「硺也.........おかえり。」


「.........ぐ..すっ...... ただいま。」



泣いているのを隠したいのか、硺也は抱きついたままなかなか離れない。


花珠也も力の限り硺也を抱きしめた。




──────



「なるほどねぇ。にしても暁、いくら花珠也がいたからって燕下に突っ込むなんて無謀すぎだぞ馬鹿が。」



花珠也と硺也のマンションのリビングで、桜也はコーヒーを啜りながら暁に言った。



「すみません....。」


「あんな体で、しかも硺也が相手なら出せる力も出せずに死んでただろーよ。俺がいなかったらどーなってたか馬鹿が。」


「すみません....。」


「だいたいお前学校どこだよ。家はっ。花珠也も花珠也だぜまったくどこのガキかも知れねーのに....」



ブツブツと小言が止まらない桜也に、暁が俯いていると、背後の廊下から硺也と花珠也が歩いてきた。

硺也の腕にはべったりと花珠也が張り付いている。



「桜兄、花珠也が取れなくなった。」



桜也は無関心そうにコーヒーを啜る。



「花珠也さん!気がついたんですね!良かった!」



暁は立ち上がって喜んだ。



「カズ、タク、座れ、馬鹿。」



2人は大人しくダイニングテーブルへ着いた。



「硺也と暁から一通りは聞いた。

花珠也、なんで俺に言わなかった。」


「そ...れは...」



花珠也は俯きながら何かを言いかけたが硺也がそれを遮る。



「俺が桜兄か親父に祓われると思ったんだよな?」



花珠也はゆっくり頷いた。



「はぁ.......あのなぁ花珠也....

俺が弟を祓うわけねーだろーがっ馬鹿!!」



冷静なトーンから突然怒鳴りだした桜也に暁の体はビクついた。



「硺也も覚えとけ馬鹿!!なんかあったらまず長男の俺に言え!どうなるかは二の次だ!死んだら何にもなんねーだろーが!

俺は一度に弟を2人も失うとこだったんだぞ!!」



花珠也と硺也は俯き、黙って聞いていた。



「はぁ......ま、2人とも無事で良かったよ

馬ーー鹿。」



桜也は頬杖をついてまたコーヒーを啜った。



「ごめんね桜兄。もとはと言えばおれが嘉黒に油断したのが原因だ。」


「ちげーよ桜兄、俺が燕下に行く前に桜兄に言えば良かったんだ。」



庇い合う2人に桜也はまたため息をついた。



「どっちも不正解だ。嘉黒に無茶な条件突きつけられた時点で持ち帰って俺に連絡するべきだった、これが答えだ馬鹿。」



2人は何も言い返せなかった。


責められる2人を見兼ねて、暁が話を逸らした。



「ところで....桜也さんは燕下で何をされてたんですか?」



「あ?あぁ、俺の式神は蘭の他に二体いてな、その二体はほとんどを燕下で過ごしてる。

その式神から燕下で妙な妖気を放つ建物があるっつーから見張らせてるんだが、時々俺も様子を見に行ってんだ。

ところがあの日はなんだ、その妙な妖気じゃねぇ、とつもなく強力な妖気がダダ漏れしてやがると思って行ってみりゃ、あのザマだ。」



桜也はなくなったコーヒーをつぎに立ち上がった。



「たぶんそれはアッキーが獣に変化した時の妖気だ。」



花珠也がやっと顔を上げる。



「ま、その事も含めてだ、一回親父を通さねぇとダメだ。」



花珠也はまた下を向く。



「花珠也、硺也、このまま一生親父に隠して生きていけるわけねーだろ。いずれはバレる。」



硺也は顔を上げて答えた。



「俺もそう思う。」



花珠也は下を向いたまま手に力を入れた。



「暁、お前の事も親父なら何か分かるかもしれねぇ。明日俺らの実家へ行くが、付いてくるか?」


「あ....花珠也さんと..硺也さんがいいなら....。」



淹れたてのコーヒーを啜って桜也は花珠也の頭に手を置いた。



「親父には俺から電話で話しておく。心配すんな馬鹿。硺也は祓わせねーよ。」




─────────



安倍家の屋敷は街から離れた山のてっぺん

に建っている。

この山自体、安倍家の敷地内となる。



桜也の運転する車は3人を乗せ、

屋敷へ続く一本道をひたすらに登り、ついに屋敷へと辿り着いた。



門の前で硺也が手を翳す。



────バチっ.....



