第10話 これがわが家?
マンションへの引っ越しが終わって、なんとか部屋の片づけも済ませた。
今、俺が寝転んでいるリビングは20畳もあって豪華絢爛、快適そのものですごく気に入っている。叔父さんの家ではリビングで寝転ぶなんてできなかったし。
このマンションはさらに部屋が他に3つもあるんだが、俺に割り当てられた部屋は6畳間の1室で、まあ、それについては、叔父さんの家の時と変わらないんだけどね。
このリビングは基本的に絵里というかディアナと共有ってことで、そのディアナは猫の姿で俺の傍らに眠っている。
「あの、オマエさあ、このマンションにいる時ってずっと猫の姿だろ?」
『いいじゃないの。この方がリラックスできるし。それに、私は猫の体じゃないと眠れないって言ったでしょ?』
「ああ、猫の姿が本体だったよな、人間体は後から魔法で作ったんだっけ?」
『ちょっと!あれは絵里の体を忠実に再現したんだから!ただのホムンクルスみたいに言わないで!』
・・・ディアナが起き上がって睨んでいる。そう言えば、本物の唐沢絵里さんは死んじゃったんだよな。だから複製体を作ったって言ってたよな。遺体も分子レベルに分解して、宇宙空間に放流したんだとか。
この話題は地雷だったみたいだ。危険だから触れないようにしようっと。
俺は大きな溜息をついて、リビングの天井を見上げた。そう言えば、ディアナが人間体の『唐沢絵里』でいる時間は、1日のうちで16時間しかないとも言ってたっけ。だから猫の姿でいる時間を長くとっておきたいってことなんだろう。まあ、俺と一緒に居る時は、猫の姿でも『念話』で意思疎通ができるし、猫の姿でいるところを見られても問題ないってことか。
でも、人間体の『唐沢絵里』は、本当に綺麗でモデル真っ青なんだよな。
よく考えて見ると、俺は健康な中学生男子なワケで、こんなゴージャス美人と二人っきりのマンション暮らしってのは、もうドキドキしちまう。俺はディアナと前世で恋人同士だったんだし、ディアナが絵里の体になった時は、一緒の風呂に入るとか・・・
「痛ってえ!」
股間に激痛が走った。何かと思ったら、ディアナが俺のモッコリ部分に強烈な猫パンチを連打している。
「テメエ!ナニすんだっての!」
『お仕置きっ!』
そういえばディアナは相手の考えが読めたんだっけ。
「なんだよ、ちょっと想像しただけだろ?」
『あのね。あの人間体は絵里の代わりを務めるための大事なものなんだから、そんなことに使わないの!』
「そんなことって、俺たちは恋人同士だったぜ?いや、今もそうだろうが」
『あのねえ。今のアナタは14歳で、絵里は24歳。いいこと?アナタがそういうこと考えるのは、まだ早いの!』
ディアナは怒って向こうに行ってしまった。
やれやれ。まったくガキ扱いだな。それにディアナの食事とか、マンションの部屋の掃除なんかは俺の仕事ってことになっちまってる。まあ、立場的にしょうがないっていうか。
魔法でやろうにも、俺はこの手の『生活魔法』が全然ダメ。こればっかりは前世で覚えてこなかったってのが悔やまれる。
まあ、情けないが事実なんでしょうがない。だから生活魔法を新しく開発しようと思ったが、だいたい、魔法を開発するってのは『何をどうしたいか』ってのを具体的に細々とシュミレーションしておかなくちゃいけないんで、『家事』に関する知識や経験を持たない俺は、『家事』に関する魔法を開発できるはずがないんだよな・・・って言い訳考えてもしょうがないんだが。
とりあえず、『集合意識』から食器の洗い方とか、『掃除』や『洗濯』の知識を引っ張り出してみる。ウェ、めんどいなあ・・・とか、ブツクサ言いながら部屋の掃除やキッチンの洗い物をやっていた。
待てよ、これって『バウンサー』の人型魔力塊に家事をやらせればいいんじゃないか。
つまり、『バウンサー』にプロレスや柔道の技を仕込んで『レスラー』を開発したんだが、これを応用するってことだな。
さっそく俺は人型魔力塊を具現化して、それに『集合意識』から集めた『掃除』や『洗濯』とか『料理』などの知識や経験をインストールした。
こいつは名付けて『バトラー』!という。『執事』ってことなんだが、実際は『召使い』って感じ。どうだ。出来たぜ!すげえぜ!俺ってやればできるし!これで家の掃除洗濯から解放されたぜ・・・と思ったんだが、『バトラー』を発動している時は、気が抜けない。
