第2話 旅立ちの前に

朝起きると美味しそうな匂いが家に広がる。

「おはよう。」

「おはようございます。もう朝ごはんは出来てますよ。」

そう言って彼女はお茶を注ぐ。3人のお茶を注ぎ終わったらちゃぶ台を囲んで食事を始める。

「では!手を合わせて!」

「「「いただきます!」」」

こうして新たに3人の生活が始まった。

「しかし野菜が多いなぁ。こんなん漬物と味噌汁に入ってれば問題ないだろ。」

「ダメです!しっかりバランスよく栄養を取らないと病気になりますよ!」

師匠の文句を小さな少女が軽くいなす。サラダというものは初めて食べたがこれは美味しい。存在自体は知っていたが、ドレッシングというタレをかけただけの野菜がこうも美味しいとは。自分の料理の知識は何だったのかと深く思う。

「普段から料理はしていたんですか?」

「私は父によって育てられたようなものです。働いてる父を楽させるには料理しか私はすることが出来ません。」

自分の質問に少女は答える。父とは土蜘蛛に襲われた男の人の事だろう。あの後、僕達はこの子の父を埋葬した。悲しいことがあったのにもうこの場に馴染んでる。彼女のたくましさには正直驚いている。

「まぁ、詳しいことは後で聞く。今は飯の時間だ。2人ともがっつり食えよ!」

師匠はなんも考えてなさそうにご飯を口に放り込む。そこに親しみやすさを感じるが少し不安を感じるユウであった。


「では、これからいくつか質問する。答えられないやつだったら無理して答えなくていい。」

「はい。」

朝ごはんを食べ終わった後、師匠は少女のことを知るためにあらかじめ考えていた質問をした。

「名前は?」

「サキです。」

「歳は?」

「9です。」

「何故あの日この山に来た?」

「父と一緒に山菜を採りに来ました。」

「両親のことについて話せることはあるか?」

その質問に対し少し間を開けた後、サキはゆっくりと答えた。

「母は私が赤ん坊の頃に亡くなった為、記憶はありません。父は男手ひとつで私を育ててくれました。父の仕事は農家で、2人で暮らしていました。」

「なるほどなぁ。」

それから師匠は少し黙って、なにかを考えついたように言葉を言った。

「俺の弟子にならないか?」

「え?」

困惑するサキの姿を過去の自分と重ねる。自分の時もそうだった。村を襲われて両親を失った自分に師匠は声をかけてくれた。あの時のように、彼女の力になりたいのか、それともただ単に弟子が欲しいのかは分からないが、それが彼にとっての最善策なのだろう。

