第7話 俺に出来ることって・・・

 俺が絵里の役に立つことってなんだろう。

 そう思っていると、絵里はポケットから、小さな金塊を取り出して見せた。

 

 「こちらの世界はね。どういうワケか、『金』、それも『純金』がすごく価値を持つのよね」

 それは俺も解っている。まあ、前世の世界では考えられないことだったが、それがどうしたって言うんだろう。


 「それは、金があるのは、金鉱山、金鉱脈と呼ばれる場所に埋まっているの。そこから掘り出されるのが金鉱石。これには細かい金が含まれていて、それを砕いて、金を採掘するのよ」


 それくらいの知識なら『集合意識』にアクセスすれば解ることなんだろうが、絵里はご丁寧に説明してくれた。向こうの世界じゃあ、魔法で金などいくらでも創り出せる物質だったから、そんなに価値がないが、こっちじゃあ『希少価値』ってやつで金がそんなに価値を持つってことか。


 「だからね。この『金』を魔法で作り出して売れば、経済力をつけられるって思わない?」

 「なるほどね」 

 「ところが、私がこの世界で使える物質系魔法は、デュプリケート。複製が限界なのよ」


 絵里が目の前の金塊を見つめていると、金塊は2つに増え、それが4つ、8つと増えて行った。


 「で、なにか問題あんの?」

 すると、絵里は「こいつ、何もわかっちゃいない」って顔で俺を睨んで、こんな話をし始めた。

 

 「今、増やした金塊、どこで手に入れたんですか?って言われたらどうすると思う?」

 「魔法で複製しました・・・ってのは通用しないんだろ?」

 「まあ、売れないことはないけどね」

 

 しかし、それでは金塊の出所が怪しい、ということで、本来の値段では売れないんだそうだ。

 魔法で複製したなんてことは誰も信用しないから、どこかで盗まれたものかも知れないってことで買い叩かれるんだとか。


 「ところがね。金鉱山の金なら話は違うのよ」

 「どういうこと?」

 「ちょっと!これだけ説明したのに、まだ解らないの?」


 解るワケねえだろ!って開き直ろうと思ったら睨まれちまった。

 金鉱山ねえ。おれ中学生だぜ? 何をさせるつもりなんだか。


 「絵里の言ってんのは、こういうことか? 金鉱山で金鉱脈を魔法で増やして、そこから算出しました・・・ってなことにすれば、誰も怪しまないからそうしましょうと」


 「まあ、大体はそういうことよ」


 「でも、それじゃ別に俺じゃなくたって、お前の複製魔法、デュプリケートでもいいじゃん。どうして俺の力が必要なんだよ?」 


 「あのねえ。アナタ、魔法で、元素金属を作れるじゃないの」


 元素金属。これは物質の素となる金属で、『金』もその一つ。 俺は、確かに、元素物質を作る魔法技術を持っている。ちょっとやってみるか。


 俺は空気中に『金』の微粒子を作り出して浮遊させ、その粒子を次第に大きく成長させる。粒子が米粒ぐらいの大きさになると、バラバラと机の上に落ちていく。


 「要するにね。これを金鉱山の大きな岩盤の中でやってほしいのよ!」


 ・・・やって欲しいって言われても、まあ、俺としては空気中だろうと岩盤の中であろうと、同じと言えば同じなので、出来ないことはないだろう。やったことはないけどね。

 

 絵里の話では、海外で、既に金鉱脈がほとんど掘り尽くされちまった金鉱山ってのがあるそうで、それを安く買い取る計画があるんだとか。


 始めは金の含有量が多い金鉱石を持ち込んで、絵里の複製魔法、デュプリケートで複製し、それを山の中に仕込む予定だった。

 しかし、その方法よりも、俺の魔法を使えば、山の岩盤の中に大量の金粒子を一気に仕込ませることができるから、はるかに効率的ってことらしい。

 

 なるほどね。・・・つまり、俺に金の鉱脈を作れってかい。

 「やだよ。俺。中学生に何させるんだっての」

  

 絵里は腕を組んで、じっとこちらを睨んでいる。

 しばらく沈黙が続いた。何だろう。この圧迫感は・・・

 「解った!解ったっての!やりますよ。やればいいんだろ!」


 俺の負けだった。だいたい、前世でもディアナがこれをやる時は、「言うこと聞かないんなら、もう知らないからね」という意味なのである。

 

 絵里は満面の笑顔で俺に抱き着いて来た。

 「ありがと!きっと上手く行くわ」


 ・・・・面白くない。

 なんだか初めから仕組まれた罠に嵌った感じだ。ちっとも面白くない!


