死人に口なしとは、死人でさえ言わない

福田 吹太朗

死人に口なしとは、死人でさえ言わない



◎人物

・カルロ・ゾンビラーノ ・・・ゾンビの刑事。若干臭う。

・ヴァム・ヴィンダース ・・・ヴァンパイアのクォーターの相棒。新人刑事。TIT(ティー、アイ、ティー)出身で、メカに強い。

・ウィル・ウォルフ ・・・同僚刑事。せっかちで怒りっぽい。

・ダン・キューラー ・・・同僚刑事。やたらとエリート意識が強い。

・フランキー・スタインバーグ ・・・気は優しくて力持ち。同僚刑事。かなりの大柄。

・メデッサ・ゴードン ・・・唯一の女性刑事。怒らせると恐い。

・ジャック・リーブス ・・・検視官。

・ケルビー・ロス ・・・同僚の刑事。ただし課が違う。公安部門。

・ハーデス ・・・セメタリー42分署署長。


・パット・デイモン ・・・MBI(モンストラス・ビューロー・インヴェスティゲイション)の捜査官。カルロの友人。

・クワバラ ・・・日系人。科学捜査研究所の研究官。(MBI所属)


・メサイア・ディアブナロ ・・・実業家。

・ルクロフィリア ・・・ディアブナロの愛人。愛称はルーシー。

・ポール・ガウスト ・・・ディアブナロ家の執事。

・ゴア・ブローディ ・・・町のチンピラ上がり。ディアブナロの用心棒。

・ゴールーム ・・・ディアブナロの使用人。


・カロン ・・・老人。情報屋。何でも屋。

・シー・キョン ・・・謎の中国人女性。

・スレイラー ・・・廃品業者。

・ハーピー ・・・娼婦。

・ジェイソン・ソー ・・・実業家。被害者その1。

・ダミアン ・・・ソーの弁護士。

・セレーヌ ・・・ソー家の家政婦。

・チャック・ドール ・・・有力政治家。被害者その2。

・フレディ・エルムストリート ・・・探偵。

・ホーリー・テリー ・・・鍵を握る女性。

・スー助教授 ・・・TITの元助教授。

・J・J・コー ・・・謎のアジア系の男。




 ・・・そろそろ、暖かい季節がやって来る・・・。もう間もなくすると、季節は春から夏へと・・・そうしてあっという間に、暖かさを通り越して、一気に暑くなるのではなかろうか・・・?

そうなると・・・実のところこの私には、非常に厄介な季節となるのだ・・・。

と、いうのも・・・。

 ・・・私の名は、カルロ・ゾンビラーノ、と言い・・・その名前からおおよそ察しは付くだろうが・・・まあ、この際だから、一言でハッキリと言ってしまえば・・・要するにもうすでに、この世の人間ではないのである・・・。

・・・ではなぜ、それにも関わらず、この私が今日もこうして、息を吸い、吐き、普通に歩き、生活をし・・・そして、働いているのかと言えば・・・それはこの私が、いわゆる世間一般的に言われているところの、ゾンビ、だからなのである・・・。

おそらくは、この様な話を聞くと、荒唐無稽で、全くのナンセンスで、しかも非常にバカげているばかりか、おそらく、からかわれているのであろうと、不快に思われる方もいらっしゃるかもしれない。・・・しかし、しかしだ。・・・そもそもこの世の中には不可思議な事やら、原因不明の事、そしておそらくは、目には見えてはいないが、そこに存在しているであろうものまで・・・。

・・・例えば、やれUFOがどうしただとか、霊魂の存在がどうだとか、誰かが、誰それの生まれ変わりだとか・・・あるいは、◯◯大統領が暗殺されたのは実は、組織ぐるみの陰謀だとか、人類は実は、まだ月にさえ行けてはいない、とか、さらには、進化論自体を否定するだとか、中には・・・この私にさえ、かなり違和感を覚えてしまうのだが、そもそもこの地球というものが、球形などではなく、平面であり、周りを太陽を含め、他の星々が回っているのだと・・・その様な、この21世紀に入ってもうそこそこ経つにも関わらず・・・その様な事まで本気で信じている者さえ、この世界には、実際に存在するのである・・・。

・・・なので、この私がもうすでに死亡している状態、つまりは心臓は完全に停止しているのだが・・・なぜだか呼吸だけは続いている様なのであった・・・にも関わらず、まだこうして他の人間たちと同じ様に生きていて、しかも・・・警察官、という人間界には無くてはならない、職業にさえ就いていて・・・。

・・・まあ、ここまで説明したとしても、おそらくは想像すらつかないのではなかろうか・・・? ・・・なので、実際この私が、働いているところ、現場を・・・百聞は一見にしかず、と言うではないか・・・?

・・・と、いう訳で、私は今日も、普通にラフな格好で・・・いつもの勤務先である、セメタリー郡の42分署、という割とこじんまりとした警察署へと、向かうのであった・・・。



 ・・・私がいつもの様に『捜査課』のオフィスへと入って行くと・・・そこにはいつもの面々・・・無論の事、彼らは正真正銘の、生身の、人間であったのだが・・・ハーデス署長以下が、勢揃いしていて・・・。

「・・・オイ、3分の遅刻だぞ・・・? マッタク、途中で脳ミソでも落としてきたのか・・・?」

それはウォルフという、性急な性格で、粗暴な男なのであったが・・・イライラとした様に、まくし立てるのであった・・・。

「・・・なあに、ちょっとコロンを多めにつけるんで、普段より余計に時間が掛かっちまったんだろう・・・? 何せ・・・もうそろそろ、暑くなる頃だしなぁ・・・ただでさえ、腐った肉の臭いがここいら辺りには、漂っていたのになぁ・・・もうこれ以上は・・・ゴメンだぞ?」

それは縁なしの丸メガネなぞを掛けて、普段からインテリぶっている、キューラーという、嫌味ったらしい捜査官、なのであったが・・・。

私はたまらず、署長に向かって、

「・・・何があったんです・・・? ・・・事件ですか・・・?」

するとその、50代半ばの、いかにもこの世界で苦労を経験して、少しずつではあるが、昇進を重ねて来た様な・・・ハーデス署長が、一つ小さなため息をついて・・・

「・・・ああ。だが・・・まずはその前に・・・物事には順序ってモノがある。」

確かにその部屋の中には・・・たった1人だけ、見慣れない若い男がいて・・・署長がその、おそらくは新人の刑事に、

「・・・自分で自己紹介は出来るよな?」

と、言うと、その若くて・・・おそらくは大学を卒業してから、警察学校を出たばかりの・・・そういえば、この私にも、この男の様に、若かりし頃が、有ったっけかなぁ・・・多分もうすでに、100年程前の話であろうが・・・。

「・・・ヴィンダースと言います・・・ヴァム・ヴィンダースと・・・」

するとすかさず、なぜなのかは分からぬのだが、キューラーが少し興味を抱いたらしく、

「・・・どこの出身だ?」

「・・・ヴァーモントです・・・」

「・・・え!? 本当か!? ・・・俺もだぞ? 同郷とは・・・珍しいモンだ。・・・多分ここへ来てからは、初めてだな。」

「・・・いくつなんだい・・・?」

・・・と、それまで全く言葉を発せず、その大きな身体で立ち尽くしていた、スタインバーグが・・・この男だけは例外というか・・・誰からも好かれる様な、まあ、のんびりとしていると言えば、言えるのだが・・・なのでファーストネームで、フランキー、などと呼ばれていたのであった・・・。

その、新人捜査官である、ヴィンダースは、

「・・・今年で27になります・・・」

と言うと、ウォルフが、鼻息を荒くしながら、

「意外といってるんだな・・・? もっと若く見えるぞ・・・?」

「・・・ありがとうございます・・・」

その新人のヴィンダースは、素直に礼を述べてから、

「・・・TITの大学院を、卒業してから・・・警察学校に入ったものでして・・・ほんの何年かは、この世界に入るのが、遅れを取ってしまった様でして・・・」

するとウォルフが、まくし立てる様に、聞くのであった・・・。

「・・・TIT・・・? ・・・なんだそれは?」

するとキューラーが、さもインテリぶった様に、メガネのツルを何度も触りながら、

「・・・トランシルヴァニア工科大学の事だよ・・・? お前、そんな事も知らんのか?」

ウォルフはますます鼻息を荒くして、憤っていたのだが・・・そこでおもむろに署長が、

「・・・カルロ、この新人の面倒は・・・お前が見てはくれないか・・・?」

私は正直、少しだけ戸惑ってしまったのだったが・・・キューラーがすかさず、

「・・・このリビングデッドの死肉野郎に・・・高学歴のおぼっちゃまの面倒を・・・見させるんですか?」

「・・・ああそうだ。」

なぜなのかは全くもって疑問ではあったのだが・・・エリート意識だけはやたらと高い・・・そのくせ、大した学歴でもないのであった・・・おそらくはTITの、それも大学院卒だと言う事を聞いて、それまでの態度と打って変わって、この若い新人刑事と、張り合おうとし始めたのだろうが・・・私はそんな事にはお構いなしに、

「・・・ええ。分かりました。」

と、だけ返事をしたのであった・・・。

「よろしく頼んだぞ・・・?」

とだけ言い残すと・・・署長は部屋から出て行こうとし・・・その場に立ち尽くしていた我々5人に・・・

「・・・早いとこ現場へ行くんだ・・・! ・・・メデッサが・・・お待ちかねだぞ・・・?」

と、署長にしては珍しく、感情をあらわにして、我々にハッパをかけるのであった・・・。



 ・・・そこは地方の田舎町で、人口もそれほど多くはない、セメタリー郡の中に存在する建物としては・・・かなり目立つ程に大きなお屋敷で・・・すでに屋敷の周りは、制服を着た巡査たちが取り囲み・・・そして僅かばかりではあるのだが・・・おそらく地元の、マスメディアの人間の姿も、チラホラと見受けられたのであった・・・。

警察の覆面パトカーでめいめいに現場にやって来た、私と4人の捜査官たちは、屋敷の周りに張り巡らされたロープをくぐると・・・1人の私服の、女性の捜査官である、メデッサ・ゴードン、が出迎えたのであった・・・。

「・・・よぅ、メデッサ。状況はどうだね・・・?」

と、キューラーが尋ねると、

「・・・ええ。まあそれが・・・ちょっとだけ、ややこしい事になっていてね・・・」

ウォルフが相変わらずの、まるで怒ったかの様な口調で、

「・・・どういうこったい・・・?」

しかしメデッサは・・・私のすぐ傍らに立ち尽くしていた、ヴィンダースの姿を目ざとく見付けると・・・年下ではあるが、やはり若い男には職業柄あまり縁も無いからなのか、途端に目を輝かせて・・・

「アラ・・・? ・・・見ない顔ね?」

すると又してもキューラーが、ライバル心むき出しの様な、少し苦々しげな表情で、

「・・・ああ。工学科出身の、エリートのおぼっちゃまだよ。・・・そこのリビングデッドから・・・いや、もしかして、お前の面倒を見る方なのかな? 何せ・・・いつ死んでもおかしくはないからな。・・・ああ、もう死んでたっけ。」

私は毎度の事なので、特に気にも留めはしなかったのだが・・・メデッサはやれやれという表情をし、

「相変わらず・・・嫌味しか言えないのね。・・・まあいいわ。皆ちょっと・・・こっちに来てもらえるかしら・・・?」

・・・と我々、役に立ちそうであまり立ちそうにはない・・・男どもをぞろぞろと引き連れて・・・屋敷の中のとある一室へと、案内するのであった・・・。

その部屋は・・・かなりの大きさというか・・・広さらしく・・・。・・・らしく、と言うのは、木で出来た、おそらくオークか何かの様なとても頑丈そうで・・・そして何より、とてつもなく大きく・・・あの巨体のフランキーですら、珍しい事に、おでこをぶつけずに、通り抜けられそうなのだったが・・・。

・・・しかしながら・・・その扉は・・・内側から堅く閉ざされているのか、4、5人がかりで引いても押しても・・・実は横にスライドさせる方式であると後で分かったのだが・・・それはつまり・・・

・・・すると意外な事に、ヴィンダースが開口一番、極めて的確に、指摘したのであった・・・。

「これはつまり・・・密室という事ですか・・・?」

するとメデッサは、明らかに我々に向ける冷たい醒めた様な視線とは対照的に、嬉々とした顔で、

「・・・そうよ。・・・おぼっちゃまくん。さすがは・・・エリートは・・・誰かさんと違って・・・」

キューラーは聴こえたのか聴こえなかったのか・・・おそらく何の反応も無かったので、聴こえなかったのだろう・・・? ・・・その頑丈な扉の他に、どこかに部屋へと入る隠し扉でも有りやしないかと・・・真剣な表情で壁の辺りをまさぐる様に探っていたのであった・・・。

「・・・ムダよ? ・・・さっきから1時間以上も、数人がかりで別の入り口はないのかと・・・探したんだけど・・・」

「完全な密室って事かな・・・? しかし、中は一体・・・」

「それなら・・・表に回って窓から覗き込んでみるといいわ。・・・最も、その窓も、完全に密閉されているわ。」

そうして、キューラー、ウォルフ、フランキーの3人は・・・一旦表へと出て・・・しかしそこで私はすかさず、この機を逃すまいと、メデッサに、

「・・・扉をこじ開けるんだ・・・! チェーンソーがあるだろ・・・? さっき表で見たぞ?」

しかしメデッサは、少し不安気な表情で、まるで何かにすがるかの様に、私の事を見て、

「・・・いいの? 誰かの・・・許可を貰った方が・・・」

私はしかし、あの3人、特にフランキー以外の2人には、一番乗りはさせたくはなく・・・何しろ、無能な連中のやる事だ。大方・・・部屋の中へとドカドカと入り込んで、現場を踏み荒らしてしまうのが関の山であると・・・今までの経験上、そう悟ったのであった・・・。

「・・・心配するな。全ての責任はこの俺が取る。」

するとメデッサは、ただ黙って一旦私の目の前から消えると・・・巨大なチェーンソーを持って来て・・・

「・・・じゃ。後はよろしく。私は・・・何も知らないから。」

しかし私はその様な言葉には全く動じる事はなく・・・そのとてつもない音を立てる、凶器、の様な物で・・・その分厚い扉を、無理矢理にでも、こじ開けようとしたのであった・・・。

・・・すると、その大きな、まるでケダモノが唸るかの様な音を聴き付けて、3人が目の色を変えながら慌てて戻って来た。

「・・・オイ! 何勝手な事をやってるんだ・・・! もっと・・・普通に開ける方法があるかもしれないだろ・・・!」

ギャアギャアと喚き立てるウォルフの声は無視して、というより、殆んど聴こえなかったのだが・・・

「・・・フランキーがいても無理なら・・・人の力じゃ無理ってコトさ。」

・・・と、完全に開き直りつつ、しかしどうやら、その木製の分厚いドアは、何とか片腕だけは中に入れられるぐらいの、穴は開けられそうなのであった・・・。

「・・・タクッ、この、死にぞこないめっ・・・!」

私は今度はその、偽インテリ野郎の言葉は無視しつつ・・・そうしてしばらくすると・・・やはり思った通りに、ほんの僅かだが、小さな穴が開いて・・・手袋をした手で片腕を中に入れると・・・しばらくの手探りの後、内側の鍵をようやく掴んで・・・そうしてようやく、その部屋の中へと、入る事が出来たのであった・・・。

そうして私を含めた6人の捜査員たちは・・・中へと入るなり・・・思わずそこには、目を背けたくなる様な、光景が・・・広がっていて・・・。



 ・・・その部屋の中は、外側から想像していた通り、かなりの広さがあり・・・おそらく、7掛ける8mぐらいのかなりの広さで・・・中の内装も、外の扉と全く同じ様に、木目調で統一されていて・・・非常に安らぎを覚える様な、落ち着いた雰囲気だったのだが・・・それとはおそらく全く対照的に、これこそまさに、天国と地獄、とでも言う様な例えが一番しっくりと来る表現なのであろうか・・・? ・・・最も、この私はその様な場所があるとは・・・全く信じてはいなかったのだが・・・何せ、死のうにも死ねずにおめおめとこうして生かされているという事は・・・きっとその様な場所など、どこにも無い事が明らかになってしまうので、こうして、このまた醜い、薄汚れた現世、などという所に送り返されたのだろう・・・?

・・・などという様な他愛もない話はひとまず置いておいて・・・その、とても清潔感のある部屋のほぼ中央の床には・・・1人の中年の男性が・・・おそらく全身の関節という関節の、通常曲がる方向とは全てが逆向きに、ひしゃげた様に、畳まれるかの様に、横たわっていて・・・床に敷かれたカーペットには、もうすでに大量の血が、その何の毛で編まれているのかは、皆目見当は付かなかったのだが、ともかく、その毛一本だけで、この国の貧しい労働者の、1週間分の食費が賄えるのではないか?・・・というくらい、高価な毛と毛の間にほとんど染み込んでしまっていたのであるが・・・ともかくも、それは床に満遍なく広がっていて・・・

「おい・・・! 鑑識を・・・!」

と、私が大声で呼ぶと、彼らはすぐにやって来て・・・そして他の5人、いや、少なくとも4人は・・・さすがに一瞬だけ部屋に入った瞬間は、固唾を呑んで固まってしまったのだが、すぐに自分たちの仕事、つまりは部屋の中じゅうを、あちらこちら見て回っていたのだが・・・例の、新人刑事だけは、最初の現場がいきなりこれでは、まあ、無理もない事なのだろうが、

「・・・ヴィンダースくん、何を突っ立って見ているんだね? 仕事だよ、仕事。」

と、私が言うと、ようやく動き出して・・・すると相変わらずキューラーのヤツが、自分の手は全く止めずに、嫌味ったらしく、

「・・・何。いきなりの仕事がこれだから・・・ビビっちまったんだろう。」

などと、言っていたのだが、新人刑事は意外に冷静に、

「本当に・・・この部屋は密室でしたか? ・・・どこかに、抜け道とか、秘密の入り口とか・・・」

「それを今探しているんだよ・・・!」

と、ウォルフの奴が怒鳴る様に言うと、私は、

「まあ・・・これが殺人の現場ってモンだ。今回はいきなり・・・ちょっと極端だったけどな。」

「まあ・・・確かにエリートくんには、刺激が強かったかもね。」

と、メデッサもかばっていたのだが、

「・・・いえ。私には別に。血には・・・慣れているもので。・・・理由は言えませんが。」

「・・・そうか。そりゃ何よりだな。」

私はそれを聞くと少しだけ安心をして・・・再び部屋の中を・・・くまなく探し回るのであった・・・。



・・・我々は血眼になりながら、1時間は悠に経っていたであろう・・・?

