第11話 中上クンが2人いる!

 ちょっとマズってしまった。いや、”ちょっと”じゃないかも知れない。

 俺はマンションのリビングで頭を掻きむしっていた。館川君が帰り際に教えてくれた俺の”噂話”が気になってしょうがない。


 その”噂話”とは、俺が授業中、教室にいるにも関わらず、別の場所で俺の姿を見た生徒がいる、というもの。館川君によると、自分以外の他にもう一人の自分が現れる現象を『ドッペルゲンガー』と言うんだと。だから、俺の『ドッペルゲンガー』が現れた、ってな噂が立っているらしい。


 実は思い当たることがあった。それは、授業中、退屈まぎれにバイ・ロケーションを使う練習をしていた時のこと。


 この練習ってのは、意識を幽体と体の2カ所に分けて、幽体側は体から離れた場所で自由に行動し、体側の意識はなるべく眠りこけないよう、頑張ってみる、ってもの。

 

 幽体側の俺は校門のところにある花壇に行って見たんだが、ここはグラウンドに近い場所で、ほかのクラスが体育の授業中だった。それを眺めていたら、向こう側の何人かが不思議な顔でこちらを見ている。何かあるのかと思って後ろを見ても変わったものはなかった。


 今思えば、俺の幽体を見たんだろう。

 

 ・・・で、あれもか!と思い当たったのが、午後の授業中で、教室の窓の外、中庭を幽体で歩いてみた時のこと。確か、中庭側から、窓側のクラスの様子が見えたんだが、窓際に座っていた何人かの生徒がびっくりした顔でこちらを見ていたっけ。あれも幽体の俺を見ていたに違いない。


 とにかく、バイ・ロケーションをやる時は、幽体が他の人に見えないようにする方法を早く見つけなきゃならない。それまでは、少なくとも幽体で移動するのは人目に付かないところにしよう。


 ソファーに座ってそんなことを考えていたら、急に香水のいい香りがしてきた、いつの間にか絵里が帰ってきて俺の顔を覗きこんでいる。


 「なによ。浮かない顔して」

 「あれ?ずいぶん早いじゃん。今日も人間体なんだな」

 「だから、会社にすぐ戻るのよ!」

 これから会社で会議があるんだそうで、途中で抜け出してきたんだとか。

 それも、例の閉山した金鉱山の鉱脈に、俺の魔法で金をしこたま含ませるって計画の話らしいんで、俺に確認したいことがあってきたんだと言っていた。


 そんなの『念話』でもいいような気がするが、最近はこういう時、緊急の用事以外に『念話』を使わなくなっている。


 と言っても、今の俺は仕事の話をする気分じゃないんだけど、と、思った瞬間、絵里が腕を組んで睨んでいた。


 「あのねえ。この世界は『働かざる者、喰うべからず』っていう決まりがあるの!働ける能力があるなら働きなさい!」

 絵里は人の考えが読める。ホント、理不尽な能力だよな。これって。


 「ところで、困りごとがあるみたいね」

 絵里はやれやれ、といった顔つきになってソファーに座っている。まあ、俺の『困りごと』なんか見透かされているんだけどね。


 俺は『バトラー』にマンデリンのコーヒーを淹れさせた。こいつ、何も命じなくても絵里にはブラック、俺にはカフェオレにして出しやがんの。


 絵里に思念を読まれるのも面白くないんで、『ドッペルゲンガー』事件を話して聞かせた。ついでに館川君から聞いた話の受け売りもくっつけてやったんだけど、絵里は黙って聞いている。


 「ああ、美味しいコーヒーだった!この『バトラー』って魔法もまあまあね」

 「そりゃ、お褒めに与りまして。どうも」

 「ところで、その『ドッペルゲンガー』ね。『幽体』を形成する時、可視物質が混じったんじゃないの?」

 「それってなによ」

 「要するに、アナタの『幽体』は、目に見える物質で作られていたかもしれないってこと。こちらの世界では『エーテル』とか呼んでいるみたい。誰にでも見えるワケじゃないらしいけどね」