 ・・・と思っていたら、絵里のヤツ、俺に抱き着いたまま、離れない。

 「なんだよ。これって色仕掛けか?」

 「ばか!そんなんじゃないから!しばらくこうさせてて」 


 良く判らないまま時間が経っていく。

 それにしても腹が空いたな。もう5時近くになる。

 「絵里さあ。寿司とか奢る気ない?」


 「お寿司?いいよ!じゃ、食べに行こっか!」

 

 寿司でも奢らせなければ、こっちの気が済まない。前世のディアナは人使いが荒かったから、今もそれは変わっていないんだろう。


 そう考えると、もっと吹っ掛けておけばよかったと少し後悔した。向こうは寿司ぐらいで胡麻化せたと思っているんじゃないだろうか。


 「じゃ、用意してくるから、下で待っててね!」


 絵里は俺から離れるとそう告げて応接室から出て行く。

 まあいいや。久しぶりに寿司にありつけるぜ。


 ということで、俺は絵里の会社のオフィスを出て、ビルの入り口に向かった。


 駐車場で、再び絵里の車に乗り込むと、そのまま青山公園を横切って六本木方面に向かっていく。

 今の俺は、和也とダニエルの記憶が統合されている性なのか、この六本木って街が不思議に見えてしょうがない。

 だいたい、高速道路なんて、あんなに高い場所に作ってどうするんだって思う。自動車を空中に飛ばせばいいじゃないか。

 ガイアの世界って物質界は理解できないことが多いぜ。


 そんなことをぶつぶつ話していたら、絵里が呆れた顔をしている。

 「それができないから、あんな道路を作っているんじゃないの! こちらの世界は重力をまだ自由にコントロールできないのよ」

 

 そうだったのか。和也の記憶はまだ14歳までしかないし、だいたい和也は田舎育ちだ。ダニエルの記憶は前世の別世界のものだから、この辺がきちんと整理できていない。


 しかし、飛行機を空中で飛ばせるのに、どうして自動車を飛ばせないんだろう。

 やっぱり絵里は勉強しているな。と感心してしまった。


 六本木近くの立体駐車場に車を預けて、絵里は細い道をどんどん歩いて行く。置いて行かれないように付いていくんだが、なんだかテレビの番組でしか見たことがないような街並みで、高そうな店ばかり。


 とても落ち着かない気分でキョロキョロしちまう。絵里はふだんもこんな店に来ているんだろうか。


 連れて行かれた寿司屋は、まだ開店前だったが、事前に連絡していたらしく、すんなりと中に入ることができた。当然、客は俺たちだけ。


 回らない寿司屋に入るのは久ぶりなんだが、中に通されて驚いたことに店の中はカウンターしかなかった。もっと驚いたことに魚のショーケースもないし、値段表も貼りだされていない。メニューはないのだろうか。


 いつの間にか割烹着を着た女の人がお茶を持ってきてくれた。

 なんだか俺の顔をマジマジと見つめている。


 「ちょっと絵里さん!可愛い子ねえ。アイドルなの?それともタレント?」

 絵里は笑いながら「違う違う」と手を振っている。


 横を見ると、カウンターの中のおっさんがニコニコ顔で絵里と話し込んでいた。絵里はどうやら『常連』ってやつらしい。

 目の前に大きな笹の葉っぱみたいのが置かれて、「なにかお食べになれないものはありますか」なんておっさんが聞いてくる。


 俺は唖然としているしかない。絵里の方をみると「あ、この子って何でも食べるから。どんどん出してあげて!」なんて勝手なことを言っている。


 「この子」って・・・と言われてムッとしたが、今のシチュエーションでは絵里が24歳で俺は14歳の中学生だ。どう見ても俺は「この子」だわな。まあ、しかたがない。スポンサーには勝てないし。


