第5話 新しい学校生活

「行ってきます!」

 俺は元気に玄関を飛び出し、学校に向かった。


 校門に近づくと、いつの間にかクラスの同級生たちが集まってくる。

 こうして俺はみんなに取り囲まれながら歩くのだが、なんだか奇妙な気分で今だに慣れない。

 以前の俺が変なトラウマを持っていたから、みんなを避けていたってのは解るんだが、こうやって一緒に歩くのはちょっと違和感があるのかもな。

 まあ、そのうち慣れるだろう。


 すると、例の3人組・・・・俺が先日、『バウンサー』で痛めつけてやった奴らがやってきた。

 失礼なことに、俺の顔を見ると化け物に出会ったような顔をして、そそくさと逃げて行っちまう。


 魔法を使えることを大っぴらにしないように、ってことで、福田副院長たちからは気を付けろって言われてたんだが、あの調子じゃ、ちょっとバレちゃったかも知れない。


 今度は、向こうから小笠原啓二が青白い顔をして歩いてきた。あれじゃあ一晩中、悪夢に悩まされてたに違いない。悪夢は見るが、睡眠はとっているってことなんだろうね。じゃあ健康状態は今のところ心配ない。精神錯乱の可能性は否定できないんだがな。


 『ナイト・メア』が見せる悪夢ってのは、憑依されている本体、つまり小笠原啓二自身が過去に行った悪行が原因となって、地獄の苦しみをバーチャルに味わうもの。しかも肉体が本当に苦しいという念の入った悪夢である。

 だから自分の行いがどんなに罪深いものだったか、十分に反省してもらいたいものだ。


 なんだか俺を睨みつけてくる奴らもいた。別に顔見知りでもないのに、何なんだろうと思っているうちに、学校のチャイムが鳴ったので急いで玄関に入った。


 教室に入って、集まって来た女子たちを構っていると、先生が来て朝のホームルームが始まった。その後はいつもの通りの授業となるんだが、人格が変わった後の俺には授業で理解できないことなんてあり得ない。『集合意識』にアクセスして、必要な知識はダウンロードすれば済む話。だから、退屈でしょうがない。


 こちらの世界では、解らないことが出てくると、パソコンやスマホを使って、ネットで検索したりダウンロードをするが、俺が『集合意識』にアクセスするのも、ある意味では同じ原理なんだけれど、こっちの世界の人間たちは、あまりこのことに気づいていないらしい。

 

 全ての人間の意識は、深層心理ってやつでネットのように繋がっているんだが、これをうまく使うと、『集合意識』と繋がり、俺がやっているようなことが可能になる。

 こちらの世界では、『トランスパーソナル心理学』ってことで研究が進んでいるみたいだが、あまり発展していないところを見ると、『集合意識』を利用できることに気づくのはまだ先なのかも知れない。


 やっと給食の時間になった。転校する前の学校の給食と都会の給食はやはり違うんで、結構興味深い。ダニエルの記憶では元の世界と食べ物の習慣が違っているからなおさらってこともある。特にこの『カレー』って香辛料を使った料理はうまい。静香さんも作ってくれるが、なんだか食欲が湧いてくる成分が入っているんだろうな。


 昼休み時間はクラスの女子が集まってきたので、例によってあれこれ構ってしまう。男子も何人か寄ってくるようになった。学校の噂話や芸能界とかの情報が聞けて面白い。

「ホント!マジ?」、「スッゲエー!」

 こんなリアクションをすると、それがまた受けてくれるから俺も調子に乗ってしまう。

 これが悪い癖なんだと解っていても治らない。さらに女子たちがキャーッと黄色い歓声を揚げるので、すっかり騒がしいクラスになってしまった。


 さて、今日の学校での一日が終わる・・・と思ったら、掃除当番だった。帰りが遅くなるが、まあしょうがない。バッグを担いで玄関を出ると、クラスの数人が俺の掃除当番が終わるのを待っていた。


 こうやって囲まれながら帰るんだが、次第に1人、2人と減っていく。最後は館川雄太君と2人だけになった。彼とは家が近所らしいなので、いつもこうなる。

 並んで歩いていると、館川君、色々と話しかけて来るんだが、俺としては適当に相槌を打っているしかない。

 と、俺が油断していると、話はとんでもない方向に向かい始めた。

 

 「中上君さあ」

 「・・・なんだい?」 

 「キミ、超能力、使えるって本当?」

 

 思わずズッコケそうになったが、なんとか堪えた。

 「ど、どうしてそんな話すんの?」

 聞いてみると、先日の3人組が、俺に睨まれた途端、目に見えない何かの存在に凄い力で殴られたりしたんだと、あちこちに言いふらしているらしい。

 「それで、中上君が念力とか、超能力を持っているんじゃないかって話になってるんだ」

 

 いやいや。例の副院長たちには、魔法を使えることは知られないように、と釘を刺されている。たぶん、この『超能力』ってのは、魔法のことなんだろう。さて、何と答えようか。


「う~ん・・・どうしてああなったんだろう。俺も良く判んないんだよね」

 もう、開き直りだな。すっ呆けるしかない。しかし、館川君が食い下がって来る。

 

 「え?じゃあ、無意識に超能力が発揮されるってことかい?それとも守護霊的な存在が動いたのかな・・・


 なんだそれ?

