第8話 新しい生活
最近、叔父さんの様子がおかしい。帰ってくると以前は御機嫌で声をかけてくれたのに、不機嫌そうな顔付きで、何もしゃべらなくなった。スウェットの上下に着替えると風呂場に入り、上がったら晩酌のビールをがぶ飲みして飯をかき込むと、さっさと寝てしまう。
朝起きて食事をする時も、イライラしているのが周りにも伝わるぐらいで、叔母さんの希美さんもピリピリしている。そう言えば希美さん、最近は体調が悪いらしい。叔父さんのイライラが原因でストレスになっているのだろうか。
先日、絵里から「この家には居られなくなる」と言われたことから、2人の様子がずっと気になっていた。それで、叔父さんが帰って来たら、バイ・ロケーションで幽体離脱して透明人間状態になり、下のリビングに降りて見ることにした。
リビングに入ると取り敢えず、天井のところにフワフワ浮いて様子を見る。すると、今晩の叔父さんは意外にもニコニコしていた。希美さんはなんだか恥ずかしそうな顔だし、なにがあったんだろうか。
2人の話をよく聞いてみたら、どうやら希美さんが妊娠、つまり子供ができたらしい。
そうか。それで叔父さんは機嫌がよかったってことか。
希美さんは30代前半だけど、これからは初めての出産と子育てってことで、色々と大変になるんじゃないか。つまり、俺なんか構っていられないし、将来は子供部屋も必要になる。そうなると俺が住んでいる2階の部屋も明け渡すってことになるのか。
それに、子育て費用もかかるしな・・・第一、叔父さん夫婦は自分たちに子供がいないからってことで、俺を引き取ってくれたんだが、その前提が崩れるなら話も別ってことになる。
なるほど。絵里、つまりディアナの『近未来予知』は、前世でも当たることで評判だった。俺がここにいられなくなる理由ってのは、たぶん、これに違いない。
・・・と、思っていると、話はそれだけじゃなかった。なんと叔父さんの経営する運送会社が、大ピンチらしい。
叔父さんの会社は、自動車のタイヤを運搬する仕事をやっているんだが、それは会社の仕事全体の約5割、半分を占めていた。ところが、この仕事がなくなってしまったんだとか。
叔父さんの話をよく聞いてみると、タイヤメーカーは、製造したタイヤを専門の運送会社に委託して、自社の倉庫やタイヤの販売店に運び込ませる。
この専門の運送会社ってのは、自分の会社だけでこの仕事をやるんじゃなくて、幾つかの小さな運送会社にさらに委託してタイヤの運送を行わせるらしい。
叔父さんの会社は、その一つで、専門の運送会社の下請けになるってことだろう。
ところが今回は、ちょうど契約期間が切り替わる時期だったんだが、別の運送会社に委託することになったってことで、専門の運送会社の担当者が通告してきたんだとか。
叔父さん、かなりしょげていた。イライラの原因はこれだろう。
そうなると、他の仕事先を探さなければならないが、叔父さんはトラック運転手から成りあがった人で、仕事を探す、つまり営業みたいなのはあまり得意じゃない。俺も世話になっている身だし、何とか助けてあげたいが、どうやったらいいんだろうか。
・・・おい。ちょっと待てよ。
叔父さんの運送会社を別の運送会社に変えた人って誰だ? だいたい、どうしてそんな話になったんだろうか。叔父さんの会社が何か失敗でもやらかしたってことなのか。
と、思ったらバイロケーションで幽体離脱しているのが辛くなってきた。リビングの時計を見ると、もう3時間も経っているじゃないか!、もう限界っぽい。こんなに長い時間やってると、幽体が持たないぜ。
