第4話 新生した人格

 あんなに魔法の存在を否定していた医者や看護師たちは、自分自身の体でその効果を実感すると、掌を返したように「魔法って素晴らしい!」と称賛の声を上げ始めた。


 それで医者たちが納得したかというと、実はそうではなかったらしい。

 俺が腰痛を治してやった医者が、「私は金沢と言うものだが」と名乗って近づいてくる。この病院で、外科部長をやっているんだとか。


 「まず、君が瀕死の状態からここまで回復したのは、魔法の効果である、というのは認めることにしよう。現在の医学では成し得ない奇蹟が起こった。そうとしか言いようがないね」


 この医者、ここまで言っておいてオホンと咳払いをする。

 

 「私たちの目の前で起こったことは事実であり、疑いようがないが、しかしだ、このまま君を退院させることは、その事実を公けにすることになる。それは非常に問題なんだよ」


 金沢って医者、『外科部長』って呼んでおこう。このおっさんが、さらに一歩詰め寄って来た。


 「君は、背中を3か所もナイフで刺され、救急車で運ばれた時には、出血多量でショック死寸前の心肺停止って状態だった。この事実は、君を運んできた救急車の隊員たちやこの病院の関係者が知っていることなんだよ。だから、君がその状態から、一晩で蘇生して完治しました。という現在の医学技術では考えられない事象が起こったことは公けにできないんだよ」


「結局、アンタたちのいいたいことは、俺が魔法を使ったと言っても、魔法の存在自体が、この世界ではあり得ないものってことになっているから、誰も信じない。黙ってろってことか?」


 すると外科部長のヤツ、首を横に振ってやがる。


 「いやいや、それだけじゃないんだよ。君が瀕死の重傷から短時間で全回復した事実は明らかだ。しかし、これを、公にすることが事態を混乱に招くのだよ」


 「じゃあ、どうしろってんだ!」

 

 俺がそう叫ぶと、医者たちは無言だった。すると、一番偉そうな福山って医者が、つかつかと近づいてくる。

 

 「そこでだ。我々から一つ、キミに提案をしたいんだ。結論から言おう。キミが魔法で完治したことは、ここにいる者たちだけの話にしないかね?」


 この福山さんは、この病院の副院長なんだとか言っている。それで偉そうだったワケか。

 福山副院長が提案してきたことは、ことの辻褄を合わせるために、俺が20日間入院するっていうもの。そんなに入院なんてしてられないと言っても、奴らが何やかんやと、必死に説得してくるんで、結局折れてしまった。

 

 医者たちによると、この20日間の入院でも、俺が運ばれてきた状況を考えると、そんな短期間で退院するのは奇跡に近いんだとか。 

 

 こうして、医者たちが入院の手配でバタバタと走り回っている時、手持ちぶさたになったので、この世界の集合意識にアクセスして魔法がどのように受け入れられているか調べてみる。 

 すると、こちらの世界では、医者たちの言う通り、魔法自体が実在するとは考えられておらず、”オカルト”とかいう、なんだか胡散臭いものとして扱われているらしい。


 さらに、魔法使いは、過去において世界のあちこちで迫害された歴史があった。

 この世界では科学技術が基準となっているようで、それがこの国の『常識』ってものを形作る。

 となると、魔法のような科学技術から外れる事象は『有り得ないもの』として、排除されているようだ。

つまり、魔法自体がその存在を否定されているんだから、魔法は人前で使うとヤバいってことか。

 俺は取り敢えず、ここの医者たちの忠告を聞くことにして、魔法を使えるってことを隠しておくことにした。 


☆ ★ ☆   

 

 俺が運ばれた病院は、『篠原総合病院』って名前で、そこの個室に入院することになったのだが、俺は退院するまで、ずっとこの部屋に隔離された。一般病棟の大部屋だと、他の入院患者から色々と情報が洩れてもまずいらしい。


 入院病棟の詰め所には、すでにおじさん夫婦が駆け付けてくれていた。相当心配かけちまったようで、すっかり申し訳ない気持ちになってしまい、おじさんたちに恩返しすることを心に誓っておく。