「でも、私。暴力とかはちょっと。」

確かに。正直自分もあまり気乗りはしない。普通に暮らしていた彼女を武の道に行かせようとするのもあれだし、なにより女の子に戦わせたくないのが自分の考えだった。

「なにか勘違いしていないか?サキ?」

「え?」

師匠の何気ない言葉にサキは困惑する。

「俺もユウも何も相手を傷つけるために武術を習ったわけじゃない。俺の武の本質は誰かを守ることだ。そのために力をつけている。」

確かにそうだ。師匠は強いがあまりその力をひけらかしたり悪いことには使おうとしない。なぜなら誰かを守りたい、誰かを大切にしたいといった考えが彼にはあるからだ。

「とは言ったが、無理に弟子にしようとは思わん。

これから先のことをどうするかはサキの自由だ。俺達と共にいるのが嫌ならどっか別のとこに預かってもらうか俺が色々準備する。」

師匠の意見を聞いたサキは師匠の目をまっすぐ見た。

「弟子になります!恩を返したいって気持ちもありますが、このまま弱い自分でいるのも私は嫌だ。だからどうか私を立派な弟子にしてください。」

頭を下げる彼女を見て師匠は笑った。

「アッハッハッ!大歓迎だ!これからよろしくな!サキ!」

「はい!師匠!」

こうして新たな弟子が加わりよりいっそう賑やかとなった。

「そして旅のことだが、ユウ!」

「はい!師匠!」

「あと1年待ってくれないか?」

「ほぇ?」


「まぁ要するに俺とユウだけなら問題は無い。だが、サキも一緒に行くとなると話は別だ。それに弟子になってすぐに旅に出発!とか急すぎるだろ。」

「たしかに。」

本来は師匠同伴の元で旅をする許可のはずだったが、サキが加わったことにより予定がずれるのは仕方の無いことだ。

「だから!お前にはあと1年修行してもらう。」

「サキはどうするんですか?」

「サキは俺が付きっきりで稽古をつける。力をつけたいならそれが一番効率が良い。」

その言葉を聞いてサキも頷いた。どうやら決心は固いらしい。

「ちなみに修行はどういったものですか?」

「それなんだが...」

質問に対し、師匠は考え込むように返答し始めた。

「お前、金属アレルギーとかないよな。」

「金属アレルギー?」

予想だにしない言葉が師匠の口から出てきた。

「いや、鉄の包丁とか普段から触ってますけど別に肌がかぶれたり変なボツボツとか出来たことありませんよ。」

「ならOKだ!今からお前にはこれを付けてもらう。」

そう言って師匠が出してきたのは金属製の腕輪だった。

「なんですかこれ?」

「これはいわゆる制御装置みたいなもんだ。」

「制御装置?」

何故そんなものを見せてきたのか疑問に思った。

「制御装置って言ってもただの重りみたいなもんだ。だがただの重りじゃないぞ!付けた所ではなく体全身が重くなる魔法のアイテムってやつだ!」

「この前、魔法なんか無いとか言ってませんでした?」

「それはそれだ。過去なんか思い返しても無駄なだけだぞ。」

意味深なことを言ってるようだが、その実は自分を正当化したいだけである。

「とりあえず!これを付けて今まで通り修行するんだ!あ、食事や風呂の時は邪魔になるから修行の時以外は外すんだぞ。」

「分かりました。」

「では!各自準備が出来たら修行を始める!」

「「はい!」」

僕とサキは大きく返事をした。


「なるほど、これはキツい。」

師匠からもらった腕輪はかなりの効果を発揮した。

「まるで地面に体が引っ張られてれようだ。」

全身に力を入れなければ動くことすらできない。初日からキツすぎるこの修行をあと1年もやらなければならないとなると骨が折れそうだ。

「でも今はサキも一緒に修行してるんだ。僕だけが弱音を吐いてる暇なんかない!」

自分に喝を入れて体を動かす。

(本来あと3年だったのが1年になったんだ。早く終わらせれば1年なんかあっという間さ。)

そう前向きに考え一日が終わるのを辛抱した。

「ただいま〜。」

腕輪を外す。いつも慣れた修行よりも何倍も疲労感があった。

「あれ?夕飯の匂いがする。サキが作ってるのかな?」

そう思い台所に行くとサキではなく師匠が料理をしていた。

「珍しいですね。師匠が料理なんて。」

「あぁ、本来はサキにやらせようとしたがやめた。」

「ちなみにサキはどこですか?」

そう言うと師匠は後ろを指さした。

「あそこでとろけているのがサキだ」

指さした方を見るとサキは生卵のようにどろ〜んと横たわり、その姿からは覇気を感じ取れなかった。

「何したんですか。」

「マラソン、筋トレ、水泳、あと組手」

恐る恐る聞いてはみたが、中々にハードな内容に顔をひきつらせる。

「でもまぁ、何とかなるだろ。サキー!風呂湧いたから先入っとけー!」

「ふぇ〜い。」

生真面目な彼女からは気の抜けた返事が返ってきた。師匠と付きっきりで修行するとはそうゆう事なのだと改めて認識した。

(サキ、明日の朝からは僕が朝ごはんを作るよ。)

せめて彼女の負担を減らそうと僕は心に誓った。


そうして月日は流れて行った。

初めはキツかった修行もだんだんと慣れてきて、腕輪を外したあとの身体はつける前より何倍も軽く感じた。腕輪を付けても慣れていく身体に高揚感を感じていった。

「ただいまー!」

「おかえりなさーい!」

最初の方は修行が終わるととろけていたサキも今では元気に夕食を作っている。

「日に日に早くなってるね。」

「なにが?」

彼女は気づいていないらしい。キャベツを切るスピードがどんどん早くなっていくのを。

(もしかしたら僕より成長してるんじゃないの。)

