第6話 失った筈のもの

 色々と寄り道をしてしまったので、家に帰った時刻には暗くなり始めていた。

 二階に上がって部屋に入り、ベッドにひっくり返ると落ち着いた気分になる。

 今は一人にならないと気が抜けない。魔法使いだった前世の人格、ダニエルが蘇っても日常的な感覚は変わっていなかった。


「和也ちゃん!洗濯物があったら出してね?」

 叔母の希美さんが下から声を掛けてくる。はっきり言って大きなお世話なんだが、俺がナイフで刺された事件の後、希美さんは必要以上に構ってくるようになった。


「はあーい。ありがとうございます」

 ガバっと起き上がって返事をしたが、放っといて欲しいって感じなんだがな。

 てなこと言ってるが、ダニエルの人格と同一化した今の俺は、心配かけちまったんだからしょうがねえ、と考えられるようになった。

 

 まあ、今日も色々あったんで疲れちまったぜ、と何気なく部屋を見回した瞬間、俺は自分の目を疑った。

 勉強机の上に猫が座っているじゃないか。


 「おい!お前、どっから入って来た?!」


 駆け寄って良く見ると、その猫には見覚えがあった。

 それは、数日前に家の近くをうろついていたゴージャスな猫。


 「お前、希美さんに見つかったらヤバいって!」

 この場に猫アレルギーの希美さんが入ってきたら、大騒ぎになっちまう。

 俺は猫を捕まえようとして近寄ると、さっと飛び去ってベットの上に移っちまった。


 まったく、どうしたものかな。と、猫をじっと見ているうちに、なんだか妙な感覚に陥ってくる。俺はその猫をずっと昔から知っていた・・・いや、それは懐かしい人に会ったような気分になったっていうか、なんだろう。気持ち。


 『やっと判った?』

 なんと、俺の頭に声が響く。おいおい。これは『念話』じゃないか。

 相手の頭の中にメッセージを送り込む思念伝達術。こちらの世界じゃ「テレパシー」とかいうらしいが。

 ・・・ってことは、この猫は魔法を使うってことか?


 『そうよ。それで、私が誰だかわからないの?』


 おお!俺の思考を読み取れるってことかい!

 う~ん。ちょっと待て。

 猫の姿をしている魔法使い?ってことは、転生してきた魂が猫に憑依したってところか?でも、こっちの世界で魔法使いの知り合いってのは、未だいないがな・・・

 そんなことを考えていると、やれやれ、という感じで猫が俺の目の前にちょこんと座った。


 その瞬間、頭の中に前世の頃の記憶が巡り始める。

 それは、忘れようと封印していた恋人のディアナの記憶。そう、彼女が前世の世界で殺されちまったことで俺は自暴自棄になっちまった。

 だから、ダニエルの記憶を取り戻した後も、この記憶だけは、あまりにも切なくて封印し続けていたもの。

 今、この記憶が蘇った途端、心が締め付けられていく感じがした。

 

 待てよ?この記憶は俺とディアナにしかないはず。と、言うことは、ひょっとして?!


 「お、お前!ディアナか?」

 俺は思わず声を上げてしまった。


 『気づくのが遅いなあ。ホント、大丈夫?』

 

 「和也ちゃん?誰か部屋にいるの?」

 下から希美さんが声を掛ける。


 「あ、いや、ごめんなさい。独り言です」

 慌てて返事をすると、猫、いやディアナは呆れた感じで椅子の上に飛び乗った。 

 

 『ちょっと。念話にした方が良くない?』

 『ああ、ごめん。ところでお前、どうして猫の姿なんだよ?』

 『だって猫に転生しちゃったんだもん』 

 

 俺が驚いていると、猫のディアナがビョコン、と床の上に降りた。

 『まあ、人間の体にも成れるけどね』

 

 猫の姿が大きな光に包まれて次第に大きくなり、人間の姿になっていく。

 ああ!愛するディアナ。こいつが死んだ時、俺はどうなったって構わないと思った。

 死んで魂まで世界から追放された後も、こいつを忘れることが出来ず、どんなに苦しんだことだろう!

 そのディアナに再び会えるなんて! 