「やっぱりダメだ....俺は入れない。」



門からぐるりと囲まれた石垣には、父親による強力な結界が張られている。



「式とか、認められた妖しか入れないからな。」



桜也は言った。



「この結界は親父にしか解けない。....呼んでくるぞ。....いいな、硺也。」



「....うん。」



──────ガラガラ....



「ただいま。」



桜也が玄関を開けると、奥から母親が出てきた。



「おかえり桜ちゃん。」



腰まで長い長髪で、花珠也、硺也と同じ銀髪の、か細く美しい母親はちらりと門を見た。



「硺ちゃん....やっぱり入れないのね。

.....今パパを呼んでくるわね....。」


「あぁ。」



桜也に緊張が走った。



しばらくすると、長い廊下を渡って、

着物に羽織を羽織った父親が出てきた。



「親父....。」



父親は黙って草履を履き、ゆっくり門へと向かった。


桜也が恐る恐るついていく。


その後を慌てて母親が追う。


門の前まで来ると、花珠也が硺也を庇うように身を乗り出し、父親を睨みつけている。


硺也は不安そうに俯きながら父親を上目で見た。


一歩踏み出そうとする父親の肩を、後ろから桜也が掴んだ。



「親父、手荒なことすんなよ。」



父親は無表情のまま黙っている。



「親父!なんかする前にまず俺の話を聞け。硺也はっ.....!」



花珠也がそう言いかけると、父親は桜也の手を払い、ジリジリと硺也に近寄っていった。


花珠也と硺也の後ろに立つ暁はオロオロしている。



「親父っ...!」



そして父親が突然指を鳴らすと、

屋敷を包んでいた金色がかった結界の色が若干薄まった。



「おっかえりーー!!硺也ぁーーー!!!」



突然父親は地面を蹴り上げ硺也に飛びついた。



「うぁぁあっ!!」



硺也は叫び声を上げ父親と地面に倒れ込んだ。



「もおーーーーっ!父さんは心配で心配で昨日眠れなかったんだからねー!!」


「ぐぁっ!!」



父親に頬ずりされながら硺也は必死に抵抗した。



「てめクソ親父!離れろーー!!」



花珠也が必死に父親を硺也から離そうと羽織を引っ張る。



「あーぁ。馬鹿か。」



桜也が呆れて言う。


母親はその後ろでクスクス笑っている。


暁はその様子を唖然と見ていた。



「ぅう...硺也ーーー!!」



ボロボロと泣き出す父親への抵抗を止め、硺也は青空を見ながら言った。



「ふはっ...ただいま。」





一同が居間に集まると、

父親の鷹光(たかみつ)が話を切り出した。



「で、君が暁くんか。」


「あっ、はい!葛西暁です!」



畳の座布団に正座して緊張気味の暁に鷹光は続けた。



「白い、三本足の獣にねぇ...。」



鷹光は暁をじろりと見つめた。



「っ....。」



鷹光に凝視されながら緊張感に暁は耐えた。



「それはたぶん狐だろうな。」


『狐?』



一同が声を揃えた。



「えらく強い妖気を放ったと言ったな、そして白い獣、足が三本、赤縁の目、

白狐(びゃっこ)の特徴だ。」


「白狐.....。」


「人間から突然白狐など産まれるわけもない。そして母親は妖が見え、なんらかの獣が連れ去った...。

恐らく、君の母親は人間ではない。」



暁の目が見開いた。



「本来獣ってのは親から術を教わるもんだ。君がこれまでちゃんと妖力を発揮出来ていなかったのは、母親から教わらなかったからではないか?」


「はい....僕が妖が見えることも、治癒力があることも、怖がらなくていいとだけ言われて...母さんからは何も....。」


「私はさっき、硺也が入れるようにしか結界を解いていない。君がこの屋敷の敷地に入れたということは、君は限りなく人間に近いのだろうな。

暁くん、お母さんは、君を人間として育てたかったんじゃないかな。」



暁はまた俯いた。


花珠也が話を遮る。