 さて、20日間も入院することとなったが、実際は完治しているのに、絶対安静中のため面会謝絶ってことで暇と言えば暇だった。


 大勢のクラスメイト達が見舞いに来てくれたらしく、たくさんの花束やら折り鶴、寄せ書きなんかが届けられる。俺はクラスメイトを怖がっていたんだが、実は知らないうちに人気者になっていたらしい。

 ただ、俺にはガラの悪い奴らが付きまとっていたから遠巻きにしていたようで、俺が刺された時も通報してくれたのは、俺の帰り道を付けてきた同級生の女子たちということだ。


 入院3日後、警察の捜査官、てのが様子見に来たそうで、これは病院が通報したという話だが、一応は面会謝絶ってことでお帰り頂いたらしい。

 まあ、俺を刺した吉村直仁は赦しちゃ置かないし、2万円を恐喝してきた小田原啓二ってのは只じゃ済まさない。

 こいつらへの仕返しは警察になんかに任せない。


 4日目になると、外科部長がやっぱりレントゲンを撮っておきたいとか言ってきたが、不機嫌そうに睨みつけてやったら諦めたらしく、「そういえば、あれから腰の具合がとっても調子いい。ありがとう」なんて言いやんの。

 これじゃ、どっちが医者だか・・・って思わさるな。


 さて、10日が過ぎたあたりで、副院長がどうしても頼みたいことがあるとか言い出した。

 それは、ここに入院している小学生が、白血病とかいう病気で、こちらの世界じゃ完治は難しいんだとか。俺の治療魔法でなんとかならんか、と相談されたので、施術してみることにした。


 時間がかかったが、その子はなんとか完治した。医者たちから「感動した!」とか「感謝の言葉しかないよ!」なんて言われて、なんだか照れ臭くなってしまったんだが、本当は俺が施術したってのは内緒なんだけれどね。

 こんなことで、俺に関わった医者や看護師たちは、次第に俺の信者になっていく。


 入院中、あまりにも暇だったので、魔法の詠唱について色々と考えて見た。このガイアの世界で詠唱を行う時は、ラテン語系、しかも英語って言語を使うほうがうまく行くみたいだ。この国で使われている『現代日本語』ってのは色々といじくりまわされていて、語呂が悪いって言うか、どうも魔法の発動がスムースじゃない。

 それで、今度から詠唱は英語でやることにする。病気の治療なら、『リカバー・フロム』とか『ゲッベラ(Get Better)』って感じか。


 すると、この世界のあちこちに存在するエネルギー、これは前の世界の『魔素』に相当するんだが、これを体に取り込む時に、効率よく魔力へ変換されるってのも解ってきた。


 こうして退屈な20日間が経ったんで、ようやくここを退院できると思ったが、いざ、そうなるとなんだかさみしい気もする。

 病院の入口では副院長や、外科部長、俺に関わった医者や看護師たちが見送ってくれるので、なんだか照れ臭い。

 ところが、ここの病院の医者たちとは、色々と付き合いが続いちまうことになるんだが、その時は思いつきもしなかった。


★ ☆ ★



、退院して叔父さんたちの家に戻って片付けを終えると、気が抜けてぐったりしちまった。すると、警察の捜査官がやってきたと希美さんが呼びに来る。


 俺を刺したのは吉村直仁だって話は掴んでいて、それは通報したクラスメイトの女子たちが証言したらしい。


 吉村直仁は、あれからずっと学校を休んでいるってことだが、どうやら本人は家出してしまい、家族も行方が判らないとのこと。


 一緒にいた小田原啓二については、なんと、吉村直仁がナイフを振り回した時、止めに入ったってことになっている。


 だから、そうじゃなくて、奴が「2万円持って来い」と脅されたことや、俺が刺される直前に「大人しくしないと刺されちゃうぞ」なんて言ってたことを話をしたら、捜査官は意外だと言う顔をしながらメモを取っていた。


 たぶん、小田原啓二は自分に都合のいい嘘ばっかりついていたのだろう。捜査官はこの話について、初耳だった感じである。

 俺はすっかり頭に来てしまったが、まあ、今後じっくり復讐してやろう。 

 

 退院して2日が経ち、いよいよ学校へ登校する日になった。

 朝、起きて朝飯を食おうと階段を降りると、やたらと叔母の希美さんが俺に構ってくる。勘弁してくれと思ったが、これは心配かけちまったんだからしょうがない。

 