  ・・・なんだか館川君が聞いたら喰いつきそうな話だが、まあ、後から集合意識で調べて見ることにするか。でも、絵里だって同じことをやれるはずだけど、どうやっているんだろう。ここはご教授願うとしよう。

 「私?そんなの『思念体』にするに決まってるじゃない」

 「『思念体』?なんだそれ!?」 

 「『霊体』と呼んでいる人たちもいる。純粋に『思念』だけの体を作ればいいの。まあ、大魔法使いのダニエルさんにできない筈ないから、やってみて!」

 厭味ったらしいこと言うなあ。いや、嫌みそのものなんだろうね。こっち見てウインクしてやんの。

 

 「それで例の計画について。いいこと?」

 ・・・ちっともよくないけど、逆らうのはよそう。俺はカフェオレを飲み干すと無言で頷いた。

 

 「金の粒子を仕込む岩盤なんだけど、半径にしてどのくらいの範囲まで可能なのかしら」

 「やって見なきゃわかんねえよ」

 「それじゃ困るのよ!採掘方法も違ってくるし、仕込める距離を事前にきちんと把握しておいて欲しいの」

 「まあ、そこの『地場エネルギー』にも因るんじゃね?」


 『地場エネルギー』、これは前世の世界では『魔素』と呼んでいたエネルギーなんだが、このガイアの世界では、『地場エネルギー』が強い場所とそうでない場所がある。いくら俺が強大な魔力を持っていたとしても、使える魔法は『地場エネルギー』によって異なることが多い。

 

 「じゃあ、これ、試してみてちょうだい」

 絵里はデカいカバンからメロンぐらいの白い石を取り出した。ずいぶん透明感のあるが宝石の原石かなんかだろうか。

 「水晶よ。これ」

 「水晶?へえ。で、何に使うんだっての」

 「両手をかざして見て」

 何が何だかわからないまま、俺は水晶の塊に両手をかざして見た。すると、体中にエネルギーがみなぎって来るのがわかる。これは前世の世界の『魔素』に近いじゃないか。


 「お、おい。これってすげえな!こんなのがあるとは・・・」

 前世の世界でも『魔素』を放つ鉱石ってのがあったことはあったが、『魔素』自体がどこでも存在していたから、こんなもの気にしなかった。


 「こちらの世界でもね。魔法を使う人たちが僅かながらいるのよね。その人たちが魔法を発動する時、水晶からエネルギーを取っていたって聞いたの」

 なるほどね。これなら、結構な距離まで金粒子を仕込めるかもしれない。


 「あ、いけない!もうすぐ会議の時間!」

 絵里は高そうな時計を覗き込んで叫んだ。

 「じゃ、よろしくね。ちゃんと元素魔法、練習しとくのよ!」

 なんだか大学生の家庭教師みたいなことを言いながら、絵里は転移魔法のゲートを開いて会社に戻っていった。


 ★ ☆ ★


 朝、学校に行って見ると、なんだが、今までと違う空気を感じる。俺を見てヒソヒソと噂話をする奴らが何人かいたりしたし、まあ、俺を虐めていた奴らは、人の顔を見るなり、化け物と遭遇したような顔で逃げていくのは変わらない。この連中には徹底的に復習をしてやっていたから、今さらしょうがない。とはいえ、館川君の言う通り、俺の『超能力少年』伝説に『ドッペルゲンガー』が加わっちまったらしい。