慌てて体に戻ると急激な眠気に襲われっちまう。幽体離脱をやると、時々この症状が起きるんだか、未だにどうにもならない。全然なんともない時もあるので、原因がいまだに判らないんだよな。
前世ではこんなことなかったんで、ガイアの世界特有なのかも知れない。バイロケーションの幽体離脱は、こちらの世界でも、オカルト扱いされてはいるものの、それなりに普及しているらしい。今度『集合意識』を調べてみることにしよう。
★ ☆ ★
次の朝、やはり叔父さんは機嫌が良かった。俺も朝飯を食べようと食卓テーブルに座ったら、味噌汁の代わりに出てきたのがインスタントのお吸い物、例の松茸の匂いがするアレだった。
希美さんって、味噌汁を作るのが得意で、凝ったものを作るのが好きだったはず。いったいどうしたんだろう、と思っていたら、急に味噌の匂いがダメになったんだとか。
それにしても、希美さんが妊娠したってことは、まだ俺に対して話づらい雰囲気なのかも知れない。これって、すごく居心地が悪いんだけどなあ。
今まであれこれ構ってくれたのに、希美さんの態度が変わっちまったんで、ちょっと寂しかった。
朝、学校で校門の前まで来ると、例によってクラスの同級生たちが集まってくる。館川君なんか、俺を見た途端に駆け寄ってきた。なんだか俺を超能力者と勘違いしてるのがどうも・・・まあいいか。魔法と超能力の違いって良く解らんがね。
なんだかガラの悪い3年生が近づいてくる。良く見ると、館川君を虐めていた5人組の一人で、向こうも俺に気づいたらしく、ギクっとした顔で向こうに逃げちまった。
こんな感じで今まで俺を虐めていた3年生の男子たちが、俺の顔を見るなり走って逃げちまうようになった。はっきりいって、すごく気分が悪い。
館川君によると、俺はあいつらから不気味なヤツってことで噂が立っていて、それで避けられているんだとか。腹立つなあ。
それにしても館川君、学校内の情報をあれこれと持ってきてくれるが、俺の秘書か情報担当のつもりなのかも知れない。
さて、相変わらず授業中は暇である。この時間は何とかならないものだろうか。絵里が言ってた『ホムンクルス』ってのがあるらしい。俺そっくりのものを一体作って置いておきたい気分だが、ダメだろうな。俺にそんなもの作る技術はない。
いっそのこと、バイ・ロケーションで幽体離脱しようと思ったが、これは意識を体と幽体の2ヶ所に同時存在させるテクニックなので、幽体側の意識は自由に移動できても、体に残した意識はここで大人しく授業を受けていなくちゃならない。
第一、俺の技術では、体に残した方の意識があんまり強くないんで授業中に眠ってしまうだろう。そうでなくても眠くなるんだから無理だな。
眠気と必死に戦っていると、絵里から『念話』が入った。
その内容は、というと今度の日曜日に、絵里が叔父さんたち夫婦に会いに来るとのこと。で、会って何を話すのかっていうと、なんと、絵里が俺を『引き取る』ってことを提案しに行くんだとか。
おいおい。俺が絵里に『引き取られる』ってかい。なんか納得できない話じゃないか。
前世では俺の方が年上だったはずだぞ? どうして養子みたいに『引き取られ』なくちゃならないんだっての。
百歩譲って、絵里が『マンション買ってあげたからどうぞ!』っていうなら、話が解るが、これじゃ、『行き場所のない和也君がかわいそうなので、私が引き取って面倒見ましょう』って感じだろ?
馬鹿にしてね?これって。
俺はすっかり拗ねてしまったが、冷静になって考えてみると、今現在は俺が中学生で、向こうは若いとはいえ、それなりの会社の社長さんである。
第一、俺には収入がないし稼げる方法もない。しかもこの国では中学生が働いて収入を得るとしても、新聞配達か映画テレビの子役ぐらいだろう。新聞配達じゃ食っていけないし、子役ってのもガラじゃない。
納得できない思いを無理やり飲み込んで、俺は絵里の案に乗ることにした。いや、お世話になることにいたしました。っていうのが正しいのだろうな。
退屈な授業が終わって、昼休みになる。憂さ晴らししようと、体育館に行くことにした。同じクラスの奴らが円形バレーでもやっていたら、それ混ぜてもらうつもりだったんだが、廊下で、以前に俺を虐めてくれた3年生を見かけた。あのニキビ面は忘れもしない。こいつには確か『バウンサー』で回し蹴りを喰らわして3発ぐらいぶん殴ってやったっけ。
そんなことを思いながらニキビ面を眺めていたら、気の弱そうな一年生を体育館の裏に連れ出して行くじゃないか。
こっそり後を付けると、連れ込まれた一年生は、財布からお金を出してニキビ面に渡している。これはカツアゲだろう。
それを見て、俺は頭にきてしまった。俺の中では小田原啓二に『2万円持ってこい』、と言われたのがトラウマのようになっている。これはダニエルの人格が覚醒した後も同じだ。
気づかれないように、そうっと俺は忍び寄る。このニキビ面は前回以上に痛めつけないと、俺の気が済まない。
『レスラー!』
俺は気づかれないように詠唱する。これは『バウンサー』の改良版で、目に見えない大男が現れるところは同じだが、ぶん殴ったり、蹴りを入れたりするだけじゃなくて、プロレスや柔道の技を使って相手を攻撃するってところが違う。こんな魔法を思いついたのはプロレス好きの叔父さんの影響かも知れない。
『チョークホールド!』
俺が詠唱すると、魔力塊がニキビ面に組みかかり、ヤツの首に太い腕を巻き付けた。
ニキビ面は「ウッ!」と唸って両手で首を押さえ、苦しそうに転げまわる。これは柔道の締め技を掛けられている状態。しばらくするとニキビ面の顔が青ざめてきて、口から泡を吹き、とうとう気絶してしまった。これは柔道で言う『堕ちた』状態になので、すぐに蘇生技をかけてやる。
意識が戻ったニキビ面は、あわてて逃げて行った。
一年生は何が起こったのか、理解できないって感じで突っ立っている。
俺はしらばっくれて近くに駆け寄った。
「あれ?突然、何が起こったんだろう? でも、あいつは悪いことやったから、きっと天罰が当たったのかもね」
「そ、そうなのかな」
一年生は唖然とした顔で俺を見ている。
「多分、きっとそうに違いないよ」
巻き上げられた2千円札が地面に落ちていたので、それを拾って一年生に返してやる。残念ながら昼休み時間が終わりそうなので、俺は教室に向かった。
清々した思いで午後の授業をやり過ごすと、やっと学校が終わる。帰宅部の俺はさっさと帰り支度を終えて玄関に向かうと、他の同級生たちが追いかけて来た。こうして10人ぐらいに囲まれながらワイワイ騒いで帰り路を歩くのがすっかり習慣になってしまった。
最後の方になると、いつもの通り、館川君と2人になる。彼を虐めていた奴らを俺が追っ払って以来、帰り道はこうなるんだが、まあ、これは家の方向が一緒だからしょうがないし、館川君を虐めようとする奴らも近寄らないだろう。こうして彼の他愛のない話を聞かされることになっちまう。
「中上君さあ。またカツアゲが流行ってるんだよね」
「へえ?そうなんだ!」
「うん、最近は1年生がターゲットになっているんだよ」
「やばくね?」
なるほど。昼休みに見た光景と一致するが、俺はしらばっくれるしかない。
「中上君は、超能力持っているみたいだから、大丈夫だよね」
「い、いや、あれはホント、どうしてああなるか、ちっとも解らないんだって」
「大丈夫だよ。僕、黙っているから」