 館川君はそっちの方のマニアなのかも知れない。ここは適当にごまかしておこう。

 

 「どうなんだろうね。超能力とか、守護霊?とか・・・、わかんないや。館川クンは詳しいみたいだから、今度、何かわかったら教えてよ」

 

 まあ、これで何とか煙に巻けるだろう。すると館川君、急に立ち止まって下を俯いている。


 「実は僕も良く虐められるのさ。だから中上君が超能力で自分の身を守れるなら、羨ましいと思ってね」


 そうか。館川君。人格が変わる前の俺と同じ苦しみを味わっていたとは・・・

 なんか、身につまされるな・・・と、俺が難しい顔をした為か、館川君は気を使って、あれこれと学校の情報なんかを教えてくれる。


 と、思ったら、館川君が急に話を止めて立ち止まった。

 向こうから5人ほどのグループが近づいてくる。なるほど。こいつらが館川君を虐めているのか。


 「おお、館川!」

 「今日はお友達が一緒ってか?」


 よく見ると、そのうちの1人は今日の朝に俺の顔をじっと睨んでいた奴だった。

 「おい。こいつは中上とか言う奴でさ。最近、すんげえ生意気なの!」

 そいつが俺を指さして、なんか言っている。


 「ほお。生意気なヤツは締めねえとな」

 「なんか、念力とか使えるんだってよ」

 「へエエ!俺、念力見てえ!」


 この5人組、今度は念力で盛り上がっちまった。

 俺はすっかり呆れてしまったが、館川君は怯えている。


 「なんだよ!念力使えよ!」

 5人は念力やれ!と騒ぎ始めた。相手にしてもしょうがない。

 「行こう。館川君」

 館川君を急き立てて、俺が立ち去ろうとすると、後ろから腕をグイっと掴まれた。

 「こら、無視こいてんじゃねえ!」

 

 しょうがない。このままじゃ館川君まで巻き沿いになってしまう。

 じゃあ、最近、新たに開発した攻撃魔法を実験してやろう。

 俺は目を瞑り、小声で詠唱する。

 「ヘッドバンド・アピア」


 すると、ヘッドバンド状になった魔力の塊り、当然、肉眼では見えないんだが、それが5つ出来上がって空中に浮いている。


 「クランプ、ヘッド、タイト!」

 この詠唱でヘッドバンドは5人の頭に巻き付き、強い力で締め付けた。


 「痛ってえ!」

 「うわあああ!」

 「ギャアア!」


 5人組は頭を抱えて喚き出した。奴らは立っていられず、地面を転がっている。まあ、頭を強力に締め付けられたら、激痛でこうなるだろう。


 これは、有名な中国の御伽噺からヒントを得たもの。例のお猿さんとお坊さんがインドに行くって話。あの中でお坊さんがお猿さんを懲らしめるときに使うお経があるんだが、それをヒントに開発した攻撃魔法ってこと。


 さて、問題は館川君だ。彼の前で魔法を使っちまったが、どうするか。

 彼は、転げまわる5人を見て唖然としていた。


 「さ、行こうぜ!」

 俺は館川君を急き立て、その場を後にする。

 無言で歩き続けること数分。ところで、どんな言い訳しようか。


 「館川君さあ」

 「な、なんだい?」

 館川君は、なんだか緊張気味で俺の顔を見た。いや、なんだか見てはいけないものを見てしまった・・・という顔をしている。


 「俺、ホントに超能力とか解かんないんだよ。それに、こういうのって騒ぎになっちゃうだろ?俺、すっごく嫌なんだよね」

 「判った、判ったよ。つまり、今の出来事、僕が誰にも言わなきゃいいんだよね?」

 「まあね。大丈夫?」

 ちらっと館川君の顔を見ると、ぶんぶんと首を縦に振っている。


 う~ん、この調子だと「内緒だよ?」とか言って、あちこちに触れ回るかもな。

 でも、館川君に口止めの魔法を掛けるってのは、なんか・・・

 まあ、その時はその時ってことでいいか。そうせ、あの5人組だってあちこちに喋っちゃうだろう。


 ☆ ★ ☆


 帰り道、館川君とも別れて、1人で歩いていると、頭の中で『念話』が聞こえてきた。

 これは、魔法で離れている場所からメッセージを伝えるってしろもの。

 実をいうと、『篠原総合病院』を退院する時に金沢外科部長が、スマホの番号を教えて欲しいと言ってきた。

 スマホなんて使うより、俺と直通で話ができる方がいいだろうってことで、ちょうど病院の売店で小さなマスコットが売っていたから、これに通話魔法を仕込んで部長に渡しておいたもの。これを使うと、どんなに離れている場所でも俺と話ができる。