・・・しかしながら、いくら部屋の中を探し回っても、別の入り口などは全く見付からず・・・私は20分程で、その作業には見切りをつけて、部屋の中のあちらこちらを良く観察する様に、無論、慎重の上に慎重を期して、何かしら手掛かりは無いのかと・・・そこはどうやらその家の人物・・・オッと、まだそれすら把握していないとは・・・

「・・・メデッサ。・・・ところでその・・・」

私は今まさに運び出されるところだった、死体の入ったシートを目で追いながら聞くと、彼女は自分の手帳を開き、

「・・・ああ。ええと・・・遺体の主はおそらくこの家の主人である、ジェイソン・ソー、という実業家で・・・」

「ああ・・・。」

その人物は、この町では知らぬ者はおらぬ程の、名士であり・・・何でも、この近辺のインフラ、つまりは下水道やら、建設関係やら、電話通信事業やら・・・とにかく手広くやっていると、評判の・・・いろいろな意味でなのだが・・・人物なのであった・・・。

「・・・ここに住んでいらっしゃったのか・・・道理で、デカい屋敷の筈だ・・・。しかし、そうなると・・・」

メデッサは構わず続けたのだった。

「・・・有力な目撃者は今のところおらず・・・最後に被害者の姿を確認したのは、住み込みの家政婦の、セレーヌという女性で・・・会って話を聞く・・・?」

私がもうこの部屋の事は他の連中に任せて、退室しようとすると・・・突然、例の新人が、

「・・・あ!」

・・・などと、大声を上げたので、思わず立ち止まったのだが・・・ヤツは、天井と壁の境目の辺りを見ながら、

「・・・あ、ホラ、見て下さい・・・? ・・・通気口でしょうかね?」

確かにその視線の先には、ごく小さな、真四角の穴が開いていたのだが・・・しかしむしろ、私は自分の口の方が開いてしまって塞がらず・・・

「・・・だろうな。だが、あんな小さな穴から一体どうやって入るんだろうな・・・?」

しかしながら、新人刑事は一向に怯む様子はなく、

「あ・・・! ホラ・・・あの窓の下にも・・・この部屋には、あちらこちらに通気口らしき穴が・・・」

私は苦笑いを浮かべつつ、

「・・・ああ、ネズミならば、いくらでも入り込めたかもな。・・・最も、ネズミにあんな力があれば、有力な容疑者になったんだけどな・・・」

・・・と、強引にその、全くの素人同然の、若者を連れて部屋を出たのであった・・・。


・・・部屋を出るなり、彼は、

「・・・私の事は、ヴァム、でいいですよ? ・・・と、いうより、むしろそう呼んで下さい。」

「・・・俺の事は、きちんと苗字で呼ぶんだぞ? アイツらみたいに・・・死人を連想させる様なワードをもし使ったりしたら・・・」

その新人刑事の、ヴァム、は、少し気まずそうになりながら・・・すると、メデッサだけは、なぜだか少し嬉しそうに、

「・・・まあ、初日だし・・・こんな事もあるわよ。・・・ね、ヴァムくん?」

「くん付けは・・・呼び捨てで・・・お願いします・・・」

「・・・私の事も呼び捨てでもいいのよ・・・?」

・・・などと、勤務中だというのに、まるで挑発するかの様に、色目など使うのだった・・・。マッタク・・・。

 そうこうする内に・・・何人かいる、家政婦たちの待機する部屋へと到着すると、その、セレーヌとかいう30そこそこの、女性から話を聞いたのだが・・・

「・・・いえ。あの晩は特に、訪ねて来られた方もおりませんでしたし・・・ジェイソン様も、いつもとお変わりは無く・・・いつも通りの時間に・・・書斎に篭られまして・・・」

あれが書斎なのか。てっきり、トレーニングルームか、シェルターか何かなのかと思ったが・・・やれやれ、金を持っている人間のやる事は、訳が分からぬというか・・・しかしそれでも私は、

「特に恨まれている人間などは・・・? まあ・・・大勢いただろうがね。」

「ええまあ・・・でも特に、誰かと揉めていらっしゃったとかは・・・わたくしたちにも、いつもお優しくして頂き・・・」

 ・・・結局、期待していた以上の、証言は得られず・・・その部屋からは出ると、メデッサが今度は、

「商売敵の線をあたるなら・・・あっちの部屋に・・・顧問弁護士がいるわよ?」

・・・結局この屋敷に来てからというもの、惨たらしい死体を見た他には全くと言っていい程、手掛かりを得られなかった我々は、渋い表情のまま、その日差しのおかげで明るくはあるが、ダンジョンの様に長い廊下の、突き当たりの部屋目指して・・・。



 ノックをしてから中へと入ると・・・顧問弁護士、だとかいう、男が陰鬱な表情で立っていて・・・

「・・・どうも。この度は・・・」

「ああ・・・まあ・・・いずれこうなる事は・・・なぜだか不思議と、予感の様なものがありましてね・・・。あ、わたくしはソー氏の顧問弁護士をしております、ダミアンと言います・・・」

と、その男は名刺を差し出したのであった・・・。

「いずれこうなる・・・と言いますと?」

私が聞くと、

「ええ、まあ・・・お分かりでしょう? いろいろと、商売敵、ライバル、あるいは競争相手とでも言いましょうか・・・」

「ええ、分かりますとも。・・・もしや、何か心当たりでも? 最近特に、ビジネスでの、トラブルとかは?」

ダミアンは、ほんの一瞬だけ考えてから、

「まあ・・・たった今も、申し上げました通り、たくさんいたでしょうが・・・」

「・・・が?」

「例の・・・ディアブナロという、同業者は、ご存知ですよね?」

「まあ・・・名前ぐらいは・・・聞いた事が。」

それはすぐ隣の大都市に本拠地を構える、新興企業の人物で・・・

「・・・何でもこの町にも、進出したがっているとか・・・」

ビジネスやら、経済やらには全く疎い私には、初耳なのであった。

「ホゥ・・・」

「・・・私の依頼人も、始めは共同出資者として、パートナーとして、共存の方向で、交渉を進めていたのですが・・・」

「何かまずい事でも?」

「ええ・・・ソー氏の話では・・・その条件が、あまりに偏っていると・・・まあ、要するに・・・向こうがただ単に、がめつかっただけですよ。」

「それでビジネスの話は?」

「ご破算ですよ。・・・最も、向こうは全く諦めてはいない様子ですがね。・・・この町に進出する計画は。」

「・・・なるほどね。」

動機はバッチリだった。しかし一応念の為、

「他には・・・? もっと他にも、いたのでは・・・? 恨んでいる人物とか・・・」

「ビジネス上では・・・まあね。しかし私生活の事は・・・わたくしには、関知していない事でして・・・」

「まあそうでしょうな・・・」

先程の、密室になっていた、書斎、兼寝室、のベッドの脇には・・・グラスが一つ・・・しかしそれには確かに、拭き取ったつもりなのだろうが、微かに口紅の跡が・・・

「どうもお邪魔しました・・・」

「いえ・・・あまりお役に立てなくて・・・」

私たちは部屋を出かかったのだが、例の新人が、いきなり立ち止まり、

「・・・あ。ところで、ソー氏の遺産は・・・どなたへ・・・?」

明らかに弁護士は、不快そうな表情だったのだが、

「それは・・・財団に全て寄付されます。我々の、最後の給料以外は・・・」

・・・私たちは部屋から出ると、ドアを閉め、そして私はその新人刑事に、

「なあ、ヴィンダース・・・じゃなかった、ヴァムくん。」

その新人は、てっきりお小言を喰らうのではないかと、身を若干硬らせていたのだが・・・

「・・・実はキミが聞いた事は、私も聞きたかった事だ。・・・最も、あの雰囲気の中ではとても、聞けなかったけどな。」

「・・・私もよ。」

ヴァムはただ引きつった様な笑い顔を、浮かべていたのであったが・・・

「お役に立てて・・・何よりです。」

と、言うのが精一杯なのであった。

私はまずはその、商売敵の様子を掴む方が捜査の早道ではないのかと、考えたのと・・・何より、この様な現場からは一刻も早く離れたかったので・・・

「・・・よし。私とヴァムとは、その、ディアブナロ氏とやらの自宅に伺うとするか。・・・お前はどうする?」

するとメデッサは、

「・・・私も行くわ。別の車で来たから、先に行ってて貰えるかしら・・・?」

「ああ、分かった。」

・・・そこでまずは私と、その新人刑事が運転する車で・・・隣町まで、向かったのだった・・・。



 ・・・そこは、大都会のど真ん中という事もあって、屋敷の規模というか敷地の広さでは、ソー氏の邸宅には負けていたのだが、その厳重さというか・・・周りをコンクリの高い塀でぐるりと囲われていて・・・まるで都会の端っこに忽然と姿を現した、要塞、の様な佇まいを見せていて・・・。

私と‘ヴァム’とは、メデッサが到着するまで、覆面車の中で、ただ待つしかないのであった・・・。

しばらくの間、沈黙が流れた後、ヴァムが意を決したかの様に、

「あの・・・こんな事を訊くとお怒りになられるのかもしれないのですが・・・」

「・・・俺が何で、ゾンビかって事だろ・・・?」

私がそのものズバリ・・・言ったので、彼はかえって困惑してしまった様なのであったが・・・

「ええ・・・すみません。」

「・・・それを聞かれたのは・・・多分お前で4人目?・・・かな?」

「・・・え? それってつまり・・・」

「俺の相棒は以前にもいたんだよ。・・・皆死んじまったがな。・・・この俺を残して。1人はどこかに行っちまったが・・・」

「・・・私はおそらく簡単には、その様にはなりませんよ?」

私はその言葉を聞くと、急になぜだかこの若者に少し興味が湧いてきて・・・

「・・・なぜだ? そう言い切れるのか?」

するとヴァムは、妙に自信に満ちた様な表情で、

「・・・私もこの世の人間ではないからです・・・。」

私はその言葉を聞いた途端、思わず車のシートから、ずり落ちそうになってしまったのだが・・・

「・・・何だって・・・!?」

「いや、すみません・・・今のはちょっと・・・大袈裟でした。私も・・・死ぬ時は死にます。ですが・・・」

「お前・・・そういえばどこか変だな。・・・顔色も悪いし。」

「実は・・・父方の爺さんと、母方の婆さんが、吸血鬼、いわゆるヴァンパイアでして・・・」

「何だって・・・!?」

私は驚くと同時に・・・なるほどと・・・それで署長がこの私にこの新人の‘教育係’の様な事を託されたのだと・・・妙に納得をして・・・。しかし構わずその、吸血鬼の子孫、は続けるのであった・・・。

「つまりは・・・クォーター、ってヤツですかね? ・・・まあ、あまり嬉しくはなかったのですが・・・子供の頃から・・・よくいじめられましたし・・・」

「変な事を訊いてもいいか・・・?」

「・・・何です?」

「やっぱりニンニクやら、十字架は苦手なのか・・・?」

彼はややうんざりとした表情となり、

「それもよく・・・幼い頃から質問されましたね。・・・答えは、ノー、です。・・・ガーリックのスライスが載ったステーキは好物ですし、こう見えても、敬虔なクリスチャンのつもりです。教会には・・・毎週行きますよ? ・・・あなたは?」

「俺はそういったものは全く信じないんだ。まあ・・・察してくれよ。なぜこの俺だけが・・・死ぬに死ねずに・・・生きてこうして・・・刑事などという、因果な商売を・・・」

・・・するとようやくそこで、メデッサが車の窓を、ノックしたのであった・・・。私が窓を開けると、

「ゴメン。待った? 道が混んでいたもんで。」

私は車のドアを開けて、外へと出ると、

「おかげで・・・ヴァムと実のある会話が出来たよ。」

「・・・そう? それは良かったわ。」

私はそこで、一つだけ、そして先程からとても気になっていた事を、彼女に訊いてみたのであった・・・。

「・・・屋敷の周りを見たか・・・? 乗用車が1台止まっていただろ・・・? 警察車両の。・・・それもよく目にするナンバープレートのヤツだ。」

すると彼女も屋敷の周りは一応確認したらしく、

「ええ・・・見たわ。一体、誰が・・・」

「・・・ロスの奴だよ。」

「・・・えっ・・・!? ・・・公安部門の? なぜ彼がここに・・・?」

「それは俺が聞きたいぐらいだなあ・・・だが今はまずい。・・・署に戻ってからにしよう。」

「ええ、分かったわ。」

・・・そうして我々3人は、協議の結果、いきなりその、ディアブナロとかいう、人物をアポなしで訪問した方が、おそらく相手も驚いて何かしらの・・・もし重要参考人、であればの話だが・・・ボロを出すのではなかろうかと、目論んで・・・早速、令状などという面倒くさいものは持参せずに、正面玄関へと向かったのであった・・・。



 ・・・しかしながら・・・我々の予想というか、狙いは全く外れてしまい・・・幸いな事に、ディアブナロ氏は在宅の様で、しかも令状なしの我々を快くその屋敷の中へと招き入れてくれたのだが・・・そのまるで、つい数時間前の、ソー氏の屋敷の中とは好対照に、白い石造りの様な壁の、長い廊下を、ガウストという執事だとか言う初老の男の後について行き・・・そうして、おそらくその屋敷の中心付近の、大広間へと案内されて・・・始めその、メサイア・ディアブナロ氏は、我々に背を向けてその日の朝刊だろうか・・・?・・・を広げて読んでいたのだが、

「・・・失礼いたします。旦那様、警察から来たという方々を・・・お連れして参りました・・・。」

すると、ディアブナロ氏は、こちらに向き直り・・・顔には余裕なのだろうか・・・? うっすらと笑顔を浮かべていて・・・新聞をたたむと、素早く立ち上がって、

「さ、どうぞ・・・こちらへ。」

・・・と、我々3人を、大きなソファの方へと、誘導したのであった・・・。

「今日は・・・いったい何のご用件でしょうか・・・?」

そこでまずは私が、

「・・・突然この様な形で・・・誠に恐縮なのですが・・・」

「・・・何か事件でも・・・?」

相変わらず、そのやり手の実業家は笑顔は崩さなかったのであった・・・。

「ええ、まあ・・・」

するとメデッサが、その後を引き継いで、

「実は・・・ソー氏が・・・殺害されましてね・・・」

「ええと・・・」

「・・・ジェイソン・ソー氏ですよ。以前あなたと・・・共同で事業をやる予定だった・・・」

「ああ・・・! ・・・え!? ・・・殺害された? 本当ですか・・・? まさか・・・」

果たして彼はとぼけているのか、はたまた、本当に知らなかったのか・・・。

「・・・大変ぶしつけな質問で恐縮ですが・・・昨晩は、どちらへ?」

彼はしかし、怒るどころか、極めて紳士的に、

「昨晩は・・・取引先の社長と・・・会食をしていましたがね。ここに戻ったのは確か・・・12時は少しばかり回っていたかと。・・・なあ、ポール、確かそうだったよね?」

と、執事のガウストに尋ねるのであった。

「ええ、確かに・・・。ご主人様が戻られました時には、もう本日の、日付になっておりまして・・・」

「・・・しかしなぜ、このわたくしが・・・?」

と、怪訝そうな顔をしたので、今度はヴァムが、

「・・・いやすみません。あくまでも形式的な質問でして・・・。皆さん全員に訊いて回っているんです。」

「・・・ああ! あのよくホラ・・・刑事ドラマとかで目にする・・・」

「まあ・・・そんなところです・・・。」

と、私は言いつつ、立ち上がり・・・

「・・・お忙しいところを、大変失礼致しました・・・」

・・・と、形勢不利と見て、とりあえずその場はそこで、退散する事にしたのであった。

・・・玄関まで見送った執事のガウストは、自らの手で、そのとても重そうなドアを開けながら、

「・・・次回からは、令状をお持ちになり・・・もしくは、事前にご連絡いただけると、大変ありがたいのですが・・・」

・・・などと、念を押されると・・・我々3人はただただ、平謝りするしか・・・ないのであった・・・。

その屋敷の敷地を出る間際、1人の屈強な・・・大方、ボデーガードか何かだろうか・・・?・・・の男と、庭師の様な格好をした妙にしなびた男の2人とが・・・じっとこちらを伺う様にして・・・見ていたのだが・・・。


「・・・完全にやられたな。」

「彼は・・・知らなかったのでしょうか? ・・・本当に。」

「まあ・・・普通ならね。・・・まだこの時間ならば、新聞にもTVでも取り上げられてはいない筈だから・・・」

「しかしあの様子だと・・・おそらく知ってはいただろうな。」

「・・・まあ、彼がやったとは言わないけれど・・・少なくとも知ってはいたわね。」

「令状なしでいきなり踏み込むからですよ?」

「・・・3人で決めた事だぞ? ・・・いいか? 署長にはもちろんの事、キューラーたちにもこの事は伏せておけよ? 勝手に出しゃばった事をしたと知れたら・・・絶対に口を滑らすなよ?」

「ええ、分かっていますよ。・・・もちろんです。」

我々は再び、それぞれの車へと乗り込むと・・・しかしその間際、私は誰に、という訳ではなく、

「・・・しかし・・・奴が何かしら・・・に関わっているというか・・・これは俺の長年の勘、だが・・・あくまでも・・・」

などと呟くと、ヴァムが、

「・・・私もそう思います。」

「新人なのにか? ・・・長年の勘だぞ?」

「・・・ええ。よく言うじゃないですか? ・・・一番得をする奴を疑え、ってね。」

「・・・そりゃあ、刑事ドラマの見過ぎだよ。」

「・・・そうでしょうか?」

「まあ、しかし・・・何かはあるな・・・」

私はそこで、すっかり黙り込んでしまい・・・なので、ヴァムもそれ以上は無駄なおしゃべりはせず・・・ただ黙って前を見て、42分署へと、車を走らせていたのであった・・・。



 ・・・署へと戻ると・・・案の定、他の3人の捜査員たちと、署長とが、カリカリとした様子で待っていて・・・

「・・・おい! どこ行ってたんだ・・・! 勝手に現場を離れやがって・・・!」

と、ウォルフが怒鳴り散らすと、キューラーも嫌味ったらしく、

「まさか・・・抜け駆けとかは・・・してないよな?」

私は咄嗟に、

「ちょっと・・・屋敷の周りを・・・何か物証があるかもしれないだろ・・・?」

「それにしても・・・車が無かったのは、なぜかな・・・?」

・・・と、なおもインテリ野郎はしつこく食い下がったのだが、そこは署長が仲裁というか・・・これ以上は不毛なやり取りだと思ったのだろう・・・?

「まあ、とにかく・・・現場を離れる時は、誰かしらに、報告なり、連絡は入れるように。・・・それが捜査の鉄則だろ?」

「すみません・・・」

私たちは素直にそこは謝罪をし・・・そもそもゾンビが人間に頭を下げて、謝罪をする姿など・・・そう滅多に見られるものでは・・・無いのではなかろうか・・・?

・・・ともかく、私とヴァムとは、捜査会議と名の付いた、名ばかりの無意味な話し合いが終わると・・・すぐに署内にある、とある場所へと・・・。


・・・そこはただでさえ薄暗く・・・長くて細い通路の様な廊下を進んで行くと・・・『処置室』という半分錆びて傾いたプレートの付いた、古ぼけた金属製の扉があり・・・私がノックもせずにそのドアノブを掴んで開けると、ギギギィ・・・という、耳につく様な嫌な音が響いて・・・私と相棒とは中に入って行ったのであった・・・。

中には、白衣を着た検視官の、ジャック・リーブスがいて・・・ニヤけた顔で、何かのケイタリングの様な食事を、必死でパクついているところなのであった・・・。

ゾンビの私から見ても、よくこんな場所で、死体と一緒にメシが食えるもんだと、毎度感心するのだが・・・事実、彼は署内では「ジャック・ザ・リッパー」などという風に呼ばれていたのだが・・・当の本人は、そんな事など、全くお構いなし、といった様子なのであった・・・。

‘切り裂きジャック’は、私たちが部屋に入るなり、脂ぎった口元を白衣の袖で拭いながら、

「新人かね・・・?」

・・・と、訊くので、私が、

「ああ、まあな。」

などと、やや投げやりな返事をすると、ヤツはますますニヤけながら、

「・・・一体何人目だったっけ・・・? 前の奴は確か・・・心臓のど真ん中を撃ち抜かれて殉職したんだっけ? ・・・ああ、それはその前の奴か。・・・犯人をお前の指示で追いかけて、車のスクラップ工場で、車ごとプレスされたのは・・・その前の前の奴だったっけ・・・?」

ヤツはせせら笑うかの様に、ケタケタと声を上げていたのだが・・・私はもういい加減、そのジョークの様な、しかしジョークではない、リアルな思い出話には飽き飽きしていたので・・・

「そんな事より・・・俺たちがここに来たのは・・・」

「ああ、分かってるとも。・・・ちょうど今、解剖の途中だったんだ。」

・・・と、食いかけのヌードルだか何だかは、箸を挿したままデスクの上に置いて・・・デスクの反対側に回って、両手に白い半透明のゴム手袋と、手術用のマスクとを付けたのだった・・・。

「オイオイ・・・仕事を中断して食事かよ。」

私が少し呆れ気味に言うと、リッパー氏はまるで反省どころか、メスさばきがむしろ、水を得た魚の様に冴えてきたらしく、

「・・・ちょうどデリバリーが来ちまったもんでね。・・・まあ、腹の足しにはなったから、これからこの・・・やっこさんを・・・切り刻んで・・・」

・・・などと言いながら、検視解剖の続きを再開したのだが・・・。

・・・私はふと、真横に立っていたヴァムを何気なく見ると・・・その表情はまるで澄ましたままで・・・やはり彼の言っていた事はまやかしではなかったのだと・・・大概の新人は、口では大きな事を言っていても、いざ、その場を見ると・・・特に真っ赤な鮮血を見て、中には卒倒した者も過去にはいたのだが・・・彼はさすがに、ヴァンパイアのクォーターだと、自分でも言う通り・・・その、人間の肉の切り刻まれていく様子を見ても、全く表情は変わらず・・・平然と眺めていたのであった・・・。