だから、コイツに作業を任せて俺はお出かけ、ってことにはならなかった。それに『バトラー』は人間の眼には見えないんで、買い物なんかができるはずもない。結局、俺が付きっ切りじゃないと何も出来ないので、こいつを使って作業をやったとしても、俺の体が空かないことになる。
これは早く全自動型のものを開発しなきゃならんぜ。
とはいえ、これは食事を作ったりするのは便利だった。食料の調達は、俺が買い込んできたものを、ディアナの魔法、『デュプリケート』で増やしておく。それを『異次元空間』に保存しておけば、ずっと新鮮な状態を保てるってワケ。
それで、必要な分だけ冷蔵庫に移しておき、後は『バトラー』がうまそうな料理に仕上げてしてくれるってこと。
ディアナは猫の姿でいる時、キャットフードなんか全然食べない。天然本マグロや高級な鶏肉なんかを電子レンジでチンして冷したものを食べている。先日なんか、ブリの頭を煮たのが食べたいとか言いだしたので、俺は電車に乗ってデパートの地下に買い出しへ行く羽目になった。
ディアナの人間体、唐沢絵里は、世田谷区の方に唐沢家の本宅があって、そこが住所になっている。この家は唐沢栄一郎さんから相続したものなんだとか。そこには通いの家政婦さんが2人もいて、絵里の身の回りを世話してくれるんだそうだ。
だから人間体の時は会社や本宅で過ごして、夜や休みの日になると、俺と住んでいるマンションに転移魔法でやってくるっていう生活を送っている。
ただし、猫の体をシャンプー・カットする時は、専門のトリマーさんを本宅に呼ぶそうで、俺には絶対やらせてくれない。まあ、ディアナの体は撫ぜるぐらいはさせてくれるんだが、抱っことかはダメで、やろうとしたら引っかかれてしまった。俺は抱き方が下手なんだとか。こんな感じの新しい生活なんだが、慣れるのは当分先になりそうな気がする。
★ ☆ ★
マンションの生活を始めて1週間が過ぎた。学校から帰って来てリビングのソファーでごろ寝していると、転移魔法で絵里の姿が現れる。このマンションに来る時はいつも猫の姿なのに。
「あれ?今日は人間体なのか?」
「まあね。すぐ会社に戻らなくちゃいけないから」
「なんだ。お帰りってワケじゃないんだ」
絵里はソファーに座って、テレビのスイッチをつけた。
「そう言えばアナタ、最近テレビ見てないじゃないの」
「いや、このテレビ、デカすぎてさ」
リビングには80インチのテレビがあるんだが、最初は物珍しさも手伝って、ネット配信の映画なんかをずっと見ていた。
ところが、近くで見ると画面を見上げるような姿勢になってしまって、次第に首が痛くなってくるし、遠くから見ると普通のテレビと変わんないので、別にこんな大きなテレビじゃなくてもいいじゃないか、とか思い始めて最近ではあまり見ていない。
「なによ、せっかく買ってあげたのに」
なんか機嫌が悪そうだからコーヒーを淹れて出しておく。これは絵里の大好きなマンデリンのフレンチローストなんだが、人間体の時しか飲まない(当たり前だが)ので、もっぱら俺がミルクと砂糖をガバガバ入れて飲んでいる。
「ところで、話があってきたの」
急に何事だろう。一応かしこまって向かいのソファーに座り、話を聞くことにした。
「あのね。閉鎖寸前の金鉱山を買い取る話、覚えている?」
おお、そんなこともあったっけ。たしか金を掘りつくして閉山になる予定の金鉱山を絵里の会社が買い取って、俺がその岩盤に金粒子を仕込んで金鉱脈を作り、再発掘しようって計画だったな。
「それね。正式にスタートさせるから、準備しておいて」
「じ、準備?何をだよ」
「オーストラリアに行くの」
え?じゃ、海外旅行に行けんのか!すげえ。飛行機っていっぺん乗ってみたかったんだよな。オーストラリアかあ。カンガルーとかコアラがいるんだろうな。
「で、もうすぐ私とスタッフは一度向こうに飛ぶから」
「俺は?」
「だから、私が向こうについたら、すぐ迎えに来てあげる」
「・・・なんだそれ?迎えに来るって、どうやって?」
「転移魔法に決まってるじゃないの」
おいおい。つまり、絵里たちは飛行機でオーストラリアの現地に入って、その後に絵里が転移魔法でこちらへ俺を連れに戻ってくる・・・って、おい!