 「中上クン、おはよう!」

 向こうからクラスの女子たちが数人、固まってやってきた。


 「なによ、そんな顔、中上クンらしくないよ」

 「なになに?あ、ひょっとしてあの話?」

 ・・・俺が浮かない顔をしていたのに気が付いたのか。でもやっぱり、『ドッペルゲンガー』の噂は俺のクラスにも広まっていたようだな。


 「気にすることないよ。そんなの寝ぼけて、幻覚とか見てたんだよ!」

 「でも、同時に3人が中庭で見たとか・・・」

 「いいじゃない!中上クンの『ドッペルゲンガー』なら怖くないよ!」

 「アタシ、中上クンの『ドッペルゲンガー』見たいな」


 ・・・なんだか勝手なこと言ってキャーキャー盛り上がっちまってるけど、同じクラスっていいもんだ。こうして心配してくれてるし、元気が湧いて来たぜ。


 「アタシ、中上クンの『ドッペルゲンガー』見付けたら捕まえちゃうかも!」

 「で、どうすんのよ?」

 「おウチに連れて帰るの!」

 おいおい、勘弁してくれよ、と冗談で返したが、内心では当分の間、バイ・ロケーションの練習は止めておこう、と思った俺だった。


 さて、数学の授業中だが、相変わらず退屈でしょうがない。とはいうものの、バイ・ロケーションの練習は止めておくことにした。


 しかたがないので、物質創造の練習でもやることにする。

 これは絵里に頼まれている金粒子創造の練習がてらなんだが、金粒子なんて、もしも教室に落としたら後が大変なので、プラスチック素材あたりにしておく。

 ただ素材を作るだけじゃ面白くないから、以前に館川君にあげたマスコット人形を作ってみることにした。

 目の前で授業をやっている先生や、動物なんかのフィギュアを作ったりして時間をつぶした。そうだ!猫の姿のディアナも作ってやろう・・・と、夢中になっていると、後ろから突かれる感触がして前を見たら、先生が睨んでいた。

 

 やべえ!と、作ったフィギュアを『異次元空間』に放り込む。

 「中上なあ」

 「はいっ、先生!」

 「オマエ、授業、聞いてねえだろ?!」

 「そんなこと、ないっすよ」

 「ほお。じゃあ、今の連立方程式の解き方は聞いていたはずだな」

 ・・・聞いているはずはなかったが、そうは言えない。取り敢えず無言で頷いておく。


 「それでは、32ページの練習問題の3、ⅩとYの値を求めてもらおうかな?」

  改めて教科書を見るとそれは、連立方程式の問題だった。

 「はい、Ⅹは3,Yは6ですね」


 「中上、オ、オマエなあ、数式を書いて解かないとできないだろ?」

 「先生、こんなの、暗算でしょ?」

 あれ?周囲の空気が固まっている。どうしたんだろうか。こんなもの、暗算で解けるだろ?


 「オマエ、本当に暗算で説いたんだな!」

 「はい」

 先生は教師用の指導書を開いた。答えを確認したのか、その途端、先生の顔つきが変わっている。

 「オマエなあ、教科書ガイドとか見ただろ?」

 「そんなことしませんての」

 俺が答えると先生は納得いかないって顔で俺を睨んでいる。あらら。中学校の先生もこんなの暗算でできないっていうんだろうか。なんとなく気まずい雰囲気になってて来た。

 

 「先生!中上クンが暗算で説いて何が悪いんですか!」

 いつの間にかクラスの女子が声をあげた。


 「中上クンならこれくらいできるんです!」

 「先生は自分が暗算でできないからって中上クンを責めてるんでしょ!」

  他の女子たちも参戦してくると、男子たちも加わって騒然となってしまった。


 これはヤバい。事態の収拾に乗り出さねば、先生の立場もないだろうし、クラスの奴らも先生に恨まれたらマズい。


 「おい!みんな、俺が悪かった!先生、ごめんなさい!お詫びにもう一問解かせてください」

 俺がそういうと、やっとクラスのみんなが静まってくれた。


 先生は頭をがりがり掻きながら、気まずそうな顔をしていたが、教科書に載っている別の問題を選びだして、俺に解くように、と言ったので、前に出て行って数式を書いて解答してやった。


  「・・・はい。正解!」

 先生、なんか思うことがあったのかも知れないが、俺の書いた数式にマルを書いてくれる。

 すると、クラス中から拍手が巻き起こってしまう。まあ、なんだかうれしくなってしまうな。


 昼休み時間、俺は援護してくれた女子たちに、手作りフィギュアを配ってやったら、奪い合いになってまた大騒ぎになってしまった。よし、午後の授業でもフィギュア作りに精を出すか・・・って、俺は何をやってんだろう。

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頑張れ、和也! 悲惨な目に遭う中学生が、異世界の魔法使いだった前世の記憶を取り戻し、世の中にリベンジする話 アンジェリカ @angelica2020

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