私は、少し出来心というか、妙ないたずら心も湧いてきて、からかい半分に、

「・・・ああいうのを見ても・・・本当に何とも無いのか・・・? 気分が悪くなったのなら、いつでもこの部屋から出て行ってもいいんだぞ・・・?」

するとその、吸血鬼の末裔は、

「・・・いえ。どうかお構いなく。」

すると今度は、リッパー様が、なぜだか少し嬉しそうに笑いながら、

「・・・オヤオヤ・・・珍しい事もあるもんだ。・・・お前がここに連れて来る新人というと大概、気分を悪くするか、顔が青ざめているもんだがな・・・?」

「コイツはちょっと・・・ワケありでね。」

リーブスは、メスの手は全く止めずに・・・実際、彼ほど趣味と仕事と実益とが合致している人間は・・・かなりの少数なのではないだろうか? そして・・・嬉々としながら・・・やがてその手を止めたのだった・・・。

「・・・フゥ・・・」

と、一息つくと・・・マスクと手袋を外して近くのクズカゴに放り投げ・・・その彼の、作品、を眺めながら・・・

「それにしても・・・このやっこさんをヤった奴は・・・相当の腕力の持ち主か・・・あるいは・・・」

「あるいは・・・?」

「ロボットとかかな・・・アハハ・・・」

そうしてまた自分のデスクへと戻ると・・・残りの麺をすすっていたのであった・・・。

「・・・死因は何だ・・・?」

と、私が訊くと、検視官は麺をすすりながら、

「・・・おそらく・・・全身の打撲と骨折、出血多量、それに絞殺・・・まあ要するに、毒と飛び道具以外の、何でもありだよ・・・」

・・・と、ヤツはなぜだか少し嬉しそうに笑っていたのだが・・・私とヴァムとは、切り刻まれた死体を見ても、何の事やらチンプンカンプンだったので・・・被害者の遺留品を・・・。

・・・ふと、ヴァムがひとかけらの、小さな赤いプラスチック片の様な物を摘むと、

「これは・・・一体何でしょうね・・・?」

「・・・レゴかな?」

「・・・レゴだろ?」

と、リーブスが、反対側で言い、

「・・・レゴですか。・・・私は、プレイモービル派でしたけどね?」

と、ヴァムが言うと、リーブスがようやく食べ終わったらしく、

「・・・何だそれは?」

「・・・知りませんか?」

「知らないね・・・」

私はふと疑問に思い、

「このブロックの様なカケラは・・・どこから出て来たんだ?」

と聞くと、

「やっこさんの・・・死体の口の中からだよ。・・・最も、頭蓋骨はグシャグシャに潰されていたがね。・・・正直、俺もこんなのを見たのは・・・相当・・・久方振りかな?」

私はもうこれ以上は、ここにいても手掛かりは無いと考えたので・・・

「・・・じゃ、また。・・・次来た時は、食事は済ましておけよ・・・?」

すると去って行く私たちに、ジャック・リッパー様は、こちらには一切視線を向けずに、手を振りながら、

「・・・ああ。・・・次はもう少し・・・出来れば若い女の子を頼むよ?」

と、相変わらずニヤけたツラで、言うのであった・・・。


私とヴァムとは、その陰気な部屋を出ると、

「ここには・・・この署には、まともな人間はいないのですか・・・?」

と、少し怒りの感情の混ざった様な口調で、その新人は言ったのだが、私は、

「・・・こんな所にいると・・・まともだった者も、まともじゃなくなっちまうのさ。まあ・・・化け物の俺らが、言えた立場じゃないけどな。」

するとヴァムは、おそらく今日初めてご機嫌斜めになったらしく、

「一緒にしないで下さい・・・! 私は・・・血がほんの少し・・・流れているだけですから・・・!」

と言って、その長い廊下を、足早にどんどん先に歩いて行ってしまったのであった・・・。


10


 ・・・どうやらその、怒れる新人刑事、は、いずこへと行ってしまったようなので・・・私は元より、お守りでもベビーシッターでも何でもないので・・・とりあえず彼の事は彼自身に任せるとして・・・私にはもう一つ気になる事があったので、42分署の中の、『捜査課』とは別のフロアに向かい・・・そうして、そこにお目当ての、ケルビー・ロス刑事は、いたのであった・・・。

幸いな事に、そこには彼の姿しかなく・・・私はその『公安課』へと入って行くと・・・ロスは私を見て明らかに動揺している様なのであったが、私はあくまでもフレンドリィに話しかけ、

「・・・どうも。最近は・・・どうだね?」

ロスは少し眉をひそめて、

「どう・・・? ・・・一体、捜査課のお前が、何の用だ?」

私は、回りくどい言い方はやめて、単刀直入に訊いてみる事にしたのだった。

「・・・ディアブナロを張っているのは・・・一体何が目的なんだ・・・?」

「さあ・・・何の事だか・・・?」

ケルビー・ロス刑事はあくまでもとぼけたのだが、私は顔は笑いつつ、脅しをかけて、

「俺はこう見えて・・・結構長く生きているんだぜ・・・? お前が新人の時分に、関わった例の件、あれはつまり・・・」

するとその脅し文句が効いたのか、ロスは突然辺りをキョロキョロと注意深く見回した後、小声で、

「分かった・・・分かったよ。・・・だがここはまずい。」

そう言って立ち上がったので、私もそれに続き・・・。


 ・・・それからおおよそ15分程後の事・・・ロスに言われるがままに車を運転し、向かった先は・・・一軒のとても流行っているとは思えない、古ぼけたカフェで・・・ロスと私は、そこでお世辞にも美味いとは言えない、えらく苦いコーヒーを飲みながら・・・

「・・・いいか? これは絶対に秘密だぞ? あのディアブナロという男にかけられた容疑は・・・スパイ行為、それも他国・・・大体の目星はついているんだが・・・その工作員に我が国の機密情報を流した疑いがあって・・・」

「・・・それで? 成果はあったのか?」

「いやまだだ。敵もなかなか、尻尾を出さないもんでね。・・・労多くして、報われず、といったところだよ。」

「ま・・・がんばり給え。」

私がそう言って、肩をポン、と叩いて立ち上がると・・・ロスは私の目を一瞬、ギロリと睨むと、

「余計な事はするなよ・・・? 今ヘタに怪しまれて、逃げられでもしたら・・・」

「ああ分かってるとも。・・・お前こそ。・・・例の件は秘密にしておいてやるからな・・・?」

と、言うと・・・その‘警察権力の犬’を体現しているかの様な、男は私を無言で睨みつけ・・・しかし、私を怒らせると、例の件、を持ち出せるとでも思ったのだろう・・・? 視線をすぐに外し・・・そのままただ黙って・・・まずくて苦いコーヒーを1人、すすっていたのであった・・・。


 ・・・私が42分署へと戻ろうと、ハンドルを握っていると・・・明らかに先程から・・・おそらく、警察署を出る時からすでに、つけていたのだろう・・・? 1台の車が・・・。

私はその辺りの地理は熟知していたので、地の利、を生かして・・・咄嗟に左にハンドルを切ると、ハイウェイから、突然開けた空き地の様な・・・泥の地面のだだっ広い場所へと・・・そこでその車を、待っていたのであった・・・。

すると・・・。思った通りに1台の黒塗りの乗用車がやって来て・・・。


11


 ・・・私にとって少々意外だったのは・・・その車は私の前を、スルーをして通り過ぎずに、むしろその、泥でできた空き地へと堂々と入って来て・・・私の車のすぐ前に、停車したのであった・・・。

そして・・・ほんの少しの間があってから、中から出て来たのは・・・私の旧知の・・・

「・・・よう。MBIのお偉いさんが、いったい何の様だ・・・?」

奴は少し、なぜだか照れた様に笑いながら、

「お偉いさんとは・・・ただの一捜査官だよ。」

その、私のかつての相棒、であった、デイモン捜査官は、トレンチコートなぞを羽織って、あくまでも爽やかに・・・しかしその目は決して笑ってはおらず、

「・・・なぜディアブナロの屋敷からお前が・・・正確に言うとお前の署の連中が3人・・・1人は見た事のない顔だったが・・・」

「・・・奴は新人なんだ。」

「ホゥ・・・お前の新しい相棒か・・・? ・・・それはとんだご災難だな。・・・いいか?」

「・・・これはお前たちの追っているヤマとは、おそらく全く別の件だ。・・・ごあいにく様だが。」

しかしデイモン捜査官は全く怯まず、

「・・・いいか? ・・・かつてのお前の相棒から忠告させてもらうと・・・奴は今、もっと別の大きな件で、内偵中なんだ。・・・どうかぶち壊さないでくれよ。」

「・・・パット。・・・こっちは殺人だぞ? ・・・もっと大きな事件だって・・・? スパイの件か? ・・・それが何だ。」

するとデイモン捜査官は、少しだけ憤ったのか、

「・・・こっちは国家の安全に関わる問題だぞ・・・!」

私は少しだけ、辺りを見渡してから、

「・・・パット、じゃあこうしよう。・・・しばらくは、この件からは、というか、そのディア・・・ナントカ氏には近付かない事としよう。まあ・・・こちらも確たる証拠は無いしな。」

するとようやく、奴の溜飲は下がったのか、

「・・・ああ、悪いな。ウチは・・・この件でもう1年も前から、多くの捜査員をつぎ込んでいるモンでね。」

「ああ・・・だがウチの署の、別の刑事が張ってると思うが・・・それは構わんのか・・・?」

「ああそれは・・・了承済みだ。」

・・・ッタク、あのロスの野郎・・・連邦政府とつるんでいやがったのか・・・さっきのコーヒーのまずい店では何も俺には告げずに・・・

「・・・よし分かった。・・・さすがは元相棒、の事だけはあるな。」

「・・・何が元相棒、だ。・・・突然姿をくらませたかと思ったら・・・連邦政府の飼い犬になっていやがって・・・」

「・・・飼い犬とはね。・・・リビングデッドには言われたくはないね。」

こうして我々2人はお互いを罵り合ってはいたものの・・・まさかこの様な形で再会するとは思わず・・・なぜだか私の頭の中には、昔の、様々な事がフラッシュバックの様に巡って来て・・・おそらく奴の頭の中でも・・・おそらくだが。そう願いたいものだ。

「・・・じゃ。まあ・・・そういう事で頼むよ? これはまぁ・・・紳士協定ってヤツかな?」

「お前も随分古臭い言葉を使うな? 今時・・・そんな言葉は流行らんぞ?」

デイモンは車に乗りながら、

「・・・とっくに死んでいる筈の、お前には言われたくはないね。・・・じゃあ、またな。」

・・・と、ドアを閉めると、さっさと車を猛スピードで走らせて・・・行ってしまったのであった・・・。

私は奴が完全にいなくなったのを見届けると・・・そして、我々の様子を遠巻きに眺めている者がいない事も・・・実を言うと、なぜか私の視力と聴覚は、一度死んで生き返ったからなのであろうか・・・? ・・・おそらく視力は10,0以上、聴覚も時々嫌になってしまう程に、よく聴こえる様になっていたので・・・確かに付近に怪しい人間はいない事は、おそらく明らかであったので・・・乗って来た車に乗り込むと、その不毛の泥だらけの場所からまた、幹線道路へと戻って・・・今度こそ本当に42分署へと、戻ったのであった・・・。


12


 ・・・署に戻ると、ウォルフとメデッサだけがいて・・・ウォルフは相変わらず、落ち着きがなく、部屋の中を苛々としながら、ウロウロしていたのだが・・・私はメデッサを連れ出し、これまでのおおよその経緯、ロスとの事など、あらましを聞かせたのだが・・・

「・・・そう・・・なの・・・」

「・・・そっちは? ・・・目撃者とかは・・・?」

「・・・特には・・・」

と、彼女は言うばかりで・・・どうやら他には進展はない様なのであった・・・。

「・・・ところで、あの例の・・・新人はどこに行ったか知ってるかね・・・?」

彼女は少しだけ驚き、

「・・・一緒じゃなかったの・・・?」

「・・・ああ・・・まあ、どうやらエリートボーイの、ご機嫌を損ねてしまった様なのでね。」

「さあ、知らないわ。多分・・・自分1人で証拠やら何やらを・・・探し回っているんじゃない・・・?」

私はやれやれという風に、

「・・・1人で果たして・・・何が出来る事やら・・・」

「まずいんじゃないの・・・? 一緒に行動する様に言われてるんでしょ・・・? 署長にもし知れたら・・・」

「ああ、分かってるとも・・・! ・・・でもいくら電話を掛けても・・・出ようとはしないんだよ。」

「まあ・・・そのうちきっと・・・助けを求めてくるわよ。」

「・・・だといいが。」

ふと窓の外を見ると・・・もうすでに辺りは暗くなりかけていて・・・私はひとまず、今日のところは、自分の住まいへと・・・。


翌日も・・・翌々日も・・・特に何も進展は無く・・・ただ無情に何日かが過ぎていき・・・。


・・・そうして、最初の事件から4日後に、再び別の・・・おそらくは同一犯による事件が、起きたのであった・・・。

そうしてそれはやはり・・・全くの、密室の中での・・・

・・・私は心の中で舌打ちをしつつ・・・眠たい目を擦って・・・ゾンビにも朝が辛い時だってあるのだ・・・そうしてその現場へと、向かったのであった・・・。


13


 ・・・そこはやはりこのセメタリー郡の中では一際目を引く、いかにも高級そうな住宅で・・・私たち捜査陣がたどり着いた時には、まだ時間が早かったせいか・・・朝の4時半なのであった・・・報道陣は来てはおらず、そうして、家の周りに張り巡らされた、黄色いビニールテープを潜ると、中へと入って行き・・・。


・・・その現場は今度はキッチンで・・・一足先に到着していたキューラーらが、内側から鍵の掛かったドアを開け・・・外からは開けられる構造ではなかった・・・無論の事、ドアはそれ一つのみで、窓もあったのだが、ガッチリと鍵が掛かっていて・・・。

・・・キッチンの中は、小綺麗で白くピカピカだったのだが・・・辺りには血しぶきが飛び散っており・・・白いツルツルの壁やら、タイルの床やら・・・まだ発見されてから時間があまり経ってはいなかったからなのだろうか・・・? 物凄い臭気がしたらしく・・・らしく、というのは、私は視覚と聴覚は恐ろしい程に冴え渡っていたのだが、なぜだか嗅覚の方は・・・なので、他の捜査官、キューラー、ウォルフ、メデッサ・・・なぜかフランキーだけは平気な顔をしていた・・・たちの顔をしかめて自分の鼻を押さえる姿を見て、そうだと悟ったのであった・・・。

キューラーが、顔を少ししかめながら、その、遺体らしきモノ、に近付くと、覆っていたシートをめくり・・・そしてまた、さらに渋い表情をするのであった・・・。

「・・・何てこった・・・! こりゃあ・・・もはやただの肉のカタマリだぜっ・・・!」

そして私の事をチラッと見てから、

「・・・いやあ、すまんすまん。お前の事じゃないから・・・安心しな。」

・・・などと、又しても嫌味ったらしく言ったのだが、私はそれは全く無視して・・・ウォルフも、いつにも増してヴォルテージが高めで、

「・・・おい! それより・・・あの新人はどうした・・・?」

「・・・さあな。多分、寝坊か何かだろう。」

「寝坊だと・・・!? オイオイ・・・」

・・・私はそれも無視して・・・ふとシンクの中を見ると・・・また微かに口紅のついたワイングラスの様な物が・・・。そしてフランキーが無造作に、手袋もはめずにそれを掴もうとしたので、

「・・・オイ! ちょっと待った・・・!」

皆が一斉に私に注目したのだが、私はそのワイングラスを慎重に取り上げると、ビニール袋の中へと入れて、フランキーには、

「・・・大声を出して済まなかったな。・・・こいつは早速鑑識に回すぞ?」

するとキューラーが、また首だけ突っ込んできて、

「・・・おい、何の権限で、お前が指図するんだ・・・?」

しかし私はそのビニール袋に入れた、証拠品を持ちながら、メデッサを廊下に連れ出して・・・少し小声で、

「・・・悪いが、俺は別の要件を思い出した。こいつは・・・鑑識に早急に回しておいてくれないか? ・・・もし指紋がついていたら・・・前科者かも知れないから、あたっておいてはくれないかな? ・・・頼む。」

「・・・いいわ。・・・口紅が微かに付いてるわね。昨晩、オンナがいたのね。・・・分かったわ。」

「いつもすまんな。」

「別に。・・・今度食事をおごってくれれば・・・あ、もちろんあの坊やも一緒にね。」

「ああ、分かったよ。・・・今からその、坊や、に会いに行くんだよ。」

実はこの家に着くなり、連絡が・・・しかしそれはヴァムからのものではなく・・・デイモンからなのであった・・・。


・・・私は又してもあの、ディアブナロの、要塞、の様な邸宅の裏手に行くと・・・そこにはやはり、42分署の見慣れた覆面パトカーが1台止まっていて・・・。

・・・私はそれに近付いて、窓をトントンと叩き・・・助手席へと・・・強引にヴァムの横に滑り込む様に座るのであった・・・。


14


 ヴァムは少しばかり呆気にとられた様に、

「どうして・・・ここが分かったんですか・・・?」

「俺の・・・腐れ縁の、古い友人から連絡があってね。・・・その友人とは紳士協定を結んでいるモンでね。」

「・・・随分古い言い回しですね。」

「・・・そんな事は今はどうだっていい。・・・この数日間、ずっとここにいたのか・・・?」

「ええまあ・・・他に行くアテも無くて・・・」

「・・・まあいい。しかしながら・・・ここにウチらがいるのはまずいんだとよ。だから・・・」

私は強引に、運転席と助手席とを交換して・・・その覆面車を運転して、その屋敷から離れて行こうとすると・・・例の、黒塗りの乗用車が・・・。おそらく、中には、MBIの連中と、デイモンもいたと思われたので・・・軽く車の中から手を振って・・・とりあえず、ハイウェイの方向へと・・・。


ヴァムは助手席で、しばらくただ呆然とするかの様に、黙っていたのだが・・・私が、

「・・・で? ・・・何か進展はあったかね・・・?」

すると突然、彼は飛び上がる様に体を伸ばすと・・・自分のまだ真新しい手帳を開き・・・しかしなぜかそれはすぐに閉じると、スマホを取り出して・・・その中の、おそらくメモ帳、か何かを見ているのだろうが・・・私は、時代は変わったなぁ、などと、どうでもいい事を考えつつ・・・

「・・・とても興味深いことが何点かありました。」

「・・・ホゥ・・・」

「・・・例の事件があった翌日、それも夜更けに、おそらくは使用人なのでしょうが・・・」

「もしかして・・・最初に俺らが帰る時にもいた奴かな?」

「そうです・・・! そいつです・・・!」

ヴァムは少し興奮気味だったので、私は落ち着かせる様に、静かな口調で、

「・・・奴が何か・・・?」

「・・・小さな、ゴミ袋の様な物を抱えて・・・どこかへ・・・」

「そりゃそうだろう・・・使用人だったらな・・・。」

「それがですね・・・その時だけでは無く・・・3度に渡って・・・」

「ウウム・・・」

私はその情報だけでは判断はつかぬので、思わず唸ってしまったのだが・・・

「・・・さらには、女性が2人・・・」

「・・・2人・・・!? ・・・同時にか?」

「いえ・・・」

「じゃあ、同一人物ってコトは・・・?」

「・・・いえ。おそらく、全くの別人です。1人は・・・かなりの美人で・・・もう1人は・・・多分、アジア系です。・・・マスクとサングラスをしていたので、断言は出来ませんが・・・」

「・・・この俺は、ゾンビ系、ってトコかな?」

「ちょっと・・・! ふざけないでくださいよ・・・私はあくまでも真剣なんですから。」

「・・・すまんすまん。」

「ここにほら・・・写真も一応あります・・・。スマホで撮影したものなので・・・あまり鮮明ではありませんが・・・」

彼が自分の携帯の画面を見せると・・・確かにそこに写っていた2人の女性は・・・全くの別人の様で・・・。しかし私は運転中であったので、

「・・・とりあえず・・・あの店に入らないか・・・? そこで・・・今後の方針を話し合おう・・・。」

・・・と、その、軽食堂らしき、店の駐車場に車を止めたのであった。

ふと時刻を見ると・・・もう既に8時半を回っていて・・・どうりで腹が減る訳だ。

ヴァムはというと・・・自らのこのおよそ4日間の仕事が・・・無駄どころか、有益であったのだと、少なくとも私も、彼の掴んだ情報にはとても関心はあったので・・・その新人は、少しテンションが上がり気味なのであった・・・。