何を黙っているのか解らないが、まあいいか。
「でも、中上君が超能力か念力を使って、3年生をやっつけた話は有名だよ」
「え?そうなの。まいったなあ」
ホント、これはまいった。『篠原総合病院』の医者たちから魔法を使えることは隠した方がいいと忠告されているが、俺は『超能力少年』と言われるようになっちまった。
まあ、向こうが暴力で来るんだし、俺の体は貧弱だから、魔法を使って防御するしかないじゃないか。ってことで、自分なりに言い訳を考えて納得することにした。
せめて、この『超能力』は、俺が自覚できずに勝手にそうなっちまうもの、ってことでゴマかすしかないだろう。
館川君と話しているうちに、小路の方から数人が誰かを脅している声が聞こえる。この調子だとカツアゲだな。
「館川君さあ。俺、向こうの方に用事があるから」
「ちょ、ちょっと!僕をここで一人にしないでよ!」
館川君、なんだか情けないことを言って俺から離れない。
しょうがないなあ、と思いつつ、俺は声がする方にそうっと行って見る。すると、案の定、6人ほどが見るからに1年生って男子2人を取り囲んでいた。
俺と館川君は気づかれないように、こっそりと近寄っていく。
「俺たちはなあ。カツアゲしようとしてんじゃねえのよ」
「そうそう。ちょっと寄付をお願いしてんだよ」
「いいか?寄付をお願いしますって言ってんの!」
男子2人はすっかり青ざめている。寄付をお願いされている雰囲気じゃないね。
これはどう見てもカツアゲじゃないか。そういうことなら、新作魔法『レスラー』の練習台になって頂こう。6人もいるんだったら、『レスラー』は3体ぐらい出してみるか。
『トリプル・レスラー!』
俺が館川君に聞こえないよう、小声で詠唱すると、3体の魔力塊、まあ目に見えない大男が3体ほど出現する。
2体はレスリング・ウェアで、1体は柔道着の黒帯を締めているんだが、すごくかっこよくて、その雄姿は俺にしか見えないってのは、まったく残念でしかたがない。
『ゴウ、クレイジー!』つまり、暴れろ!ってこと。
俺が詠唱したその後、バキッバキ!と音がしたかと思うと、「ぎゃあ!」ってすごい悲鳴が聞こえてきた。レスリング・ウェアの魔力塊が一人の腕を捩っている。あれは多分、骨が折れたな。
すると、柔道着の方は別の一人の胸ぐらを掴んだかと思うと、思い切り背負い投げを喰らわしている。
レスリング・ウェアのもう一人は、突然ジャンプすると飛び蹴りやら空中殺法を披露してくれた。本当に館川君にも見せたかったんだが、いや、これは見ないほうがいいか。
ホント、この魔力塊たちの暴れ方は凄まじかった。この6人、たぶん入院ものだろうな。でも、この魔法はかなり魔力を消費する。見てる分には面白いが、だんだん疲れてきちまった。もうこの辺にしとくか。
一年生らしき2人は目の前で繰り広げられる惨劇をびっくりして眺めていた。まあ、目の前で6人の男が空中に浮き上がったり、悲鳴をあげて転げ回ったりしたら、そりゃ驚くのも無理はないんだが。
俺たちはずっと隠れていた。あの1年生には何が起こったのかは解らないままの方が良いだろう。
おっと、横には館川君もいたんだっけ。
「あのさあ。あの人たち、どうして動けなくなってるんだろうね」
「い、言わないよ。僕、誰にも言わない!」
何を言わないのか俺にはわからないが、まあ、館川君の前でこういう惨劇が起こるのは2度目だし、もう今更だろう。
こうして俺は晴れ晴れとした気分になったが、館川君、別れるまで震えていたのがちょっと気に掛かるんだよな。
しかし、あのカツアゲをやっていたヤツラが頭から離れない。ダニエルの人格が覚醒した後は、俺がこうしてリベンジをしてやっているが、まだ虐めやカツアゲをやっているヤツラはいるってことだろう。
確かに俺は虐められなくなったが、他の人が虐められたりカツアゲされるっていうのは、全然面白くない。どうやったら、ああいう真似をするヤツラをいなく出来るのかな・・・そんなことを考えていたら、もうすぐ家の前だった。