「人間に近いっつっても...アッキーはあんなでけぇ狐に変化したんだぜ?」



鷹光は左右の腕を組み直して続けた。



「恐らく、暁くんは人間と狐の間に生まれた半妖なんだろう。」


「っ....!」



暁は返す言葉も出ずただただ驚いていた。



「アッキー、親父のことは知らねぇのか?」



花珠也が暁の顔を覗き込もうと背を丸める。



「父さんは...死んだって聞いてます。僕が産まれる前に...。」


「ふむ....恐らく、親父さんは人間だったのではないかな。そして、母親をさらったのも恐らく狐だろう。

黒い獣と言ったな。

黒い狐、〖黒狐(こくこ)〗。

黒狐は現世にも何匹といて自由に現世と燕下を出入りする。

君の母親をさらったのは、そのうちの一匹であるただの遣いだろうな。目的は分からんが...。」


「........。」



暁はただ、俯いた。



「さて、硺也。お前を操っていたという咲という妖だが、それはただの末端だろう。

他に黒幕がいるはずだ。」


「あぁ。俺をさらった嘉黒ってやつも、俺に呪いをかけた咲も、俺が長への貢物だと言っていた。親父、奴らは俺の勾玉が狙いだ。」



そう話す硺也の言葉に、花珠也の手がピクリと動いた。



「俺の勾玉は奴らにとって思っていたより力の弱いもので、俺がまだ妖力が未熟だからだと思ってるようだった。だから拘束せず、いろんな妖と闘って妖力を上げるように命じられたんだ。

そんなことしたって無駄だ。

この勾玉は、花珠也と一緒じゃないと力を発揮しないのに。

そうじゃなければ俺は...きっと心臓を抜き取られて勾玉を奪われていただろうな。」



硺也は胸に手を当てて話した。



「あ....それって、花珠也さんが言ってた、特別な力...の事ですか?」



暁は咄嗟に燕下での花珠也の言葉を思い出した。



「あぁ。〖双石(そうせき)〗っつってな、青と緑の2つの勾玉がある。

何やら伝説の鬼と同等の力を得られるって言われててさ、

安倍家に男の双子が産まれると、その双子にはすぐにそれぞれの心臓内に1つずつ埋め込まれるんだ。

双石の力で双子は本来よりも強力な妖力を発揮する。

兄には青、弟には緑、俺らにはそれが宿ってる。」


「そぅ、その勾玉は常に一つに繋がろうとする。だから俺と花珠也が一緒にいれば、妖力は強まる。離れると、ただの石でしかないんだ。」


花珠也の後に、硺也が補足するよう続けた。



「ふむ....。花珠也、硺也、なんの目的かは知らんが、

恐らく敵はまた双石を狙ってお前たちを襲ってくるだろう。

そして双石の仕組みを知られれば、花珠也も危ない。」



花珠也と硺也の手に力が入る。



「そして、暁くん。」


「あっはい!」


「君の母親がどこにいるのは正直検討もつかない。だが、また闇雲に燕下へ行くのは無謀だ。

私が少し狐について調べてみよう。

それまで、花珠也と硺也の護衛を頼みたい。」


「えっ!?」



暁は唖然とした。



「それいーな!アッキーがいれば怪我してもへーき!」



花珠也が嬉しそうに暁の顔を覗き込む。



「俺も賛成。よろしくね、アッキー。」



硺也も微笑んで暁を見る。



「えっえっ!でもっ僕なんか何もっ....」


「暁くん、君は私の可愛い息子たちを救ったんだ。報酬も出そう。これは私からの仕事の依頼だよ。」


「.....ん?いや、待て、馬鹿!コイツら救ったの俺じゃねーか?」



桜也が慌てて遮る。



「ふはっ!桜兄がいなくたって俺が何とかしたし!」



花珠也が虚勢を張る。



「ふはっ...俺を救ったのは蘭かな。」



硺也が冷静に答える。



「てめーらふざけんなよ!昨日反省してたんじゃねーのかよ!だいたい俺がいなきゃ蘭だって...!」


「さて、暁くん、今日は泊まっていきなさい。」


「親父まで何だよ!馬鹿か!ふざけんな馬鹿!」



賑やかな安倍家の喧騒に、暁は思わず吹き出した。



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