四 硺也と咲
爆風と共に足元に戻ってきた硺也に、着物の男が言った。
「君でも苦戦するんですねぇ。さすが君のお兄さんだ。ねぇ、舷?」
「........。」
衣服がボロボロに破れた硺也は無言で振り返り歩き出した。
「おや?もう諦めるんですか?舷。」
「.....逃げられた。探すのは面倒だ。」
「......そうですか。ま、いいでしょう。私は君の子守りみたいなものですし。好きにしたらいいですよ。」
「子守りじゃなくて見張りだろ。」
「どっちでもいいです。私は弦にもっと力を付けて欲しいだけです。镸の望みを叶える為に。たくさん闘って強くなってくださいね。」
「........。」
─────────
「かっ....花珠也さん!どこへ!」
花珠也に手を引っ張られながら暁は走った。
「..........。」
花珠也は何も話さない。
───さっき...硺也さんと何があったんだろう?硺也さんを迎えに来たのに....このまま逃げていいの?
───────────────
「た....くや...離せ...俺だ!目覚ませよっ....!」
硺也に首を押さえつけられ、絶え絶えに声を絞り出す花珠也。
すると硺也は突然、あさっての方向に何発も波動を打ち放った。
木々がなぎ倒される。
そして苦しみ悶える花珠也の首へかけた手を緩めた硺也が、遂に口を開いた。
「そのまま聞け、花珠也。」
「はっ!」
花珠也の耳元で硺也が囁いた。
「静かに。会話を悟られるな。あの男は俺らじゃとても太刀打ち出来ない。」
「た...く.....」
「俺に考えがある。だから...今は引け、花珠也...。」
花珠也の首を絞める振りをする硺也は続けた。
「迎えにきてくれて、ありがとう。」
そう言うと硺也は手を離し、花珠也に微笑んだ。
そして離れ際に自分に向かって手をかざし、波動で自らを吹き飛ばした。
───────────────
花珠也と暁は、燕下への出入口である洞窟へと戻ってきた。
花珠也はまた胸元で指を組み、何か呪文のようなものを唱えている。
「はぁ..はぁ....花珠也さん....はぁ...はぁ....ど...どうするんです?これから...」
息を切らした暁が声を絞り出した。
「しばらくここで待機する。今結界を張った。俺の結界は弱いけど...大抵の妖は入って来られない。少し休め。」
花珠也は暁の隣に座ると、軽くため息をついた。
そしてぽつりぽつりと、先程の硺也との会話を暁に話し始めた。
「......そうか.....だから硺也さんはあんな変な方向を爆発させて、闘っている振りをしていたんですね。」
「あぁ.....硺也は......まだ....俺の硺也だった....。良かった.....。」
花珠也は声を震わせ言った。
「俺のっ...て...硺也さん....あの着物の妖に操られてるのかと思っちゃいましたよ。操られてる振りをしてたんですね。」
「いや、操られててもおかしくないんだ。あいつは....硺也は......妖だからな。」
「えっ!」
「俺の硺也は...もう人間じゃない....。」
そう言って花珠也は頭を抱えた。
どうも話の見えない状況で、花珠也は一人何かを抱え込んでいる。
「..........花珠也さん、は....話してください。僕....何も出来ないですけど、花珠也さんが抱えてるもの、僕に吐き出してください!....僕なんかに話しても、どうにもならないのかもしれませんが...その...。」
俯いた暁の頭に、花珠也はそっと手を置いた。
「確かに、アッキーに話してもどーにかなるもんじゃねぇ。でも....ありがとな。いいよ。ここまで来たんだ。同行する以上ちゃんと話しとかねーとな。」
そう力なく微笑むと、花珠也は半年前の出来事を暁に話した。
「────────だけどな、俺は硺也が何者だっていーんだ。人間だろーと妖だろーと、硺也は硺也だ。
きっと意思があっても燕下から出られない理由があんだろ。硺也が待てっつーんだ。俺は従うよ。」
ポツポツと話し出した花珠也の横で、暁は黙って聞いた。
「硺也ってさぁ、俺と違って頭良くて、冷静で、弟なのに兄貴の俺を引っ張ってくれんだ。いつも妖と闘う時は硺也の策にしたがってきた。アイツが言うことは間違いないからな!
