第3話 もう一人の自分
何だか急に体が軽くなったというか、ふわふわする感じ。
起き上がって辺りを見回すと、自分の足元に誰か倒れてるのに気が付いた。
その姿は後ろ向きに倒れ、背中から多量の血を流して気を失っている。
屈んでよく見ると、その姿は見覚えがあった。
「これって、ひょっとして・・・ボク?!」
そう、それは写真や鏡で見たことのある自分の姿。
「っていうことは、これって話に聞く幽体離脱ってやつか」
和也は呆然として立ちつくしている。
すると、見知らぬ人たちが寄って来て、倒れている和也を取り巻き、大騒ぎし始めた。
向こうから救急車のサイレンが聞こえる。
野次馬がどんどん増えて行くが、立っている和也の姿には気づかない。
救急隊員が駆け付けて和也の体に何かしていたが、そのうち、キャスターみたいのに和也の体を乗せて救急車の中に運び込む。
しばらくすると救急車はサイレンを鳴らしながら行ってしまった。
その様子を和也はじっと眺めていたが、最後は呆然として見送るだけ。
その時、頭に浮かんだのは、自分は体のそばから離れないほうがいいんじゃないのか、ということだっ たが、なぜかそうする気になれず、その場に立ち尽くしたままだったのである。
しばらくすると、次第に周囲の景色が変わっていく。そこは、花畑みたいなところだった。
向こうの方には川が流れているようで、たくさんの人たちがそちらに歩いて行く。それを見ていると、いつの間にか自分もその列に加わりそうになっていた。
ここは、話に聞いたことがある、死んだ後に通るって例の場所か。
すると、ボクは死ぬってことなんだな・・・
今までの人生って何だったんだろう。
そう考えた瞬間、和也の中には強烈な怒りが湧きだした。
チキショウ!どうしてこうなるんだよ!
ボクが何をしたって言うんだ!
ひどい目に遭ってばかりじゃないか?
どうしてボクが死ななきゃいけないんだよ!
和也が今いる場所では、死んだ者の魂たちが、静かに今までの人生を振り返り、向こうの世界に渡る。
この場所で、怒りの感情を爆発させる者は滅多にいない。
しかし、和也は違った。短かった人生に対し、ひたすら怒りをぶちまけた。
こんな目にボクを遭わせた奴は誰だ!
ボクが何をしたって言うんだ!
ひどいことばかりで、・最後には殺されちまったじゃないか!
それとも、前世で何かしたっていうのかよ!
え? ちょっと待て?
前世ってなんだ?
ボクに前世ってあるのか?
和也は自分の吐いた言葉に戸惑い始める。
すると、和也の中で何かが動き始めた。それは、強烈な怒りの感情が呼び起こしたもの。
封印されていた何かが解放されたように、和也の中で大きくなっていく。
前世・・・って、そうだ。ボクには前世の記憶がある。
それは・・・、今のボクと違う誰かだ!
ボク、いや、俺は・・・、中上和也に生まれる前は、別の人間だった。
それもこの世界じゃない。
そう、俺の名前は、ダニエル。ダニエル・ヴァリアンテ。
ガルメシアンって国の宮廷魔法使いだった。
和也の中で過去生、ダニエル・ヴァリアンテの記憶が目覚めていく。
俺は前に生きていた世界で殺されて、体が滅びた。
それだけじゃなく、魂までも世界から追放されたんだっけ。
最愛の恋人まで殺されちまったんで、どうでも良くなっていたけどな。
たどり着いたのが、このガイアが支配する世界。
この世界で人間体に転生できる機会をずっと待っていた。
やっとそのチャンスが巡って来た時、前世の記憶を忘れたんだっけ。
このガイアの世界は人間の胎児に受肉する条件として、前世の記憶を全て忘れるってのがあった.
俺としては恋人を殺されるなんて、あんな辛い記憶なんか無くしてしまった方が楽だったし、それを受け入れて、新たな人格で俺はここの物質界に生まれた。
それが、中上和也の人生じゃないか。
和也、いや、ダニエル・ヴァリアンテは、前世で魔法使いだった頃の人生を思い出して行く。
前世の記憶や培った経験・知識などは、消去されたワケではなく、封印されていただけ。
それが今、和也の中で解放された。
前世の人格であるダニエルが完全に覚醒すると、今度は現在の人格、中上和也と統合され始めた。
こうして、新生した新しい人格が形成されていく。それは「ダニエル・和也」ともいうべきもの。
それはガイアの世界において、めったに起こらないはずの出来事だった。
新生した和也は気が付く。
このままの状態では、和也の肉体が死を迎えてしまうんじゃないか。
それは、この世界で和也の人生が終わることを意味する。
そうなることが和也の『運命』だったのか?それでいいのか?