15


・・・その店の店内は、まだ早朝という事もあってか・・・閑散としていて・・・しかし一応、朝の8時から営業、とはなっていたので・・・席に着くとすぐに、いかにも田舎町から出て来たばかり、といった感じのあまり垢抜けのしない、ウェイトレスがやって来て・・・オーダーを取ったので、とりあえず私は、朝のモーニングセット、なる物を・・・ヴァムは相変わらず高ぶっているのか、適当に飲み物を頼み、ウェイトレスが下がっていくと、先程の話の続きをし始めるのであった・・・。

「・・・とりあえず・・・先程の写真を、プリントアウトしてみます・・・あまり鮮明な画像は、期待出来ないかも知れませんが・・・」

「・・・ここでか!?」

私が訳が分からずにいると・・・奴は持って来ていたアタッシュケースの中から、何かの、小型の黒光りする端末を、しかもスマホには一切繋がずに・・・するとその端末からは、微かにキュイ〜ン・・・という音を立てて・・・写真が数枚・・・私はもう、訳が分からないとともに、自分はやはり、旧時代の人間、いやゾンビなのだと・・・。

・・・しかし新時代の、ヴァムはその写真を見ながら、

「・・・やはり・・・一旦、PCに取り込まないとダメかな・・・? まあ・・・こんな感じです。」

私にはそれで、十分なのであった・・・。

そこには確かに、小さな真っ黒いゴミ袋をさも大事そうに小脇に抱えた、例の男と・・・2人の女性・・・1人は確かにおしゃれで派手な服装をしていて、一枚目の写真ではサングラスをしてはいたものの、2枚目では外したところで・・・ヴァムの言う通り、色白で、目鼻立ちの整った、美人の女性で・・・もう1人はというと、上から下まで黒ずくめで、黒いコートに、黒いサングラス、さらには日焼け防止というよりは、肌すら隠そうとしているのか、真っ黒なアームカバーとでもいうのだろうか・・・? ・・・ともかく、顔も大きなマスクで覆っていたので、人相すら分からず・・・しかし確かに言われてみれば、所々露出した部分をよくよく観察してみると・・・黄色人種の肌の色にも見えなくはなかった・・・。

「・・・この2人の女性は・・・何度も来たのか?」

「ハイ・・・1人目は・・・」

そこでウェイトレスが、料理と飲み物を運んで来たので、一旦話は中断となり・・・すぐに無愛想な表情のまま立ち去ったので・・・

「・・・1人目の美人の女性はおそらく愛人ですかね?」

「・・・なぜ分かる?」

「例の・・・ディア、ナントカ氏と、一度だけ、車に乗って・・・高級そうなスポーツカーでしたが・・・」

「そんな事はどうだっていい・・・」

「あ、ハイ、すいません・・・とにかく、その時に、腕を組んだりして・・・とても赤の他人には見えませんでしたねぇ・・・」

「・・・なるほど。で、もう1人は?」

「それが・・・不思議な事に・・・えらい長い事出て来なくて・・・」

「・・・そっちの方が愛人なんじゃないのか・・・?」

私はその、お世辞にも決してうまいとは言えない・・・ハムサンドの様な物をかじりながら言うと、

「・・・それはあり得ませんね。」

「・・・なぜだ?」

「それは・・・その例の・・・」

「ディアブナロのことか?」

「ああはい・・・そうです。彼がもう1人の美人と出かけた後も・・・屋敷に残っていたらしく・・・ようやく出て来たのは・・・あなたが到着する直前でした。」

私は、最後の一切れを噛みちぎると・・・やはり大量に前日にでも淹れた様な、まずいコーヒーで胃の中へと流し込みながら、

「すると・・・その女は、主人の留守中にも、屋敷の中で、何事かを・・・していたってワケか・・・?」

「・・・さあ。そこまでは。」

私は、紙ナプキンで口元を拭いながら・・・

「まずは・・・誰に狙いをつけるかだな。」

「・・・ええ。」

「しかしさっきも言った通り・・・あそこに張り込むのはマズいんだ。・・・いろいろとな。まあ・・・察してくれよ。」

「あ・・・はい。」

私は伝票を持って素早く立ち上がると、

「・・・とにかく・・・署に一旦戻って、それから検討する事としよう・・・」

「分かりました・・・! ・・・ン?」

「・・・何だよ。」

彼は自分の頼んだ飲み物の入った、カップを見ながら、

「これ・・・なんでしょうか・・・?」

「・・・知らないね。・・・自分で頼んだんだろ・・・?」

ヴァムは首を捻りつつも・・・それを一気に飲み干し・・・そうして私たちはその店を後にしたのであった・・・。

相変わらず、店内には他には客は全くおらず・・・経営が成り立っていけるのかな?・・・などと余計な事を考えていると・・・ようやく我々と入れ違いに、数名の客が入って来たのであった・・・。


16


 ・・・42分署へと戻ると・・・ちょうどタイミングのいい事に、メデッサがいて、彼女の方も私に話があるらしく、

「お前の・・・片思いの恋人を連れ戻してきたぞ・・・?」

などと言うと、彼女は普段は見せない様な笑顔を一瞬見せてから、再び真剣な表情になり、

「・・・あなたのカンが当たったわ。・・・さすがね。例のワイングラスに付いていた指紋を鑑定したところ・・・前科者の名前が・・・」

ヴァムはおそらく、第二の事件が起こった事すら知らず、

「一体・・・何の話です・・・?」

「また密室殺人だよ。・・・今度は、政治家だ。・・・だよな?」

「ええ・・・」

「・・・奴にも分かる様に説明してやってくれないか?」

メデッサは、むしろ嬉しそうに、

「・・・分かったわ。・・・今回殺害されたのは、この地元では有名な、そして有力な市議会議員である・・・チャック・ドール氏で・・・死因は今調べている最中だけど・・・」

「また例の・・・リッパーさんですか・・・」

「・・・ええ、まあ、そんなところね。・・・被害者は、この町の名士で、その点は、4日前の事件と酷似しているわね。・・・今のところ、目撃者は無し。ソー氏とは違って、家政婦はおらず、あの家に今は1人で住んでいて・・・」

私はグラスの指紋の方が気になったので、

「もうそれぐらいで・・・十分だろう。大体の事は・・・分かったよな?」

「ええ、まあ・・・」

ヴァムは、自分のスマホに、必死にメモを取っていたのであった・・・。

「ところで・・・例の指紋の件は?」

「ええ・・・それが、その主というのが・・・本名は、ヘレン・ピールズ・・・通称・・・」

「誰だそれ?」

「・・・通称は、ハーピーの名で通っている・・・まあ、コールガールね。それも、高級クラスの。」

「ああ・・・あいつか。よく名前だけは聴くな。」

「・・・どういう事です?」

まだ要領を得ていない、ウブな、ヴァムくんは、やや訝しげな表情なのであった・・・。

「つまりは・・・高級売春婦、ってヤツだよ。・・・ソー氏もドール氏も、奥さんと別居中か、片方は離婚調停中だ。」

「あ、なるほど。」

ようやく二つの事件が、彼の頭の中では繋がってきたらしく、納得したようなのであった。

「やっぱり・・・勉強だけでは・・・社会の即戦力にはならない、ってコトだな。」

・・・などと、私にしては珍しく嫌味っぽい事を言うと、なぜかメデッサが、少し怒り気味に、

「一度死んだあなたにそんな事言われても・・・全然説得力ないわよ?」

私は思わず黙ってしまい、ほんの僅かな間、微妙な空気が流れたのだが・・・その時は一番若いヴァムが、上手い事その場の空気を取り繕って、

「ところで・・・これからどうします? その・・・ハーピーとかいう、売春婦から行きますか? それとも・・・」

私はそこで、たちまち現実に引き戻されて、

「・・・いや。一気に行こう。・・・メデッサ。」

「何?」

「悪いが・・・キミはそのコールガールを引っ張って来て・・・取り調べてくれないか? 何なら、フランキーあたりを、連れて行ってもいいぞ?」

「あなたたちは・・・?」

「我々は・・・直接本陣に斬り込む。」

するとヴァムが少し驚いて、

「・・・エッ!? ・・・ディアブナロは、しばらく放っておくんじゃ・・・」

「ああ・・・張り込みはしない。だが・・・ヴァム、キミの情報によると・・・まずはその、使用人から行くか? ・・・もし奴らがこの事件に関わっているのなら・・・またゴミ袋を持って、どこかに向かう筈だ。・・・俺はそれがどこか知りたい。もちろん、袋の中身も。」

「・・・なるほど・・・」

その件に関しては、全く情報を持ってはいない、メデッサだけが取り残されていたので、目を白黒させながら、

「何それ? ・・・ゴミ袋? ・・・使用人て?」

私は少しなぜだか苛ついてきたので、

「後で詳しく話すよ。モタモタしてると・・・共通の当事者である、その、ハーピーに逃げられるぞ?」

メデッサはようやく、エンジンがかかり始めたのか、携帯で誰かを呼び出して・・・

「・・・よし。俺とお前は・・・またあの、要塞、に出向くとするか。」

「あ、ハイ・・・」

そうしておそらくフランキーなのだろう・・・? 連絡をしているメデッサを横目に・・・2人して『捜査課』からは出て行ったのだった・・・。


17


 ・・・私とヴァムとは、また覆面車に乗りかけたのだが・・・私は突然、ある一つの事が気になって、

「・・・ちょっと忘れ物を思い出したんだが・・・お前も来るか?」

無論の事、彼はついて来たのだが・・・その行き先が例の『処置室』だと分かると・・・少し後悔した様なのだが・・・後悔先に立たず、で・・・

・・・またしてもノックなどせず、いきなり入って行くと‘ジャック・ザ・リッパー’様は、クッキーなどをボリボリと齧りながら、相変わらずニヤついた顔で、

「・・・やあ。また来ると思っていたよ。・・・何となくだが。」

「死体には用は無い。俺が知りたいのは・・・」

「これが死体かい? ・・・ただの肉のかたまりかと思った。」

奴はメスを持ったまま、ニヤついていたのであった・・・。

私は遺留品の入ったビニール袋を探して・・・そうして予想通り、1個のとても小さいが・・・ブロックのかけらを見つけ・・・。

「・・・レゴですか?」

ヴァムが言うと、なぜかリッパーが、

「・・・なんとかモービルじゃあないぜ? ・・・俺はレゴ派だけどね。」

私はそんな会話には構わず、

「・・・こいつはどこから出て来た?」

「・・・え? ああ・・・どこから、って言っても、ご遺体がこの有り様じゃあ・・・多分、手で握りしめてたんだろうけどな。」

「今度はブルーですね。・・・どういう事です?」

私は自分の勘が当たっていたので、少し安堵し、

「・・・さあな。おそらく・・・これから例の、使用人に会えば分かるかもしれん。」

と、だけ言うと・・・その薄暗い『処置室』を足早に後にしたのであった・・・。

ジャックは、なぜだか少し残念そうというか、寂しそうに、去り行く我々の背中に向かって、

「・・・もう行っちゃうのか? もっと遊んでけよ・・・?」

しかし私たちはそれにはお構いなしに、また外の駐車場へと取って返すと、車に乗り込んで・・・ディアブナロの邸宅へと・・・車を走らせるのであった・・・。


 ・・・そして車に乗る事、およそ1時間あまり・・・ようやくその、要塞、に着いたのだが・・・私はMBIの人間や、ロスには見られたくはなかったので・・・用心してだいぶ手前で車を止めて・・・そこからは、徒歩でゆっくり近付いたのであった・・・。

そして・・・その邸宅が上手い事見下ろせる、高台のマンションを見つけたので・・・そのマンションの駐車場のフェンス辺りから、双眼鏡を使って、お目当ての屋敷を、見張る事にしたのであった・・・。

「・・・かなり離れてますね。」

私は双眼鏡を覗き込みながら、

「・・・ああ。まあ・・・だが、絶好の場所が見つかってラッキーだったな。」

ふと横を見ると・・・ハイテクマニアの新人刑事は、スマホのレンズの先に、望遠レンズらしき物を付けて・・・それでのんびり観察中なのであった・・・。

「・・・そんな物で・・・ちゃんと見えるのか・・・?」

「ええまあ・・・しかも録画も出来ます。・・・だいぶ画像は粗いですが。」

実のところ、先述の通り、私の視力はおそらく10,0ぐらいはあると思われたので・・・肉眼でもかなり近くまでは見えたのだが・・・あいにく、なぜだか夜になると、だいぶこの、せっかくの眼もかなり性能が衰えるらしく・・・仕方なく双眼鏡を持って来て・・・やはり予想通りに、辺りはだんだんと薄暗くなってきて・・・。

夜の帳とやらが下りてきて・・・しかし相変わらずその、要塞、の様な屋敷は、煌々と光がついていて・・・むしろ観察してくれと、言わんばかりなのであった・・・。


18


「・・・見ろよ? 連邦政府の奴らだぜ? ・・・マッタク、皆間抜けな面をしていやがる。」

私が愉快そうに笑うと、ヴァムは、

「・・・双眼鏡で見なくても・・・見えるんですか?」

私はうっかりして、裸眼で見ていたのであった・・・。

「・・・ああまあな。・・・ゾンビだからな。・・・お前は何か・・・特殊な能力とかは無いのか・・・?」

・・・と、何とか自分の秘密がバレてしまったのを誤魔化そうとしたのだが、ヴァムは極めて真剣な表情で、

「・・・ですから。私は普通の人間ですから。」

「悪かったな。・・・普通の人間じゃなくて。」

「特殊かどうかは分かりませんが・・・一応工科卒なので・・・ハイテク関係には、詳しいつもりですが・・・」

「なら訊くが・・・」

「・・・何でしょう?」

「あの二件の現場で共通して見つかった、ブロックのかけらは今回の事件に、関係していると思うか? あるいは・・・二件とも、密室だった事とも。」

ヴァムはまるで確信したかの様に、

「むしろ関係していない方がおかしいですね。・・・何がどうなっているのかは・・・全くもって分かりませんが・・・」

私はふと、また屋敷の入り口付近を見ると、思わず大声で、

「あっ・・・!」

ヴァムも携帯の画面を見て、

「奴が・・・出て来ましたね。・・・で、どうします?」

「もちろん後をつけるんだよ・・・!」

私はそう言うが早いが、その高台からは慌てて降りて・・・その、使用人らしき男の向かった方向へと・・・。

すると奴は屋敷から少し離れた所に、車を止めていたらしく、それに乗り込むと、そのボロ車を発進させたので、慌てて我々も覆面車に乗り込み・・・

「いいか・・・? 絶対に見失なうなよ・・・?」

私は新人に、運転を任せる事とし、携帯を手に取って、メデッサに連絡を入れ・・・

「・・・そっちはどうだ? こっちは・・・ようやくターゲットが動き出したぞ・・・?」

すると電話の向こうのメデッサは、やや疲れた様な声で、

「・・・ええ。ハーピーを、彼女を署に引っ張って来た事は来たんだけど・・・」

「・・・何も喋らんか?」

「・・・ええ。何も知らない、二軒の家には行った事もない、2人の名前すら知らない、の一点張りで・・・」

「・・・分かった。悪いが、もう少し・・・粘ってくれないか? こっちが片付いたら・・・すぐに戻るから。」

「ええ・・・分かったわ。」

そう言って電話を切った彼女は、だいぶお疲れの様子だったのだが・・・私は今はそれどころではなく・・・むしろその逆で、少し興奮している程で・・・

「・・・ヤツはどこに向かってるんだ・・・?」

「多分・・・町外れの方向へ・・・徐々に・・・」

「この先には・・・何があったっけ?」

「さあ・・・確か何も・・・。町外れの本当に何も無い所ですよ。・・・有るのはせいぜい、空き地か、使われていない工場の跡地か、ゴミ置き場、ってとこですよ。」

「絶対に、撒かれるなよ?」

「ええ・・・分かっています・・・」

そうして刻一刻と、夜も更ける中・・・使用人の運転する車は・・・ますます町の中心部からは離れて行き・・・。


「・・・どうやら・・・着きましたね・・・」

私はその相棒の声で、ハッとなって目を開けて・・・どうやら、ついウトウトとしてしまっていた様なのであった・・・。

「ゾンビも・・・お疲れになるんですね・・・」

今度は珍しく、新人刑事が嫌味を言ったのだが・・・無論の事、私は何も言い訳は出来ず・・・。

「・・・ここは・・・一体どこだ・・・?」

・・・と、寝ぼけ眼で、その、かなり薄暗い付近を見渡してみたのだが・・・特にこれと言って、何かがある訳では無く・・・荒凉と、空き地の様な広い空間が広がっていて・・・しかしながら、少し遠くの方で、僅かばかりの明かりがつき・・・そしてそこでは、何かの巨大な重機の様な物が、唸り声を上げて稼働しており・・・。

私とヴァムとは、車から降りると・・・その、明かりの方向を見つめたまま・・・

「・・・奴は? 使用人は・・・?」

「多分・・・あの明かりのついている方へと・・・」

「・・・チクショウ・・・! これ以上は・・・逆に目立っちまうな。」

そこは開けて遮る物が何も無いばっかりに、遠巻きに、見つめるしか無いのであった・・・。

「・・・ここはおそらく・・・ゴミの処理場でしょうね・・・。それも・・・おそらく違法の・・・」

確かにヴァムの言う通り、よくよく見てみると・・・暗がりの中に、殆どが産業廃棄物なのだろうが・・・雑然と散らかるように散乱していて・・・おそらくディアブナロの使用人は、何か、を捨てて処分しに、ここへと・・・。

しかし今、下手に近付くと、却って疑われてしまい、警戒されてしまうのは間違いなかったので・・・明るくなるまで、待つしかないのであった・・・。

「・・・どうします? 奴は帰って行くようですが・・・?」

しかし私は、その奴がわざわざ運んで来た、物の正体、が知りたかったので、

「・・・奴は屋敷にまた帰るだけだ。・・・仕方ないな。朝までここで待つしかないか。その間に・・・そのブツが、完全に処分されてなければいいんだが・・・神のみぞ知る、だな。」

「・・・神を信じてるんですか・・・?」

私は、つい、そのような言葉が出て来てしまったので、

「・・・なに、言葉のあや、って奴だよ。」

と、誤魔化し切れたような、切れなかったような、気まずさを感じてしまっていたのだが・・・相棒は案外と、気にも留めてはいないらしく、

「まあ・・・やはり、待つ他仕方がないですね・・・」

と言って、車の中へと、戻って運転席でハンドルに顎を載せて、じっと明かりの方向を眺めていたのであった・・・。

私も外に突っ立っていても仕方がなかったので・・・助手席へと戻ると、二度と眠るまいと・・・しかし絶えず睡魔は襲って来て・・・。


19


・・・スズメだかヒバリだかメジロだかなんだかの、チュンチュン、ピイチクという鳴き声で・・・私はハッと目を覚まし・・・気が付くともうすでに朝になっていて・・・辺りは明るく、ふと横を見ると、相棒の姿はなく・・・彼は車の外に出て、私の持って来た双眼鏡で、昨晩明かりのついていた辺りを、じっと観察しているのであった・・・。

私もようやく起きて、ドアを開けて彼の隣へと行くと、

「・・・すまん。つい寝ちまったようだな・・・。」

しかしヴァムは普段の感じで、

「・・・だいぶお疲れなんじゃ・・・?」

「・・・かもな。・・・だがそれは言い訳には出来ないな。」

ヴァムは双眼鏡を覗き込みながら、

「・・・ホラ! 見て下さい・・・! どうやら、あそこで作業をしていた連中は、一旦引き上げるみたいですよ? ・・・どうします?」

私は双眼鏡なしでも見えたので、

「・・・よし。なるべく誰にも気付かれない様に・・・回り込みながら・・・」

そのゴミ置き場は、確かにかなりの広さはあったのだが、周りを林のような木々で囲まれており・・・昨晩は暗すぎてよく見えなかったのだが・・・その木々の間を上手い具合に通り抜ければ、昨日の夜に作業をしていた辺りに、たどり着けるはずなのであった・・・。

我々2人は・・・車だけは林の中へと隠すと、ゆっくりとそちらへと近付いて行き・・・その間じゅう、私のもう一つの武器である、聴こえ過ぎる耳、はフルに活動をして、常に警戒は怠らず・・・そうしてようやく、その地点へと・・・。

・・・しかしそこには、取り立てて何かが有る、という訳ではなく・・・しかしどうやら、廃棄物をおそらく昨晩唸り声を上げていた機械で裁断して、細かく砕いて、その辺りに埋めていたようなのであった・・・。

私とヴァムとは、おそらく使用人の持って来たモノ、がその辺りに埋まっている筈であると・・・注意深く探してはいたのだが・・・なにぶん、それが何なのかが分からず・・・しかしその辺りにある事だけは2人とも、確信があったので・・・時には地面を掘り返したりして・・・その、何か、を必死に、血眼になって探していたのであった・・・。


・・・おそらく、2、3時間は探していただろうか・・・?

