第30話 魔獣と宝物、そして
早くて剣では追いきれない、魔法を唱えたら反応して攻撃してくる。不死生物ではないので浄化は効かない。浄化以外の魔法も唱えたらまずい。おまけにこの個体は非常に大型で獰猛だった。普通のライオンよりふた周り近い大きさである。
レオンとルーク王子が剣を抜いて間合いを確保しながら回り込むが、先日のロウ・ヴァンパイアと違ってキメラもそれに対応して移動した。それに気がついて二人が足を止めるとキメラもまた足を止める。これ以上移動すれば後衛の皆に近くなる。
──こりゃ負けるかもな──
一瞬だけレオンがそう思った瞬間にキメラは一歩踏み出した。まるで読心術並のカンの良さだ。ほんの僅かな油断も隙も見流さなかった。
スペルキャスターの三人も動けない。魔法を唱えればすかさず攻撃してくる。しかもこのキメラの場合は動きが早いので誰かを囮にする事も難しかった。場合によっては一瞬で三人とも殺られてしまいそうなくらい動きが早そうだった。
キメラはまるで彫像のようにじっと待っていた。しかしその五感に油断は全くない。少しでも隙を見せれば即座に襲ってくるだろう。そしてこのキメラは人間達より遥かに粘り強く持久力に富んでいるようだった。止まってじっと待つ。そして好機と見たら一瞬で襲いかかる。捕食生物のお手本のような本能を持っていた。
ぱしん
その緊張感を無視するように唐突に軽い音がした。しかしその効果は絶大だった。何とキメラがもがき苦しんでいるのだ。なんだ!?他の四人は疑問に囚われたがレオンはその隙を見逃さなかった。一瞬で詰め寄ってキメラの頭に剣を振り落とした。
──グウウウ!──
キメラはレオンの必殺の一撃を交わしたが、それでも右目辺りに大きな傷を負った。そしてまたしても前足で牽制して飛び退──らずに、自分を攻撃したもう一人の方に向かって突進した。リンドはハーフリングらしい早足ですぐに適当な部屋に入った。
リンドのスリングによる胡椒玉であった。子供のいたずらのような攻撃だが、実は極めてたちが悪く有効な攻撃である。特に五感に優れるものには効果が高い。
キメラはこの唐突な攻撃をしてきた小さい生き物をこそ危険視した。入り口を一撃で破壊してそのまま部屋の中に突入する。
「リンド!」
レオンもすぐに後を追うが、物凄い勢いで家具が飛んできて侵入を阻害された。
「危ない!やめろ!」
ロズワルドがレオンの腕を掴んで制止する。狭い空間に入ったら間合いも何もない。体力差で圧倒的に不利になる。しかしリンドが中に居るのだ。
「危なっ!」
アナスタシアも部屋に近づいたがまたも何かが飛んできて慌てて飛び退る。キメラは部屋の中で暴れ狂っていた。王宮の壁すら大きくたわんで崩れそうである。
──グオオオオオオオオオオオ!──
唐突に凄い叫びが聞こえた。なんだ!?部屋の中でキメラは一瞬さらに激しく暴れたようだがそれも唐突に静かになった。そして中からリンドの声が聞こえてきた。
「…リオン!ロズワルド!いまだ!」
何だか判らないがリンドが何かしらキメラに致命傷を与えたらしい。レオンとロズワルドだけではなく全員突入してそれぞれ攻撃を仕掛けた。
レオンとルーク王子はそのまま剣で、アナスタシアとロディオンは法力の喝で行動を阻害し、ロズワルドは殺傷力の高い
「熱ち!」
レオンが近づき過ぎて炎の術の巻き添えを喰らったが、まあ後で何とでもなる。
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「リンドさんすごい!」
ルーク王子の惜しみない賞賛だが今度ばかりは誰も呆れない。それどころか皆一斉に勇敢なハーフリングに拍手をした。一体何をどうしたの?
