第29話 恐怖の魔獣
「これはこれで怖いんだけど」
アナスタシアはぼそっと言った。確かに。
探索三日目であるが初日から数えて五日目である。昨日と一昨日は補充やら何やらで一回休んで準備を整えようという話になったのだ。
レオンは背中の火傷そのものは法力で癒やされたが体力を回復させるのとレザーアーマーの調達、リンドは爆薬その他の調達、ロズワルドも触媒その他の調達、アナスタシアとロディオンも一回大聖堂に戻って悪魔祓い以外の法力のおさらい。ルーク王子も真面目に剣術のおさらいという事になった。
そして今日また旅館に集まってお互いの無事や様子を確認し、隊列もちゃんと決めてまたも東側から侵入したのだが、一昨々日のアナスタシアの予想は完璧に外れ、2階のサラマンダー遭遇地点を過ぎても全く怪物に遭遇しなかったのである。
実はこれは運がいいのではなく、ようやく運の悪さが払拭された結果である。彼らは最初の二日でバント博士が制作したデッドアーマーや、ジゴー博士が召喚した怪物に立て続けに遭遇していたのであるが、勿論そんな事は知らず、またジゴー博士がまたも長い休養期間に入ったために追加の怪物も居なかっただけである。
「もう全部倒したのかも!」
ルーク王子は明るく元気に明るい展望を言ったが、周囲の凡人共は苦笑したり流したりするだけだった。無論、高貴なるルーク王子は最も真実に近い事を言ったのだが、当人も含めてその仮説の正しさに気がつくものは居なかった。
「そろそろ3階への階段だ」
リンドがそう言った。ついにお目当ての階である。
「まさか上層に行く程に敵が強くなったり多くなったりはあるまい」
リンドはみんなの緊張感を和らげるためにそう言ったが、それは何とも言えない。
「……」
レオン、アナスタシア、ロディオンといった経験者達はその言葉への反応が遅れた。どうとも言い切れないので言葉が出てこなかったのだ。
確かに旧王宮全体でそういう風になっている訳ではない。かと言って上に行くほど安全なのか?と訊かれればそれは絶対に違う。えーとなんて言えば良いんだろう?
「…探索エリアが広がれば危険への遭遇率は上がるがな…」
ロズワルドがぼそりと言った。あ、それそれ。そういう事。
全く事態が好転しない納得を得て一行はついに3階の階段の前に到達した。例の如く一旦結界を張って休憩兼様子見をする。しかしこの段階では何の気配もしなかった。
「…そういえば、この前雄叫びしたのが居たよね?」
アナスタシアはその事を思い出した。
「少なくとも生命体が徘徊しているような気配は感じぬが…」
リンドはそう言ったが完全に危険がないとは言い切れない。
「一応、不死生物の気配もありませんね…」
ロディオンもそう言った。
「じゃあまあ行ってみましょっか」
レオンがそう言って立ち上がった。ルーク王子もそれに合わせて立ち上がる。まあ敵が現れるまで待ってる訳にも行かないしね。他の四人もいそいそと準備をする。
「そういえば第一候補地点は階段を上がってすぐの外側左手の部屋だ」
リンドは思い出したようにそう言った。あら近いんだ。
人間の目には見えないがこの魔宮は魔力が渦を巻いている。従ってノシオ大司教の千里眼を持ってしても確実な場所は判らない。いくつかの候補が挙げられてそれを巡回して探すのが一般的な探索である。そしてこれこそがアナスタシアにとって一番大事な段階なのだ。どんなに素敵な宝石があるんだろう?るんるん。
しかし邪な聖女の期待に対して正しい神罰が下ったのか、階段を登りきった先には妙なものがあった。一見それは小型のウィル・オ・ウィスプかと思われた。
「なんかちっちゃいのがいるね」
アナスタシアは何の警戒もせずそう言った。ウィル・オ・ウィスプとは鬼火とも呼ばれて恐れられるが、この旧王宮では最も驚異のない霊体だか何だかである。アナスタシアだけではなく一行は誰もそれに警戒しなかった。ロズワルドですら。
一行がリンドを最後尾にしたのは運が良かったのかも知れない。その小さなウィル・オ・ウィスプのようなモノの前を通り過ぎた後、ハーフリングの耳は確かに妙な音を感知したのである。リンドが振り返るとそこには信じられないモノが居た。
「逃げろ!」
リンドがそう言うとそれに反応したのかその怪物が雄叫びを上げた。一行が振り返るとそこにはキメラが居た。それはこの旧王宮独自の表現ではなく、本当に本物の獅子の怪物の方のキメラだった。うおおとか、うわあとか叫んで皆飛び退る。
「なんかさあ!なんなのよもう!?」
アナスタシアはダッシュで逃げながらそう叫んだ。言いたい事は良く分かる。
「サラマンダーだと思ったらサラマンダーだし、キメラと言ったらキメラだし!」
ロディオンも姉と似たような感想を持ったらしい。言いたい事は良く分かるし、強く共感もできるのだが、言葉尻だけ聞くとおかしな事を言いながら距離を取った。
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まず一行が最初に見たウィル・オ・ウィスプのようなモノはウィル・オ・ウィスプではなかった。それは
召喚魔法を実行する場合は魔法陣を通して魔力を安定的に流入させて行うものだが、呼び出された魔物にその魔法陣の一部がくっついてしまう事があり、それが拡散して簡易な移動装置となってしまう場合がある。それを門と呼ぶ。
これは召喚する対象が魔法陣の許容を大きく越えた時に起こりやすく、従って普通は滅多に起こるものではない。召喚魔法は失敗すると即座に術者が身の危険に晒される魔法なので、万全の上に万全を、安全の上に安全を確認して実行される魔法であり、魔法陣が小さいとか薄いとか書き方が雑だとかは論外以下なのだ。
しかしジゴー博士という不老不死の存在はそんな事などおかまいなしに、しかも屋内で平気で実行するので、結果としてこういうモノが出来てしまうのだ。
キメラの方は今更さほど説明の必要はないだろう。悪趣味な魔法実験の結果が種族として形成されてしまった稀有な例としか言いようがない。普段は草原から山岳地帯にかけて生息する生物であり、その運動性能と火炎を吹く性質が危険視される。
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──グルルル──
キメラが喉を鳴らした。今回の探索で最も生命体らしい反応だった。
「おりゃあああ!」
レオンが果敢にも剣を抜いて真っ向から斬りつけた。しかしその剣より早くキメラは飛び退り、同時にレオンの腕を引っ掻いていた。レオンの腕から鮮血がぽたぽたと垂れるのが見える。やばいレオンより早いよあれ。
ロズワルドが咄嗟に呪文を詠唱したが、何とそのキメラはそれに反応した。ロズワルドの方が対応に遅れ、キメラの前足が正に彼の胴を捉えようとした瞬間、高い金属音のような音が響いて再びキメラは距離を保った。
「大丈夫ですか!?」
なんとルーク王子が剣でロズワルドを守ったのである。
「ありがとう、王子」
ロズワルドは大きく息をしながらそう言った。正に間一髪だった。
「…そうか、これもまた魔法生物なのか…」
ロズワルドは息を整えながらも正しく分析をした。
魔法生物は当然ながら魔法に反応する。必ずしも敵意や害意ばかりではないがそれを感知する。そして目の前の魔獣は敵意の塊なのだ。これは大ピンチだった。
金属音は、つまりあのキメラは、少なくとも前足の一部はそういう状態になっているという事になる。どうしてだかは判らない。そういう事があるのだろうか?
「やばいな、こいつすげえ強いぞ」
レオンですら警戒の言葉を発した。
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