ヴァムが何やら・・・不思議そうな表情で、とある鉄屑を・・・見つめていたのだが・・・やがてそれを拾い上げ・・・

「これ・・・見て下さい・・・・! ここに・・・微かにではありますが・・・これ、血の跡じゃあ・・・」

私もその、グジャグジャに砕けてひしゃげて丸まった、金属の塊を手に取ると・・・確かに、そこには赤い液体が、付着していて・・・。

「これだな・・・。・・・お手柄だぞ・・・!」

「でも・・・これが何なのかは・・・」

「まあ、そう諦めるなって。・・・俺に・・・考えがある・・・」

ヴァムはますます不可思議そうな表情で、この私の顔を見ていたのだが、

「・・・とにかく、これを持って、一度署に戻ろう。」

「ああ・・・ハイ。」


そうして今度は・・・助手席にいると却って寝てしまいそうだったので・・・帰りは私が運転をし・・・そういった物には詳しい筈のヴァムは、そのかたまり、を何度も違う角度から眺めながら・・・

「・・・これは・・・もしかしたら、集積回路のような物・・・かもしれませんねぇ・・・」

・・・などと言うのであったが・・・私には何の事かはさっぱり分からず、とにもかくにも、42分署へと、急いで引き上げるのであった・・・。


20


 『捜査課』には・・・なぜか普段は滅多に顔を見せない、署長以下、殆んどの捜査員がいて・・・私とヴァムとが、入って行くと・・・署長がおもむろに、

「・・・残念ながら・・・あの、ハーピーと言う女性は帰したよ。・・・規則なんでね。これ以上は・・・。」

「・・・なんですって・・・!?」

「・・・安心したまえ。ちゃんと尾行はつけてある。今は・・・メデッサとフランキーとがついているが・・・すぐにキューラーとウォルフに交代するつもりだ。それにしても・・・」

ヴァムが、つい今しがたゴミ置き場で見付けた、例のモノを取り出そうとしたのだが、私は咄嗟にその手を止めさせ、

「・・・我々の方は・・・あまり収穫はありませんでした。・・・すみません。」

しかし署長にしては珍しく、少し上機嫌で、

「カルロくん・・・いやあ、お手柄だよ。・・・あの女性が、どちらの屋敷にも、しかも事件の起きた晩に、いたのはほぼ間違いはないな・・・。・・・よく気が付いたな?」

私はこの様におだてられるかの様に褒められる事など、滅多には無かったので、何だか逆に薄気味悪くなり、

「・・・いえ、別に。ただ・・・何となくです。」

・・・と、却って冷淡に返答したのであった。

「そうか・・・しかし口を割らなかったのは・・・私にしても予想外というか・・・なかなか強情な女性だな。」

署長はまた、悩ましげないつもの表情に戻り、

「まあ・・・それだけ重要な情報を握ってるって事ですよ。」

「そうか・・・」

と、言うと、ハーデス署長は、その場で待機していた、キューラーとウォルフに、目で合図をして・・・2人は慌てて出て行ったのだった・・・。

「そろそろ交代の時間ですか・・・?」

「まあ、そうだな・・・。」

「ところで・・・署長・・・」

と、私はこの件を聴くのは今のタイミングしかないと感じたので、小声となり、署長だけを、部屋の隅の方へと、誘導して・・・。

「・・・ロスの件ですが・・・初めから知っていたんですね? なぜもっと早く・・・」

「・・・あれは・・・むしろMBIの方から持ちかけて来たんだ・・・。」

「・・・エッ!?」

「まさか・・・この様な大事件にも・・・関わっているとは・・・その時は予測は出来なかったモンでね。・・・すまんね。」

「いや別に・・・。ただ・・・」

「ただ?」

「今回の捜査が・・・やりづらくなった事だけは確かです・・・。」

「そうだな・・・」

「あ・・・! そういえば・・・パットの奴に会いましたよ。」

「・・・そうか。元気にしてたか?」

「すっかり、政府の犬、みたいになっていましたよ。」

署長はそこで、少しフフと笑って、

「・・・そうかね。まあ・・・また会えるといいが・・・」

「署長からよろしくと・・・言っておきますよ。」

「・・・?」

訝しげな表情の署長だけを残して・・・我々2人もまた、『捜査課』から出て行き・・・とある場所へと・・・。しかしハーデス署長には、それは決して言えない事なのであった・・・。


廊下に出ると、ヴァムが慌てて追って来て・・・

「・・・なぜ署長に、この廃棄物の件を・・・報告しなかったのですか・・・?」

「・・・それはな。」

私はニタリと笑い、

「今から・・・面白い所に案内してやる。・・・お前が好きそうな所だ。」

ヴァムはまた例の『処置室』に連れて行かれると思ったのか、はたまた、ただ単に、私の笑った顔が不気味だったのか・・・まあ、両方なのかもしれないが・・・ともかく、恐々とした表情になりながら・・・しかしただ黙って、温順しくついて来たのであった・・・。


21


 ・・・実を言うと・・・私は事前にある人物に、連絡を入れていて・・・それがまたしてもあの、腐れ縁でもある、パット・デイモン捜査官なのであった・・・。

パットは、一体何事なのかという様な顔で我々を出迎え・・・しかしながら、電話でおおよその用件は伝えてあったので・・・挨拶もそこそこに、とある場所へと・・・私とヴァムの2人を、連れて行ったのであった・・・。

そこは・・・MBIの数ある施設の中でも、科学捜査、の為に特別に造られた建物で・・・我々の署の、『処置室』などとは対照的に、建物内は明るく、清潔感があって・・・そして、一人の日系人らしき男が、白衣を着て、出迎えたのであった・・・。

「こちらが・・・クワバラ技官だ。」

と、パットが紹介すると、その眼鏡を掛けた、小柄な男は割と流暢な英語で我々に挨拶をして、

「・・・どうも。クワバラと言います。生まれはトーキョーですが・・・今はもうこちらの国の国籍になっています。こちらでは・・・主に、科学データの分析や、捜査に必要な情報やらデータベースの管理を・・・担当しております・・・。」

パットは、まるで少し勝ち誇ったかの様に、

「・・・どうだ? お前のトコの・・・切り裂きジャック、とは大違いだろ?」

私はその点だけは、認めざるを得なかったので・・・

「ああ、まあな・・・。」

とだけ、返事をすると・・・パットは私に、

「何でも・・・分析して欲しい物が・・・あるんだって?」

ヴァムは初めてそこで、例の産業廃棄物置き場から持ち出した、金属のかたまり、を取り出して・・・

「もしかして・・・これの事ですか?」

と言うので、私は、

「・・・これが何なのかは実のところ、全く我々には不明と言ってもいいのだが・・・ここでなら、何か分かるんじゃないかと思ってね。昔のよしみで・・・何とか頼めないかな?」

パットは少しもったいつけたかの様に、

「まあ・・・お前の頼みだ。聞いてやっても・・・いいんだけどな。」

・・・そうして奴は、私をその研究室の端の方へと連れて行き・・・

「・・・なあ? やっぱりこういうのは、フィフティーフィフティーといこうじゃないか。・・・お前の持って来た、ソレ、を分析する代わりに・・・ディアブナロの情報を・・・お前は奴が怪しいと睨んでいるんだろ? ・・・だから。もし何か新しい情報が入ったら・・・ともかく、何でもいいんだ。奴の逮捕に繋がる事なら・・・」

私は・・・私には最早選択肢は無いというか・・・正直なところ、あのロスの様に、連邦政府の連中とつるむのは気が引けるのだが・・・今はそんな事を言える様な状況ではない事は・・・痛い程に分かっていたので・・・

「まあ・・・いいだろう。だが、あまり期待はしないでくれよ?」

・・・と、一応念は押したのだが・・・パットはあくまでも強気な様子で、

「・・・なあに、まあ・・・何だっていいんだよ。・・・な? 昔の事もあるし・・・」

私はなぜだか、かつてこの男が相棒であった時の、嫌なイメージというか・・・思い出が一瞬、頭の中をよぎったのだが・・・

「・・・まあいろいろと・・・あるにはあったが・・・お互い様だろ?」

「お互い様だな。」

しかしなぜか奴は、そんな私の気持ちとは裏腹に、嬉しそうにニタニタとしながら、

「こいつの・・・分析結果が出たら・・・連絡するから。・・・なあ、クワバラくん?」

すると、その白衣の小柄な東洋人は、

「・・・あ、はい? ああ・・・おそらくは・・・早くて3日、少なくとも、1週間程は見て頂いた方が、よろしいかと・・・」

「・・・と、いう事だよ。・・・な?」

と、パットは私の肩をポンと軽く叩くと、今度はヴァムに向かって、

「こいつの相棒とは・・・気の毒にな。俺も昔・・・散々な目に合ったモンだ。キミも・・・気を付けたまえよ?」

私はすかさず、

「・・・何が散々だ。・・・お互い様だって・・・つい今言ったところだろ?」

するとヴァムは、この、彼にしたら得体の知れない、捜査官に向かって、気を遣ったのか、

「・・・ええまあ・・・気を付けます。・・・ありがとうございます。」

私は段々虫の居所が悪くなりかけてきたので・・・

「・・・よし、もうそろそろ行くぞ。じゃ、分析の方は頼んだよ? その情報とやらは・・・あまり期待しないで、心待ちにでもしているんだな。」

・・・そうして私とヴァムとは・・・その小綺麗な研究室を出て、建物を後にすると・・・また署の方へと・・・。

しかし私は、ふと、ある事を思い付いて・・・若干、道を逸れて・・・とある場所へと、向かったのだった・・・。


22


 ・・・私の運転する車が、42分署とは違う方向へと、進んでいたので・・・ヴァムは、訝しげに、

「・・・また別の場所ですか・・・? 今度は、一体どこへ・・・?」

「なあに・・・行けば分かるさ。」

私は一旦、路地裏の有料パーキングで車を止め・・・そこからは徒歩で、どんどん、裏路地の中へ中へと・・・そこいら一帯は、いかにも低所得者層が暮らす様な地域で・・・おそらく、おぼっちゃま、のヴァムなどは殆んど来た事がない様な・・・。

・・・それでも一応経済活動は行われており・・・と、いっても、売春やら、違法薬物の取引やら、もちろん、普通に雑貨類や食料品などの、合法的、な物も売られてはいたのだが・・・もし私が、捜査課、では無く、風紀課、の所属であったならば・・・おそらくもうすでに、4、5人は取り調べるか逮捕していた事だろう・・・。

しかしながら、無論の事、今回の目的はその様な事では決してなく・・・むしろ、この様な場所は、捜査をする人間にとっては、格好の、まあ言ってしまえば、様々な犯罪に関する情報を集める場所としては、こういった所が存在しているのも、ある意味、好都合なのであった・・・。

ヴァムは明らかに、かなり戸惑っている様子だったので、私は歩くスピードは速めながら、

「・・・いいか? ここはまあ・・・上手い表現かどうかは分からんが、一種の・・・人種のるつぼ、情報のるつぼ、それと一見、吐きだめの様に見えるかもしれないが・・・まあいわゆる、必要悪、っていうやつで・・・」

ヴァムも戸惑いつつも、理解だけはしていたらしく、

「ええまあ・・・分かります。正直少し・・・戸惑いましたが。」

「早く慣れる事だな。それが・・・優秀な捜査官への早道だよ。」

「・・・覚えておきます。」

我々は、そういった路地裏の、それも一番奥まった場所へと進み・・・するとその先には、一応店舗なのだろうか・・・? 雑然と、ゴチャゴチャとしていて、一見しただけでは、訳の分からない様々な物が置かれた、と言うより、ただ無造作に積み重ねられた、箇所があって・・・。

・・・そしてそこには、一人のとても小柄な老人が、小さな木で出来た腰掛けというか椅子に腰を下ろしていて・・・私は、その老人に、

「・・・どうも。景気はどうです・・・?」

などと、割とお決まりの言葉を投げ掛けると、その老人は、ただ黙って、ムスッとしまま、しかしおもむろに口を開き、

「まあ・・・特にこれといっては・・・。・・・そっちは大変な事になってるらしいな。・・・悪党がいっぺんに2人消えたのは結構な事だが・・・それ以上のバケモノが、入って来られちゃあ、却っていい迷惑だなぁ・・・」

「・・・どうもすみませんねぇ・・・」

私が素直に謝ると、その老人・・・カロン、とこの辺りでは呼ばれていたのだが・・・ほんの少しだけ、ニヤリとし・・・

・・・彼の言う、最初の2人とは、おそらくソーとドール、そしてバケモノというのは・・・ディアブナロの事なのだろう?

「・・・だから。ここにこうしてアンタを訪ねて来たんですよ?」

・・・しかしその老人は、それには答えずに、ヴァムに少しばかり関心があるらしく・・・

「・・・新人かね? 大方・・・エリートのぼっちゃん、てトコかな?」

そこで初めて口を開けて笑い・・・ほんの僅かだが、白い歯を見せたのであった・・・。


23


・・・私は、すぐに本題に入ろうとしたのだが・・・カロン老人は、人を煙に巻く事が好きな性分らしく・・・

「・・・ところで。・・・その‘お山の大将’はなぜ、この様な小さな、何も産業の育たない様な土地に・・・縄張りを築こうとしているか・・・お前さんには分かるかね・・・?」

その質問は実のところ・・・私にではなく・・・ヴァムに向けて、彼の目をじっと見て、訊いたのであった・・・。

・・・しかしながら、赴任したばかりの彼に、答えられる筈もなく・・・。

「・・・ハハハハ・・・やっぱり、エリート育ちのおぼっちゃまくんには・・・無理かのぅ・・・」

・・・と、愉快そうに笑っていたのだが・・・。・・・しかしヴァムは、一体どこでその様な知識を仕入れたのかは、分からなかったのだが・・・

「・・・それはいわゆる・・・地の利、ってヤツですかね?」

するとその、情報通である筈の、カロンは黙ってしまい・・・その新人、は構わず続け・・・

「・・・最初の被害者であるソー氏は・・・地元の建設業を、ほぼ一手に引き受けていますし・・・二番目の犠牲者の、ドール議員は、市議会のハイウェイ推進プロジェクトの、委員長らしいですし・・・。・・・この付近は、大都市と大都市とを結ぶ、その中間辺りに位置していますから・・・」

するとその答えを、全くの無表情というか・・・むしろ不機嫌そうな表情でただ聴き入っていたその老人は・・・突然高らかに笑い出し・・・

「・・・アハハハ・・・おいゾンビ。お前さんにしては珍しく・・・頭のキレる相棒を持ったモンだ。まあ・・・せいぜい署長に感謝するこったな。」

私はやれやれという風に、

「あなたに言われなくも・・・。・・・ところで、本当に、彼の言う通り、この辺りにハイウェイを?」

すると老人は、少しだけ肩をすくめて、

「・・・さあね。そいつは・・・その親分に直接訊いてみたらどうだね?」

「それが・・・そうしたいところなのですがね・・・。MBIの連中が、役人どもが、ピッタリと張り付いているもんですから。」

老人はなぜだか少し嬉しそうに、

「それがヤツらの・・・やり方なんだろ?」

私は、懐から、あらかじめ用意しておいた、封筒を取り出して、カロン老人の目の前に、ポンと置くと・・・彼はその中身をチラリと確認してから、

「・・・で? ・・・何が知りたいんだね?」

私は、優秀な、相棒に向かって、

「ヴァム? ・・・例の、写真を・・・」

「・・・え? ・・・ああ、はい。」

それは3枚の、ディアブナロの屋敷を出入りする、人物の写真で・・・1人目の、使用人らしき男は、

「コイツは、ボスの忠実なしもべの・・・確か名前は・・・ゴールームとか言ったっけかな? まあ、本当に人間の血が流れているんだかいないんだか。」

「どういう意味です?」

「全くの無感情、無表情なのさ。」

「ああ・・・なるほど。」

「あ・・・アンタもだっけ?」

と、私に訊くので、

「・・・私は感情はありますけどね。」

しかし老人は、その言葉は無視して、次の写真を・・・それは例の、美女のもので・・・

「こいつは・・・ボスの愛人の、ルクロ・・・何とかって言う・・・ルーシーって普段は呼ばれてるよ。」

「・・・なるほど。さすが、詳しいですね。」

しかしその、まるで生き字引の様な老人の目も、3枚目でピタリと止まり・・・じっと、しばらく何かを思い出すかの様に、見ていたのであった・・・。

「この女は多分・・・中国系で・・・。名前は確か・・・シー・キョン、とかいう・・・。・・・だが、このワシにも、正体は不明だな。」

「そんな事も・・・あるんですか?」

老人はまるで、開き直ったかの様に、

「そんな事も、あるんだよ。このワシは・・・あいにくと、神ではないもんでね。」

「私はそういったものは・・・信じないタチでして。」

「ああ、そうだったな。・・・むしろ、恨んでるぐらいじゃないのかね?」

カロンは、からかい半分に、そう言ったのだが・・・

「中国系・・・MBI・・・」

私が何やら無意識的に、ブツブツと呟いていると、その知恵袋的人物は、

「もしこのワシなら・・・その、愛人から攻めるね? 別に、美人だから、ってワケじゃないが。」

私の用件は、とりあえずはそれだけだったので・・・

「ご助言・・・ありがとうございます。まあ・・・検討は、してみますけどね。」

老人はなぜだかほんの少し、興奮するかの様に、

「まあ、気を付けるこったい。・・・もう1人、あの屋敷には、腕っぷしだけはやたらと強い奴がいるからな。」

「ありがとうございます・・・。・・・よし、行くとするか。」

・・・と、隣で必死に、スマホにメモを取っていた相棒に言うと、

「あ、ハイ・・・」

するとその、裏通りの一番奥の、自称、何でも屋、である老人は、最後に一言、

「まあせいぜい、気を付けるこったね。・・・新人くん・・・」

「あ、ハイ・・・?」

「・・・アンタの相棒は、もうすでに一度死んでるから正直どうでもいいが・・・命は大切にしないとな。若いうちはとかく・・・無茶をするモンだ。」

「私は・・・大丈夫です・・・!」

するとその老人は、路地の奥の奥で、いつまでも高笑いをしていたのであった・・・。

私とヴァムは、それには構わず、車へと・・・元来た道を、若干道順があやふやになりながらも、戻るのであった・・・。


24


 そのまるで一歩間違えば、スラムさながらな、雑然とした狭苦しい場所から、車に乗り込んで署へと帰る道すがら・・・今度はヴァムが運転していたのだが・・・彼は彼なりに、気になった事を、一つ一つ自らも、頭の中で整理するかの様に、上げていったのだが・・・

「・・・で。・・・どうします? やはりあの老人の言う通り・・・その何とかって言う・・・愛人から行きますか?」

しかし私は、

「・・・いや。それはまだだ。」

「・・・なぜです?」

「それだと・・・ディアブナロに、こちらの存在をモロに悟られてしまう。それに・・・」

「・・・例の、役人たちですか?」

「まあ・・・そんなところだ。今はあいつらも、張っている事だしな。」

「じゃあ・・・一体次は何を?」

「お前が調べた・・・例のゴー・・・何とかは、何度もあの、ゴミ処理場に行っていたんだろ?」

「ええまあ・・・。」

「・・・よし。まずはそこからだ。」

「ええ・・・」

「まだあそこには、何かが埋もれている様な気がする。」

「・・・なるほど。」

・・・そうこうしているうちに、我々はまた、42分署へと着いて・・・『捜査課』では、今度はキューラーとフランキーの2人を除く、捜査員、と言っても、メデッサとウォルフだけがいて・・・ウォルフは、奴にしては珍しく、疲労困ぱいした様子で・・・そしてメデッサも、同じく疲労感は隠しきれず・・・