「火薬玉だ」
リンドはちょっと嬉しそうな、恥ずかしそうな顔で説明してくれた。
---
リンドは部屋に入るとすぐに浴室に向かった。あんな形でもあれも一応猫科の動物の一種である。確実ではないが猫科の動物は水を嫌う。部屋の中では比較的安全な場所をまず確保した。そしてリンドは過去のキメラ討伐でその生態を知っていた。
あれは火を吹く。
それがリンドの勝算だった。浴槽にはもう僅かな腐った水しかなく、それは正直計算違いであったが、それでもリンドは浴槽から残り僅かな水を組み上げるとそれを暴れ狂うキメラに桶ごと投げつけた。
キメラはその桶を避けたが、中身の水はそのままキメラの身体にかかった。そして本能的に水源に近づくのを嫌がったキメラはそのまま火を吹こうとした。リンドはその瞬間を見逃さなかった。
王国騎士というよりハーフリングという種族の特性が彼に勝機をもたらした。ロズワルドの魔法より早くスリングを構えて火薬玉を発射するとそれは見事にキメラの口に入り──口の中で火に引火して爆発したのだ。
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「後は皆が見た通りだ」
リンドはちょっと微妙な顔でそう説明してくれた。
「リンドさんすごい!」
ルーク王子は再び大きな声で彼を称賛した。
「やっぱりハーフリングねえ…」
アナスタシアは呆れたような口調でリンドを称賛した。
「…吾輩も積極的にジャガイモを食べるように心がけよう…」
リンドのその言葉に、治癒の魔法を受けていたレオンは大きくにやりと笑った。
---
さてゾンビやらスケルトンやらデッドアーマーやらダイギョーやらバンシーやらゴーストやらロウ・ヴァンパイアやらサラマンダーやらウィル・オ・ウィスプやらキメラやらという大変な難敵を多数倒して、ついにお待ちかねの探索タイムである。
「これはもうアレよ。1個や2個じゃあ採算合わないわよ!」
ちょっとそこの聖女さん。思いっきりヤバい事を大声で言わないでね。
「そうですよね!いっぱいあって欲しいですよね!」
ルーク王子がきらきらと輝くような目でそう言った。勿論二人が探しているのは全く違うものなのだが、その目の輝きと真剣度合いは良く似ていた。偶然て怖いね。
「……」
リンドは何か言いたそうだったが何も言わなかった。彼も王国騎士として建前と本音というモノはちゃんと判っている。エクソシストはこんなに危険な探索に駆り出されるのに本人は無報酬なのだ。しかも事実上拒否権すらない。まあ吾輩の任務はあくまで王子の護衛と道案内であり、その他の事は任務の範囲外である。知らぬ。
「ところでレオン、貴君は経営者だったな?」
リンドはさりげなく定収入のあるレオンにはそう釘を刺した。
「…経営者ってさ、従業員を食わすためには自分は食えない時もあるんだよねえ」
レオンはリンドが何を言いたいのかは判っていたがそう茶化した。
「……」
ロズワルドは宝石を見たが特に反応は示さなかった。勿論それは「品位」に抵触するからだが、そもそもロズワルドは元々金銭など興味はない。あくまで生活費を補充するためにこんな俗事に携わっただけである。後は研究者として一応は本棚や書籍には目を通したが、しかし少し見ただけですぐに興味を失ったようだった。
従って一行の中で真面目に探索しているのはルーク王子とロディオンだけであった。あと一応はリンドも探しているが、半ば以上はアナスタシアを監視しているので本腰は入れていない。あの聖女殿は放っておいたらここにある金目のモノを全部担いで出て行きそうで恐ろしい。そんな事になったらルーク王子には監督責任を問えないから吾輩が責任を取らされる。言っとくがちゃんと検査があるんだぞ。
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「これ怪しくないですか?」
ロディオンが何かを持って皆の元に戻ってきた。彼は姉と違って真面目に隣の寝室を探していたのだ。その声に姉以外の四人が反応して集まってきた。
「それっぽいですね!」
ルーク王子が元気よくそう言った。
それは文書箱だった。開けると綴じられていない紙が大量に入っていた。しかも全ての紙に四角く大きな印が押されてある。お?これ当たりっぽいな?
「とりあえずこれは持ち帰ろう」
リンドがそう言って封印してから背のうの中に入れた。
「なんで石単位のがないのよ!」
アナスタシアが棚の方でそう叫び声を上げた。勿論彼女も検査があるのは知っているので当然飲み込んで運び出すつもりなのだ。そしていくら聖女の奇跡の力を持ってしても高価なブレスレットなどは飲み込めないのである。
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「ねえ!これ私最初から装備してたよね!?」
アナスタシアはキンキラのブレスレットを腕に巻いて皆にそう聞いてきた。
「最近の聖女というのは随分と高価なアクセサリーをつけるものなのだな」
リンドは冷ややかな目でそう皮肉を言った。
「お似合いですよ!アナスタシアさん!」
ルーク王子は余計な事を言った。
「やった王子の公認もらっちゃった」
アナスタシアは勝ち誇ってそう言ったが
「姉上、それはさすがにムリです」
と、ロディオンが言って器用にブレスレットを外して放り投げた。
「ああ!趣味は悪かったけど高そうだったのに!」
アナスタシアはきいい!と悔しがった。
「お前さんはアレだな。フリーになったら自滅するんじゃないか?」
レオンすら呆れてそう言った。
「悪人に馬鹿は居ないと言うが、何事にも例外はあるものだな」
ロズワルドはそう言って次の部屋へと向かった。
「ちょっとお!恵まれない尼僧を哀れだと思わないの!?」
アナスタシアの叫びを無視して一行は隣の部屋に移動した。
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一応は警戒していたつもりだったが、キメラという難敵を倒して、探索もある程度の物品は回収して、一行はやはり油断していた。隣の部屋を開けて唐突にそれが居るとうお、という驚きの声を上げただけで戦闘体制を取るのが遅れてしまった。
一瞬人間かと思い、いやこれは人形かな?と思い直し、しかしそれが動いたのを見てやっと臨戦体制を整えた。それは普通の速度で歩いてこちらに向かってきた。
「…素材、が、来タ…」
そう言うとそれはにやりと笑った。なんだこれは!?