家に帰ると、希美さんが慌てた顔で、警察の捜査官が来ていると知らせてくれた。この人は、俺がナイフで刺されて死にかかった事件を担当している。
今日の話というのは、小田原啓二が、俺を脅して2万円を巻き上げようとしたこと、以前は、吉村直仁が俺を刺した時に、自分は止めさせようとしたなんて話していたが、それは嘘で、逆にけしかけるようなことを言ったってこと。この2つをとうとう認めたそうだ。
3日前、父親に付き添われて警察に出頭したそうだが、彼は毎晩に見る夢の中で、地獄みたいな場所へ連れて行かれて、思いっ切り拷問を受け続けたそうで、それに耐えきれなくなったってことらしい。
『ナイト・メア』の効き目はすごい。或る意味では肉体的な攻撃よりもずっとキツイかも知れない。まあ、自業自得ってことである。
前に弁護士まで使ってまで、この話をもみ消そうとしたんだが、結局は正義が勝つってことを思い知らせてやったワケで、また一つ、胸のつかえが降りた気分である。
そういえば、あの弁護士、俺が魔法で声を出なくしてやったが、あの後、どうなったんだろうか。
それで、吉村直仁については、いまだに行方が判らないんだとか。そのうち俺が見つけ出して『ナイト・メア』を貼り付けてやるのもいいかもしれない。
警察の捜査官が帰った後、二階に上がろうとしたら、叔母の希美さんが話があると呼び止められた。
「和也ちゃん、唐沢絵里って女のヒト、知ってる?」
来た!絵里がこの家に来るって話だろう。
「あ、ああ!絵里、絵里さんね。知ってますよ、知ってますとも」
事前に打ち合わせもしていないから、なんて答えていいのか解らない。まったく、絵里のヤツめ。
「今度の日曜日、叔父さんとアタシにお話があるから、家に来るというのよね。それが、和也ちゃんのことについてなんだって」
「へ、へえ・・・そうなんだ」
「いったいどういう関係なの?この唐沢絵里さんと」
冷や汗が出て来た。もう、すっ呆けるしかない。
「い、いやあ、俺も良く解らないんですけどね・・・死んだ父さんや母さんの関係じゃないかなあ、なんて・・」
すると希美さん、妙な顔をしている。ヤバい。適当にごまかすつもりだったが、甘かったか。
「お、叔母さん!俺、ちょっと具合が悪いから寝てていいっすか?」
もうだめだ!俺にウソをつく才能はない。
とにかく、この場から逃げるしか方法は思いつかなかった。
★ ☆ ★
今日は日曜日。とうとう絵里が叔父さん夫婦に会いに来る日である。
絵里がどんな話をするのか、何も教えてもらっていない。『念話』では、黙って話を合わせていればいいから、なんて言っていたけれど、話の内容を事前に解らずにどうやって合わせろというのか、まったくいい加減なヤツだ。
午後の2時過ぎ。家の前に、車が止まる音が聞こえる。窓からのぞくと、白のでっかい車で、後で調べると、ベンツ・マイバッハSクラスってやつだった。
すると、後部座席から絵里が降りて来る・・・ってことは運転手付きで来たってことか。アイツ、自動車を何台持ってるんだろう。
絵里を降ろした車はどこかに行ってしまった。帰りには迎えに来るんだろうか。
ピンポン!と呼び鈴が鳴り、希美さんが応対して絵里が家の中に上がる気配がする。しばらくすると、「和也ちゃん!お客さんよ!」と希美さんが呼ぶ声がしたので、下のリビングに降りて行く。
絵里はレディーススーツをバリっと着込んでいる。ドラマに出て来る『やり手の女性社長』って感じだ。へえ。会社ではこんな格好をしているんだろうか・・・と俺が突っ立っていると、絵里のヤツ、俺の顔を見るなり、驚いたようにソファーから立ち上がった。
「まあ、和也クン?すっかり大きくなって!」
コイツ・・・何をいってるんだ?こないだ寿司を一緒に食ったばっかりだろうが。
俺はポカンとしているしかない。
「和也クンってば、もう、私、絵里よ!ちっちゃい時に、よく遊んだじゃないの?!」
はあ?俺がちっちゃい時って、お前に会ったっけ?