「例のコールガールは・・・進展無しか?」

「・・・ええ。いつもの通り、いつもの仕事に出掛けて・・・」

ヴァムがふと、

「売春は・・・非合法の筈じゃあ・・・。それでまた、引っ張って来るのは・・・」

私はすかさず、

「それだと・・・同じ事の繰り返しだぞ? 逮捕して、黙秘・・・そして釈放、堂々巡り・・・まだ逃げられないよりマシな方さ。」

「なるほど・・・」

するとウォルフが、疲れてイライラしていた事もあったのか、突然に大声で、

「・・・お前たちは・・・! どこ行ってたんだ・・・? たまにはオレらと・・・代わらないと不公平じゃないのか・・・!?」

私は何だか、珍しい事もあるもんで・・・その時はなぜだかウォルフたちに少しばかり同情してしまい、

「ああ・・・まあ、そうだな。・・・今キューラーたちはどの辺にいるんだ・・・? 何なら・・・代わってやろうか・・・?」

などと言うと・・・するとウォルフは、私の返答が予想外だったらしく、少し口ごもりながら、

「・・・ああ、まあ・・・今交代したばかりだからな。・・・次の時でも・・・」

それだけ言うと、デスクの上に突っ伏して、そのまま、大きなイビキをかいて寝入ってしまったのであった・・・。

私はメデッサにも、

「・・・済まんなぁ・・・地味で疲れる仕事は、キミらに任せてしまって。」

「・・・いいのよ。ところでそっちは・・・進展はあったの? 証人とか、目撃者とかは・・・?」

「まあ・・・無くにはないが・・・。チンプンカンプンでね。・・・俺は誰かさんと違って、理工系じゃないもんだから・・・いわゆる、ゾンビ系・・・ナントカ工科大卒では・・・」

すると突然、ヴァムが何かを思い出したのか、大声を上げたのであった・・・。

「あっ・・・!」

「・・・どうしたんだ? 家のカギを・・・閉め忘れたか?」

しかしヴァムはあくまでも真剣な表情で、

「そうじゃないんです・・・そうじゃ・・・。あの・・・中国系とかいう女性・・・どこかで見た様な雰囲気だと思ったら・・・」

「・・・何? 女性って・・・?」

「私の卒業したTITの助教授で・・・確か名前は・・・スーとかいう・・・。・・・ナンシー・スー、そうです・・・! スー元助教授です・・・!」

「・・・元? ・・・辞めたのか?」

「いえそれが・・・突然姿をくらませて・・・学生たちは皆、失踪でもしたんじゃないかと、一時話題になったんですが・・・」

「その元助教授の、専攻は?」

「確か・・・ロボット工学と電子工学と人工知能、つまりは今流行りの、AI、ってヤツですね。」

AIに・・・廃棄された集積回路に・・・

「何だか・・・いろいろと繋がって来たな。」

ただ一人だけ、蚊帳の外だった、メデッサが、少しうろたえながら、

「・・・エッ・・・えっ・・・何? 何なの・・・? ちょっと・・・! 私一人だけを置いて行かないでよ・・・!」

私はふと・・・机の上に顔を載せて、大いびきをかいている、ウォルフの方を見やり・・・そうしてメデッサに、

「・・・お前も来るか? 今ならまさに・・・寝た子は起こすな、だな。」

メデッサはただの娼婦の尾行などという・・・重要ではあるが、とても退屈な・・・仕事からは解放されると分かって、少し小躍りしたのだった・・・。

「・・・そう来なくっちゃ・・・!」

・・・そうして我々は・・・再び例の・・・町外れの、産業廃棄物置き場、へと・・・車を走らせたのであった・・・。


25


 ・・・メデッサは我々の言われるがままに、そちらの方向へと・・・しかしやはり、開放感からか、少し高揚している様で・・・

「・・・オイオイ、警察車両が、スピード違反で捕まったなんて・・・シャレにならないからな・・・?」

「・・・分かってるわよ・・・」

・・・ようやく彼女は、だんだんと落ち着いて来たのか、車のスピードを徐々に、落としていって・・・

ヴァムがふと、

「・・・今回は、ちょっと厄介ですね・・・」

「ああ・・・前回と違って、真っ昼間だからな・・・こちらの動きが丸見えだ・・・。」

ヴァムは手にしている、タブレットの様な物で、何かを検索している様なのであった・・・。

「・・・あ! ・・・ありました。・・・廃品業者を、おそらく統括しているのは・・・スレイラーという男で・・・」

「・・・どうやって調べた・・・?」

「それは・・・今はまだ、秘密という事に・・・しておきましょう・・・」

メデッサが、今は車を慎重に運転しながら・・・なぜだか少し嬉しそうに言うのであった・・・。

「・・・アンタも・・・意外と違法な事とか・・・するのね?」

「まあ・・・相手が相手ですからね。・・・同じリングの上で闘わないと。」

「・・・上手い事言うな。」

・・・などと、私は感心している場合ではなく・・・何かうまい方法を・・・

「・・・よし。例の手で行こう。」

「例の手・・・?」

「・・・そうだ。せっかく・・・メデッサも連れて来たことだし・・・」

「・・・ちょっと! もしかして初めっから、この私を、ダシに使うつもりで・・・!」

「い、いや、そうじゃなくて・・・」

私は必死に弁明したのだが・・・一度頭に血が上ってしまった彼女ほど、手に負えない人間はおらず・・・

「・・・分かったよ。とにかくここは・・・頼むよ・・・! ・・・分厚いビーフステーキと・・・特上のワインを奢るからさ・・・な?」

「・・・ヴェジタリアンになる計画もあったんだけど・・・しばらく先延ばしにするわ。」

「・・・済まない!」

「ただし・・・彼付きで、頼むわよ?」

・・・と、ヴァムを、ご指名、したのであった・・・。

「・・・えっ?」

「・・・ご指名だとよ。仕方がないな。まぁ・・・彼を煮るなり焼くなり・・・好きにするがいいさ。」

するとメデッサは、そのアングリと口を開けて、ただ訳も分からず呆然としていた、獲物、にまたしても色目を使いながら・・・

「・・・煮たり焼いたりは・・・しないわよ?」

「・・・じゃあ決まりだな。」

「ちょっと・・・!」

ヴァムの奴にも・・・無論、選ぶ権利はあったのだろうが・・・そんな事は、今の私には関係のない事なので・・・

「まぁ、諦めるんだな・・・捜査の為だ。お前も早く・・・ホシを挙げたいだろ?」

「ええ、まあ・・・」


・・・そのおよそ15分後・・・覆面車は林の中へと隠すと・・・先日重機が稼働していた場所からはやや離れた、粗末なプレハブ造りの小屋、の様な所がおそらく、メインの事務所であると思われたので・・・そこにはメデッサが向かい・・・私とヴァムとは・・・じっと、木の陰から、先日も例のディアブナロ邸から出たと思われる、集積回路らしきものが埋まっていた、辺りに目を付けて・・・そうしてじっと・・・メデッサと何人もいる、いかにも屈強そうな男たちが、ほとんど全て出て来るのを・・・待ち構えていたのであった・・・。


メデッサは・・・実はこの手は前にも使った事はあったのだが・・・生憎、その時は上手く行かず・・・しかし彼女はその時の失敗を生かして・・・タップリと自分へと注意を引きつけ・・・完全におそらくその小屋、の中にいた全員が自分の方向だけを見ていることを確認し・・・彼女は表向きは、違法な物が捨てられていないかという、抜き打ちの査察の名目で・・・そうやって、なるべく時間を稼いで・・・。

 ・・・私とヴァムとは、今ここぞとばかりに、林の中から出ようとした、その、次の瞬間・・・。


26


 ・・・私はすっかりメデッサとプレハブ小屋の方へと、気を取られていたのだが・・・ふと、背後に気配を感じ、振り向くとそこには・・・イカツイ体型の、しかし背はあまり高くはない、一人の、建設作業員が着る様な制服を着た・・・そしてその胸に付いていた名札には・・・T・スレイラー主任、と・・・。

その男は何も言わず、いきなり掴みかかって来たので・・・私はただ、応戦するしか他に選択肢は無く・・・。

私とその、スレイラーとは・・・互いに掴みかかったり、殴りあったりしながら・・・私はヴァムに、

「・・・行くんだ・・・! ここは俺が・・・何とかする・・・!」

スレイラーは、不敵な笑みを浮かべながら、

「・・・何とかするだと・・・? 何とかなど・・・させるか・・・!」

私はその、まるで産業廃棄物業者とは思えない様な・・・玄人のパンチをまともに何発も食らい・・・まあ、これが普通のケンカならば、おそらく私はとっくのとうにボコボコにされて・・・あくまでも、普通のケンカならば、の話なのだが・・・。

何しろ・・・私は自分で言うのも何なのだが・・・普通ではなく・・・とっくのとうに死んで、本当は今頃は墓石の下に眠っている筈の人間であったので・・・その様な、所詮は人間のちょっとぐらい、喧嘩が強い男が放ったパンチなど・・・何発食らったとしても、全く平気というか・・・おそらく、見た目には私の顔は、その男の拳の痕がつき、ボコボコと凹むか、グチャグチャに歪んでいたに違いないのだが・・・おそらくそれは、相手から見ても、相当に気色の悪いものには違いなかったのであろうが・・・私にとっては、せいぜい普通の人間が、蚊に刺された程度の痛み、いや、その様な衝撃すらも無く・・・そもそも痛覚というものが、麻痺してしまったのだろうか?・・・その腕っぷしだけは強い、スレイラーという男は、むしろだんだん殴る事に疲れてきて・・・そうして、私の方は全くその様な事は無かったのだが、ゼエゼエと、息も次第に荒くなってきて・・・おそらくだが、彼にしてみても、何が目の前で繰り広げられているのかが分からなかったと言うか、理解不能になっていたのは明らかだったので・・・私はむしろ、何だか徐々に気の毒にさえ思えてきて・・・。

・・・そうしてふと、横目で少し離れた場所で、地面を所構わず掘り起こしている、ヴァムを見てから、

「・・・なぁ? ・・・一つ訊いてもいいか?」

その、スレイラーという男は、もう完全に息が上がってしまっていて・・・完全に立ち止まったまま、小休止している状態なのであった・・・。

奴は、肩で息をしながら、

「・・・なんだ? ・・・この化け物めッ・・・! ・・・歯が一本、口からはみ出ていやがる・・・!」

「お前は・・・自分がもし死んだら、地獄に行くと思うか・・・? それとも、天国か・・・?」

奴はまだ、肩で息をしながら・・・

「・・・さあな。俺はそういった事は・・・全く信じないモンでね。」

「・・・俺も全く同意見だよ。」

・・・と、言い終わるが否や、私は奴の、スレイラーのみぞおちに、拳を一発、お見舞いして・・・ゴスッ、みたいな鈍い音がしたかと思うと・・・スレイラーは、膝からガクガクと、崩れ落ちる様にして、地面に倒れて伸びて・・・動かなくなってしまったのであった・・・。


27


・・・ふと、ヴァムとメデッサの方を見ると・・・ヴァムはまだ、探し物が見付からないらしく、そこいら一帯を、辺り構わず掘り返していたのだが・・・どうやらメデッサの方がもう限界の様で・・・私は合図をして・・・携帯を数秒、鳴らして切ったのだった・・・。

そうしてヴァムの方へと、近付いていったのだが・・・私はここで、致命的というか、単純なミスをしてしまった事に気が付き、ふと背後を振り返ると・・・もうすでに目を醒したスレイラーが、誰かに電話をしていたのであった・・・。

私はそこで改めて、奴の携帯を奪わなかった事を後悔し・・・しかし、後悔先に立たず、で・・・私は慌ててとって返し、奴の腹に数回蹴りを入れると・・・携帯をようやくそこで取り上げて・・・グシャグシャになるまで、踏み潰したのだった・・・。

・・・そして、ヴァムの所まで走って行き・・・すると奴は何をしているのか、細かいプラスチックが砂の様に砕けた様な物を、必死にかき集めていて・・・私が慌てて走って近付いて行き、よくよく見ると・・・奴はそれを、他に入れる場所も無いらしく、自分のジャケットのポケットの中へと・・・

「・・・おい! ・・・もうあまり遊んでいる時間はないぞ・・・! それは一体・・・何のつもりだ・・・?」

奴は必死に、普段のクールな物腰とは打って変わって、汗をかきながら、その、砂の様になった、モノをポケットに入れていて・・・。

・・・すると、ようやく我々の存在に気が付いたのか、見るからに肉体労働者、といった感じの、先程までメデッサが相手をしていたスレイラーの手下どもが、ゾロゾロとこちらに向かって近付いてきて・・・

「・・・おい! ・・・もう行くぞ・・・!」

ヴァムはそれでも、まだ飽き足らないらしく、普段見た事のない様な形相で、その砂、をかき集めてはポケットに入れ・・・ようやく上着のポケットが満杯になると・・・それとほぼ同時に、一台の小綺麗な、磨りガラスの乗用車がプレハブの小屋の前で、キキィ・・・と、急ブレーキを掛けて止まり、中からはあの、ディアブナロの屋敷の中で一度だけ見た、どう見てもその筋の人間にしか見えない・・・後で知った事だが、名前は、ブローディというチンピラ上がりの・・・男がかなりのご立腹の様子で下りて来て・・・

私は特殊な能力というか・・・その人物を一目見ただけで、大体の肉体の強さやら、腕力なども、分かる様になっていたので・・・

「ま、まずい・・・! いくらこの俺でも・・・アイツとまともに闘ったら、首から上が、丸ごと吹き飛んじまうぞ・・・?」

私は、慌ててヴァムを立たせると、走って林の中へと逃げ・・・するとさすがはメデッサがもうすでに、車に乗り込んでエンジンを掛けて、いつでも発進できる様にと、待ち構えていたのであった・・・。

私とヴァムとは、すぐにそれに乗り込むと・・・メデッサは私の顔を見て、

「ちょっと・・・顔が少し、歪んでない? 私の気のせいかしら・・・?」

などと言うので・・・どうやらスレイラーから食らったパンチのせいで、顔自体が、まだ若干、変形していたらしく、私はそれを元通りに直しつつ・・・歯だけは、何とか元の位置に戻していたのだが・・・。

・・・そうしてメデッサの運転する車は、林の中から勢い良く飛び出して、彼女はアクセルを、思い切り踏み込んだまでは良かったのだが・・・生憎と、その辺りの地面には、腐ったゴミが絡みつく様に・・・加えて、その下はおそらく、ヘドロの様な状態になっていて・・・タイヤは空回りをして・・・そうこうしている間にも、その、チンピラの親分の様な男を先頭に、ゾロゾロと・・・私自身がこう言うのも気が引けるのだが・・・まるでゾンビの群れ、大群の様にこちらに近付いて来て・・・。

・・・一人の若い、丸刈り坊主頭の痩せて小柄な男が、金属バットの様な物を振りかざしつつ、覆面車のフロント部分まで飛び出して来て・・・ガラスを叩き割ろうと、バットを思い切り振り下ろしたのだが・・・その男にとっては誠に残念な事に、現代の最新技術で加工された強化ガラスは、そう簡単には割れずに・・・メデッサがこめかみの辺りに血管を浮き立たせながら、思い切りアクセルを踏み込むと・・・車は急発進をして・・・その斬り込み隊長、いわゆる鉄砲玉の若い男は、そのゴミとヘドロの海の中へと跳ね飛ばされて・・・ゾンビの様な群れである、残りの奴らも慌てて走って追って来たのだが・・・無論の事、あっという間に私たちからは後方へと、見えなくなり・・・。

私にはただ、何しろ視力が通常の人間の10倍近くはあるので・・・ブローディという男が、誰かに・・・おそらくはディアブナロその人、なのだろうが・・・電話で報告を入れているのが、米粒の様な状態になっても、しばらくの間はしっかりと見えていたのであった・・・。


28


 ・・・数時間後、我々3人は、例のMBIの研究所、ラボにいて・・・クワバラ技官から、先日の件についての分析結果の、説明を聴いているところなのであった・・・。

「・・・私がお二人から例の金属の塊を預かり、詳細に調べましたところ・・・やはり、集積回路の成れの果て、の様でして・・・」

そういった事には詳しい、ヴァムが尋ねた。

「それは具体的には・・・どういった役割をする物なのですか・・・?」

クワバラ技官は、一つ咳払いをしてから、

「・・・まあ、平たく言うと・・・今流行りの、AI、ってやつですかね? ・・・ごく初歩的で、単純な構造の物ですが・・・おそらくは、これ自体は指示を出す、親機、の様な物で・・・子機、にあたる物が、ある筈なのですが・・・」

「・・・なるほど。」

ヴァムは一応納得した様なのであった・・・。

私とメデッサには、実のところ、チンプンカンプンというか・・・上手い具合に頭の中で、殺人事件とは全くと言っていい程、結び付かなかったので・・・

「それはつまり・・・事件とはどういった・・・」

するとその私の言葉を遮る様に、ヴァムが、先程の、砂の様に砕け散った元はプラスチックであろう、物をジャケットのポケットの中から取り出して・・・

「・・・すみません。何か・・・もし、これを入れる容器があったら・・・」

クワバラ技官は、咄嗟に、ビーカーやらトレーの様な物と、何枚かのビニール袋を持って来て、そのプラスチックの粉、を詰めながら、

「これは一体・・・どちらから?」

ヴァムは少し気分が高揚している様にも見えて、

「・・・この集積回路のあった場所と、同じ所で・・・」

「ホゥ・・・」

やはり同じ理工系は、ウマが合うのか、途端に興味を示して、

「実はこれについても、調査をお願いしたいのですが・・・」

と、ヴァムが言うと、クワバラ技官も、元よりそのつもりだったらしく、

「ええ、分かりました。ですが・・・これは状態が状態だけに・・・少しお時間を頂いてしまうかもしれないのですが・・・?」

「それは一向に構いません・・・! 是非よろしくお願いします・・・!」


・・・我々3人は、その研究所を出て、車に乗り込むところだったのだが・・・私とメデッサには、事件との関連性がサッパリだったので、

「・・・なあヴァムくん、なんかキミだけは一人だけ先に進んでいる様なのだが、我々文系の人間にも、分かる様に、説明してくれないかな・・・?」

するとメデッサが、私に、

「あなたはゾンビ系でしょ? ・・・人間でも無いし。」

などと、ジョークなんだか、皮肉なんだか・・・もしかしたら両方だったのかもしれないのだが・・・言ったのだが、ヴァムは生真面目に、

「・・・ええ、分かりました。・・・じゃあ、署に帰る車の中で・・・」


29


 ・・・『捜査課』には、署長を含め、フランキーを除く全員が勢揃いしていて・・・彼だけは、相変わらずハーピーを、根気強く張っているのであった・・・。

署長が、待ちきれないといった感じで、

「・・・で。分かったのかね? ・・・全ての事件の謎が。」

一番若い、新人のヴァムが、説明をしていて、

「・・・全てという訳ではありませんが・・・少なくとも、密室の謎だけは。」

「ヘェ・・・ちゃんと証明出来るんだろうな?」

相変わらず嫌味ったらしいキューラーが言うのも、気にせず彼は、続けるのであった・・・。

「犯人の、やり方はといいますと・・・密室となっていたあの部屋に・・・まずはあらかじめ、レゴ、のブロックをおそらく大量に、持ち込んでおきます・・・」

「なんだって・・・!?」

ウォルフが、奴の声ではない様な、甲高い声を思わず上げたのだった。まあ、私も奴と同じ立場だったならば、もしかしたら、もっと驚いていたかもしれないのだが・・・。

「・・・そして、おそらくそれと一緒に、集積回路・・・それはいわゆるAIの類いなのですが・・・しかし構造自体は極めて単純な・・・」

「・・・レゴだって? 子供のオモチャで・・・大の大人を殺すのか・・・!?」

奴が驚いたのも・・・まあ、無理もない事なのではあった・・・。しかし、ヴァムは構わず続けて、

「・・・そして、あらかじめ時間を設定してあったのでしょう・・・? その時間になると、AIが指示を出して・・・ブロックが自動的に組み立てられて・・・殺人マシーンの姿に、おそらくは・・・」

