第31話 様々な帰還
どさどさ
「痛ったあ…」
アナスタシアは腰を押さえて言った。
「わあ!」
ルーク王子が元気に驚く。
「なんだ?」
リンドも驚きの声を上げる。
「痛ってえ…」
下からレオンの声が聞こえてきた。
「
ロディオンがようやく状況を理解してそう言った。
ロディオンの指摘通り、これは超高度の空間魔法、転移の術であった。普通の魔術師など絶対に実行できない大魔法であり、如何にロズワルドが高位の魔術師であるかの傍証でもあった。しかし無論、その代償は大きかった。
「ちょっと!ロズワルド!いきなり何を…!」
アナスタシアの文句は途中で止まった。彼女の尻の下にはロズワルドのローブがあったが、そのローブを身に着けていたのは彼女の知り合いの魔術師ではなく、もう死にかけた老人のような姿があるだけだった。
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「…見ての通り、私はしばらくは動けぬ…」
ロズワルドはアナスタシアとロディオンの大急ぎの治癒魔法である程度は回復したが、それは120歳の老人が70歳くらいまで若返ったくらいの効果しかなかった。
「大丈夫なのですか!?魔術師殿!?」
ロディオンは大声でそう言った、ロズワルドはその声に煩そうに顔をしかめた。
「…大声を出すな…」
ロズワルドは蚊の鳴くような声でかろうじてそう言うと気を失った。
「ロズワルドさん…!」
ルーク王子は涙を流しながら、その死体のような掌を優しく撫でた。
「いやあ、大した魔術師だよ、あんたは」
レオンもまた惜しみない称賛と感謝を述べた。こんなリスクが大きい大魔法を惜しみなく使うなんて大した男だよあんたは。悪人なんてとんでもない。
アナスタシアは近くに居た衛兵を大声で呼びつけた。
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「全然成功した気がしないんだけど!」
アナスタシアは勢いよくビールをどん!と置くとそう愚痴を言った。
「本当ですよね!」
ルーク王子も大好きなオレンジジュースをどん!と置いた。
「あれは一体なんだったのでしょう?」
ロディオンはやや冷静にそう言った。しかし判る訳がない。
「まだまだ知られざる魔宮の謎、てか」
レオンは一息でビールを飲み干してそう言った。
一行は今は四人である。ロズワルドが緊急入院し、その付添と探索結果の報告としてリンドが病院と王宮を巡っていた。まあ王国騎士様だしお願いします。
「…まったく、お宝もあんまり手に入らなかったしさあ…」
アナスタシアはルーク王子が隣に居るのに思いっきりそういう事を言った。
「本当ですよね!」
ルーク王子は探索物の事だと思ってそう同意した。違うんだけどね。
「…しかし、振り返ってみると随分と早い探索でしたよね」
ロディオンが常識的な事を言った。確かにそうなのである。総探索日数五日、内実際に探索した日数三日、潜入回数三回。近年稀に見る好成績だった。
「これでこのチームが解散かと思うと少し寂しいですよ」
ロディオンが半分はお愛想、もう半分は本気でそう言うと。
「それは安心してください!」
ルーク王子が元気よく立ち上がってそう言った。
「このチームは最高の仲間です!なので僕からもこのチームを専任に推薦します!」
高貴なる「光の王子」ルーク・アッシャークラウドは目を輝かせてそう宣言した。
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「…どうすんのよ?」
レシーナはその話を聞いて呆れてレオンに訊き返した。
「いやあ、どうするんだろうねえ?」
レオンは微妙なにへら顔でそう答えるしかなかった。
「もし本当にそうなったら株式全部もらうからね」
恋女房は社長として極めて現実的な事を言うのであった。
レオンは愛妻の言葉が聞こえないふりをして食事を続けた。彼は「
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「どうなるんでしょうねえ…」
ロディオンは一応姉に話しかけたが多分聞こえていない。姉は今もっとも大切な事をやっているのだ。まあ僕は構わないけど他の人の都合だってあるだろうに。
「…ロ、ディオ…」
浴室から姉の声が聞こえてきた。はいはい。ロディオンは立ち上がって手探りで浴室に向かった。もう何度もやっている事だがやはり目隠しで移動は難しい。
その浴室は血まみれだったが勿論ロディオンにはそれは見えない。当然裸である筈の愛しの義姉の姿も見えない。少しくらい見せてくれたっていいのに。
恐らくアナスタシアほど自ら切腹を敢行した女性というのは存在しないだろう。過去の経緯から彼女は飲み込んだ宝石を排便により回収するという方法を好まなかった。法力で腹部を麻痺させて割腹し、腹の中から素手でそれを取り出し、事後は弟に治癒魔法を施してもらうのだ。強欲もここまで貫き通せばいっそ天晴である。
そしてアナスタシアの感性では、裸を見られるのはまだしも、義弟であり恋人未満の男に割腹した姿を見られるのを恥ずかしいと感じるらしい。従ってロディオンには目隠しをして、浴室まで手探りで越させて、そこで治療魔法を受けるのであった。
「…これ、だけ、…苦…で、たった3…」
アナスタシアの呻きは苦労に対してなのか苦痛に対してなのか判別ができなかった。
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「一体なにをすればこんなになるんですかね」
看護師はその男を見て医師にそう話しかけた。
「魔術師というのは我々の理解を越えた存在だからな」
医師はベッドに横たわる男を見てそう言った。運ばれてきた時はどう見ても70歳前後と思われたが何と33歳と聞いて驚いた。これでも医療魔法を受ける前はもっと酷い状態だったらしい。これより酷ければいつ死んでもおかしくなかった。
「まあ一ヶ月はこのままだな」
医師はそう言うと、後はよろしくと言って病室を後にした。見た目は酷いが要するに極度の栄養失調と疲労である。まあ点滴して寝てれば治る。
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「この短期間でよくやってくれた。本当にありがとう」
ビスターク伯爵はリンドに、いや王国騎士ニコライ・リンドブルグヘンドブルグに、そう労いの声をかけた。そう、吾輩の名前はニコライ・リンドブルグヘンドブルグ。ここ暫くはリンドで通ってしまったが、それこそ名誉ある我が名なのだ。
「はっ!」
リンドブルグヘンドブルグは王国騎士らしい規律正しい声でそう応えた。
「…ところで、ちと気になる事があるのだが…」
ビスターク伯爵は微妙に困った顔をして言葉をかけてきた。
「何でございましょう?」
リンドブルグヘンドブルグは高貴なる王弟殿下に訊き返した。
「ルーク王子が今回のチームを探索専属班にすべきと言い始めたのだが…」
一体どういう経緯があったのか何か知らぬか?と訊かれた。いえ全くの初耳です。
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「今回のチームは精鋭です!」
ルーク王子はもう何度目かも判らない全く同じ主張を繰り返した。
「ですからそれはもう大変良く判りました!」
王妃マリアもさすがにもう負けていられない。ここは母としての正念場だった。
「では!」
ルーク王子が言いかけると母も負けじと言い返す。
「しかし貴方がそこに居なくては行けない理由にはなりません!」
母もまた同じ事を繰り返した。こうなれば持久戦の覚悟だった。
よく似た顔つきの母子の、同じような口論が繰り返される様子に、夫にして父親にして国王たるアベル・アッシャークラウド氏は聞いているだけで疲れ果ててしまうが、しかし退席する訳にも行かないので、うんざりしたまま話を聞き続けた。
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「…素材、が、消エタ…」
バーズ博士はそう言いながら、普通の歩みで彼女の研究室に戻っていった。
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