第1章 はじまり
第1話 始まりは突然に
木々が生い茂り、川は流れ、外の畑には色とりどりの野菜が実っている。
「師匠ー!ご飯出来ましたよー!」
そんな山奥に佇む1つの家から元気な声がひとつ。
その声に呼ばれて、ものすごい速さで山を駆け上がる一人の男。
「なんだ、もう作っちまったのか。せっかくこの猪も食おうと思ったのに。」
「猪は血抜きなどの下処理が面倒ですし、なにより朝から猪は重すぎです。それに肉ならまだ鳥肉が残ってます。」
「仕方ないなぁ。じゃあ、これは昼にでも食うか。」
男は少年の指示に従い朝食の準備(いただきますを言うだけの)をした。
「では早速。」
「「いただきます!」」
ちゃぶ台の上には漬物や味噌汁、鳥とキノコの串焼きなどといった料理と茶碗に盛られたご飯がある。
それらを食べながら2人は会話した。
「ユウ!また料理の腕上げたなぁ!この鳥肉なんか昨日より美味しくなってるぞ!」
「本当ですか!じゃあ僕を独り立ちさせても」
「それはダメだ!」
ゴン!っとちゃぶ台を叩くと睨みつけるような目で師匠はユウを見た。
「やっぱり土蜘蛛を倒さないとダメですか...?」
「そうだ!そいつを倒さない限りお前はこの山から出ては行けない!」
土蜘蛛、かつて師匠が倒したと言われる大きな蜘蛛だ。実際に倒したとこは見た事はないが十数年ほど前は存在していたらしい。
「でも居ませんよ。こんなのどかな山には。」
「なら、大人しく修行を続けて15になるのを待つんだな!」
「そんなぁ〜。あと3年待たなきゃいけないんですか〜。」
「3年も修行すればお前も今よりはたくましくなるだろ!あっはっはっはっ!」
豪快に笑う師匠を見てぶつくされたままユウは食事を終えた。
「じゃあ!しっかり修行するんだぞ!」
「はぁ〜い。」
師匠は今日、山をおりて仕事に行く。なんでも仕事仲間に報告をしたり世の中の近況のことを聞くとかといった仕事のようだ。そのような仕事が実際にあるかは分からないが、嘘をつくような人ではないとわかっているため深追いはしないようにしてる。
「さぁ〜て、修行するかぁ。」
師匠から課せられた修行はおもに3つある。
ひとつは体力づくりの筋トレ。
ふたつめは食料調達の狩り。
みっつめは山での運動。
筋トレを終えて山奥に入り食材を探す、山の空気は地上よりも薄いとされるため山の中で満足に動ければ地上に行った時に動きやすいと師匠は言っていた。山での動きも充分慣れたから地上に行っても問題ないと考えているがどうやら師匠は僕を山から出させないようだ。
「ほんとにあと3年も待たなきゃいけないのかなぁ。」
そんなことを考えながら山菜を摘む。
「しかし、今日は山が静かだなぁ。」
いつもなら動物や鳥の鳴き声がするのだが今日はやけにしんとしていた。
「山に何かあったのだろうか?」
そんなことを考えながら山菜を摘んでいると風上にのってとある匂いが運ばれた。
「これは...血の匂い!?」
山菜を入れていた籠を地面に置き、匂いのする方へ走った!
「この匂い、獣の血じゃあない!もしかすると人間の!」
嫌な思いを感じつつ足を進める。修行で鍛えられた体は風のように軽く、木々を掻き分けながらユウは走った。
やがて渓流までたどり着くと声が聞こえた。
「きゃー!」
(女の子の声だ!すぐ近くにいる!)
声のする方へいくと少女が泣いていた。
「君、大丈夫か!怪我はないか!」
少女に声をかけ身の安全を確認した。
(目立った外傷はなし。だがとても疲労している。)
「君!一体ここでなにが」
ズシン!
大きな音がした。そして音のする方からは血の匂いがする。
僕は意を決して後ろを振り返る!