 『実はね。緊急で、会って話がしたいんだよ』

  金沢部長は深刻そうにそう告げる。例によって俺の治療魔法が目的だろうが、まあ、今日は特にやることもない。

 寄り道になっちゃうけれど、その足で『篠原総合病院』に向かった。


 病院の受付で金沢部長に呼ばれたと話すと、しばらくして看護師さんが小走りで迎えに来た。

 黙ってついて行くと、集中治療室の入口で、中には入れてもらえない。

 俺の顔を見た別の看護師さんが金沢部長を呼んできた。金沢のおっさん、かなり深刻そうな顔で俺をじっと見ている。


 「いやあ、済まないね。もう、頼るのは君しかいなんだ」

 部長の話によると、昨日の深夜、小学2年生の女の子が自動車に跳ねられて意識不明の重体ってことでこの病院に運ばれてきた。

 もう手の施しようがないのだが、なんとかしてやりたい。自分たちではどうしようもないから、なんとかならないか・・・というもの。


 やっぱりな。とは思ったが、小学2年生の女の子と聞くと、ちょっと身につまされる。待合室には女の人が2人座っているが、家族なんだろうか。かなり深刻そうな顔つきだ。

 「あの子はね。父親がいなくて、あそこに座っている母親とお祖母ちゃんの2人に育てられたらしいんだよ」 金沢部長がそっと告げる。


 年配の女性は、たぶんお祖母ちゃんなんだろう。涙も枯れ果ててって感じで、疲れ切って、もう死にそうな顔をしている。なんだか居ても立ってもいられなくなってしまった。

 

 こんな状況を見せられたら、俺が断る筈がないと解って言うんだから、これはある意味、金沢のおっさんの戦略だろう。やれやれ。

 やりますよ。ホント、こんなの見過ごしたら寝覚めが悪いじゃないか。


 俺はこのままじゃ集中治療室に入ることはできない。それで、バイロケーションの幽体離脱で集中治療室に入り込むことにした。

 金沢部長にこれからどうするか、一応相談した後、待合室の長椅子に座り、意識を集中する。

 意識の一部を幽体に乗せて体を離脱して、そのまま集中治療室に入り込む。部屋の上の方にフワフワと浮きながら、酸素マスクやら管やらを付けられている女の子を観察する。


 あれ?この子、意識、つまり魂が体から離れているじゃないか!

 これじゃ蘇生させても意識は戻らないだろうし、その後は体も生命を保てず、生命維持装置が外せない体になってしまう。


 まず、この子の魂を探しにいかなくちゃならない。

 俺は幽体のまま、幽玄界、この物質世界と向こうの世界の中間に行くことにした。

 死にかかった人間の魂は、まずこの世界に行く。まあ、俺もナイフで刺されてそこに行ったんで良く覚えているが、とにかく、ここで女の子の魂を探すことにした。


 すると、小学2年生の女の子を見つけたんだが、そばには大柄の男の人がいて、女の子はその人に縋って泣いている。

 近寄って話を聞いてみると、その男の人は女の子の父親で、その子が小さい時に死んでしまったんだとか言っていた。

 それで、女の子はお父さんと一緒に行く、と泣き叫んでいるらしいが、それはこの子が死んでしまうことになる。

 それで父親が、「まだここに来るには早いから、お母さんのところへ帰ろう」と説得しているってことだった。

 しかし、女の子は、大好きなお父さんと離れたくない、と言うことなんだろう。

 なるほどね。そういうことか。


 「あのね。戻ってもお父さんとは会えるんだよ。だから、お母さんのところに戻ろう」

 俺がそう言って女の子を説得した。

 「お兄ちゃん、そんなことできるの?」

  女の子は不思議な顔で俺を見ている。横にいる父親も本当かって顔つきだ。

 「大丈夫。きっとできるさ」

、「ホントに、ホントにできるの?」

 「ああ、できる。俺はウソは言わないよ」


 こうして俺は父親から女の子の手を譲り受けた。父親はずっとこちらを見送っている。

 女の子は後ろを振り返りながら、父親に手を振り続けていたが、突然、父親が姿を消した。

 不安がる女の子を宥めながら、なんとか幽玄界を離れて、物質界に戻ってくる。

 

 まずは蘇生魔法で体を快復し、後は治療魔法を駆使して傷口を修復していく。内臓もかなり損傷しているから、もう復元するしかなかった。

 ここまで治したら、魂を体に戻してやるだけである。


 女の子の意識が戻ったので、看護師が大急ぎで母親に連絡しに飛び出していった。

 2人とも泣きながら喜んでいる。

 

 さて、あの女の子がベッドから出られるようになったら、霊界の父親とコンタクトを取れるようにしてやろう。何かマジック・アイテムでも作るか。


 金沢部長はまだ忙しく集中治療室で動き回っている。俺はバイロケーションを解き、椅子から立ち上がると大きく深呼吸をした。

 

 後はよろしくと看護師に告げて、俺は家に帰ることにした。

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