 あの美しい姿をこの眼で再び見ることができると思うと胸が高鳴る・・・  


 気がついた時、俺の目の前には、とてもきれいな女性が立っていた。

 年齢は20代前半ぐらい。コンビニでよく見かける女性雑誌の表紙から抜け出てきたって感じで、髪はセミロング。つぶらな瞳で、顔立ちは少しハーフっぽい感じはある。でも、何だか・・・

 

 『なによ、その期待外れ的な顔は!』

 俺が呆然としていると、人間体になったディアナは腕を組み、こちらを睨みつけていた。。


 『いやあ、俺の記憶にあるディアナの姿じゃなかったんでさ・・・』

 そう。ディアナは淡い金色の長い髪で青い瞳をしていた。だから、どうしてもその姿を期待しちまうじゃないか。


 『色々あって、この姿になったの! 自分だって、前世のダニエルと全然違うじゃない?!』

 『まあ、そうなんだけどさ』

 

 ああ、この他愛のない喧嘩を吹っ掛けてくる感じ。

 懐かしい。間違いなく最愛のディアナだ!


 そんなことを思いながら、じっと見つめていると、人間体のディアナは、急に泣きそうな顔になり、俺に駆け寄って抱き着き、首に手を廻してきた。


 『やっと見つけた!私の最愛の人・・・』

 

 俺も同じ気持ちだった。でも、抱き合った感覚が前世とは違う。

 『ディアナ、おまえ、デカくなってね?』

 『ばか!アナタが縮んだんじゃないの!』

 ディアナがすすり泣きながら耳元で囁く。

 そういやそうだ。今の俺は14歳で身長はダニエルの頃よりずっと低い。でもディアナはこうして俺を探し出してくれたじゃないか。

 しばらく感慨に耽っていたが、突然、ディアナは体を離して俺の見つめた。

 『そうだ!あのね。この人間体には、唐沢絵里って名前があるの。だから人間体の時には、こっちの名前で呼んでね?』

  なんだって?今なんて言った?

 

 『おまえ、猫に転生したんじゃなかったのか?』

 『だから、色々あったんだってば!』


 その時、階段を上がって来る音が聞こえてきた。


 「ちょっと和也ちゃん?誰かいるの?」 

  希美さんだ!見つかったらやばい。

 「いいえ!誰もいないっす!」

  慌てて返事をするが、希美さんは部屋の前まで来てしまった。


 『おい、やばいっての!姿を隠せ!』 


 コンコン!とドアがノックされ、希美さんが顔を出す。

 「なんだか誰かいるような気がしたのよね」

 

 部屋の中を見回しても俺以外の姿は見つからない。


 「やだな、叔母さん。誰もいるはずないじゃないっすか・・・」

 俺は作り笑いをするが、顔は何となく引きつっちまう。

 

 「あ、それとね。この間、庭に猫がうろついていたの!まさかと思うけど、猫だけはお部屋に入れないでね?」


 「だ、大丈夫っす!大丈夫」 


 希美さんは怪訝な顔をしてドアを閉め、階段を下りて行く。


 『アナタも大変ね。でも、それも後ちょっとよ』

 

 どこからともなく、念話で声が聞こえてきた。

 

 『それ、どういう意味だ?』


 『もうしばらくしたらアナタ、ここから出ていくことになるから』


 え!それって俺がこの部屋を追い出されるってことか?

 詳しく話を聞こうと念話で話しかけても、ディアナ、もとい唐沢絵里は返事をしない。

 

 でも、こうしてモヤモヤ感を相手に抱かせて、その結果はお預けってのは、いかにもヤツらしい。

 しかし、死に別れたと思っていた恋人、ディアナとこっちの世界で再び巡り合えた。

 そうだ。ディアナを取り戻せたんだぜ!いや、向こうが探してくれたんだが・・・

 こうして嬉しさと懐かしさがはち切れそうになり、俺は久し振りに楽しい思いに浸っていた。


 ★ ☆ ★

 

