三 七色の双弓
───────────半年前
ドォオォオオオオオーーーーーーーーンッ!
爆音で硺也は目が覚めた。
ベッドの傍のカーテンを開けると、見慣れた街並みに黒く稲光る柱のようなものが雲を突き抜けそびえ立っていた。
「おい、起きろ花珠也。」
「ん”ーーーー....。」
毛布をめくると、花珠也が硺也の腰にしがみついて縮こまっている。
「おはよ。仕事だよ。」
「.....クソ妖が...こんな朝っぱらから来んじゃね..よ...。」
「ふ...声ひど。」
花珠也のガラガラ声に笑う硺也。
「硺也のせぇだろ....。」
「ふはっごめん。」
硺也はそう笑って硺也をベッドから転がし落とした。
「い”でっ!」
ゴソゴソ....
「....あ、あった、はい、ちゃんと下着履いて。」
「んーーー....。」
まだ寝ぼけている花珠也を脇から持ち上げ立たせる。
「.....膝がカクカクする..硺也のせーで。」
「ふはっ...ごめんてば。」
2人は並んで、胸元で指を組み唱える。
〖装──。〗
部屋の中を一瞬そよ風が吹き抜け、2人はふわりと正装を纏った。
安倍家の正装とは、安倍晴明が着用していたと言われる狩衣を一度糸まで分解し、
細く糸状にした結界と織り交ぜて作られている。
それを安倍の血が通う者が着用すれば、その者の妖力と密着し、鋼の鎧なんかよりも格段丈夫だ。
花珠也は眠そうに目をこする。
「硺也ぁ....。」
「んー?」
「おんぶ。」
「無理。」
2人は窓から外へ出て飛び立った。
街を見下ろせる近くのマンションの屋上へ降り立つと、そこかしこから炎が上がり住人たちが逃げ惑っている。
「なんだぁ?ありゃ。」
花珠也が指差す方向を見ると、牛程の大きさもある黒い蜥蜴のような妖が、火を吹きながら街を荒らしていた。
「気持ち悪っ!俺爬虫類キラーイ!」
「俺も。」
そう言って2人は屋上から飛び立ち、弓を構えた。
花珠也は黄金の弓、硺也は白銀の弓を次々と放ち蜥蜴を殲滅していく。
「なぁーんか増えてねーかぁー?」
次々と現れる蜥蜴に矢を打ち込みながら花珠也が言う。
硺也は黒い柱を指差し花珠也を呼ぶ。
「花珠也!あっちだ!」
2人は蜥蜴に攻撃しながら黒い柱へと向かった。
それは地面に空いた大きな穴から突き出ていた。
柱のように見えていたのは黒い炎。
稲光を纏って空まで突き抜けている。
その穴から次々と蜥蜴が溢れ出していたのだ。
「キーモっ!」
花珠也は手のひらから波動を放ち、何十匹と現れる蜥蜴を吹き飛ばした。
「これじゃキリがないね。」
硺也は波動から逃れた蜥蜴を1匹ずつ弓で射る。
「それじゃあ永遠に終わらないよーー?」
2人の背後から声がした。
ハッと振り返ると、太い蜥蜴の尻尾を持つ人型の妖が立っていた。
「やっ、双子の兄弟。」
男のような女のような、中性的な顔立ちに、肩まで伸びる赤い髪、赤い蝶ネクタイに黒いスーツを纏うその妖は、2人にニコニコと手を振っている。
「誰だてめぇ。」
花珠也が先に口を開く。
「2人を待ってたんだよー。こうすれば、必ず君たちは現れると思ってね。」
「気持ち悪りぃトカゲ野郎だな...つかまずこのトカゲ止めろ!」
2人は蜥蜴達に波動を打ち放ちながら妖の言動に注視した。
「いいよぉー、止めてあげる。僕のお願い聞いてくれたらね。」
妖は指でハートを作りウィンクした。
「何が望みだ。」
硺也が聞いた。
「君たちにね、このお薬を飲んでほしいんだ。」
「はぁーー?」
妖は小さな小瓶を取り出した。
中には紫色の液体が入っていた。
「んな怪しいもん飲むわけねーだろーが!」
「ははっ!だよねー!知ってるー!」
花珠也の言葉に笑う妖。
その間にも蜥蜴は次々と溢れ出してくる。
「花珠也、あんま敵煽んなよ。で?それが何なんだ。」
硺也が花珠也を制止し、妖へ詳細を促した。
「このお薬はね、なんと人間を妖に変えられるお薬なのだーー!すごいでしょー!