「やだよ、そんなの!俺も飛行機に乗せろよ!」
絵里はコーヒーを口にした後、俺を睨んでいる。
「あのね。飛行機だと片道10時間もかかるの。アナタには学校があるでしょ!それに飛行機に乗るならパスポートも作んなきゃならないし、ビザも取らなくちゃいけないの!」
ちぇ!つまんねー。ってか面白くねーなー!
それに、話をもっと良く聞いたら、俺が金鉱山に行って作業を行うのは2~3時間なんで、俺は作業が終わったら人目に付かないように帰ってこなくちゃいけないから、旅行って話には絶対ならないそうだ。
それに、俺は転移魔法の座標特定がうまくできないから、絵里に送り迎えしてもらうしかない。つまり完全に言うがままに行動するしかないってか。
だめだこりゃ。もう拗ねた。失望感が強すぎて熱が出ちまったぜ。
俺がソファーにひっくり返ってぶーたれてると、絵里はしょうもないヤツ・・・って目つきで俺を見てる。
「あ、そう言えばね。アナタの叔父サマの会社、例の物流会社から正式に仕事を貰えたみたいよ」
絵里が突然、話題を変えて来た。俺がむくれてたから気を使ったのかも知れない。
「それでね。その物流会社の社長さんが教えてくれたんだけど。叔父サマの会社が前に下請けをやっていた運送会社なんだけれどね」
「・・・その運送会社って、確か、叔父さんの会社を急に下請けから外しちまったってところか?」
「そう!噂ではその担当の重役って人が、お金をもらって別の会社に変えちゃったってところ!その重役がこないだ解任されちゃったんだって」
「なんだよ、その解任ってのは」
「重役から外されちゃったって意味」
「マジかよ!」
「叔父サマの会社の代わりに下請けになった運送会社が、その重役にお金を渡していたんだって。それがバレちゃったことからそうなったらしいの。だから、その会社も只じゃ済まないかもね」
・・・なんだか、ドロドロした世界だな。これじゃ前世の宮廷みたいじゃないか。それにしても絵里はこんなところで仕事をしてるってのは凄い。マジ尊敬しちまうわな。
え?でも、この話、よく考えるとすごく辻褄が合い過ぎて気持ち悪いんだけど。
ひょっとして絵里が裏で仕組んだ話じゃね?だとしたら、こちらの世界では絵里は俺なんかよりはるか大人だってことか。
っていうより、絵里って怖えなあ、と改めて思ってしまった。
「さて、私は会社に戻るね」
「ああ、帰りは遅くなるのか?」
「う~ん、わかんない。今日は向こうの家に泊まるかもね」
・・・なんだか、この会話って、『パトロンと2号さん』みたいな感じじゃね?と思ったが、絵里が睨んでいるので、口には出さない。まあ、絵里は相手の考えが読めるんで同じなんだけどね。
★ ☆ ★
結局、昨日の晩は絵里、いやディアナはマンションに来なかった。ここに引っ越してきて一人で寝たのは初めてだったんだが、割と快適に眠れた感じがする。
ディアナはリビングに寝るか、気が向いたら俺のベッドのところにきて寝る時もある・・・って、話をすると艶めかしい感じだが、ディアナ猫の姿なんだから、そんなことはまったくない。
それに朝になると、俺の顔をバシバシ猫パンチで起こすので、これが痛かったりするんだよな。
朝、寝ぼけている時にシャワーを浴びると、目が覚めて体がシャキっとするってのは、このマンションに引っ越してから知ったことだった。叔父さんの家じゃ、朝シャワーなんて習慣がなかったし、これは叔父さん夫婦に遠慮しながらの生活だったってこともある。
朝飯は『バトラー』にお任せなんだが、この魔法は全自動タイプじゃないから、発動中は俺が気を抜くことはできないってのがつらいところ。まあ、この魔法は生活魔法じゃなくて、戦闘魔法の人型魔法塊を応用したものなんだから仕方ないんだけどね。
ここにきてからずっとトーストにハムエッグ、インスタントのカップスープにトマトのサラダってメニューなんで、もうはっきり言って飽きて来た。
なんとか日本食の朝飯を食いたいと思っているんだが、考えて見ると、これが簡単にいきそうもない。
つまり『バトラー』は、魔力塊が調理作業を実行するって魔法なんで、こいつに料理をさせるには、他に食材と調理道具が必要になる。
だから、炊飯ジャーに米や日本食用の食材を調達しにいかなくちゃいけないんだが、ディアナ、いや絵里はこういうことがまるでダメで、俺が一人でやらなくちゃいけない。
しょうがないから、近くのコンビニで御握りと納豆を買ってきて食べた。これは、なんだが魔法使いとしては情けない気がする。はやく炊飯ジャーを買いに行こう。
飯が終わったところで、コーヒー、いや、カフェオレを飲んで、制服に着替えたて学校に行くんだが、このマンションに引っ越して来たら、一緒に登校する仲間が出来た。
吉川北斗君はこのマンションの近くに住んでいて、学年が同じだが隣のクラスの男子。前から顔は知っていたけれど、引っ越してきてら登校のルートが同じだったんで、話しかけてみたら結構、面白いヤツだったから、仲良くなったって感じ。
校門が近づくと、俺の周りに同じクラスの仲間が集まって来る。こうなると吉川君は違うクラスなんで、遠慮してるのか、目くばせして離れて行くんだけれど、まあ、こういう気づかいもできるヤツなんで、気持ちがいい。
チャイムが鳴り、退屈な授業が始まる。だいたいの内容なんて『集合意識』にアクセスすると数秒で把握できてしまうからしょうがい。
最近は、授業中にバイ・ロケーションで幽体離脱をしてやろうとチャレンジしているんだが、体の方に残した意識が、まだ希薄なんで、どうしても眠ってしまう。
これを練習しているうちに、何とか目を開けて座っている状態まで保てるようになってきた。幽体の方でも体の意識をコントロールすることもできるようになったので、体に何かあったら、すぐに戻るってのを慣れるまでやることにした。
まず、幽体で学校の周りを移動しながら、教室に残している体の意識を保ち、なんとか起きている状態をキープする。これは今のところ、最高記録で30分が限度みたいだな。これ以上だと体側の意識が持たなくて眠っちまうようだ。
こうして授業中はバイ・ロケーションの練習に明け暮れて、給食を食べた後の昼休みは、以前に俺を虐めてくれた奴らに復讐した後は、体育館で遊ぶと言った感じで1日が過ぎて行った。
帰り道、同じクラスの奴らと固まって歩いていたら、もう少しで叔父さんたちの家に行きそうになっちまった。途中で館川君と二人になった時、「あれ?中上クンは引っ越したんだよね」とか言い出して気が付いたんだが、習慣て怖いなあって思う。館川君、もっと早く教えてくれよ。
「ところで中上クンさあ」
・・・なんだ?館川君、話があるのかな。
「もらった人形、マジの魔法が仕込んであったんだね!」
おお、館川君、『バウンサー』を試してみたんだ。まあ、大した力は発揮できないが、中学生の虐めっ子対策にはなっただろう。まあ、ここはすっ呆けておくか。
「魔法?どうだろうね。それって、館川君の念力か超能力が目覚めたんじゃないの?」
「ええ!そうなのかな?」
「たぶんそうだよ。魔法なんてあるはずないじゃないか」
「超能力と言えばさあ。中上クン、ドッペルゲンガーって知ってる?」
「ド、ドッペルって、なんだいそれ?」
館川君、突然、何を言い出すんだ?本当、相変わらずだな。
「ドッペルゲンガーって、自分がもう一人現れるって現象なんだけどね」
「それがどうしたんだい?」
「実は中上クンのドッペルゲンガーが現れたって噂があるんだよ」
な、何だって!俺のドッペルなんだかがどうして現れるんだっての。
「なんだか、良く解らないなあ。どういうこと?」
「うん、他のクラスの男子が、体育の授業中に花壇のところで中上クンを見たんだって。でも、その時間なら、中上クンは授業中で教室にいるのをみんな見ているからね」
あれ?そう言えばバイ・ロケーションの練習で、幽体の方が花壇に行ってたぞ?でも、幽体は人の眼には見えない筈なんだが・・・
「そ、それって錯覚じゃね?」
「うん、まあ、それだといいんだけどね。中上クンって、念力とか超能力が使えるって評判だろ?」
つまり、超能力少年の誉れが一段と強くなったってことか。やれやれだな。
「ドッペルゲンガーってさ。本人も気づかないうちに現れるらしいんだよ。それがフランスやドイツでも目撃例があってね。なんか、19世紀のフランスの女性なんだけど、同時刻で離れた2カ所に本人がいるのを大勢が目撃しているんだって」
「こ、怖わくね?」
「これって、自分がどこかに行きたいなあって思っていると、その場所にドッペルゲンガーが現れるんだってさ」
「へえ。相変わらず、そういうのに詳しいね」
「えへへ。中上クンに褒められちゃった」
・・・別に褒めてないんだけど。まあいいか。
「じゃあ、僕、帰るね。中上クンと話ができて良かった!」
う~ん。これはバイ・ロケーションの幽体が目撃されちまったってことだよな。
これは対策を考えないと・・・と、思っていたら、もうマンションの前についてしまった。
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