そんなことを考えつつ夕食を食べ始める。

「もうそろそろ1年だな。」

「あれ?もうでしたっけ?」

「じゃあ3人で旅が出来ますね!」

師匠の言葉にサキと僕は返事する。

「2人とも前の年より随分と強くなってるからなあ。よし!最終試験でもやるか。」

突然のことに僕とサキは顔を見合わせる。

「師匠、最終試験なんてあるんですか?」

「今決めた。」

また突拍子もなくこの人は決めるなぁと思う。

「で、具体的には何するんです?」

「それはなぁ。」

にやついた顔で師匠は言う。

「お前たちふたりで戦ってどれだけ成長したか俺に見せろ!」


「言っておきますけど、女だからって手加減しない方がいいですよ。」

「師匠に悪いとこは見せられないし、全力で行く気だから大丈夫だよ。」

お互いにストレッチしながら言葉を交わす。正直サキがどれだけの強さを秘めているのかは分からないが気を引き締めないといけないといけないような凄みを彼女から感じ取る。

(これは隙でも作ったら終わるな。)

そんなことを考えているのも知らず、師匠はどうやらワクワクしてるみたいだ。

「もしかしてこの為だけに弟子にさそったんじゃ。」

「ありえますね。彼はそーゆー人間だとよーく分かりました。」

どうやらサキも師匠のことを分かってきたみたいだ。

「準備できたら始めていいぞー!」

「だそうです。やりますか?」

「もちろん。」

こうして弟子ふたりの組手が始まった。

ルールは簡単、先に降参もしくは気絶した方が負け。別に負けたからと言って罰ゲームがある訳じゃないが女の子を気絶させるのはどうかと。それにお互いに頭が硬いとこあるから降参するかどうか。

「ではいきます。」

そんなことを考えていたら試合は始まったようだ。

「いつでもどうぞ。」

互いに睨み合い様子を伺う。

(下手に出るのはダメだけど、ここはまず!)

地面を踏み込み一気に加速する。先手必勝と言えば聞こえはいいがただ突撃してるようなものだ。

「早い!」

一気に近づくユウに驚くも、拳をかまえるサキ。

そして、

「もらった!」

サキの拳が腹に当たろうとした。

だが、

「当たらない!?」

腹に当たるはずの拳は空を切り、手応えのない感触だけが残った。

「ほぉ、習得出来たんか。」

その様子を見て師匠は楽しむ。

「残像拳(ざんぞうけん)」

瞬時に動くことにより残像を発生させる。敵を撹乱したり隙を作ることに特化した技だ。

「悪いね。」

自分の残像に目を奪われるサキの首元に当て身をする。そうすればサキは気絶して自分の勝ち。なのだが、

「そこかっ!」

サキは体を左回転させた。

「なに!?」

すぐに防御の体制に切りかえる。サキは体を回転させると同時に足を蹴りあげる。咄嗟に腕で防御したため、左回転による回し蹴りをなんとか防ぐことは出来た。

「言いましたよね。手加減しない方が良いって。あれくらいで脱落するほどやわな修行は受けていません。」

「な、なるほど。確かに強いね。」

ジンジンと痛みをする腕を抑えるながらサキの強さを改めて思い知る。

(残像に目を奪われても瞬時に相手の存在を認識して攻撃を打つ。師匠に付きっきりで修行させられたとはいえ、これは強くなりすぎじゃないか...)

「では次はこちらから行きます。」

構えるサキを見てすかさず自分も構える。

(はたして何が来るか...)

するとサキは上半身をねじり出した。

「なにか来る。」

そう思い、より一層体に神経を張り巡らせる。

(あの構えをするということはまさか!)

その予感は見事的中した。

「衝撃波!」

体のねじりを戻すと同時になぎ払われた右腕!そこから放たれるのはまさにソニックブームのごとき空気の斬撃!実際に斬撃のように斬ることは不可能だが、地面の砂や石を軽く吹き飛ばすそれはとてつもない破壊力を生んだ。

(かわすか?受け止めるか?いや、どちらにせよ不可能なのは明白。)

「なら相殺してやる!」

同じく体をねじり力を込める。

(前の時と同じものじゃダメだ!あの時みたいに右腕に全身の力を注ぎこめ!)