これを飲めば、死んだ人間でも生き返るー!
ただし、弟くんだけね。どっちが弟くんー?」
「話が見えないな。それに、そんなもの俺らが簡単に飲むわけないことくらい分かってるだろ。」
「うん、だからね、ここで一旦2人とも殺そうと思うのー!
殺してから、2人に飲ませれば、どっちかは妖として生き返るってこと。」
「ふざけんな!」
「しょーがないじゃーん、あの方が弟くんをご所望なんだから。なーんか弟くんはあの方にとって特別らしいよー?お傍に置きたいみたい。
弟くんを妖にして、あの方に献上すれば、僕の株が上がる、これウィンウィンってやつじゃない?!」
「どこがウィンウィンだ!10/0じゃねーか!」
「あ、そっか。ははっ!」
花珠也がそう声を張ると、妖は笑って指を鳴らした。
その瞬間、黒い蜥蜴たちが一斉に消えた。
「さて、どっちが弟くんかなー?」
花珠也と硺也は一緒に妖へ弓を放った。
爆煙と共に妖は飛び上がる。
「このトカゲ野郎が!どっちが弟か当ててみやがれ!」
妖はそのまま2人を目掛けて太い尻尾を振り下ろしながら落下。
「どっちでもいーよ!殺せばいーんだからね!
あ、それと僕トカゲ野郎じゃなくて、
嘉黒(かぐろ)くんね!」
尻尾は地面に叩きつけられ、かわした2人のいたコンクリートは粉々に砕け散った。
2人は即座に弓を構える。
爆煙から飛び出してきた嘉黒の右腕はいつの間にか大きな刃物へと変わっていた。
そして一直線に硺也を目掛けて右腕を振り下ろした。
「硺也!」
刃物は硺也の左肩を掠める。
「ちっ!」
なんとかかわした硺也の肩から血が滲みだした。
「ありゃりゃ?ちょっとしか当たんなかった。」
再び硺也に飛びかかろうとする嘉黒へ、花珠也が弓を放つ。
嘉黒はそれをかわして2人から離れた。
「花珠也っ。」
「あぁ!」
硺也の合図で、2人は抱き合うように体を寄せ、弓の構えをとった。
すると、花珠也の左手、硺也の右手から虹色の弓が現れた。
「わぁーーっ!綺麗だねー!
これが噂の〖七色の双弓(そうきゅう)〗かぁーー!」
〖虹炎(こうえん)!〗
2人は共に弦を引く。
〖急急如律令!〗
勢いよく放たれた虹色の弓が嘉黒を目掛けて一直線に飛び出した。
嘉黒は建物へ叩きつけられると、爆煙と共に崩れた建物の瓦礫の下敷きとなった。
「まだ油断できねーなあのトカゲ野郎。」
そう言って花珠也が硺也を見ると、左肩を抑えて俯いている。
「硺也っ痛むか?」
花珠也が硺也に駆け寄って傷口に触れようとした。
「触るな花珠也!....なんかおかしい...っ。」
花珠也が硺也の抑えていた手をずらすと、左肩の傷口が赤黒く腫れ上がっていた。
「.....こ...れは........毒かっ!」
その傷口を中心に、みるみる皮膚が黒く変色していく。
「ぅ”っ....あ”......。」
苦しそうに硺也が地面に膝を着く。
「硺也っ!」
硺也を支え、腕や首、どんどん黒く変色していくのを見ていることしか出来ない花珠也。
「ぁ”っ...ぁあ”っ!!」
「硺也っ...硺也っ!!」
すると花珠也の耳元で囁き声がした。
「.......飲ませちゃえばいーんじゃない?」
花珠也が即座に振り向くと、顔が半分に崩れた嘉黒が微笑み、指でつまんだ小瓶を見せている。
「....てめ...放っからそのつもりで.....」
硺也は遂に花珠也の膝へ倒れ込んだ。
「交渉内容を変更しようっ。
僕の毒は5分で全身へ循環する。
僕の解毒剤を使わないと人間は間違いなく死ぬ。
その子が弟くんなら、これを飲めば死なない。
君が弟くんなら、これを飲んでくれれば、その子は僕の解毒剤で治してあげる。
さぁどーする?