「早く...に..げるんだ..」
そこに居たのは化け物だった。
口には男を挟んでおり、牙が男の体にくい込んでいる。顔には6個の目玉が付いて木のように太く長い8本の足が生えたその巨体には小さい毛が生えていた。
「こいつが...土蜘蛛...」
ぺっと吐き捨てられた男は動かなくなり、6個の目玉が僕たちを睨みつけた。
「キィシィアァァァァァ!!!」
「まずい!」
振り下ろされる前足より先に少女を抱え僕は全速力で逃げた。
「追ってくる!」
ドスドスという大きい足音ともに感じる強烈な殺意。それでも僕は走るのを辞めない。
(今ここで逃げるのを辞めたら2人ともあいつに食われてしまう。かといって山を降りたら今度は他の人が襲われる。)
逃げる中で思考を巡らすユウ。やがてひとつの答えを導き出す。
「やってやるさ!3年も待つくらいならここで師匠に僕が強いってことを証明してやる!」
やがて家が見えてきた。急いで家の中に少女を隠す。
「良いかい!君はここで大人しくしているんだ!あの土蜘蛛は僕が何とかする!」
そう言って家から出ようとする僕を彼女は掴む。
「でもそれじゃあ、君が死んじゃう。」
泣きそうな顔で言う彼女。
だけど僕は笑顔を作り彼女に言った。
「大丈夫、僕は最強の師匠の弟子だ。あんなやつすぐに倒してくるよ。だからそこで待ってて。」
コクと返事した少女を見て僕は家を出た。
「キィシヤアァァァ!!!」
「こい!こっちだ化け物!」
また殺意を背中に感じながら僕は山の中を走る。
家から土蜘蛛を遠ざけ尚且つ奴と戦える場所に誘い込む。いくら山の中で行動できると言っても戦うとなると平地の方が良い。それは自分が戦いやすい理由でもあったが、それと同時に土蜘蛛に有利にならないようにする訳でもあった。
(やつはずっとこの山でひっそりと隠れて生きていたわけだ。山の地理についてはやつの方が知識が上。だが戦いの知識となればこちらの方が分がある。まずは自分の土俵に持って行かなくては。)
そうして走っていくと開けた場所に出た。そこで足を止める。
「ギィア?」
逃げていた相手が急に止まり不思議がる土蜘蛛。
「ギィヤッハッハッ!」
相手が逃げるのを諦めたのだと思い笑いあげる。
「精々今のうちに笑っているんだな。師匠から教わった技を試すならちょうど良い相手だ。」
「ギィア!」
「ふっ!」
前足によるなぎ払いを難なくかわす。
(唯一攻撃が通りそうなのはお腹。足と足の間から入り込めればいいが。)
「グェ!」
近づこうとした瞬間、土蜘蛛は口から紫色の液体を吐いた。
「くそっ!」
(あの毒液のせいでうまく近づけない。このままだと体力が減っていく一方だ。)
「なら!」
ユウは高く飛び、土蜘蛛の顔の目の前に自らの身体を現した。
(まずは奴の視界を潰す!)
曲げた右腕に力を入れる。その様子を凝視し土蜘蛛は噛み付こうとした。
「ギィヤァ!」
「今だ!」
すかさず左手に持った土を空に投げる!
「衝撃波!」
そして力を込めた右腕を思い切りなぎ払う!
「グァ!?」
力を込めなぎ払うことで空気の衝撃波を作り出し、その衝撃と共に土は、怪物の目を潰した。
「グワアァァァァ!!?」
真ん中の大きな2つの目を潰されたことにより暴れ出す土蜘蛛。
「よし!今だ!」
その隙を逃さず土蜘蛛の腹部に入り込む。
(体をねじり拳は突き上げるまで低く、飛んだと同時に拳を高く突き上げる!)
師匠から教わった事を思い出し型をつくる。ねじりあげた体を高く飛躍させ、螺旋を描きながら拳をねじり込む。
「喰らえ!」
ねじった体を戻し、その勢いで体を回転!そのまま高くジャンプし拳を突き上げる!
「天翔拳(てんしょうけん)!」
「ゴグァ!?」
突き上げられた拳は腹部にめり込み、土蜘蛛の体を一瞬だが宙へと浮かばせた。
「良し、これなら。」
手ごたえを感じ安心するユウ。だが!
「ゴァアー!」
「なっ!?」
土蜘蛛は倒れるどころか怒り狂い、先程よりも攻撃的になった。
「グアァ!!」
怒った土蜘蛛はユウに噛み付いたり足で突き刺したりせず、まず先にお尻をこちらに向けた。
「まずい!」
とっさにその場から距離をとるユウだったが土蜘蛛のお尻から放たれた糸はユウの足に絡みついた。
「うわっ!」
足についた糸は地面に接触すると固定され、ユウは身動きを封じられた。
「このっ!動け!」
抵抗するが足は地面とくっつき離れることはできない。その様子を見つめるや否や土蜘蛛の反撃が始まった。
「ぐあっ!?」
前足によるなぎ払い!鋭い足先は肌を切り裂き、地面に血を撒き散らす。
そのなぎ払いが何回も繰り返される。一思いに殺さずに痛ぶり続けるが如く、その攻撃は止まらない。
(駄目だ...意識が..もう..)