 制服も新しく買い替えてくれた。すっかり散財させてしまったようである。病院の入院費やら治療費が殆どかからなかったので、希美さんは不思議がっていた。退院する時に副院長が色々と説明してくれたんだが、どうも納得できないんだとか。

 副院長たちが裏で色々と操作してくれたんだろう。実は俺が、何も『治療』されてはいないんだし、治療費なんて請求される覚えもないって副院長にねじ込んだんだが、まあそれは内緒ってことになった。

 

 制服に着替えて学校に行く準備をしていると、ダニエルの人格が覚醒する前は、学校に行くのが億劫でしょうがなかったことを思い出した。

 今の俺は新しい人格だし、何てことはない感じだが、不思議な気持ちになっちまう。

 

 まあ、ダニエルの記憶にある前世の苦しみを思うなら、大抵のことは我慢できる。

 それに、今回の事件でクラスメイトや担任の教師たちも心配してくれたことが判ったから、以前のような嫌悪感も持っていない。

 といっても、今までの和也を苦しめてくれた奴らは許さない。それとこれとは話が別ってことだ。

 

 校門に近づくと、数人のクラスメイトたちが取り巻いてくる。

 「きゃあ、中上クン!」

 「退院おめでとう!」

 「もう大丈夫なのか?」


 なんだか、こんな風に声を掛けてもらうと、照れてしまうな。


 「ああ、みんな、お見舞いありがとう。心配かけちまったね」

 おれが爽やかに笑って見せると、みんなは意外な顔をしていた。


 「なんだか、変わったね。中上クン」

 「そう。なんか、明るくなったって言うか」

 「笑った中上クン、始めて見た」

 「守ってあげたいっていうのはなくなったかな」

  

 色々勝手なことを言っているが、俺は気にしていない。まあ、以前の和也だったら、ずっとオドオドしていただろう。

 人格が代わったなんて言っても信じてくれないだろうし、新しい俺に慣れてもらうしかない。


 教室に入るとクラスのみんなが歓迎してくれた。

 二度と戻ってこれない、なんて噂も飛び交っていたらしく、数人の女子はハンカチで眼を押さえている。

 「みんな、心配してくれてありがとう。こうして元気で戻ってきました。これからも、よろしく!」

 俺は神妙な顔であいさつすると、クラス中から拍手が舞起った。


 授業が始まって教科書を広げるんだが、以前の和也なら、もう内容的に付いていけない状態かも知れない。

 しかし、今の俺は『集合意識』にアクセスするって裏技が使えた。この世界のPCやスマホの検索なんかより、ずっと素早く使えるし、情報量も桁違いだが、この世界の人間で、この存在を知って使いこなせる者はあまりいないようだ。


 だいたい、中学校で扱う教科っていうのは、かなりズレている。例えば、この時間で教えている『数学』にしろ、中学指導要領に従ったもの。だから集合意識の中でも『高校受験』という領域で『数学』を検索してみると、やっと授業に役立つ知識が見つかった。取り敢えず、そこから必要な知識をダウンロードしてみると、なんとなく先生の話している内容が判って来る。


 でも、しばらくすると、あまりにも話している内容が幼稚すぎるので、俺はすっかり飽きてしまった。と、言っても 新生した人格のダニエル・和也としては居眠りするワケにいかない。

 

 必死に居眠りを堪えること数十分、やっと休み時間になった。

 

 さっそく女子たちが取巻いてくるが、以前のように怖い気持ちはなくなっている。適当にあしらう感じで構ってやると、黄色い歓声を揚げてくれるので、すっかり調子に乗ってしまった。


 「中上クンが明るくなった」ってことで、他のクラスにも伝わっているって話を聞いたが、いい加減にした方が良さそうな感じもする。だいたい、前世のダニエルって、すぐ調子に乗る癖があったので、それが出てしまったかも知れない。