君に選択権をあげるよ。」
絶望的な二択に、花珠也は嘉黒を睨みつけた。
「......殺す。」
「殺したきゃ殺しなよ....。どっちでもいーけど、もう時間ないよ?」
そう微笑む嘉黒。
硺也を見ると、変色はもう顔や足首にまで広がっていた。
「硺也.......。」
────────どうする....
どうするどうするどーするどーするっ!
俺が代わりに飲んだって何の意味もねぇ!
俺は死んで硺也は連れていかれちまう....
硺也に飲ませたらっ.....妖になっちまぅっ...!
でもこのままじゃ...硺也が死んじまぅっ.....!
そんなの.....そんなのっ.......有り得ねぇっ.....!
「か.....ずや......」
「はっ!硺也!」
悩む花珠也に、硺也は絶え絶えに話し出した。
「きっと....同じこと...考えてんだろな....ぅ”っ....
いいよ、花珠也.....俺が...どうなろうと....ぐっ....
俺たちはずっと...一緒だよ....」
花珠也の目から大粒の涙が零れ落ちた。
花珠也の視界に、嘉黒の指でつままれる蓋の空いた小瓶が映った。
「はい、ど・お・ぞ。」
花珠也は震える手でその小瓶をふんだくった。
そしてゆっくり硺也の口元にあててためらう。
「硺也...たくや.....俺....俺はっ.....!」
「大丈夫だよ...花珠也....俺は...
ずっと、花珠也を愛してる。」
硺也はそう微笑むと、花珠也の手を傾け自ら液体を飲み干した。
「素晴らしいっ....兄弟愛だねっ!素敵だよ君たち!僕感動しちゃった!いぃねぇ...可愛いねぇ!」
そう嘉黒が叫び出した。
「.....す....ろす.....ころす......殺す.......」
ブツブツと呟く花珠也の足首を、嘉黒は素手で握り潰した。
「ぐぁぁっ!!」
「ほら見てご覧。弟くん、元気になったよ。」
悶える花珠也の肩に寄りかかる嘉黒の視線の先を見ると、いつの間にか硺也が背を向けて立ち上がっていた。
「良かったね、君が弟くんを助けたんだよ。」
嘉黒が微笑む。
「たく....や....?」
呼びかけても硺也は反応しない。
嘉黒は立ち上がり、花珠也の背中に向けて波動を打った。
「ぐあ”ぁ”っ!!」
花珠也の体は地面にめり込む。
「僕優しいからさ、君は殺さないでおいてあげる。弟くんをお見送りしないとだもんね、お兄ちゃん。」
「硺也ぁっ!!」
花珠也は力の限り手を伸ばし叫んだ。
嘉黒が硺也の手を引くと、背を向けたままゆっくりと歩き出した。
「たっ硺也!!俺!絶対っ.....絶対迎えに行くから!絶対っ!!」
花珠也の届かない手は、空を掴む。
「じゃあねお兄ちゃん!怪我、お大事にー!」
こうして、硺也は嘉黒に手を引かれ、
黒い炎の中へと消えていった。
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