朦朧とする意識の中でユウは師匠の言葉を思い出す。
「いいか!強くなるにはまず気持ちが重要だ!こうなるぞ!とか、こうゆうのになりたい!って気持ちが必要なんだ!」
大雑把として伝わりにくい。師匠の話すことはいつもそんな感じだ。
「これを戦いの中で想うことが最も重要だ!想いは形となり、変幻自在に対応してくれる。って言ってもそう簡単じゃないけどな。」
「それって昔の本に出てくる魔法使いみたいに魔法で色んなことをするのと違うんですか?」
「あ〜。魔法ねぇ。一説には体内の魔力を形にしてそれを呪文と共に言うと発動するとかってやつだろ?違う違う!俺のは列記とした武術だ!あんな非科学的なもんと一緒にすんな!」
「非科学的って言ってもここは化学と程遠い山奥じゃないですか。」
「まぁ、そんなことはどうだっていい!ユウ!お前はこれから先どんどん強くなれる!俺が教えたことがいつか必ず役に立つ時が来る。そんときは誰かを守れるようにその力を使うんだ。」
「はい!師匠!」
「グゥア」
動かなくなった少年を見て土蜘蛛はその頭にかじりつこうとする。
だが、
「グゥ?」
突如光り出す少年の右手。しかしそんなことはどうでもいい。頭をかみ砕けばなんの心配もいらないのだから。
(そうだ、既にやるべきことは決まってる。師匠から教わったことを全て使うんだ!)
右手に全身の力を全て注ぎ込む。
(思い描くんだ!師匠のように強い自分を!)
想い重ねるのは最強の師匠。かつて土蜘蛛を倒し、自分を鍛え上げた恩師の姿。
(師匠が出来たことなんだ!弟子の自分が超えられずにいてどうする!)
右手に全ての力が集まり光り出す。破裂しそうな右手。だがそれだけではまだ足りない。
(今ここでやるんだ!師匠から教わった奥義を!)
「グワアァァァァ!!!」
野生の本能か、目の前のガキを始末しなければと土蜘蛛の体が動き出す!
だが!
「奥義!」
噛み付こうとした土蜘蛛の顔に光る拳を突き上げられる!
「龍拳(りゅうけん)ーーー!!!」
「ゴアァ!?」
放出された力は光の束のように煌めき。やがてその光の束は形を変え龍の如く突き進む。貯められた力は一気に放出され敵を消滅させる。
「グガアァァァァーーーー!!?」
やがて断末魔が消えると顔が吹き飛んだ土蜘蛛の体がドサッ!と音を立てて崩れ落ちる。
「やった...できた...」
師匠のようになれた自分に喜びを感じたユウだが、2度目の意識の消滅が彼を襲った。
目が覚めるとそこには自分の知っている天井があった。
「おっ、やっと目が覚めたか。」
そこには師匠がおぼつかない手つきでりんごの皮を剥いていた。」
「師匠、あの子は。」
師匠は顎をクイッと突き出し、そっちに目線が行くよう指示した。
「そこにいるぞ。」
そこでは泣き疲れたのか布団に涙の後を付けた少女が眠っていた。
「師匠、ぼくは」
何があったか話そうとする僕の口に師匠はリンゴを放り込んだ。
「みなまで言うな。なぁに、大体のことは想像できる。今はしっかり食って寝て安静にしてろ。」
そう言われて僕はリンゴを食べる。
「強くなったな。」
そうぼそりと呟く師匠を見て、涙が出た。
「だが、まだ山を降りるのは許可しないぞ。無茶ばかりしてるような弟子を1人にさせられないからな。」
「ごもっともです。」
当たり前だよなぁと思いつつ苦笑いをする。
「だから俺も着いてくことにした。」
「え?」
「俺もお前と共に着いていくってことだ。それならお前が無茶することは無いだろ。」
「でも、仕事は。」
「なぁに、俺が居なくても向こうはどうにかなるさ。それとも何か?俺が一緒だと不安なんか?」
そんな師匠を見て僕は笑いながら返事をする。
「いえ、頼もしいです。」
ここから僕は歩み始める。師匠と二人で。
「あっ、ちなみにこの女の子も連れてくぞ。」
「はい!?」
急遽だが、どうやら3人で始まるようだ。
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