 体育の時間は、怪我の具合が心配だということで見学させてくれたが、実際は完治しているので、なんだか手持ちぶさたっていうか、退屈な気分だった。


 しかし、こうしてバスケットボールってゲームを見学すると、ホント、良く判らないルールだと思う。

 あのボールという物質だが、あれをドリブルという技法でバウンドさせながら移動しなければならないってのは、なぜなんだろうか。


 しかも、敵陣のゴールという籠にボールを入れると、こちらのチームに勝ち点が加算されるんだが、それなら、ボールを手に持った時点であのゴールに直接放り込めばいいようなものを・・・とは思ったが、調べて見ると、この世界の人間にとって、遠距離からあのゴールにボールをうまく放り込むことは至難の業らしい。

 それを知らずに、遠距離からいきなりボールをゴールに入れちまったら、大騒ぎになるってか。う~ん。今度試合に出るようになったら、気を付けねばならんな。


 さて、本日の授業が終わって、下校時間となった。

 驚いたことに俺が帰ろうとすると、なんと、数人の女子が俺の護衛をかって出てきた。

 俺はそんなに弱っちく思われていたのか・・・と思うと少し情けない気分になる。それに、変なのが待ち構えていて巻き込んでしまってもまずいので、これは丁重に断った。


 いつもの帰り道を歩いていると、小田原啓二と目が合う。

 俺が睨み返すと、こそこそと逃げていく。奴も今の自分は立場が悪いことを認識はしているんだろう。 取り敢えずここはやり過ごしておくことにする。


 しばらくすると、俺をいつも虐める3人組がチョッカイをかけて来た。


 「おい。中上! ナイフで刺されたんだってな」

 「傷、見せて見せろよ」

 「実は大したことなかったんじゃね?」


 3人ほどが俺を取り囲もうとする。


 仕方ないな。これは。


 『バウンサー!』

 俺が聞こえないように小声で詠唱し、攻撃魔法を発動させた。

 これは、魔力を集結させて強力な人間体を作るもの。出来上がった人間体は、肉眼では見えない筋肉質の大男で、バウンサー(用心棒)と呼ばれる。かなりの怪力があり、術者の意思で動く。


 相手はグレているといっても中学生だ。今回のバウンサーは、この世界のプロレスラーぐらいにしてこう。


 俺はバウンサーを操って、一人の腹に正拳突きを入れてやる。

 別の一人は、横面を殴打してやった。


 一瞬のうちの攻撃だったので、2人ともあっという間に伸されちまっている。


 最後の一人は、何が起こったのか解らずに狼狽えていた。このニキビ面にはずいぶんと虐められたし、じっくりと仕返しをしてやらないとな。


 『バウンサー』で蹴りを喰らわす。ニキビ面のヤツは前のめりに倒れちまったんだが、なんせ目に見えない相手からの攻撃を不意打ちで喰らったワケですっかり驚いている。これだけで済ますはずはない。さらに3発ほど拳でぶん殴ってやった。

 

 人間、認識できない敵ほど恐怖を感じるもので、ニキビ面のヤツ、立ち上がると慌てて逃げて行った。残りの2人はまだ気絶しているらしい。

 

 まあ、これでも手加減した方なんだがな。第一、マジにやったら、こいつらは即死しちまうじゃないか。

 『バウンサー』は、誰の目にも見えない。傍目からはこの3人が勝手に倒れ込んで転げまわり、気絶しちまったようにしか見えない。


 おお!やはり英語での詠唱は素早く魔法が発動するぜ。この魔法も、慣れて来たらイメージだけの発動、無詠唱ってやつでもイケそうだな。


 俺はスタスタとその場を立ち去った。こいつらにも、いずれ仕返ししようと思っていた矢先で、ちょうどいい機会だったってこと。

 俺を虐めていた他の奴らもいたんだが、気味悪がって俺に近づこうとはしなかった。 


  ☆ ★ ☆


 家に戻ると、叔母の希美さんが神妙な顔で出迎えてくれる。

 俺に「お客さんが来て待っていたのよ」、と告げられ、リビングに行ってみると、眼鏡を掛けた年配のおっさんが待ち構えてる。

 このおっさんは弁護士の昭島省吾と名乗った。

 「私は、小田原啓二君のお父さんから依頼されてね」

 昭島のおっさんはそう言ってソファにふんぞり返る。


 「はあ。それで俺にどんな用事なんですか?」

 「キミは、警察の捜査官に、啓二君から2万円持ってくるよう脅されただとか話したそうだね」

 「まあね」

 「しかもだ。啓二君がキミに『大人しくしないと刺されちゃうぞ』と脅すようなことを言ったとか」

 「そうですが・・・」

 「あのね。啓二君は、キミが刺されそうになった時、止めに入ったと言っているんだよ」

 「それは嘘です」

 「その証拠はどこかにあるかね?」

 「・・・」

 