「…私ノ、研究…」
それがそう言って腕を伸ばしてきた。咄嗟にレオンが剣を抜いて腕を斬り落とす、が、なんとそれは全く動じずにそのまま近づいてきたのだ。ゾンビか?とも思ったがまたも行動で否定された。何と切り落とされた腕がみるみる再生していくのだ。
「…私、ノ…素材…」
もうほんの一瞬と言っても良いくらいの短時間で再生された腕をまた伸ばしてきた。その瞬間にアナスタシアの浄化が発動した。
一瞬効果がありそうに見えた。しかしそれは皮膚の一部が焼けただれたようになっただけでそのまま歩いて進んでくる。その皮膚も見る見るうちに再生していった。しかしそれは本当に普通に歩みよってくるだけなので後退すれば楽に距離は稼げた。
「これ、なに?」
アナスタシアは緊張感を滲ませて仲間にそう訊いた。
「ハイ・ヴァンパイアか…?」
ロズワルドは珍しく当てずっぽうを言った。
「いやそんな訳はあるまい。いくらなんでも浄化が全く効かないなんて…」
リンドがそう否定した。
「…これがサラマンダーやらを呼び出したのか…?」
ロディオンもまた推測を言った。その声に皆一瞬ぎょっとしたが、それにしては少しおかしい。この眼の前の女性型のナニモノかは再生力は凄まじいが、どうもあまり高い知性を感じない。第一、召喚魔法を使う魔術師が自分で戦う筈がない。
ぶん
レオンはまたも剣で攻撃した。隙だらけだったので首を一撃で刎ねた。これでさすがにどうにかなるだろう。何か首を拾ってそのままくっつけそうだけど。
しかしレオンの予測は少し外れた。なんと胴体からすぐに頭が生えたのである。そしてレオンは落ちたはずの腕や頭を見た。それは溶けて、そして本体の方に流れるように近づいて、そしてそれが着ているドレスの中に収まった。どう見てもパーツを回収してまた融合しているようにしか見えなかった。
「撤退した方が良さそうだなこりゃ…」
レオンは後退しつつぼそりとそう言った。
勿論そうなのだが躊躇いもあった。なにせこの女性型のナニモノかはまだ一切攻撃をしてきていないのだ。つまり逃走した時にどういう驚異があるのか全く判らない。
「こういう驚異ってあるんですねえ…」
ロディオンが震えた声で、しかし呆れたようにそう言った。
既に一行は部屋から出ていた。そしてゆっくりとそれも部屋から歩み出てきた。一行はそれを中心に放射状に広がっていた。包囲と言えば聞こえが良いが、要するに驚きおののいて放射状に後退しているだけである。
「皆、私の近くに寄ってくれ」
ロズワルドは平坦な口調でそう言った。これがどういうモノだかは判らないが、少なくとも刺激はしない方がいいに決まっている。既に剣で2回も斬りつけたが。
それは攻撃を仕掛けてきたレオンを狙っている訳でもなさそうだった。つまり放射状に広がった一行に対して、何となく最初はレオンの方に近づいたが、それもすぐにアナスタシアの方に向かい、アナスタシアがさらに後退すると近くにいたルーク王子に向かっていった。それも飛び退るとさらに近くに居るリンドに向かう。
なので一行がロズワルドの方に集合するとそれにとっては都合が良さそうに思えた。というかどうするんだい先生?
「皆、私につかまれ」
そう言うとロズワルドは珍しく長い呪文を唱えた。そしてそれがあと五歩くらいの所まで近づいて来ると、唐突に視界が暗転した。
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