 その日は祝日で学校は休みなので、のんびりしようとしていた。

 ところが、俺の頭の中に突然の『念話』が響く。この内容はたぶんディアナだ。俺の知り合いで、『念話』が使えるのは医者の金沢部長か、ディアナしかいない。


 要件は、今日の朝10時、家の近くの国道沿いにあるコンビニまで来るように、とのこと。

 まったく、相手の都合も考えないで、強引に予定を押し付けるところはちっとも変っていない。

 そう言えば、先日の晩、俺がこの家から追い出されるようなことを言っていたが、あれはなんだったんだろうか。

 あいつ、近未来なら予知ができたはずだから、あながち適当なことを言っているってコトでもない筈なんだよな。


 時間通り、指定されたコンビニの駐車場で待つこと15分、

 すると、駐車場に真っ赤なスポーツカーが乗り付ける。後で検索して調べてみると、アウディ・スポーツバックって車で、新車で買ったら1千万円は下らないらしい。

 そんな車がコンビニの駐車場に乗り付たから、周りに居合わせた連中が注目している。

 すると、運転席の窓が開き、サングラスをかけた若い女性が顔を出して、俺に向かって手招きした。

 

 唖然として近寄ると、人間体のディアナ・唐沢絵里じゃないか。

 「ほら、早く乗って!」

 急かされて助手席に乗り込み、シートベルトを締めると、車はスイッチターンして国道に戻り、そのまま思いっきり加速した。

 すごいスピードで走るんだが、やっぱり高級車だけあって、スムーズにギヤチェンジするから加速の衝撃が少ない。乗り心地がとてもいい。

 いや、そんなことより気になることがあった。


 「お、おまえ、自動車の免許持ってんの?」

 「失礼ね!ちゃんと試験受けて取ったんだから!」

 絵里は自動車の運転免許証を取り出して見せる。

 

 そこには生年月日と住所が記載されていた。つまり、『唐沢絵里』というのは、きちんと戸籍も住民票もある実在の女性ってことか・・・ 

 

 「だってさ。おまえって猫に転生したんだろ?なのに、人間の戸籍があるって・・・」

 「だから、色々あるって言ったじゃない」

 

 面倒くさいって感じの返事が返ってきた。

 こいつの話は、ホント『色々』ばっかりで、ちっとも判らない。

 俺は『猫』のディアナがフォームチェンジ、つまり『擬態』のような感じで、今の人間体になっていると思っていた。しかし、それじゃあ、人間としての戸籍を持つのは難しいんじゃないのか。どんなやり方をしたんだろう。


 俺があれこれ考え始めていると、ディアナ、じゃなくて唐沢絵里は、しようがないな・・・・てな雰囲気で、ポツポツと呟くように、自分が転生してからの話をし始めた。


 ------<絵里のモノローグ>-------


 前世でダニエルが王妃に取り入って、どんどん出世した時は、たぶん、私は命を狙われるだろうな、とは思っていたの。だって、ダニエル、すっごく評判悪かったし、私との関係を王妃に密告されたら、私が狙われるなんて、すぐわかることでしょ?


 それで用心はしていたんだけれど、王妃の刺客は一枚上手だったのよね。私はあっという間に殺されちゃった。

 その後は魂の存在のまま、ダニエルの周りを彷徨さまよっていたの。

 王妃の目があったから、ダニエルにも判らないように、ひっそりとね。

 ところがダニエルも王妃の怒りを買って処刑されてしまって、その魂はサマルシアの世界を追放されちゃったじゃない? それを知った時は、もう大変。

 私もダニエルの魂を追って、なんとかガイアの世界に辿り着いたの。


 ダニエルがそこで物質界の人間に転生したことが判った時、私もそうしようと思った。

 そしたら、転生を司る存在が出てきて、ガイアの物質界では人間に転生するのなら、前世の記憶を無くさなければならないと言われてしまった。

 それじゃ、転生した後に、ダニエルを探し出すことができない。そう思って落ちこんでいた時、私を哀れに思ったのか、その存在が「こっそり教えてあげる」と前置きして、こんな話を教えてくれたの。


 それは、私のように、他の世界で魔法使いだった魂は、『猫』に転生するなら、このガイアの世界でも前世の記憶を保ったまま、物質界に生まれることができるというもの。

 でも、人間の魂が動物に転生なんて、普通はしないよね。なんて言われたけれど、私はその話に賭けたのよ。

 