 昭島のおっさんは、コーヒーをすすった後、俺の顔を睨み始めた。


 「私は、キミが嘘をついているとは言わない。一般論として聞いてほしい。こういう場合、後で嘘をついていたと判ったなら、大変なことになるんだよ」

 「はあ・・・」

 「もしも、嘘をついているとするらば、だ。早めに訂正して謝ることを勧める。言っておくけれど、キミが嘘をついたなんて言ってはいないから、誤解のないようにね」

 

 なるほど。そういうことかい。

 この弁護士のおっさんは自分の仕事を粛々としているのだろうが、俺は完全に頭にきている。

 俺は、おっさんにこう言い渡す。

 「俺は本当のことを言っているんだっての。小田原啓二が嘘を言っているってことは、そのうち解るぜ」


 まったく。

 この場でこいつに攻撃魔法をかけてやろうと思ったが、それはまずい。

 それで、時間差で効果が出る魔法をかけることにした。

 

『ビ・サイレント!』

 俺は聞こえないようにそっと呟く。

 この魔法は、相手の声帯を麻痺させるもので、この術を掛けられた者は声を出すことができなくなる。病院で医者たちに使ったものより強力なバージョンだが、今回は、魔法の効果が一日経ってから発動するってところが違う。


 何も知らないおっさんは、名刺を渡しながら、なにか話したくなったら連絡するように、なんて言ってきやがった。

 

 おっさんが帰った後、希美さんが心配そうな顔をしている。この世界、というより日本て国では、弁護士が来たというだけで、一般人はオドオドするらしい。

 

 希美さんにまで心配かけちまったと思うと、さらに頭に来てしまった。

 小田原啓二をトッチめてやるのは、もう少し落ち着いてからにしようと思ったが、もう待てない。


 夜の10時ぐらいに叔父さんが帰宅する。なんだか仕事がうまくいかないとボヤいていた。

 希美さんは心配そうに叔父さんの話相手をしている。

 今なら邪魔は入らないだろう。

 

 俺はベッドに入って静かに瞑想を始めた。

 体から幽体離脱をするんだが、今回やるのは、『バイ・ロケーション』という方法。実は人間の意識は、同時に2カ所以上の場所に存在することができる。体に意識を残しながら、幽体を体から出してそちらにも意識を乗せて、別行動をするというもの。

 分身の術と違うのは、どちらも本体だってことだろうか。前世の世界では、常識的な技術なんだが、  こちらの世界でも、訓練次第で誰でもできることが知られている。しかし、オカルト扱いされているから、一般では信じられていない感じだな。

 

 こうして幽体の俺は、小田原啓二の自宅を目指した。

 幽体の時は、場所や人物を心に念じると、そこにいくことができる。こうして小田原啓二の住むマンションを見つけると、奴のいる部屋を探す。

 結構大きなマンションで、奴は部屋にある大型テレビでゲームをやっている最中だった。

 幽体の俺がそばまで近づいても当然気が付かない。


 『ナイト・メア』

 俺がそうつぶやくと、手の平ぐらいの不定形な存在、『ナイト・メア』がフワフワと現れた。魔力を集中させて作られる存在で、肉眼では見えない。特定の人物の後頭部に貼り付き、その人物が寝ている間、恐ろしい幻視、つまり悪夢を見せ続ける。これは普通の夢などではなく、このナイト・メアが見せる幻視なので、軽く居眠りをしている時でも悪夢を見てしまう。

 人間、悪夢を見るから眠れないということはなく、ただ恐怖体験を夢でするだけなので、睡眠不足になるということはない。だが、起きた後もしばらくは恐怖が続くだろう。


 『ナイトメア』が小田原啓二の後頭部に貼り付いたことを確認すると、俺は自分の体に戻った。

 叔父さんたちは、まだ深刻に話し込んでいる。

 なんだか、こちらも悪い予感がするが、色々疲れちまったんで、今晩はもう眠ろう。


 

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