「推測ばっかりだな。そんな突拍子もない話じゃあ、陪審員や裁判官は、納得させられないぞ・・・?」

キューラーの言う事も、珍しくもっともな事なのであった・・・。その様な・・・話を一体誰が・・・。

「ウ〜ン・・・」

署長もやはり、唸ってしまったのだが・・・そこで私が、待ってましたとばかりに、助け船を出したのであった・・・。

「署長・・・! こういう時の為に、オトリ捜査というものが、あるじゃないですか・・・? 我が国には。・・・それであの、悪魔の様な奴を・・・追い詰める事が・・・」

「・・・出来るのかね?」

「ええ、たぶん。」

「多分じゃなぁ・・・」

署長は頭を掻きつつ、キューラーも、

「多分じゃ逮捕は出来ないぞ? 大体・・・」

しかし署長は、その計画、には興味はあるらしく、

「しかし・・・いったい誰を・・・。・・・つまりはオトリ捜査ならば、誰かを潜入させるか、それが無理なら、少なくとも、奴らの中に、こちら側の協力者がいない事にはな・・・」

「・・・そうだな。・・・そりゃ無理な話だ。」

今度はウォルフが、打って変わって物凄いダミ声で言ったのだが、私はというと、そこで、ニタリ、と笑って・・・。


30


 ・・・実はそれよりおおよそ2時間ほど前の事・・・私は一人で、町外れのカフェで、ある男と会っていて・・・その男の名は、フレディ・エルムストリート、といい・・・職業は探偵なのであった・・・。

そしてその依頼人はというと・・・何とあの、ディアブナロの愛人だという、ルクロフィリア、つまりは通称、ルーシーと呼ばれている、少なくとも写真で見る限りは、かなりの美女なのだが・・・エルムストリートは、私にだけは明かしたのだが・・・実は彼女の生家というか、両親は今でもヨーロッパの、それもかなりの名家で、実のところ彼自身は、その両親から依頼を受けて、現在の娘の状況を、調査中との事なのであった・・・。

しかしながら、エルムストリートは、やはりこの業界でもうかなり長い事生き抜いて来た事もあって、一筋縄ではいかないクセ者で、私に向かってほんの一握りの情報だけを提示してから、ニヤけた表情で、その先を続けるのであった・・・。

「・・・つまりはですよ、ゾンビラーノ捜査官。・・・実を言うと、あなたの噂はかねがね、伺っておりましてね・・・」

「・・・何の噂だね?」

奴はますますニヤニヤとしながら、

「・・・いろいろとね。あなたがまだ・・・その様な姿になる前からの話も・・・いろいろと・・・お分かりでしょう? 私の申し上げたい事が。」

「脅すつもりかね? 現職の警察官を。」

エルムストリートは、その時点では、全く何を考えているのかが分からず・・・そもそも、私の携帯に連絡をして来たのは、奴の方なのであった・・・。どの様に、番号を知ったのかさえ、不明だったのだが・・・。

「私は先程も申し上げました通り・・・ただ依頼人である、ご両親の指示通りに、動いているだけでしてね。」

「・・・なるほど。・・・で? ご両親は何と?」

しかしそこでエルムストリートは、指をパチンと鳴らして、ウェイトレスを呼び・・・何かはよく分からなかったのだが、飲み物を注文していたのであった・・・マッタク、その様に呼ばずとも、すぐ目の前のテーブルの上にインターフォンというか、ボタンがあるではないか・・・。

しかし私は、そのボタンには全く気が付かぬフリで、

「・・・あなたの狙いというか・・・それが私には全く・・・」

奴はそれにはすぐには答えず・・・どうやら飲み物が運ばれて来るのを、待ち構えている様なのであった・・・。

そして・・・透明のグラスに入った、それ、をウェイトレスがテーブルに置くと、おもむろに手に取って、飲み始めたのであった・・・。

私は、

「それは一体・・・何です? ・・・私も頼もうかな?」

しかし奴はあくまでも、私の質問をはぐらかしたいのか、

「・・・全て知っていますよ? ・・・あなた方が、あの例の・・・大物をアゲたいのを。・・・しかし、それには・・・」

私はもはや苦笑いするしかなく、

「・・・なるほど。分かりました。・・・で、あなたの要求は? ・・・あるんでしょう? あるからこうして・・・私を呼び付けたのでは?」

奴はストローで、ジュジュゥッ・・・と音を立てて、その飲み物を最後まで飲み干すと・・・ようやくいくらか真剣な表情となり・・・

「・・・証人保護プログラム・・・というのがあるでしょう・・・?」

「・・・ええ・・・まあ・・・。・・・それが何か?」

そして彼は、ほんの少しだけ身を乗り出す様にして、

「それを・・・私の依頼人の対象者、つまりは、ルーシーに・・・」

「話す内容にもよりますね。」

・・・と、私はあえて、にべも無く答えたのだが・・・どうやらそれでも話を続けたところを見ると、奴の話は、大真面目な提案の様なのであった・・・。

エルムストリート氏の話を要約すると・・・要するに、最近、ルーシーとディアブナロの仲はしっくりいってはいないらしく・・・どうやら、英雄色を好む、なのか、まあ、私に言わせれば英雄でも何でも無かったのだが・・・だが一部の人々からは、貧しい境遇から這い上がって巨万の富を手に入れた彼を、英雄視する者たちもいるにはいて・・・それはともかく、彼はルーシーに飽き足らず、高級コールガールのハーピーはもちろんの事、例の、スーなんとか、とさえ、ベッドを共にしているらしく・・・ともかく、その様な有り様なので、ルーシーは別れたがっているらしいのだが・・・そこはやはり、一度手に入れたものは手放したくは無い、というのが人間の性で・・・しかもルーシーはおそらく、ディアブナロの犯罪計画のかなりの部分を知ってしまっているので、何度か逃げ出そうとするたび、あの例の、ブローディとかいう、おそらく私でさえ敵わない、腕っぷしの強い男に連れ戻されて・・・しかし何とか隙を見て、大陸にいる両親に手紙を送り、助けを呼んだ・・・というのが、この探偵の雇われた経緯らしいのだった・・・。

私はその話を、ただ黙って聞いていたのだが・・・

奴はまた、ほんの少しだけニヤけながら、

「・・・どうです? あなた方にとっても、悪い話ではないのでは?」

私はどこまで、この男の話を信じていいのか考えあぐねたのだが・・・ここは一つ、探りを入れてやろうと・・・そして・・・

「・・・つまりは、あなた一人では、手に負えない、って事ですかね? 何せ・・・相手はあの、悪魔の様な、ディアブナロですからね。」

すると次の瞬間、その名探偵、のニヤけ顔は途端に真顔になり・・・その反応を見て、私はこの話が信憑性のあるものだと、ほぼ確信したのであった・・・。

しかし彼はあくまでも、弱味は見せたくはないらしく、

「まあ・・・俺一人でだって解決は出来るんですよ? ・・・ですが。ここはあなたを見込んで、あなただからこそ・・・」

私は即座に、

「いいでしょう。・・・保護プログラムの件は、きちんと上司には報告をしておきます。」

するとその答えで一応満足したのか・・・奴はただ、またニンマリと笑ったのだった・・・。


31


 ・・・と、ここまでのそのエルムストリートとの経緯を、署長をはじめ、そこにいた全員に話すと・・・署長はしばらく、ただ黙って考えていたのだが・・・なぜかキューラーが先に口を出して、

「そんな話を・・・信用出来ると思うか? そんなシロウト探偵の話など。どうせ・・・」

すると、そこでようやくハーデス署長は、なぜか新人のヴァムに、

「・・・キミはどう思う?」

すると、先輩である、ウォルフがいきり立って、

「・・・なぜコイツに訊くんです?」

すると署長は、ヴァムが先程から手にしていた、タブレット端末を見ながら、

「・・・何か分かったんだろう・・・? ・・・何か調べていたんじゃないのかね? ・・・それをみんなに、話してはくれないかね?」

ヴァムはやや、戸惑いつつも、

「あ・・・ハイ。・・・今調べましたところ、そのルーシーという女性の実家は、確かにヨーロッパの名家でして・・・しかもおそらく、今でもかなりの資産家です。」

「・・・おそらくだって?」

と、キューラーが茶々を入れたのだが、ヴァムは全く動じる事はなく、

「・・・それと、彼女、つまりはルーシーが、この国にやって来たのは、女優になりたいという夢があったらしく・・・しかし何のツテも無く、家出同然でやって来たので・・・そこをあの、ディアブナロに拾ってもらった様です・・・」

「その情報は・・・どうやって調べたんだ?」

私の記憶では、全くの機械音痴であったウォルフが、唸る様な声で訊いたのだった。

「それは生憎・・・今はまだ言えません。・・・すみません。」

するとキューラーが、彼にしては珍しく大きな声を出して、

「・・・怪しいモンだね! ・・・そんな情報は・・・!」

するとメデッサがフォローに回り、

「まあ要するに・・・現職の警官が見てはいけない・・・っていうやつなのよね?」

ヴァムは黙って困り顔だったのだが・・・そこでようやく署長が、おもむろに、

「・・・よし。いいだろう。キューラーくん?」

「・・・ハイ?」

「それとも何か・・・他にいい方法はあるかね?」

その言葉を聞くと・・・さすがのヤツも、黙ってしまったのであった・・・。

署長は続けて、

「・・・もし仮にだ。その探偵の言っている事が正しいとすると・・・早く行動に移さないと・・・そのルーシーという女性も、次の犠牲者になりかねない。・・・じゃないのかね?」

そこで私が、

「蛇足ですが・・・奴は、エルムストリートは、2週間後にヨーロッパ旅行の予約を入れていましたよ。おそらく・・・この件が片付いたら、その報酬で、しばらくゆっくりヴァカンスでもしながら、身を隠すつもりなんでしょう。・・・ッタク、抜け目の無い奴です。」

「・・・ウグッ・・・なるほどぉ・・・。」

・・・この言葉を聞いて、ウォルフまでもがどうやら、妙な呻き声を上げながら、こちら側に、ついた様なのであった・・・。

そこでキューラーもようやく、諦めというか、踏ん切りがついたらしく、

「・・・で、どうするんです? オトリ捜査と言っても・・・一歩間違えたら・・・」

「ああそうだな・・・」

慎重な性格のハーデス署長は、その場にいた5人の捜査官たちと、綿密な計画を・・・練り始めたのであった・・・。


32


 ・・・その翌日から、我々42分署の『捜査課』一丸となって・・・おそらく私の記憶では・・・この様に全員が一致協力した事など・・・かなり古い記憶も辿ってみたのだが・・・まあ、もっとも、この様な凶悪な事件自体が、おそらく初めての事だったので・・・。

・・・そして、署長自らが中心になって立てた計画により・・・二人ずつが組となって、ヴァムとメデッサはルーシーを、私とフランキーとは、そのルーシーが外へと出掛けるたびに、後を付けるブローディとゴールームを、そしてハーピーもおそらく、レゴを運び込んだのは彼女には違いはなかったので、重要な容疑者の一人であり・・・なぜか貧乏くじを引かされたとでもいう様に、ブツブツと文句を言っていたキューラーと、その相棒、を今やなだめるまでに成長した、ウォルフとが・・・それぞれ見張りにつき・・・署長が全ての指揮を執って、どうにかしてブローディらを、怪しまれずにルーシーから引き離して・・・こちら側、に付けるのかが、最大の問題なのであった・・・。

 ・・・その日も・・・晴れていい天気だった・・・。・・・ルーシーは、いかにも高級そうなドレスに身を包んで、出掛けたのだが・・・やはりその後を、数10メートル背後で、ブローディと、ゴールームとが・・・その二人をさらに、私とフランキーとが後を付け・・・。

・・・ルーシーの向かった先は、近所の郵便局で、おそらくは自分の手紙を、両親に届ける為か、もしくは・・・私はふと、道路の反対側に、エルムストリートが建物の陰で、もたれる様にして、彼女を見張っているのを見付け・・・一応仕事はしているのだな?・・・などと、つまらない事を考えていると・・・奴の方でも私の事を見付けたらしく・・・と、いうのも、フランキーが身長が2メートル以上はあるので・・・否が応にも目立ってしまうのであった・・・その‘有能な’探偵は、私に向かって指を差して、挨拶をしたのだったが・・・こちらとしてはいい迷惑で・・・私は睨み付けつつ、あえて無視をしたのであった・・・。

そうこうしているうち・・・私の10,0の視力によれば、彼女はどうやら、郵便局の中で、数通の封書を受け取っている様なのであった・・・。

しかしおそらくは、ブローディたちも外で待っていたので、その様子は私にしか分からず、私は無線で、メデッサとヴァムにその事を告げたのであった・・・。

・・・そしてどうやら用件はそれだけだったらしく・・・彼女はほんの十数分で表に出て来て、また大通りを歩き出し・・・しかしその様子からして、尾行を警戒しているのは明らかなのであった・・・。

私は、どこかで見張っているであろう、署長に無線で、

「・・・どうします? 今なら・・・後ろの連中を引き離せますが? ・・・力づくにはなりますが・・・。」

すると・・・ほんの少し間があってから・・・

「・・・よし。・・・やるか。もしかしたら・・・もうあまり時間は、残されてはいないかも知れないからな・・・?」

・・・その署長の言葉を聞いた途端、全捜査員たちに、思わず緊張が走って・・・しかしながら、まるでそれに喝を入れるかの様に、

「・・・よし! あらかじめ打ち合わせておいた通りに、やるんだ。・・・頼んだぞ?」

そして・・・私とフランキーとは、通りを渡って、反対側を歩いていた・・・2人の・・・。


33


・・・私がゴールームの行く手を遮り、ブローディの方は、私ではとても手に負えそうもなかったので、フランキーの巨大な山、の様な身体が行く手を遮り・・・おそらくブローディとやらは、目の前の足元に突然、影が出来たので、立ち止まって、やや斜め上を見上げると・・・

私は二人に、

「・・・ちょっとすいません。・・・身分証は・・・お持ちでしょうか・・・?」

するとブローディが、睨みつける様にして、

「・・・なんだテメェは・・・?」

などと、とてもお上品とは思えない様な口調で言うので・・・私はここぞとばかりに、

「・・・MBI・・・連邦恐怖捜査局の者です。・・・ちょっとそこまで・・・」

すると案の定、ブローディとゴールームとは、力づくで突破を図ろうとしたのだが・・・私とフランキーとが・・・。・・・その間にも、ルーシーの後ろ姿はだんだんと遠ざかって行って・・・。

・・・私はいきなりゴールームに羽交い締めにされ・・・そのゴツゴツとしたとても人間とは思えない・・・ちなみに私の身体は、正反対でグニャグニャとしていた・・・奴は思い切り私の身体、さらには腕やら、首までをもきつく絞めてきて・・・私の死肉で出来た肉体、は、その圧力に耐え切れなくなったのか・・・突然、グニャリ、と曲がり・・・何と左腕の、肘から先の部分が、もげてポトリと地面に落ち・・・さすがにこれには、ゴールームもブローディも凍り付いたかの様に、一瞬その場に固まってしまい・・・その次の瞬間、私は渾身の力を込めて、残っていた右手の拳で、思い切り奴の顎にカウンターパンチを・・・するとさすがに、その全身がゴツゴツとした、使用人、もその場にバタリと倒れて・・・ふとフランキーの方を見ると・・・逆にブローディを羽交い締めにして、宙へと持ち上げ・・・いくら空中で足をジタバタとさせたところで、両腕を封じ込められ、身動きが取れないとあっては・・・そうしてフランキーは、そのまま奴を、ブンッと放り投げ・・・側にあったゴミの入った金属のダストボックスにぶつかって、しばらく動けなかったのであった・・・。

そうして私は、通りに落ちていた自分の、左腕を拾い上げてまた元の位置に、まるで粘土の様にくっつけて・・・ふと、倒された二人を見ると・・・ブローディが懐から拳銃を取り出して、構えたので、私は咄嗟に、フランキーの前へと、身を挺して飛び出すと・・・弾は私の腹の中央に、見事に数発、食い込んだのだが・・・私は無論の事、痛みなどは全く感じず、血も一滴も流れなかったので・・・むしろブローディらが、おじけづいてしまい、まるでバケモノでも見るかの様な、失礼極まりない目で私を見たのだが・・・私は冷静に、腹の中から三発の銃弾をほじくり出して、道路へとポロポロと捨てると・・・その様子を見て、ブローディとゴールームは・・・慌ててまるで逃げ出すかの様にして・・・元来た方向へと・・・走り去って行ってしまったのであった・・・。

 ・・・後で聞いた話によると・・・どうやらその隙に、あらかじめ打ち合わせておいた通り、ヴァムとメデッサが、ルーシーに一枚のメモを素早く手渡して、そこには・・・『・・・証人保護プラグラム、ニヨリ アナタヲ マモル ヨウイガ デキテイル・・・イカノ バンゴウマデ レンラクヲ サレタシ・・・◯◯◯−××・・・』

・・・後は彼女、ルーシーからの・・・連絡をただ待つしか・・・。術はないのであったが・・・


34


 ・・・そんな折、例のクワバラ技官から、ヴァムの携帯へと、連絡が入ったのであった・・・。

私とヴァムとは、例のラボへと向かうと・・・どうやら以前ヴァムが回収してここへと持ち込んだ、砂、の様なプラスチックの正体が科学的にも、判明した模様で・・・しかしながら、私にはその様な話は聴いてもおそらくは意味不明だったので・・・一人、人気の無い廊下で待っていると・・・何と驚いた事に、あのデイモン捜査官が、目の前に現れて・・・そしてこの私に、何か用件が有るらしく・・・

「ちょっと・・・そっちへ行かないか? ここは何も無いだろ? ・・・向こうでは、コーヒーが飲めるぞ?」

などと言うので・・・私はただ黙って、ついて行ったのであった・・・。


そこは確かに、ちょっとしたラウンジというか、さすが42分署とは大違いで・・・天下のMBIの施設、といった感じなのであった・・・。

私は、どうせ何か聞かれると思ったので、先に、

「・・・俺に何か用か?」

するとパットは、少し苦笑いしながら、

「お前らは・・・随分と攻撃的だなぁ・・・まあ、良く言うならば・・・積極的、といったとこかな・・・?」

「・・・ルーシーの件か?」

「ああ・・・かなり、ディアブナロの手下どもを、痛めつけたそうじゃないか? お陰で・・・」

「悪かったな・・・? だがこっちにも、意地、ってモンがあるんだよ。」

パットは、内心おそらく・・・長い付き合いだから、大体の事は読めるのだが・・・あまり上機嫌、という訳ではなかったのだろうが、それでもあくまでも、ソフトで穏やかな素振りで、

「ディアブナロがあの一件でエラく警戒して・・・どうやら、出国の準備を整えているらしい・・・」

私は初耳だったので、

「・・・何だって!? ・・・都合が悪くなったモンで、海外にズラかる気か・・・!?」

「お陰で・・・逮捕する為の時間が・・・タイムリミットが、大幅に減ってしまったよ。」

「・・・それはこっちも同じだがね。」

私はコーヒーなど飲んでいる気にはなれず・・・紙コップを持ったまま、その清潔で心地良い照明の当たるフロアを・・・それらの効果とは全く対照的に、ソワソワと、歩き回り・・・そしてふと、独り言の様にポツリと・・・

「もうすぐ・・・オトリ捜査で・・・アゲる計画だったんだが・・・」

するとパットも立ち上がり・・・私自身も思いも付かなかった、提案を・・・。


 ・・・それからおおよそ30分程、そのラウンジでたった一人で待っていると・・・パットはもうすでに、帰ってしまった・・・ようやくヴァムが、戻って来て・・・エラくご機嫌な様子なのであった・・・。

それとは正反対に、不機嫌、いや、おそらくヴァムには、私の事がひどく不安そうに見えたに違いない。

そして・・・帰りの車の中で・・・

「・・・と、いう訳だよ。」

ヴァムも、その話を聴くと、途端に不安気な表情となり・・・

「しかし・・・果たして上手く行くでしょうか・・・?」

「しかし署長や、他の皆にも話さない訳にはいくまい。・・・帰ったら全て話す。」

そうしてその警察車両は・・・42分署へと着き・・・いや、着いてしまい・・・。


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「・・・と、いう訳でして・・・。」

私はヴァムにした様な説明というか、パットから持ちかけられた計画を、皆に話して聞かせ・・・すると真っ先にウォルフが、かなりのご立腹な様子で、

「・・・何でオレたちが・・・連邦政府の役人たちの言いなりに・・・! せっかく、ここまでこぎつけたっていうのに・・・あともう一息なんだぞ・・・!」

ウォルフの怒るのも、無理はない事なのであった・・・もしもあの時、私が、ルーシーにメモを渡す計画を、強行していなければ・・・しかし今さら後悔してみても、後の祭り、なのであった・・・。