 まず、猫として物質界に生を受けよう。そして、ダニエルを見つけようって。

 ダニエルに出会った時、その後を考えよう。

 もう、私の頭の中には、ダニエルを追いかけることしかなかったのよ。

 

 こうして私は猫に転生したの。

 子猫として飼われていた先は唐沢栄一郎という宝石商で、栄一郎さんは奥さんと死に分れていたのよね。奥さんとの間には一人娘の絵里がいた。

 このは猫が大好きで、10歳の誕生日の時、栄一郎さんに強請ねだって買ってもらったのが私の転生した子猫だったの。


 子猫の頃は前世の記憶がまだ封印されていたけれど、1年くらい経つと、次第にディアナとしての記憶は封印が解け始めてきたのよね。


 まあ、予定通りと言えばそうなんだけれど、こうして前世の記憶が蘇ってきて、魔法もいくつか使えるようになると、私は絵里に魔法を使って念話を試みたのよ。『私の名前はディアナ。前世で魔法使いだったの』って。

 その時、絵里はとても驚いてたけれど、なんとか信じてくれた。それから私を「ディアナ」と呼んで、只の猫じゃなく、魔法使いとして扱ってくれたの。当然、周囲の人たちには秘密だったけれどね。

 

 記憶が戻った時、まず始めたことは、ダニエルの居場所を突き止めること。

 ダニエルは、この日本のどこかに転生したはずで、その年はだいたい分かっていたから、その年にこの国で生まれた男の子の魂を片っ端からスキャンして調べることにしたの。それは大掛かりな魔法を使うことになったけれどね。

 この方法は、サマルシアから転生した魂を青く光らせるもの。あの世界からガイアの世界に転生する魂なんて、私たち以外にはないと思ったのよ。


 これを発動して実行するのにはかなりの魔力と年月がかかった。でも私は必死だったからなんとも思わず続けたの。 それに、絵里が色々と協力してくれたしね。


 私は絵里や栄一郎さんが大好きになったので、二人と過ごす日々を大切にするようになっていた。

 とっても私を可愛がってくれたから、とても幸せな日々だったのよね。

 栄一郎さんは絵里が学校に行っている時、私を自分の店に連れて行って、看板ネコとしていたの。


 私はもともと物質系魔法を専門にしてから、その中でも、デュプリケート、複製術が得意だった。だから、栄一郎さんのお店に連れていかれた時、私が暇つぶしに始めたのが、店の中にたくさんある宝石類を片っ端からデュプリケートで複製し、それを異次元空間に貯め込んでいくという作業だった。

 これを数年間続けていたんだけど、次第に貯め込んだ宝石の数と種類は結構なものになっていたのよね。その頃は気づかなかったけれど、この宝石の蓄積が私の巨大な財産、力となっているの。


 こんな幸せな日々が続き、絵里が大学生になって2年経ったある日のこと。

 帰ってきた絵里が、突然、体調の不良を訴えて病院に運ばれたの。その病名は急性心不全。あっけなく絵里は死んでしまった。


 自宅に遺体となって戻ってきた絵里にずっと寄り添っていると、絵里の幽体が私に語り掛けてきたの。


  自分が死んだのは運命だったので、これはどうしようもないと思っている。けれど、この世界から旅立とうにも父親の栄一郎さんが心配でそれができない。でも、それでは絵里の魂が次のステップに進めない。どうすればいいか・・・

 

 って、そんなことを言われても、絵里を幽霊にするワケにいかないし、私には蘇生魔法が使えないから、絵里を生き返らせることができなかった。


 でも、デュプリケート・複製術で何とかならないか考えた挙句、絵里の体を複製し、生体として再現できるかも知れない。そして私が猫の体から幽体離脱してその体に乗り移り、絵里の身代わりを務めよう。

 そんなことを絵里の幽体に提案してみたの。

 

 魔法のデュプリケートを使って、遺体から生体を作るのはやっぱり無理だった。それで、アナトミー・クリエイト、人体創造の魔法技術を思い出して使ってみたらうまく行き始めたのよ。これって、こっちの世界のお伽話にあるホムンクルスみたいなことなんだけど、こうして、なんとか絵里の生体が出来上がったの。


 それから私は猫の体を抜け出して、複製した絵里の生体へ乗り移ることに成功したのよ。

 