妖力だって硺也の方が上だ。硺也が妖じゃなくたって、さっき硺也が本気出してたら俺は勝てねーよ。」
「.....すごい人なんですね、硺也さんは。」
「そ、硺也はすごい。大好きすぎる!俺の自慢!」
花珠也は空中を見つめながら嬉しそうに言った。
「花珠也さん、僕妖力が戻ってきました。治療しましょ。」
花珠也を横たわらせ、暁は腹の傷に手を当てた。
「花珠也さん、きっと、元に戻れますよ。硺也さんと一緒に、帰りましょう。」
手から青い光を漂わせながら、暁は微笑んだ。
「アッキーの母ちゃんも見つけよーぜ。俺はバカだから今のところ何も思いつかねーが、
硺也が戻ってくればきっと策をくれる。絶対見つけよーぜ。」
「はいっ!」
─────────
とある屋敷の窓辺から1羽の鴉が飛び立った。
鴉は下界に広がる森林の上空を一気に飛び抜けていく。
どれ程飛び続けただろうか。
鴉の視界に大きく口を開けた洞窟が映った。
地面に降り立ち、洞窟の前に立つが中に入るわけでもない。
『アー!アー!』
一声上げると、洞窟の中から人影が見えた。
「あぁ、ごめん、結界張ってるから入れないか。」
出てきたのは自分を屋敷から放った男とそっくりな人間。
「よう、鴉。待ってたぜ。」
鴉は男を見上げた。
〖弦様ヨリ言伝ノ命ヲ授カッタ。復唱スル。〗
突然話し出した鴉に、男の後ろから覗いていた人間がビクついた。
───────────
花珠也と暁の前に現れた鴉は一通りしゃべり終えた後、突然空高くまっすぐに急上昇し出した。
上空で一度静止すると、そのまま地面へ向かって勢いよく急降下する。
─────グシャッ.....
鴉は自らの首をへし折り動かなくなった。
「えっ.....何してるんですかあの鴉...」
暁が驚いていると、鴉の死骸はそのままゆっくりと消えていった。
「消えたっ...!なんっ...なんですかあの鴉!」
「〖源鴉(げんがらす)〗っつってな、厳密には普通のカラスだよ。だが妖が扱えばあれは伝書鳩みてーに遠くに言葉を伝えに行ったり、命令すりゃ捜し物や偵察なんかもしてくれる。
でも例えば敵にそれが見つかって、術をかけられるとアイツらはやったことを全部復唱しちまうんだ。ボイスレコーダーみてーにな。
だから、一回役目を終えたら証拠を隠滅する為、自害するよーにインプットされてるってわけ。」
「へ....へぇ....なんか可哀想ですね。」
「現世にいるカラスも大抵あれだぜ?カラスって死骸を見かけねぇってゆーだろ?ほとんどが消えちまうからだな。」
「そ....だったんですか....。でも...硺也さんが考えがある、って、どーやって伝えるんだろうと思ってましたけど..こういうことだったんですね。」
「あぁ、小さい頃硺也と術をかけない鴉でしりとりして遊んでたしな。」
「鴉で...しりとり.....」
「そ、俺らの実家ってめちゃくちゃ広いからさ、屋敷の端から端まで使って鴉で遊んだなー...。今は硺也と暮らしてっけどっ。」
「屋敷....なんかもう僕とは住む世界が違いすぎて混乱してきましたよ....。」
「ふはっ!いや、俺ら普通に高三だし!」
「えっ!!高校生だったんですか!」
「そだよ、今は休学扱いにしてもらってっけど。」
「ってか...花珠也さんたちって、実家暮らしじゃないんですか?」
「うん、硺也とマンション暮らし。学校が実家から遠かったからな。それに、実家だと兄弟多くてうるせーからさぁ、硺也とイチャイチャ出来ないから嫌だって俺が駄々こねた。」
「あ....はは.....てか他にも兄弟が?」
「うん、
一番上の兄貴と、
次が姉貴で、
二番目の兄貴と、
そんで俺らで、
下に弟が三人と、
双子の妹が二人。
で、
九人兄弟。」
「多っ!!」
「だろ?うるせーし俺らの部屋勝手に入ってくるし、なんなら一番うるせーの長男だかんな。短気で声デカくてやら馬鹿ばっか言うし。」
「た...楽しそうですけどね...。」
「いやいや、末っ子なんてまだ五歳だからな、毎日が運動会すぎて疲れるだけだぞ。」
「ははっ。」
「一番上の兄貴はもう祓い屋として仕事しててさ、全国やら燕下やら飛び回ってっからあんま会うことねーけど、ホントは硺也のこと、兄貴に相談しよーか迷ったんだ。」
「....相談できなかったんですか?」
「うちはかの陰陽師の末裔だぞ。一族から妖が出たなんて知れたら....
祓われちまうかもしんねーだろ。」
「あっ.........」
「分かんねーけどな....怖くて言えなかった。」
花珠也は空を見つめた。
暁も答えず同じ方向へ目を向けた。
「アッキー、日暮れまでまだある。十分休んどけ。
日が暮れたら、出発だ。」
「.......はいっ。」
.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます