第9話 2度目の引っ越し

 夕方、叔父さんがご機嫌で帰ってきた。絵里が紹介した物流会社から担当者がやってきて、仕事の依頼をしてくれたとか、その会社、最近は倉庫も増えてきたことから、下請けの運送会社を探していたんだとか、もとの陽気な叔父さんに戻ったので、なんだかうれしい。


 さらに担当者って人が、タイヤ輸送の会社から、叔父さんの会社が下請けの仕事を外された話について、これは噂なんですが、とか言って色々教えてくれたそうだ。


 それによると、タイヤの運送会社の重役が、どうやら買収されたらしくて、叔父さんの会社を外して、別の会社に仕事を廻したってことらしい。


 なるほどね。少なくとも叔父さんの会社が悪くてこうなったワケじゃいってことか。まあ、叔父さんとしても、新しい仕事先ができたんで、影響は少なくて済んだだろう。

 でも、その話だと、叔父さんの会社を下請けから外した『重役』ってのはどうも許せないんじゃないか。それこそ、証拠はないけれどね。


 それにしても、絵里の言う通り、この世界では『経済』ってやつが魔法以上に力を持つってことを身に染みて感じてしまう話だった。


 久しぶりにリビングが明るい雰囲気になってきたなあ、と思っていると、叔父さんが急に改まった感じで、『この間の話』をしよう、と言い出した。

 俺の方もちょっと緊張して座りなおす。つまり、絵里が俺を引き取ると提案したことについて、きちんと話し合おうって意味だろう。


 「で、まず叔父さんたちからの話をしたいんだが」と、叔父さんが俺の顔をじっと見つめる。

 「実は叔父さんたち、子供を授かることになったんだ。もう俺も歳が歳なんで、すっかり諦めていた。こうなるなんて思ってもみなくてな・・・」


 まあ、知っていましたよ、とは言えず、ここは「え、マジっすかあ!」と驚いておく。

 そうとう言いづらかったんだな、ってのが伝わってくる。俺に遠慮していたんだろうか、希美さんなんか下を向いたままだったし。

 

 「叔父さん、叔母さん、おめでとうっす!じゃあ、俺の部屋、明け渡さなくちゃいけないっすね」

 

俺がすかさずそう言うと、叔父さんたちは慌て始めた。

 「おいおい、それは子供が大きくなってからだ。まだ先のことだろ?この間、絵里さんが言っていた話とは別に考えてくれ!」

 「そうよ。和也ちゃん、アナタはこの家にずっといていいのよ」 


 いや、そうはならないな。叔父さんたちは、今まで子供がいなかったから俺を引き取ってくれたが、その前提がなくなる。もう、この二人には負担をかけられない。それに俺の居場所は絵里が用意してくれた。今のおじさん夫婦にとっても、俺はこれ以上、ここにいるべきじゃない。


 「大丈夫っすよ。叔父さん、叔母さん。今まであざっす!」


 俺は2人の前で深々と頭を下げた。思えば、両親が殺されて、行き場のなかった俺をこの2人が引き取ってくれたし、俺自身が死にかかった時も親身になってくれた。ホントに感謝しかない。


 あれ?なんだろう。涙が出て来るじゃないか。これじゃ頭が上げられないぜ・・・

 すると、叔母さんまで泣き始めちまった。ヤバいっての。俺はこういうシチュエーションってのは苦手なんだって。


 俺の眼には涙がいっぱい溜まり、ポタポタとテーブルに落ち始めた。ヤバい、ヤバいっての!

涙を止める魔法ってなかったかな・・・


 気が付くと、叔父さんがティッシュの箱を渡してくれた。

 


★ ☆ ★


 次の日の朝、リビングに降りると、叔父さん夫婦はにこやかに迎えてくれた。こうして一緒に朝飯を食うのは、もう何日もないだろう。

 ところで、引っ越しのスケジュールはどうなっているのか、ちっとも解らない。今日でも絵里に念話で聞いてみよう。


 数学の授業中、あまりにも退屈だったんで、誰にも気づかれないように、元素物質を作る創造魔法を色々練習して見た。手のひらの上で、物質を作っては消して・・・ってのを、こっそりとやるんだが、誰かに見つかるとやばいと思うと、中々スリルがあってぞくぞくする。


 イメージのやり方次第で、元素物質以外のものも現れてくる。色々やっているうちに、何かの偶然でプラスチック状のものが出来た。これはマスコット人形なんかの材料に使えるんじゃないのかな、とか思っていると、ひょっとして、これを素材にして自分が思い描いた形のマスコット人形が作れるかも知れないと考え着く。


 そういえば、人型魔力塊の『バウンサー』を形にして見るってのはどうだろう。あれは実際、肉眼では見えないんだが、どんな形をしているかは、イメージをだいたい掴んでいる。

 だいたい、あれは、アメリカの大きなナイトクラブやバーにいる用心棒をモデルにして作った魔力塊なんで、そのデカいヤツが形としてのイメージってことになるだろう。

 こうして『バウンサー』のマスコット人形が出来上がった。厳ついゴリラみたいな大男だが、なかなか愛嬌があるかも知れない。さて、色をつけるとしたらどうなるんだろうか。


 ・・・ということで、マスコット人形に色付けをして見ると、だんだん面白くなってしまって、『バウンサー』だけじゃなく、『レスラー』のバージョンも作っちまった。気が付くと授業が終わるところじゃないか。

 完成したマスコット人形を眺めていると、癖になりそうで怖い気がする。いかんぜこれは・・・俺はマスコット人形を制服の内ポケットにしまった。でも、なんだかホクホクした気分である。


 やっと授業が終わった。これで解放されるぜ・・・と勉強道具をバッグに放り込んで玄関を出ると、いつものように一緒に帰るメンバーが集まってきた。


 今日は重大発表をしなくてはならない。そう。もうすぐ俺は絵里が用意してくれたマンションに引っ越すんで、帰り道が少し変更になる。そう話したら、一部の連中ががっかりしたような声を上げ始めた。特に館川君の落ち込み具合が気になる。まあ、これでお別れってワケじゃないからいいじゃないか・・・とは思うんだが、実はそうではなかったらしい。

 

 それはいつもの通り、帰り道の最後の方で、館川君と2人になった時のことだった。館川君はまだガックリ落ち込んでいる。いつもあれこれと話かけて来るのに、今日は下を向いたまま黙りこくってしまった。


 「どうしたんだい?いつもの館川君じゃないぜ」

 「だってさ、もう少ししたら、中上君と一緒に帰れなくなるじゃないか」

 やっぱりそれか。でもしょうがないっていえばしょうがない。しかし、俺と一緒に帰れなくなるのがそんなに寂しいなんて言われたら、ちょっとずきんと来てしまうね。

 「まあ、俺も寂しいけれど・・・会えなくなるワケでもないし」


 ところが館川君、寂しいとかじゃなかったみたいだ。

 「僕、不安なんだよ」

 不安って、何が不安なんだろう。俺と話している時はいつも明るかったので、館川君が不安だなんて思ってもみなかった。  

 「だって、今までは、中上君が一緒に帰ってくれたから、僕、虐められずに済んでいた。でもさ、中上君と帰れなくなったら、また、虐められるかも知れないじゃないか」


 あ、そっちの方か。それで不安だっていうことなワケね。確かに俺と一緒に帰る前は、例の5人組に虐められていたんだっけ。

 まあ、その気持ちはわかる。俺もダニエルが目覚める前までは、同じような気持ちでいた。


 「館川君なあ。俺も昔は虐められてたのを覚えてるかい?」

 俺がそんな話をすると館川君、ちょっとびっくりしている。


 「俺ってさあ。虐められるだけじゃなくて、ナイフで刺されちゃったじゃないか。でもこうして生き残れたのは、あることを『信じる』ようになっただけなんだ」

 「・・・な、なにを『信じ』ているの?」


 館川君、なんだか胡散臭い顔をしている。別に俺はどこかの宗教団体に勧誘しようってんじゃない。

 「いやいや。信じるのは『自分』さ。『自分』は絶対、大丈夫だって信じること」

 すると、なんだか、神妙な顔つきで俺の話を聞いてくれる。


 「つまり、怖がっちゃダメなんだよ。何にでも、『俺は大丈夫!』と思って、ぶち当たっていくしかないんだって」

 これは或る意味、『恐怖』の対処法でもある。こっちの世界の人間ってのは、『恐怖』を感じるとパニくってしまって訳のわからない行動をすることが多い。


 だから、『恐怖』の感情を抑えることが大切なんだがな。そういえば、絵里が、この世界で有名な『聖書』って本には『恐れるな』って言葉が365個も書いてあるんだとか言ってたのを思い出した。

 

 恐怖を抑えるとパニくっちまうのを防止できる。そのためには『俺は大丈夫!』ってことを信じるしかない。館川君、解ってくれるかな。

 

 「自分を信じろって・・・、僕は自分自身があまりに情けなくて信用できないんだよ」

 「だって、ぶち当たるしか道がなかったら、信じられるのは自分だけだろ?」

 「無理だよ!自分なんて絶対信じられない!そ、それに怖いじゃないか!」

 ・・・だめだこりゃ。まず『恐怖』を押さえるために、自分を信じろってことなんだが・・・


 「あのさあ。館川君の中には、自分が知らない能力、自分が知らない何かがあるかも知れないじゃないか」

 「ど、どういう意味?それ?」

 「緊急の時には、自分の知らない能力があって、それが自分を守ってくれるかもしれない。そう考えるとどうだろう」

 俺は制服の内ポケットから例のマスコット人形を引っ張り出した。授業中に暇つぶしで作った『バウンサー』の方である。

 ただのマスコット人形じゃつまらない。そこで俺はこいつに『バウンサー』が発動するように魔法を仕込んでみた。

  

 「自分が虐められそうになったら、これを握りしめて『バウンサー!』って念じるんだ。そうすれば、キミの中で眠っている『眼に見えない力』が目覚めて、キミを守ってくれる」


 まあ、普通ならそんな話は信じない。でも、館川君は俺を『超能力者』だと思い込んでいるし、マジに受け止めてくれるんじゃないか。

 館川君は、眼をきらきらさせながら、『バウンサー』のマスコット人形を眺めていた。


 この人形、魔法が発動すると、プロレスラーぐらいの人型魔力塊が現れて、相手を攻撃することと、人間の眼には見えないってのは、俺が使うものと同じ。違うのは、攻撃力が小さいってことぐらいだろうか。まあ、館川君を虐める奴らには、十分な魔力塊ができるだろう。 


 「嘘だと思うなら、こんど試してごらんよ」

 俺がニヤニヤしながら館川君をけしかける。すると館川君はすっかり青ざめた顔になっちまった。

 「だめだよ!そんな恐ろしいこと」

 「だからさ、信じるんだよ。自分は大丈夫だって!」

 

 俺の話したことは本当で、『魔法』ってのは、『こうなるように!』と念じること。つまり『こうなる』と信じ切ることが原点。その『信念』みたいなものが周囲の魔素を引き込み、魔法が効力を発揮する。

   

 第一歩は、俺の話を『信じる』ことなんだが、それは大丈夫っぽいな。後は経験次第で、うまく『バウンサー』を使いこなせるだろう。

  いずれにせよ、いつかは自分ひとりで敵と立ち向かわなくちゃいけない。早く虐められっ子から脱却するよう、頑張ってほしい。

 

 館川君と別れて家に帰り、自分の部屋でほっとする。この部屋ともお別れだな、とか思って辺りを見回すと、勉強机の椅子に猫の姿のディアナが座っていた。


 「お、おい!どうして猫の姿で来たんだよ!」

 『いいじゃない。猫なら人間体より転移魔法を使いやすいの。それに、猫の体の方がリラックスできるしね』

 そういえば、人間体、絵里の姿でいられるのは一日のうち16時間までとか言ってたな。ずっと人間体の絵里と会っていたから、こいつは猫が本体だってのを忘れちまっていた。

 

 でも、思わず大声を上げちまったのはまずかった。下の希美さんに気づかれたかな。


 『希美の叔母様なら、いらっしゃらないわよ』

 「え?そうなの?助かったぜ!」

 『言っとくけど、アナタは転移魔法が苦手だから、私が来てあげたのよ』


 ディアナは前足をぺろぺろ舐めている。そうだった。絵里に、引っ越しの打ち合わせをしたいから、どこかで会えないか、って『念話』を送っていたんだっけ。 


 でも、俺が転移魔法を苦手にしてるってのは、ちょっと違うぜ。体を転送する時に座標の読み取りがうまくできないってことなんだがな。


 ディアナは椅子からぴょんと飛び降りて、下に降りると、トコトコと歩いて来て俺の顔を見上げた。

 『部屋の間取りも見ておいてほしいから、マンションの方に行ってみよっか』

 「これからか?もう暗くなるんじゃね?」

 『大丈夫よ。転移魔法使うもの』


 そういえば、ディアナの転移魔法は自分が転移するだけじゃなくて、周囲の人間も連れていけるんだったけ。


 気が付くとあたりの風景が変わっていた。ディアナが転移魔法を発動したんだろう。

 へえ、ここが俺の住むマンションか、とあちこちを見て廻る。まあ、事前に不動産屋のパンフレットは渡されていたが、こうして実際に見て見ると、その豪華さに圧倒されちまった。


 20畳ぐらいのリビングと対面式キッチンがあって、トイレやバスルームも広々としている。廊下が広い。部屋もいつかあるようだ。驚いたことにリビングには螺旋階段が付いている!

 ソファーとかの応接セットやダイニングテーブル、カップボードや冷蔵庫なんかは、すで運び込まれているし、もうここで生活ができるじゃないか。


 『どう?お気に召したかしら?』

 ディアナはいつの間にかソファーの上に座っている。

 「ああ、こんな広いマンションに一人で生活するかと思うと、落ち着かないよ」


 本当の話、こんなテレビドラマに出て来るようなマンションじゃなくて、ワンルームの方が暮らしやすい気がするんだけどな、と、俺が辺りを見回していると、ディアナが俺のそばまでやってきた。 

 

 『何言ってるのよ!ここは私も住むんだからね』

 「え?お前、今住んでいる家があるだろうが」

 『別に住む場所が色々あってもいいじゃないの』


 どういうことだろう。ここは俺だけのマンションじゃないってか。おいおい・・・とは思ったが、そういえば俺は引き取られた身ってことを思い出した。まあ、そりゃしょうがないわな。


 『あなた用に1部屋あげるから、荷物はそっちに置いてね』

 おれがソファにドサっと座り込むと、ディアナが膝の上に乗ってきた。

 

 『私、こうして一緒に暮らせる日をずっと思い描いてきんだから!ずっと、ずうっと、頑張ってきたんだから!』 

 

 なんだ、こいつ?と思っていると、ディアナはいつの間にか眠っている。そうか、こいつは人間体じゃ眠れないんだったよな。

 そういえば、ディアナは俺を探し出すために、12年間も苦労してきたんだったけ。


 俺はずっとディアナの背中を撫ぜながら、ソファーの上でいつの間にか寝てしまった。 

 

 ふっと目が覚めたら、そこはマンションじゃなくて、元の自分の部屋のベッドの上。 ディアナが転送魔法で送り届けてくれたのか、と思っていると、ディアナは人間体、絵里の姿で、俺を見降ろしている。しかも見慣れないトレーニングウェア姿だった。


 引っ越しの準備だとか言って、段ボールに詰めるものなんかを色々と俺に指図し始める。そんな面倒くさいことしなくても、『異次元空間』に放り込んで、向こうのマンションから取り出せばいいじゃないか!と言ったら、『叔父さまや叔母さまの眼があるでしょ!』と絵里に叱られてしまった。

 なんだか、この先もずっと絵里にドヤされながら暮らしていくんじゃないか、って思わさるのは考え過ぎだろうかな。


 ★ ☆ ★


 とうとう明日の日曜日は引っ越しの日。本や服などを色々と段ボールに詰め込んでいくうちに、ここに引っ越してきた時のことが頭に浮かぶ。あの頃はどうしてこうなったのか、訳が分からないまま、この部屋に来ちまったが、その後も虐められたり、殺されかかったりして、しんどい目に遭った。


 しかし、それで前世の人格が蘇り、魔法も使えるようになったし、なによりも前世の恋人、ディアナを取り戻すことができた・・・いや、実はディアナの必死の努力が実って、俺がディアナに取り戻された、ってのが本当なのかも知れない。

  

 荷物をトラックに積んでいると、叔父さんが無言で手伝ってくれる。なんだが妙にセンチメンタルな気分になってしまった。希美さんなんて涙ぐんでいる。この家に来て、たっ33ヶ月ぐらいの間だったが、俺にとっては1年ぐらい過ぎたが過ぎた気がする。


 トラックの荷台のドアが閉められ、出発を待つだけになった。叔父さん夫婦が呆然と立っている。

 そろそろ、お別れの挨拶をしたほうがいいかな。


 「叔父さん、叔母さん、お世話になりました!」

 二人とも無言で俺を見つめるだけである。


 「また、遊びに来ますよ」

 「なに言ってんの!いつでも帰ってらっしゃい!」

 突然、希美さんが泣き出した。

 そうは言われても、これから出産準備とかで忙しくなるだろうし・・・まあ、お気持ちはありがたく頂いて行く。


 おっと、トラックの運転手さんを待たしちゃいけないな。ヤバい、目に涙が浮かんできちまったじゃないか!

 トラックが走り出した。涙で窓を開けることができない。ガイアの世界に来てから、ホント、泣き虫になっちまった。どうしてこうなったのか、ちっとも解らない俺だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る