 それを見届けた絵里の魂は後のことを私に託して、次のステップに進んでいった。

 残された絵里の遺体は本人の希望で、分子レベルに分解した後、宇宙空間に放出してしまったのよね。


 絵里が死の床から蘇生したってことで、私は周囲の人々の前に登場したんだけれど、それはかなり驚きの眼で見られてしまった。けれど、絵里の父親の栄一郎さんは剛泣きして喜んでくれたわ。

 こうして私は唐沢絵里としての人生を歩むことになったのよ。


 でも、やはり私の本体は猫の体。だから、人間体で活動できるのは一日16時間までなの。8時間は猫の体でいなきゃいけないのよね。


 しかも人間体では睡眠をとることができない。どうしても猫の体で眠ることになるの。それに猫の体だとホント、落ち着くから、なるべく猫の体で居たいっていうのが私の本音なんだけれど、結局、人間として活動することが多くなって、どうしても人間体と猫の体を交互に使いながら活動することになるのよね。

 どちらの体も使用しない時は異次元空間に保存しているんだけど、意識を移動させて体を異次元空間から入れ変える時は、傍眼で見ると、その場で体が変化するように見えると思う。


 こうして私は唐沢絵里として大学も卒業したし、自動車の運転免許も取った。その後は栄一郎さんの仕事を手伝いながら、宝石商としての経験を積んできたの。

 

 当然、ダニエルの捜索もしながらね。

 ところがある日、栄一郎さんは何者かによって連れ去られて行方不明になっちゃたのよ。たぶん、もう、殺害されているかもね。

 だから、その跡を継いだ私は、栄一郎さんの復讐を誓っているの。

 

 そして、この間、やっとダニエルらしい転生体、つまりアナタが見つかった。

 アナタは前世の記憶を封印されていたから私を認識してくれなかったけれどね。ホント、探し始めてから12年経ってやっと。とても嬉しかった。

 

 ☆ ★ ☆


 唖然としながら、ディアナ・・・もとい、唐沢絵里の話を聞いていたが、随分苦労したんだな・・・と、つい、ホロリとしてしまった。ところがこの話を聞いているうちに、俺は重大なことに気づく。


 元の世界ではコイツと俺では、俺の方が年上だったはず。しかし、ディアナは物質界の『唐沢絵里』を引き継いだ時、その年齢は20歳ぐらいだったというから、この時点で俺よりずっと年上になっちまっている。


 そういうことで、現在、俺は14歳で、ディアナの人間体の唐沢絵里は24歳と、年齢が逆転している。しかもその差は10歳ってか・・・・。


 俺がこいつより年下だって? う~ん。ちょっと納得できない。というか、前世では俺の方が年上だったから何かとリードしていたんだが、年下、それも10歳の差となると、かなり居心地が悪い。しかも今の俺は中学生で、向こうはジュエリー会社の若き社長と来ている。


 「なんだかお腹すいたね。何か食べよっか?」

  俺がこのシチュエーションはなんなのだろうと悩んでいるうちに、絵里がハンドルを切って、どこかのビルの駐車場に車を止めた。

 「このビルにあるリストランテ、おいしいのよ」


 リストランテ?、ああ、イタリア語で食堂ってことか。つまりはイタリアン料理を喰わしてくれるんだろう・・・・

 これは共通意識を検索して探し出した知識。俺はこの世界に転生して、そんな店は一度も連れてってもらったことはない。


 絵里の後をドキドキしながら付いて行くと、ビルの中にある小洒落た店に入った。

 何を注文したらいいか判らないから、絵里の勧めるがままになっていると、平べったいパスタやら子羊のグリルやら、ドルチェなんていうデザートが出て来る。しかも、籠に入っているパンがうまい!

 子羊の肉なんて、焼き肉屋でしか食べたことなかったし、パスタなんてレトルトのソースのスパゲッティしかお目にかかれない。 唐沢絵里ってこんな食事してるんだろうか。


 で、色々聞いてみると、人間体も本体である猫の体も、それぞれをきちんと維持させるためには、それなりの食事をしなくてはならず、手間と言えば手間なんだとか。

 「まあ、そこは割り切って、味覚を楽しむことね」

 なんて言っていたが、人間と猫の二重生活ってのは、結構苦労しているんだろう。


 食事が終わって支払いをする時、なんとクレジットカードを使っていた。それもゴールドカード!

 なんだか思いっきり差を付けられたようだが、今現在、こいつが会社の社長で俺は中坊ってことだし、ここは割り切りが必要なんじゃないのか。複雑な心境だが、ここは素直にごちそうになっておこう。


 店を出て再び車に乗り込むと、そのまま都心に向かい、渋谷区に入る。

 スタイリッシュな地上12階建てのビルに入り、中の立体駐車場前で降ろされて、そのまま絵里について行く。エレベーターで8階まで登り、一角のオフィスにたどり着くと、ここが絵里が社長をやっている会社なんだと説明された。

 

 受付を通ると、中では20人ほどのスタッフが忙しそうに働いている。なんでも、ここはジュエリーだけでなく、他の貴金属や鉱物なども取り扱っていたり、いくつかの関連会社も経営しているらしい。

 

 オフィス内のスタッフが絵里を見るなり、つかつかと近寄ってきて何やら報告を始めた。急ぎの要件らしく、俺は取り残された感じで立ちつくすしかない。


 すると、今度は何人かの女性スタッフがちらほらと俺の周りに集まって来る。


 「ちょっと、なにこのカワイイ子!」

 「え!タレント?それともモデルかな・・・」

 「うわ!社長、どっから連れて来たんだろ?」

 

 いつの間にか女性スタッフたちに取り囲まれて、キャーキャー騒がれる状況になってしまった。

 すると絵里が不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいる。

 こりゃマズイな。そうだ。前世でもこんなことがあったような・・・


 と、思っていたら、若い男性スタッフが俺を手招きしている。付いて行くと応接室に案内してくれた。  しばらくしたら、コーヒーを持ってきて、もう少し待つようにと告げて行ってしまう。

 

 部屋の中を見回すと、ゴージャスな感じである。かなり儲かっているんだろうか。

 なんだか、知らない世界に連れてこられた気分で、そわそわしてしながらコーヒーを口にする。


 待つこと30分、「お待たせ!」と絵里が部屋に入って来るなり、腰に手を当てて俺を睨んでいる。


 「相変わらずね!」


 何も悪いことしていないのに、どうして怒られるんだろうか。絵里は向かい側のソファに座り、足を組んでふんぞり返っている。


 「いやあ、凄い会社だな!感心しちゃったよ」

 怒られる前に話題をすり替えなければならない。俺は必死だった。

 

 「まあね。私、頑張ったもの。もう死に物狂いだった」

 

 ・・・なんとか話が別の方向に行きだしたようでほっとしていると、話はさらに大きくなっていく。


 「もうわかったと思うけれど、こっちの世界で力を持とうとするなら、『経済力』つまり、お金がモノをいうの」

 何を言い出すのかと思ったら、絵里は人間体を持ってから、この会社を継いで色々苦労したらしい。それで、絵里が学んだというか悟ったことが、この世界は結局『経済力』を持っている者が力を持つことになるってことなんだそうだ。


 「この世界では魔法の力は否定される。公けに使おうとすることは出来ないのよ。でも、誰にも知られないように魔法を使って『経済力』をつけることは可能なのよね」


 絵里は、先代の社長が持っていた宝石や貴金属を魔法で複製して貯め込んでいた。現在は、引き継いだジュエリーショップでそれを販売している。何せ仕入れ値がゼロなので、かなりの儲けになるってことで、大きな『経済力』をつけてきた・・・ってことのようだ。


 それで、絵里はさらに『経済力』をつけようとして必死に頑張り続けている、ということなんだろう。


 「でもね。それも限界が見えてきたのよ。それでね・・・」

 「それで?」

 「実はね。相談があるの」

 「なんだよ。俺、中学生だぜ?」

 「何を言ってんのよ、大魔法使いのダニエルさんが・・・」


 どうやら、俺の魔法術を充てにしているらしい。

 

 「ねえ。アナタの力が必要なのよ」

 やっぱり魔法だろうな。でも、俺の力をアテにするって、絵里は一体、俺に何をさせる気なんだろうか・・・

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