署長がメデッサに、

「・・・ところで、例のルーシーという女性からは・・・何かその後、連絡はあったかね・・・?」

しかしメデッサは、渋い表情で、

「・・・いえ。連絡どころか・・・私が聞いた情報によりますと・・・ディアブナロの屋敷からも、姿を消したそうです・・・。」

キューラーが、

「・・・もうとっくに消されたのかもな。」

しかしハーデス署長は、しばらくウロウロと、狭い部屋の中を歩き回った後、ようやく口を開き、

「・・・しかし・・・MBIにとっても、ルーシーさんは、重要な証人である筈だ。そう易々とは・・・おそらくその消息を、きちんと把握している筈じゃ・・・」

「そうだといいですね。」

・・・と、私が言うと、キューラーが久し振りに嫌味を言い、

「お前があの時、強行していなければな・・・」

私が何も言えずにいると・・・意外にも署長が、

「・・・よし! 面白そうだ・・・! 話に乗ってみようじゃないか。・・・その、彼らの計画に。」

「しかし・・・そうすると・・・万が一上手く行ったとしても・・・スパイ容疑では奴は裁けても、殺人罪では・・・裁けない可能性が・・・」

と、私が言うと・・・

すると署長は案外とサバサバとした表情で、

「・・・しかし逮捕する事には変わりはないだろう・・・? それとも・・・このまま、みすみす、外国に逃亡するのを、ただ黙って指を咥えて、見ているのかね?」

「いえそれは・・・」

「よし・・・! じゃあ決まりだな。他の者も・・・何か異論がある者はいるかね・・・?」

しかし、誰しもが黙ってしまい・・・

「・・・では、決まりだな。この決定はあくまでも、私の方から、伝えておくから。・・・以上! ・・・解散!」

そうして・・・その日はめいめいに・・・全員が・・・以前としてハーピーに張り付いているフランキー意外は・・・帰路へと、着いたのであった・・・。


36


 ・・・その4、5日ほど後の事だった・・・。

我々、42分署の者たちは、ルーシーの潜伏場所の情報をようやく聞きつけて・・・そこへと向かい・・・そこは欧州の名家の出身だという、彼女が潜む場所にしては、少し不似合いな場所で・・・セメタリー郡の郊外にある、とある安モーテルなのであった・・・。

我々がそこへと急行し、まずはフロントへと行くと・・・台帳には、ホーリー・テリー・・・という名前で、1週間ほど前から、宿泊しているとの事なのであった・・・。

我々がモーテルへと着いた時に・・・実を言うと、すぐ近くに怪し気な車が1台、止まっていて・・・おそらく中には、ディアブナロの手下の内の、いずれかが・・・。・・・つまりは、先を越されていた、という事なのであった・・・。

そしてさらには・・・まるでそれを証明するかの様に、部屋の中からは鍵がしっかりと掛かっていて・・・いくら呼んでも返事は無く・・・仕方がないので、モーテルの管理人に頼んで、マスターキーで、部屋の扉を開けると・・・。


 ・・・実はその数時間前・・・その安モーテル『ヴァニタス』の、013号室では・・・実のところ、そのモーテル自体、つい先日、作られたばかりで・・・つまりは、まるで映画のセットの様な、しかし決して張りぼての様なニセモノ、ではなく、ちゃんとした一軒の建物になっていて・・・しかもまるで以前から営業していたかの様に・・・ご丁寧にも、連邦政府のお役人、つまりは、MBIのエージェント扮する、お客たち、が何度も出入りしていて・・・そこへ、彼女、ルーシーもやって来ていて・・・。

・・・さらには、彼らが以前から目をつけていた、J・J・コー、なる謎の人物も、まるでカブトムシか何かが、甘い木の蜜に吸い寄せられるかの様に、やって来て・・・例の、シー・キョン、あるいは、ナンシー・スー・・・どちらが本名なのかは不明だったのだが、やがてすぐ隣の部屋に、宿泊し、何度かフロントでコー氏とすれ違い、どうやらおそらく何かのデータが入った封筒と、現金とを・・・何度も交換していたのであった・・・。

そして・・・ある日の夕方に、スーはチェックアウトし、コー氏も、同じ日の夜早い時間に、同じ様にチェックアウトして、2人は全く別々の方向へと、去って行ったのであった・・・。

 そして・・・おそらくではあるのだが・・・その安モーテルの配管、つまりは天井の近くを這っている、ダクトの部分に、例のレゴと、AIを搭載した集積回路を、セットして・・・スー元助教授は、自らの手を汚す事なく、その、殺人マシーンを置いたまま立ち去り・・・そうして、辺りがすっかり暗くなり、その町の大多数の人間が寝静まった頃、ソレ、は始めはガサゴソと、まるでゴキブリか何かの様に、それぞれのブロックが、めいめいに動き出して・・・ダクトから這い出して来て、『013号室』の中へと侵入して来て・・・時間にして、20〜30分といったところだろうか・・・? ・・・その部屋の床の中央辺りで、合流すると・・・それらのブロックたちは、徐々に何かの形へと、組み上がっていき・・・そうして、いびつではあるが、まるで人間の様な、あるいは、ホラー映画に出て来る様な、ミイラ男、の様な不気味な形と、カクカクとした動きで・・・しかしミイラ男と違うのは、全身を真っ白い包帯でぐるぐる巻きにしている訳ではなく、色とりどりの、レゴブロックで出来ていて・・・それが、まるで本当に、生命を吹き込まれたかの様に、ホーリー・テリー、ならぬ・・・ルーシーの眠る、ベッドへと、ゆっくりと近付いて行って・・・。


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 ・・・ルーシーはすっかり深く寝入っているらしく、壁の方向を向いて・・・つまりはその怪物、には背を向け・・・怪物は、かなりゆっくりとしたスピードで、彼女に近付いて行くと・・・その両腕らしき、ブロックで出来たゴツゴツとした物を2本伸ばして・・・するとその瞬間、狭い部屋ではあるが、ベッドとは反対側の、物置きの様な場所から、ヴァムとメデッサとが、飛び出して来て・・・しかし、その怪物は、ただそのベッドに眠る女性を、襲う事だけが、プログラミングされているらしく、全く背後は振り返らずに・・・その瞬間、突然、普通の人間にとっては、酷く耳障りな、キーーン・・・という、かなりの高音の金属音の様なものが聴こえて来て・・・どうやらそれは、ヴァム自身が手にしている、リモコンの様な物から発せられた音らしく・・・。


「・・・ウググッ・・・!」

部屋の外では、キューラー、ウォルフ、フランキーの3人が、思わずその音で顔をしかめ・・・しかしマスターキーで中に入って行くと・・・。

・・・その音は、人間以上に、そのプラスチックで出来た殺人鬼には、苦痛だったらしく・・・まるでのたうち回る様に、クルクルと回転しながら・・・しかしながら、健気にも、自分の任務はあくまでも果たそうと、それでもベッドの女性に近付いて行き・・・ヴァムはさらに、音量を上げて、その動きを妨害し・・・やがてそのマシーンは、暴走し始めたのか、部屋の中を、所構わず暴れ出し、家具やら、遂にはベッドごと持ち上げて、人間では考えられない力で、ベッドをグルングルンと振り回し・・・そして手を放すと、ベッドは凄いスピードで弾き飛ばされて、壁にぶつかり、めり込んで、ちょうど床と天井の真ん中辺りの、空中に半分飛び出たまま、壁に突き刺さったのであった・・・。

やがて、窓ガラスも割れて、その音を聴きつけたのか、停車していた車の中から、ブローディと、何と、ディアブナロその人本人とが出て来て・・・モーテルの中へと、入ろうとしたのだが・・・そこでようやく私が・・・無論の事、1人ではなく、デイモン捜査官はじめ、MBIの捜査官数名と、彼らの前、さらには周りを取り囲み・・・。


『013号室』の中では、相変わらず、耳をつん裂く様な高音が鳴り響いていて・・・すると突然、いとも呆気なく、そのブロックで出来たロボットの様な怪物は、バラバラに砕け散って・・・床の安カーペットの上に、ボロボロと、崩れ落ちたのであった・・・。

それはあまりにも、呆気ないというか・・・本来ならば、その時点で辺りは血の海になっている筈であり・・・そして、ヴァムが手元のスイッチを切ると、又してもブロックたちは、整然と、元来た場所へと・・・つまりはダクトの中へと、帰って行って・・・今までの事件の時はおそらく、外で待機していた、ゴールームが、それらのブロックを回収し、引き上げる手筈だったのだろうが・・・生憎本人はそこにはおらず・・・おそらく今頃は、別の捜査官らによって、身柄を確保されている筈であり・・・。


 ・・・モーテルの外、入り口付近では、ディアブナロはすでに、観念したのか、すっかりうなだれていたのだが・・・ブローディは最後のあがきで、またもや拳銃を取り出したのだが・・・彼にしてはデジャヴの様な、悪夢を見ている様だったろうが・・・私が目の前に立ち塞がったので、もはや撃つ気すら失せてしまったらしく・・・温順しく最後は、連邦政府の捜査官らに、手錠を掛けられていたのであった・・・。


 ・・・そしてモーテルからは、メデッサ、ヴァム、そして・・・ルーシーならぬ、ホーリー・テリー連邦捜査官、の3人が意気揚々と出て来て・・・ビデオカメラを手にしたメデッサに、ヴァムが、

「・・・どうでした?」

と訊くと、

「・・・バッチリよ。上手く撮れた筈だわ。」

と、一足先に引き上げて行き・・・後に残った捜査官たちは、一応、現場検証を・・・。

ディアブナロは、手錠を掛けられ、車に乗り込みながら・・・ルーシー、ではなかった女性の方を恨めしそうに見ると、

「・・・彼女の最後を・・・せめて看取ってやろうと思ったんだが・・・変な情けをかけたのが・・・」

「・・・その通りだよ。」

と、一緒の車に乗り込んだ、パットが言うと・・・車のドアはバタン、と閉まって・・・ゆっくりと、42分署とは別の方向へと・・・走り出したのであった・・・。


38


 ・・・またしても・・・あの、真夏の、うだる様な暑さの季節があっという間にやって来てしまった・・・。

セメタリー郡で起こった一連の残逆で、血生臭く、そして奇怪な事件は、こうしてほぼ終わりを迎えたのだが・・・実を言うと、この私自身は、その肝心な最後の場面には立ち会う事が出来なかったのである・・・。

と、言うのも・・・私は毎年この季節がやって来ると、必ず一、二ヶ月の休暇を貰い・・・それというのも、既出の事かもしれないのだが・・・この夏のうだる様な暑さで、私の身体は、冗談抜きでほんの僅かばかりではあるが、溶け出してしまい・・・それも気のせいだろうか? 年々、溶ける量が増えていっている様な気がして・・・その証拠に、体重が徐々に減ってきているのであった・・・。

その様な有り様なので、私はこの季節が終わるまでは、家の中にただ閉じこもって、クーラーを最低の温度に設定して、ガンガンつけっぱなしにしながら・・・ただひたすら、時が過ぎ去るのを、待ちつつやり過ごすしかないのであった・・・。

 しかしその間にも、私の元には情報だけは入って来ており・・・我々42分署の捜査官たちの活躍により、ブローディ、ゴールーム、そして実はパスポートを用意して出国寸前だった、ハーピーらは、皆有罪となり・・・まあ、皆どうせほとぼりが冷めた頃には、また‘こちらの’世界へと戻って来て・・・同じ様な事を繰り返すんだろう? ・・・マッタク、更生などという言葉は、少なくとも私の辞書からは消し去ってしまいたいぐらいだ。

・・・そして・・・肝心かなめの、奴らのボス、ディアブナロはというと・・・金に糸目をつけず、腕のいい弁護士を雇ったせいもあってか・・・殺人事件に関しては、全くの無罪となり・・・しかしその他諸々の微罪で、一応は有罪となって・・・それにはルーシーの証言も有効だったのだが・・・しかしおそらくせいぜい、4、5年で出て来て・・・あるいはもっと短いかも知れない。・・・ともかく、奴は、おつとめ、をする前に、あの要塞の様な屋敷は全て売り払って・・・どうやら他所の国に、拠点を移す様なのだった・・・。

そして、MBIの連中が血眼になって追っていた、J・J・コーとかいう人物は、そもそもこの国の国籍ではなかったので、国外退去処分となり、もう一人の、スーという女は・・・しばらくの間、行方不明となっていたのだが・・・ある日突然、モンタナの山中で死体となって小川の横で発見され・・・それもとても山の中に入る様な格好ではなかったらしく・・・しかし、変死、という事で片付けられて・・・まあ、要するに用済み、という事だったんだろう・・・。

 ・・・そして、『証人保護プログラム』によって、全くの別の名前と、国籍、ID等を与えられたルーシーは・・・今はなんという名前で、どこに暮らしているのかさえ分からなかったのだが・・・ともかく、パットによると、とりあえずは平穏無事に生活しているとの事なのだった・・・。

そうこうしているうち・・・ようやく季節は徐々に涼しくなってきて・・・。


39


・・・私が数週間ぶりに、42分署へと姿を現すと・・・珍しい事に、あの、ジャック・リッパー様が、彼の住処である、『処置室』から出て来ていて・・・相変わらずニタニタとしながら、廊下をプラプラとしていたので、

「・・・珍しい事もあるモンだな? ・・・何か・・・変わった事でもあったか? それとも、何かの匂い、でもしたのかね?」

と、私が言うと、奴はますますフザけた様な顔になりながら、

「・・・その両方だよ。まあ・・・少なくとも目の保養にはなるな。」

などと呑気に抜かしながら、また自分の‘ホームグラウンド’へと戻って行ってしまったのだった・・・。

 私が『捜査課』の相変わらず狭苦しい空間へと入って行くと・・・いつもの、よく知った面々がいて・・・しかしその中に一人、見かけた事のない人間が・・・しかし待てよ? ・・・以前どこかで見た事がある様な・・・?

「・・・よぅ、リビングデッド様の、お帰りだぞ?」

と、相変わらずキューラーが、減らず口を叩いていたのだが・・・他の者たちが私を見る目は、なぜかは全くもって分からぬのだが・・・以前とは違って、ごく普通の、人間を見る様な・・・それもまるで、同胞、を見守る様な目付きで・・・。

・・・するとちょうどそこに署長が入って来て、

「・・・ああ、やっと戻って来たか? ・・・ちょうどいい。こちらは・・・」

するとその新人、なのだろうか・・・? 女性は、

「・・・ホーリー・テリー、と言います・・・以前、どこかで、お会いしましたっけ・・・?」

「ああ・・・! あれ? キミは確か・・・MBIの・・・」

「・・・ええ。こちらに出向して参りました。とても珍しいケースだと・・・その上司に言われたのですが・・・?」

「上司? ・・・ああ。」

私はその一言で、殆んど全てを悟り・・・

「・・・まあ、よろしく。」

と、握手を交わすと・・・メデッサとヴァムとが、これから捜査にでも向かうのだろうか・・・? 廊下の方に行きかけていたので、慌てて追いかけて・・・

・・・すると、2人は私が追って来た事にようやく気付き、メデッサが、

「・・・アラ? もうお加減は・・・宜しいんでしょうか・・・?」

などとかしこまって言うので、

「オイオイ・・・そんな他人行儀な言い方は・・・やめてくれないか?」

「・・・そうね。まあそれは却って・・・ゾンビに対して失礼よね?」

ヴァムはただニヤけていたのだが・・・

「そうそう、その調子だよ。・・・これから、デートかな?」

するとメデッサは、いつもの怖い、眉間にシワを寄せた表情となり、

「・・・聞き込みよ? アンタも来る・・・?」

「いや俺は・・・」

そして、ヴァムだけを廊下の反対側へと連れて行き、

「それで・・・?」

「それで?・・・とは?」

奴はあくまでもトボけた様な表情をしたのだが、

「・・・メデッサとだよ。・・・デートしたんだろ?」

するとなぜだか、少し奴の表情は曇ってしまい、

「まあ、結論としては・・・お互い、仕事のパートナーとしての関係を、続けると言う事で・・・合意しました。」

私としては・・・まあ、その様な風になるんじゃないのでは?・・・と、予想はしてはいたのだが・・・正直、ほんの少しだけ落胆はしつつも、

「・・・そうか。まあ・・・お前にはもう俺は必要はないな?」

「そんな事は・・・」

するとメデッサが、数メートル先で、大声で呼ぶのであった。

「ちょっと・・・! 早く行かないと・・・相手はいつまでも待ってはくれないわよ・・・!」

ヴァムは慌てて、新しい相棒、の元へと駆け出していたのであった・・・。

私は少しだけ手持ち無沙汰となりながら、また『捜査課』の中へと入って行くと・・・するとなぜだかウォルフが、少し目を輝かせながら近付いて来て、

「・・・なあ、これからはこの俺と・・・組まないか?」

などと言うので・・・

「まあ・・・考えておくよ・・・。」

とだけ・・・答えたのであった・・・。

ウォルフはその言葉を聞くと、なぜだか少し・・・まるではしゃいだ子供の様に、キューラー、フランキーとともに・・・3人とも、急ぎ足で出て行ったのであった・・・。

部屋の中には、私の他には、新人のテリーと、署長とがいて・・・署長がまたしても・・・

「・・・ところでカルロ、この新人の・・・テリー捜査官の面倒を・・・しばらく見てはくれないかね?」

・・・などと言うので・・・私は正直、またか、などという気にもなったのだが・・・そこは署長命令なので、あくまでも即答で、

「はい・・・分かりました・・・」

と、引き受けざるを得ないのであった・・・。


40


「・・・どうか、よろしくお願いします・・・!」

と、新人、であるホーリー・テリーは、気合が入っていたのだが、私は、

「・・・ところで・・・キミのその、元上司、っていうのは・・・」

「・・・デイモン捜査主任のことですか?」

やはり奴が順調に出世を遂げているという噂は、本当の様で・・・。

私は首を何度か横に振りつつ・・・なぜその様な仕草をしたのかは、新人のテリーには理解の及ぶところではなかったのだろうが・・・私が、

「ところで・・・キミの事は・・・なんて呼べばいいのかな?」

すると、彼女は、

「・・・ホーリーと・・・気軽にファーストネームで呼んで下さいね?」

などとニッコリ微笑むので・・・私はやれやれ、という気分になり・・・ヴァムがやっと独り立ちしたと思ったら、今度はパットからの、贈り物、というか、感謝のつもりなのだろうか・・・? すると署長が、

「・・・よろしく頼んだよ?」

と、ダメを押したのであった・・・。

そうして私と、ホーリーとは・・・セメタリー郡内で最近多発している、空き巣の聞き込みへと・・・早速向かったのであった・・・。


・・・今さらこの私が、こんな事を言うのも変な話なのだが・・・この世には不可解な事が多過ぎる。

これは、自然界に限った事ではなく・・・人間界も、そして・・・この世と言ったばかりなのだが、おそらくあの世も・・・複雑怪奇すぎて、導線やら、お互いの関係やら、時たま、なぜか起きてしまう奇妙な偶然やら・・・が、おそらく、あらゆる事がこんがらがっているに違いない・・・。

その様なあらゆる事を・・・管理し、把握している者などが、果たしているものなのだろうか・・・?

・・・なので。・・・私はその様なものの存在は一切信じないし、認めもしない。

今日の星座の運勢やら、縁起の良い悪い数字やら、方角やら、相性やら、D N Aやら、運命やら、生死でさえも・・・。

現にここにこうして、この私が、まるであの世には私の居場所はないのかの様に・・・。

・・・実際無いのかも知れない。まぁ、これだけ多くの人間やら生き物が毎日バタバタと死んだのでは・・・無理もない事なのだろう・・・?

・・・なので、私はとりあえず、その順番が回って来るのをゆっくり待つとして・・・それまではこの、因果な商売を・・・。

すると、早くも車に乗り込んだ、ホーリーが、

「ちょっと・・・! 早くしないと・・・事件は待ってはくれないですよ・・・!」

どうやら彼女は、かなりせっかちな性格らしい。私はやれやれと、ほんの少しだけ肩をすくめながら・・・その警察車両へと乗り込んで・・・事件現場へと、向かうのであった・・・。


もう間もなくすると・・・寒い冬がやって来て・・・それはそれで嫌だったのだが・・・。


・・・どうやら私の、人生、はまだ当分終わりそうにないのであった・・・。



終わり


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死人に口なしとは、死人でさえ言わない 福田 吹太朗 @fukutarro

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