俺が怪訝な顔をしていると、『話を合わせろ!』と念話が飛んできた。絵里のヤツ、満面の笑顔だが、目元がこわい。
「はあ。たぶん、俺、ちっちゃかったし・・・」
俺がすっ呆けていると、絵里が怖い顔で睨みつけている。
『アナタが私のこと、死んだご両親の関係って言っちゃったから、こうなったんじゃないの!』
『念話』で苦情が飛んできた。そういえば、俺が希美さんに絵里のことを『死んだ父さんや母さんの関係』って話したのを、夕べ絵里に『念話』で伝えておいたんだけ。
絵里は叔父さん夫婦に、自分の父親、唐沢栄一郎が、俺の両親にめちゃくちゃ世話になっただとか、大親友同志だったとか、絵里自身も小さい時に、俺の両親に可愛がられたとか・・・よくもまあ、そんな作り話を堂々と話せるもんだぜ、と感心してしまった。
だいたい、今の絵里、つまり前世のディアナと、本当の唐沢絵里は別人って話だから、絵里の話は完全に架空のお話、フィクションの世界なんだが、何も知らない叔父さんと希美さんは「そんなことがあったんですか、へえ」とか言って絵里の話に聞き入っている。まあ、叔父さんは、絵里のゴージャスな雰囲気にすっかり吞まれちまったようで、口がポカーンと開きっぱなしだし、希美さんは、コクコクと頷くだけって感じだった。
しばらくすると、「それで、お話と言うのはですね」と絵里が話を切り出してくる。
すると、叔父さん夫婦と俺は固唾を呑んで絵里の顔を見つめていた。
「父は以前から、和也クンが高校や大学に進学して東京に来ることになったら、ぜひ我が家で面倒を見るからと、和也クンのご両親と御約束をしていたらしいんですの」
ホントかいっ!て、思わず突っ込みを入れそうになっちまったが、絵里は『黙ってなさいよ!』と言う目つきで睨んできた。
「実は、父の遺言にも書かれていましてね。和也クン、ご両親がお亡くなりになって、東京に来ているとお聞きしまして、そういうことなら、唐沢家で和也クンをお預かりできないか、とお願いに上がったということなんですの」
日本では『死人に口なし』とか『嘘も方便』って言う格言?があるらしいが、もうここまで来るともう、絵里を尊敬するしかないな。うまく話を纏めたじゃないか。と、思ったら、叔父さんたちはなんか顔を見合わせている。
「ま、まあ、突然のお話なんで、私共もどうしていいやら・・・」
「す、少し、お時間を頂けません?和也ちゃんの気持ちも考えてあげないと」
それはそうだろう。突然、こんな話を持ち出されても即答するもんじゃない。一応、保留ってことにするのが普通だろう。と、思ったら、絵里のヤツ、にっこり笑ってやんの。
「そういえば、こちら、運送会社を経営なさってらっしゃるとか」
「まあ、小さいながら・・・」
「実はね、私の知り合いで物流会社の社長さんが、お仕事を引き受けて下さる運送会社を探してますの。トラックとドライバーの余裕はおありですか?」
「?!」
絵里の話では、その知り合いの物流会社ってのが下請けの運送会社をもう一社探しているってことだった。その物流会社、東京都内では業界の中堅どころで、叔父さんもそこの名前を知っているとか答えていた。
仕事先が減ってしまった叔父さんとしては、渡りに船とばかりに食いついている。
絵里は経済団体とかに入っているらしく、そこで知り合った社長さんたちを大勢知っているみたいで、その物流会社の社長さんも、絵里とは知り合いだったんだとか。
そうは言っても、普通は、今日会ったばかりの人間が持ってくる話なんて、すぐには信じないものだが、それほど叔父さんは切迫していたんだろうか。
一方、希美さんは、何だか華々しいイメージの絵里をなんだか胡散臭そうな顔で眺め出した・・・と、思ったら、絵里のヤツ、デカい宝石のペンダントを取り出して、「ブルーサファイアですの」とか言って希美さんの前に置いた。
希美さんが「私の誕生石!」なんて驚いているが、絵里はそんなことまで調べてたんだろうか。
「これ、私からのプレゼントです」
当然、希美さんはびっくりしている。「そ、そんな高価なもの、!」とか言って返そうとしているけど、『すごく欲しいっ』ってのがミエミエだった。絵里が「今まで和也クンがお世話になったお礼ですの」なんて、意味不明の理由をつけているし、叔父さんが「おお、せっかくだから頂いとけ!」と言ったとたん、嬉しそうに受け取っていた。
叔父さんには、「今週中には向こうの担当者からお電話が入るようにしておきますわ」と、仕事の話で丸めこんだようである。
希美さんは、すっかりペンダントのプレゼントにご機嫌の様子。
こうして、絵里は叔父さん夫婦を完全に攻略してしまった。
「それでは、和也クンをこちらで引き取るお話、宜しくお願いしますね」と言って、白いベンツに乗り込む。
叔父さん夫婦は笑顔満面で、俺は呆然として絵里の乗ったベンツを見送るだけだった。
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