 寿司は握られると目の前の葉っぱの上に置かれていく。絵皿じゃないから値段がわからないが、高いネタなんじゃないのか。

 どんどん出される寿司はうまかった。回転寿司とは何かが違う。なんと、寿司の上に醤油が塗られて出されるってのが凄い。


 ダニエルの人格が目覚めて以来、こんなに感動したのは初めてじゃないか。この味覚の経験と記憶は『集合意識』を検索しても体験できない。

 こうして、俺はこちらの世界にきて、完全に絵里と差をつけられてしまったことを自覚したのだった。


 そうか。やっぱり絵里の言う通り、この物質界では「経済」って力を付けなければならないらしい。


★ ☆ ★


 寿司を腹いっぱい御馳走になり、車で自宅まで送ってもらう。外はすっかり暗くなっていた。 


 六本木から首都高に乗るが、交通量が多くて、そんなにスピードは出せない。

 国道に入り、やっと交通量は落ち着いてきたと思ったら、夜もすっかり遅い時間になっている。


「こんな武器、開発してみたの」

 突然、信号待ちの合間に絵里が何か手渡してきた。

 受け取ると、それはどう見ても玩具の水鉄砲。

 良く子供が風呂場で遊ぶプラスチック製のピストル型をしたアレである。俺も幼稚園の時に買ってもらった記憶があった。


 「へ?これを開発?」

 「そう。これは魔力銃。まだ試作で、オモチャって感じだけど」

 「なんだそれ?」

 絵里によると見かけはプラスチック製の水鉄砲だが、魔力を持つ者がこれを手にすると、体の魔力が銃に集中する。ある程度の魔力が充填された段階で、魔力砲が発射可能となるのだそうだ。


 銃にはインジケータが付いており、魔力の充足具合が5段階で示され、フル充填で最大規模の魔力砲が5発連射できるんだとか。


 魔力砲ってのは、前世の世界で、戦闘系の魔法使い攻撃するときの魔法なんだが、出力規模にもよるけれど、それなりに威力のある攻撃法である。


 まず、体内の魔力を掌に充填させて十分に練り上げ、魔力弾を形作る。これを相手に照準を付け、高速で一揆に発射する、準備中にこちらが無防備になってしまう時間も長く、ぐずぐずしていると先に相手の攻撃を受けてしまう。


 だから、その使い手もそれなりの魔力を持ち、攻撃魔法をきちんとマスターした者に限られる。誰にでもぶっ放せる魔法ではない。


 しかし、この魔力銃は、周囲の地場エネルギーも吸収するので、使用者の魔力もそれほど必要としないし、事前に魔力を込めて蓄積しておくことや、発射威力も調整できるので、お気軽に魔力砲を打てるんだそうだ。


 話を聞くと、なんだか、『オモチャ』にしては物騒な代物だが・・・ 


 確かに銃のグリップを握りしめていると、次第に体中から魔力が奪われる実感がしてきて、インジケーターが次第に魔力の充足加減を示し出す。


 「あ、それね。黄色の点滅しているボタンが安全装置。先端のノズルで発射威力を調整できるから」

 確かに安全装置の部分にボタンが付いている。発射口のノズルは水鉄砲の噴射ぐちと変わらない。


「へえ。こりゃすごいな!そう言えば、お前って、こういうマジック・アイテムを開発するのが得意だったっけ」

 「あら。覚えていてくれたの。うれしい!」


 「ところでさ、なんで今、これを俺に見せたの?」  

 「それはね。もうすぐ、それを使うことになりそうだから」


 なんだそれ?と、思っていると、突然、クラクションや爆音が聞こえて来た。後方からバイクや改造車の一団が現れて、俺たちの前方を遮り、蛇行運転をし始める。


 ざっと見渡すと、諸々13台ぐらい。この一団は、『集合意識』を検索すると『暴走族』と呼ばれる集団のようで、なんだか難しい漢字が刺繍してある衣装を着ていたが、これは『特攻服』って言うらしい。


 「まだいるんだな・・・暴走族って」

 『集合意識』の知識では、各地の警察が取り締まりを強化しているため、数は減っているとなっているが、彼方此方には点在するってことか。


 「この連中ね。こうやって暴走しているだけじゃなくて、気に入らない一般の自動車を集団でひっくり返したり、河口で年配の老人とかをなぶり殺しにしたりしてるの」

 「へえ。暴走だけじゃなく、殺人もやっちゃうってか」

 「そう。何人もが犠牲になった」


 俺は絵里の話を感心して聞いていた。

 そうなのか。俺は暴走族なんて初めて見たから、検索した知識でしか判断できない。

 絵里は大人の社会で色々と経験しながら学んだんだろうな。

 でも、コイツらって、そんな悪い奴らなのか。 

 

 車のスピードは進路妨害されているから、どんどん遅くなる。

 ちらっと横を見ると、ハンドルを握る絵里は前方を遮られてイライラしていていた。


 「ああ、邪魔!」

 そう叫んだ絵里は、パンパンと、クラクションを鳴らして、ライトをパッシングさせる。

 「お、おい!ケンカ売るのは止せ!」

 俺が慌てて声をかけたが、絵里の挑発に気が付いた数人がバイクを止める。

 奴らがぞろぞろと降りてきて、車はあっという間に道路の真ん中で囲まれてしまった。

 