迫り来る衝撃波!地面をえぐり進むそれは凶器その物。

「だがこんなん!師匠の物と比べれば何ともない!」

体のねじりを治すと同時になぎ払われる右腕。先程のサキと同じ動作。ユウの放った衝撃波も、地面をえぐりながら進んでゆく。そしてそれはサキの衝撃波とぶつかり激しい音をたてふたりの攻撃は打ち消された。

「そんな!?」

渾身の一撃を消され驚くサキ。その隙をユウは見逃さなかった!

「うおぉぉぉ!!」

衝撃波同士の相打ちがされると同時にユウは足に力を注ぎ、閃光のごとく駆け出した。

(さっきと同じ直進!だけどいくら残像を作っても無駄なこと!)

サキは目を瞑り意識を集中させる。自分に迫ってくる相手の存在を感じ取りそこへ攻撃出来るよう構えをとる。

「そこだ!」

気配を感じ取り今度は拳を打つ!その拳は見事、ユウの体に当たる!かに思われた。

「嘘!?」

ユウは腕を両手で掴むことにより攻撃を防ぎきった。

(だけどそれなら両腕は使えない!)

サキは瞬時に左足でユウの顎を蹴ろうとする。

(顎に喰らわせれば流石に気絶する!そうすれば私の勝ち!)

だが!

「うぅぅぅおぉぉぉぉ!!!」

ユウはサキの腕を掴んだまま思い切り体を180°回転させる!それによりサキの体は宙に浮かび蹴りが炸裂することは無かった。

「ちょっと!これ不味いんじゃ!」

だがそんな言葉も虚しく、サキはユウによって吹き飛ばされた。

「おぉ〜すげぇなぁ。」

その様子を見て感心する師匠。

「しまった!やりすぎた!」

冷静さを取り戻したユウはサキの心配をする。

「し、死ぬかと思った。」

一方サキは木の上に引っかかり何とか事なきを得た。

「早く戻らないと2人を心配させちゃう!特にユウは心配性だから私が死んだと思ったら一生引きずるかもしれない。急がないと!」

木の上から飛び降りて体勢を立て直すサキ。彼女は戻ることに必死になり服が枝に引っかかっていたことに気づかなかった。

「おい、今のはやりすぎだ。」

「すみません。」

師匠の言葉を聞き反省するユウ。

「いくらなんでも女の子投げ飛ばすのはなぁ。」

「反省してます。」

戦いに熱が入ってしまったとは言え自分に非がある。そう感じるユウであった。

「まぁ、俺もサキにはかなり教えこんだから大丈夫だとは思うが...おっ!どうやら生きてたみたいだな。」

師匠が見てる方を向くとサキが山の中から姿を現した。

「よかった!サ....キいぃ!?」

「いやぁー!流石に今のは死ぬかと思いましたよ。でもまだ私はやれます!さぁ!試合再開です!」

まだ闘志を燃やすサキ。だがユウはサキから目を逸らす。

「ユウさん、私は大丈夫ですから。でも今度は投げ飛ばすのはダメですよ!」

「あ、あの。サキさん。その、戦うのはちょっと。」

「おいサキ、本当に戦うつもりか?」

急に口ごもるユウと戦いを辞めるよう指示する師匠にサキは疑問を感じた。

「どうしたんですか2人とも?私は別に平気ですよ。」

「いや、サキ。服見ろ、服。」

師匠が自分を指さす。

「服がどうしたんですか...」

改めて自分の服を見るサキ。

「っ!?」

先程木の上にいた時に枝が引っかかったせいで服が破けていた。サキの服はいわゆる袖の無い服である。そこの左肩の部分が破けたことによりサキは上半身の左側をさらけ出していた。

「いやあぁぁぁぁーーー!!!」

「ぐふぉ!?」

師匠の腹に見事な拳が炸裂する。

「師匠どうしました!」

師匠の声を聞いて振り向くユウ。

「こっち見んなぁぁぁーーー!!!」

「ごはぁ!?」

今度はユウの顎に右ストレートが炸裂する。

「こ、今回は...サキの...一人勝ちで...ガクッ」

「もうお嫁にいけませえぇーーーん!!!」

こうして激しく繰り広げられた最終試験は幕を閉じ、3人の旅は始まろうとしていた。

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