いや、そんなことは俺が許さない。
この人生では和也はまだ14歳だし、この年で死んでしまったら、あまりにも和也の人生が悲惨すぎる。
そんな運命を変えてやろうじゃないか。
今の俺ならそれができる。俺は魔法使いだ!
まず、傷ついた肉体を蘇生し、無理やりにでも戻ってやろう。
前世で培った魔法を駆使すればそれが可能だ。
問題はこのガイアの世界で俺の魔法がどこまで通用するか。
それは試してみなけりゃわからない。
まず、急いで物質界に戻り、肉体のもとへ行こう。
☆ ★ ☆
凄まじい激痛で和也は意識を取り戻した。
周りを見回すが、顔に何やら管が付けられて体が思うように動かない。
ここはたぶん、病院の集中治療室ってやつなのかも知れない。以前にテレビのドラマでみたような風景だったから何となく見当がついた。
「おお!心臓が動き出した・・・。いや、奇跡ですな。完全に出血多量のショックで心臓が止まっていたのに・・・」
「呼吸も戻っています! あの状態から蘇生なんて、常識を超えていますね」
「たぶん、この子のご両親がお救いになったのでしょうか」
「でもかなりの激痛のようだね」
なんだか枕元から声が聞こえてくる。額の汗を拭いてくれる感じはするのだが、まだ眼は開けられない。和也は身動きが取れないまま必死に激痛に耐えていた。
だが、今の和也はすでに昔の和也ではない。
そう、魔法使いの人格が統合されたダニエル・和也である。
「おお、瞼が開いたじゃないか!意識が戻ったみたいだぞ!」
「和也君!判るかい?・・・判るようだ!すごいじゃないか」
「う~ん。あの状態じゃあ、体は蘇生しても意識が戻らないことが多いのに・・・」
「奇蹟ってあるんですねえ」
奇蹟じゃないっての。
魔法術を使った蘇生法ってやつだっての。
この肉体を死なせちゃあ、申し訳が立たねえからな。なんせ、前世の行いが悪いからこうなったって言われちゃうと、具合が悪いっての。
それにしても危なかったぜ。
俺が物質界に戻り、自分の肉体のそばまで来た時は、もう生命活動を終えるところで、大急ぎで蘇生術を試してみた。こっちの世界で魔法が使えるか心配だったが、見事に肉体は息を吹き返したんで、一安心したってワケ。
そして俺がその中に戻ったってこと。
いやあ、それにしても、この激痛には参った。
取り敢えず、鎮痛術ってのを使って体中の痛みを緩和させることにしたんだが、完全に痛みを止めるとそれもまた感覚が麻痺して昏睡しちまうんで、完全に止めるわけには行かない。
それにしても、この世界でも魔法がきちんと発動したから助かったぜ。まあ、前世では、蘇生や医療系の魔法はお手のものだったしな。
この世界には魔素がないから焦ったが、なんだかエネルギーのようなものがあったから、魔素代わりに吸収してみると、きちんと魔力に変換されたんで何とかなったって感じか。
さて、ダニエルと和也の人格が統合した時、俺は、この世界の知識がすべて集約しているところがあるってのに気付いた。
この世界では『集合意識』とか呼ばれている場所なんだが、あまり知られていないようだ。
ここにアクセスすれば、この世界のことは、たいてい解っちまうんで、しばらく色々調べて見ると、この世界では「科学技術」ってやつで、なんでも片づけちまうらしい。
でも、元の世界の魔法と比べて見ると、どうも胡散いというか、チャチっていうか。
特にこの医学ってのは、あまり大したことねえな。
これを扱う医者って奴ら、これくらいの傷を負った人体の蘇生もできねえってのは、ちょっとどうかねえ。
さて、新しく誕生したダニエル・和也としてはだ。
取り敢えず、この状況からとっとと抜け出そうと決めた。
☆ ★ ☆
しばらくすると、医者や看護師たちが、ひとまず様子を見ましょうなんて出て行っちまったんで、俺はそのすきに回復術を使い、傷つけられた体を一通り回復させる。
そして体中に付けられている管やら点滴の針やらを全部取っ払って、清々していたんだが、そこに看護師が様子を見に入ってきた。
「こ、これはどういう・・・・」
看護師が驚愕として俺の顔を凝視している。
「ああ、すっかり治っちまったし、邪魔だから外したぜ」
「ちょ、ちょっと!そ、そんなこと!」
看護師は後ずさりして病室を飛び出して行っちまった。
しばらくすると医者たちを連れて戻ってくる。
「おいっ!ど、どうしたんだ!安静にしてなくちゃだめじゃないか!」
「安静って、治っちまったから必要ないっての」
「そ、そんなことは医者が判断することだ!とりあえずベッドに戻りなさい」
「あのなあ。俺は魔法使いでね。で、自分の体を魔法で治したってワケ。判った?」
「な、何だ?!魔法使いだって、気は確かか?精神的にも異常をきたしたのかね!」
「さあ、早くベッドに戻って!」
医者や看護師たちが俺に掴みかかってきたんで、俺は指をパチンと鳴らした。
すると、奴らはその場に倒れ込む。
「こ、これは・・なぜ体が動かないっ!」
おお、攻撃系の魔法も使えるな。今、掛けたのは、簡単な攻撃魔法の一種で、相手の体を麻痺させるもの。
「ところで、俺が精神的にどうしたって?」
「ま、魔法使いなど、精神疾患としか思えないと言ったんだよ!」
俺はもう一回、パチンと指を鳴らす。
すると、医者や看護師たちは、口をパクパクさせて、自分の喉を指さしながら慌て始めた。
ちょっと頭に来たんで、奴らの声帯を麻痺させて声が出ないようにしたってワケ。
「魔法使いの存在を信じないっていうなら、ずっとそうしてりゃいいさ」
奴らは、俺の顔を凝視している。
「いいか。今、アンタたちの前では、この世界の知識じゃ理解できない事象が起こっているってことなんだよ。そのことを正しく認識しなさいっての。で、アンタたちの体が動かないのも、声が出なくなったのも魔法なの。それも理解しないってんなら、もう知らないね」
すると、医者の一人が何かを訴えようとしているので、パチンと指を鳴らし、麻痺を解いてやった。
奴らがゼイゼイ言いながら、立ち上がる。
「いいかい?この世界に魔法なんてある筈がないんだ。キミが瀕死の状態から奇跡的に起き上がれる状態になったとしても、我々は医学の技術を持って診断し、治療を進めていく義務があるんだよ!」
「へえ。じゃあ、今起こったことはどう説明するんだい?」
「何らかの方法で、我々は麻痺状態にされたんだろう。どうやったかは判らんがね」
なるほどね。どうやっても魔法の存在を信じないってことか。
すると、別の医者が俺の目の前に立って睨みつけてきた。
「もし、もしもキミが魔法で自分を治療したというならばだ。私が長年苦しんでいる腰痛を治して見ろ!」
何を言ってるんだ。こいつは。とは思ったが、まあいいや。
「アンタの腰痛を治しゃいいんだな」
俺は目を瞑り、魔力を両手に集中すると、その医者の腰にあてる。これは治療魔法の一種で、この世界じゃ『ヒーリング』と呼ばれてるもの。腰の筋肉が炎症を起こしているのと、血の巡りが悪い筋肉がいくつかあるようだ。まあ、これを治療して、ついでに生体パワーも増幅させてやろう。
「おお!痛みが消えたぞ!全然何ともない!」
「な、治ったんですか?」
横にいた看護師が訊ねると、医者はコクコクと首を縦に振ってやんの。
「じゃ、私は肩こりを治して欲しい!」
「む、虫歯があるんだ!」
「この薄くなった頭髪を元に戻せるか?」
「ホクロを取ることって、できます?」
残りの連中がなんだか勝手なことを言い始めたが、それらを全部治療してやることにした。
魔法の効果を実感すると、全員がしばらく感動にむせび泣き、手のひらを返したように「魔法は素晴らしい!」「実際に魔法が存在したんだ」とか言い始める始末。
頭の毛が薄かった医者なんか、フサフサにしてやったら、俺の両手を握りしめて涙ぐんでいたし、ほくろを取ってやった看護師なんか、ついでに二重瞼にして欲しいとか言って来た。
それも施術してやると、舞い上がって喜んでいる。
そういや、俺・・・つまり和也が小学生だった頃の記憶で、国語の時間で習った『北風と太陽』って話があったな。あの話はこういうことを教えたかったんだろうか。
その後、俺は彼らから救世主の如く扱われることになったのであるが、それはまた別の話。
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