 3人ぐらいがボンネットの上に乗り、フロントガラス越しにこちらを睨んでくる。

 金属バットを手にした連中が数人、運転席のドアをガンガン蹴りつけてきた。


 絵里は臆することもなく、ウィンドウを開けて顔を出す。

 「ちょっと、何かしら?」

 すると、ゴツい男が絵里の顔を覗き込んできた。 

 「おう。良くもケンカ売ってくれたな」

 

 絵里は少しため息をつくが、平然としている。

 「あのねえ。ここじゃなんだから、どこか他の場所に行かない?」

 

 相手の男は絵里の態度に気後れしたようだが、金属バットを肩に担いで周りの数人と話始めた。

 ガヤガヤと何やら相談していたが、今度は別の男が出てくる。こいつがリーダーらしい。


 「いい度胸してるじゃねえか。誘導するから逃げるなよ!」

 暴走族たちはそれぞれバイクや車に乗り込み、爆音をあげながら走り始めた。絵里は逃げる気がまったくないようで、この集団について行く。俺たちの車は、周囲を奴らに囲まれているが、これは逃げられないようにってことなんだろう。

 しばらく走ると、国道から河川敷らしき場所に誘導され、そこで集団は止まり、ぞくぞくと車から降りて来た。この河川敷で奴らは通行人や無宿の年配者たちをなぶり殺しにしていたらしい。


 「ほら、出番よ」

 なんと絵里は俺にこの集団を対処させるらしい。

 「で、出番って、おい!」

 「さっき渡したオモチャ、試してほしいの」

 やれやれ、という感じで俺が助手席のドアを開けて表に出る。周りは車のライトで照らしだされているので、結構明るい。

 周囲から、「何だこいつは・・・」「中坊じゃねえのか?」と騒めきがし始めた。

 金属バットを持った数人が俺の前に現れて、小馬鹿にしたように見下ろしている。

 

 「おいおい。オマエ、どうみても中坊だな。」 

 「俺たちは、あのオネエさんに用があるの。とっと消えろよ」


 俺の外見は165センチのやせ型美少年。見方によっては余りにも弱々しい。ケンカの実戦に向いているようには見えないだろう。


 金髪の厳つい男が金属バットを左手でパシッバシッと弄びながら俺に近づいてきた。、

 「ところで、オマエ、素手でオレたちに向かう気でいたの?」


 俺は無言で、尻ポケットに入れてあった例の『オモチャ』の銃を出して見せる。

 「オ、オマエ、水鉄砲で戦うのか?!」

 目の前の男たちはズッコケて見せた。俺が冗談でやっていると思っているのだろう。

 奴らは腹を抱えて大爆笑している。


 「オ、オレ、水鉄砲で撃たれてみてえ!」

 「おお、ひょっとしたら死んじゃうかもな」

 「待て、あの水鉄砲の威力じゃ、俺たちの体を貫通するかも知れない!」


 しばらくは笑いながら大騒ぎしていたが、10人ぐらいが集まって来て、その水鉄砲で自分たちを撃てよ、とか言い出した。

 「いいのかい?撃っちゃって」

 俺が念のために聞くと、奴らは大喜びで「撃て!撃ってくれ!」と叫び始めた。

 

 例の『オモチャ』の銃は、魔力のインジケーターが満タンを指しているし、セーフティボタンは黄色く光っている。

 それを見たのか、奴らは「すげえ!電飾付き水鉄砲!」と喜んでいた。

 

 目の前の奴ら約10人は、記念写真に納まるかのように俺の前で待ち構えている。

 おい、早く撃て!とか騒いでいるし。

 

 やれやれ。しょうがない。

 「じゃ、遠慮なく」

 奴らに向かって銃を構え、セーフティボタンを押して、トリガーを引いた。


 ギュオン!と凄まじくデカい音がして、手にガツン、と衝撃を受ける。

 目の前の奴らは一瞬、眩い光に包まれたと思ったら、跡形もなく消えていた。なんと、後ろに止めてあったバイクやら改造車も巻き添えになって消えている。

 今のが魔力弾なら、奴らは分子レベルに分解されて爆散したってことなんだが、これは相当やり過ぎじゃねえの?


 「ちょっと。威力をMAXにしてたでしょ。もっと抑えなきゃダメよ」

 いつの間に車から降りたのか、絵里が声を掛けて来た。


 残りの奴ら3人が呆然としている。しかし、やばいことが起こったって、本能的に感じたのだろう。慌ててワラワラと逃げ始めた。


 う~ん。目撃者を残しておくのはまずいな。ここまでやったら、もうしょうがない。

 俺は、銃口の調節バルブを回し、威力を小さくして、逃げ惑う奴らを狙い撃ちしていく。

 

「バイクや自動車も残さないでね!」

 絵里が大声で叫ぶのが聞こえた。あいつ、自分では手を汚す気はないんだろうな。まあ、前世でもこういうのは俺の役目だったし、しょうがないか。


 後片付けにはけっこう時間がかかった。こうして、俺たちの前に現れた暴走族一団は、あっけなく姿を消したんだが、それも、文字通り、この世から『存在を消し去った』ってのが正確なんだろうな。

 

「ところでさあ。良かったのか?こんなことしてさ。或る意味、大量殺人だぜ?これって・・・」


 絵里は、ボコボコにされた車を修復魔法で念入りに直している。

「しょうがないじゃないの。正当防衛よ」 

「正当防衛って・・・」

 過剰防衛もいいところだぜ、と思ったが、口には出さない。


 絵里はひょっとして、この暴走族を以前から抹消しようと思っていたんじゃないのか。

 ふと、そんな思いが頭を過ったが、絵里は黙々と車の修復を続けていた。 


 う~ん。俺としては後味が悪い。なんとかいい方に考えよう。

 「まあ、あいつら、苦しみも味わうことがなく、死んだことすら判らなかっただろう。ある意味、幸せなのかもしれない。」

 「それって幸せだと思う?」

 「ち、違うのか?」


 絵里によると、この世界では、自分が死んだことを自覚できなかった場合、その魂は次のステップに進めないそうだ。物質世界をさ迷うか、死んだ場所に縛り付けられるらしい。


 「こっちの世界の人たちは『幽霊』と呼んでるわね」

 「そ、その話、怖いっての・・・」

 中学生になんて話をするんだ。そんな怖い話を聞いたら、一人で眠れなくなるじゃないか。

 

 この出来事は俺の心にしっかりと刻まれてしまった。しかも、このことが実は後を引くなんて、その時の俺には思いつかなかったのだ。

 

 修復を終えた車に乗り込み、叔父さんの家に向かう。2人ともずっと無言のままだった。それは、すっかり疲れちまって、何も話す気になれなかったからだろう。

 家に着いた時、絵里は突然、A3の封筒を手渡してきた。


 「それ、アナタの新しいマンション。よく見といてね」 

 「な、なんだって?」 


 「前に教えたでしょ?アナタ、もうすぐ叔父さんたちの家に居られなくなるの」


 そういえば、その話、すっかり忘れていた。その理由を詳しく聞こうと思ったら、絵里の車は走り去っってもういない。

 時計を見ると、11時を過ぎている。叔母の希美さんには、友達の家で夕飯をご馳走になるとスマホで連絡はしているものの、11時ってのは中学生の帰宅時間としちゃあヤバいレベルだろう。


 俺はまず、靴を脱いで、転移魔法・こちらの世界でいう『テレポーション』を使って、自分の部屋に転移してみることにした。

 実はこの魔法、体ごとやるってのは、なかなか難しい。いや、俺が得意じゃないだけなんだが。幽体だけなら、イメージした人間や場所のそばまで辿りつけるんだが、体がある場合は、物質を転送することになるから、根本的にやり方が異なるんだよな。


 目の前にある家の2階をイメージして自分の体を転送すると、なんと転移した先が屋根裏で、天井のボードを踏み抜きそうになっちまった。

 慌てて外に戻ったんだが、ヤバかった。久しぶりに冷や汗をかいたぜ。


 結局、こっそり玄関から入ることにしたのだが・・・ 気づかれなかっただろうか。まあ、たぶん、大丈夫だろう。


 さて、部屋に入って落ち着いたら、絵里から受け取った封筒を覗いてみる。なんだか豪華そうなマンションのパンフレットが入っていたが、その他に分厚い長封筒が同封されていた。


 中を見てみると、なんと現金の束。数えてみると50万円もあるじゃないか!その中には「当面の軍資金」と書かれたメモが入っている。

 

 この調子じゃ、俺は絵里に当分、いや、ガイアの世界にいる間は頭が上がらないんじゃないのか。そんな思いが頭をよぎった。

 

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